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活動を振り返って。

今年最後ですね~、感謝の気持ちも込めて振り返ってみます。
全部とはいかないけど、比較的何かがあった時期を挙げていってみます。
PastLiveもわからなくなってきました。
やばいのでこの辺でわかる限り書いてみます。
間違いなく2、3回抜けてるんだけれども…。
今日の日記はほんとに長いので要注意です、正直ワードで書きました。
携帯じゃ厳しいかもしれない量っす。
m(_ _)m

2004年6月3週目の水曜日。
俺とcandyが組んでいた前バンドがあっさり解散。
それを機にVo&Ba.candy,、Gu.ジンプル、Gu.フライングばぶ~、Dr.ちんぱんによってリタリン結成。
何のコンセプトもなくジンプルはひたすらレッチリのフレーズを弾いていた、何のリハだったんだ。
しかもジンプルは俺の知らない間に加入していたという事実。
ユルユルだったのか。
メンバー選考なんて一切無し、皆そこにいたんですよね~。
この頃はcandyはメイドやらコスプレ系、ジンプルはインディアンスタイル。
恥の上塗りだ。
そして回転ドクロ、乙雌節、You The Sun、イナヅマぎた~、初期攫い人を引っ提げ初ライブへ。

Past Live.
2004年
?9月25日  川崎ボトムズアップス
 10月3日  川崎ボトムズアップス
 10月17日 吉祥寺プラネットK
?11月27日 新宿ライブフリーク
 12月21日 吉祥寺プラネットK

2005年
 1月19日  吉祥寺プラネットK
 2月11日  四谷フォーバレー
?3月22日  吉祥寺プラネットK
 4月19日  吉祥寺プラネットK
 5月1日   四谷アウトブレイク
 5月17日  吉祥寺プラネットK
?6月7日   四谷アウトブレイク
?7月17日  四谷アウトブレイク
?8月13日  四谷アウトブレイク
?9月16日  四谷アウトブレイク
?10月4日  高円寺20000V
 11月6日  四谷アウトブレイク
?12月22日 六本木CORE
 12月24日 四谷アウトブレイク
?12月31日 四谷アウトブレイク

2006年
 1月6日   四谷アウトブレイク
 1月29日  新宿URGA
?2月7日   四谷アウトブレイク
 2月15日  四谷アウトブレイク
?2月17日  四谷アウトブレイク
 3月3日   四谷アウトブレイク
 4月5日   渋谷ClubAsiaP
 4月16日  新宿URGA
 5月19日  四谷アウトブレイク
 6月3日   四谷アウトブレイク
?6月15日  仙台MACANA
?6月25日  初台Doors
 7月8日   池袋手刀
?7月13日  仙台MACANA
?8月4日   四谷アウトブレイク
 9月25日  四谷アウトブレイク
?10月1日  四谷アウトブレイク
 10月8日  新大久保Club Voice
 10月14日 新宿URGA
 10月18日 仙台MACANA
 10月28日 渋谷AUBE
 11月15日 仙台MACANA
 11月26日 下北沢屋根裏
?12月2日  大阪キングコブラ
?12月4日  四谷アウトブレイク
 12月10日 高円寺20000V
 12月13日 仙台MACANA
?12月31日 四谷アウトブレイク

2004年

?9月25日川崎ボトムズアップ
リタリンデビュー戦!!
あまりにも甘酸っぱい戦だった。
俺もどこか諦めていたらしく、この日初ライブのジンプルをライブ頭に1人放っぽり出して初代イナヅマぎたーがリタリンの本当の1曲目。
ちなみに当時の映像をこっそり見て楽しんでいるのは俺だけじゃないでしょうか。
秘蔵も秘蔵、いつかお披露目したいっす。

?11月27日新宿ライブフリーク
行く場所も帰る場所もなく途方に暮れていたリタリン。
当事者の俺からしても救いようがなかった、ライブハウスからもメチャクチャ言われてました。
そこにライブフリークで当時ペンタ大塚店の店長をしていて後の四谷アウトブレイクの店長秋元さんと偶然遭遇。
実はcandyと俺の前バンドから薄く面識はあってペンタ企画に請われていたんですね。
そしてこれが奇跡的に四谷への足掛かりになる、これが無ければ恐らく今は無かったことでしょう。
断言出来る、運命だ。

2005年

?3月22日吉祥寺プラネットK
この頃、まだ全くパフォーマンスが向上しなくて、ジンプルはついにはライブ中にバク中をするようになっていた。
しかしイナヅマぎたーはこの頃から定着。
実はこの頃生意気にも音源配布させてもらっていました。
回転ドクロと乙雌節と曖昧mean。

?6月7日四谷アウトブレイク
4月のいつかわからなくなってしまったけれど、そこが初めて四谷に踏み入った日。
そして乙雌節を異様に気に入った副店長佐藤学との出会い、そこから四谷街道が始まったリタリン。
この6月7日は四谷3本目のライブだったんだけれども、その3日前にGu.のフライングばぶ~が脱退、信じられないことにライブを中止にせず3ピースでの強行出演だった。
この日は今でも俺の心に深くトラウマとして刻まれており、未だに悪夢としてリアルタイムで襲ってくることがある程酷かった。
ここが本当の底だった、正直辞めてやろうと薄ら思った時期でもあった。
ちなみにこの日のライブはホール中を見渡してもお客さん1人。
その1人に向かって全力でのライブでした、誰もいないほうがまだ……

?7月17日四谷アウトブレイク
どうしようか途方に暮れていたリタリン。
その時、なんでだかうちのライブをたまに見に来ては遠路横浜からわざわざ俺とセッションする為に西荻窪まで来ていたゆ~すけの存在を思い出す。
ちょうどいい時にちょうどいい場所にいたのがBa.のゆ~すけ。
覚えている…6月5日の夕方、俺はとりあえず7月だけやってくれないかと打診、ヘルプという条件ですぐさま了承、7月の対バンは強烈だったのでここで初めて本腰入ったような気がします。
というのも俺の相方であったはずのベースボーカルのcandyの悩み事。
「手と口が一緒に動くんだけど。」
(TT)←俺
これで諦めがついていた俺はこの機会にベース探そうと決心していたんですね。
ドラマーとしてもベースが専門であれば話は違うもんです。
そして運命の7月17日、急造は否めなかったものの予想以上の手応え。
ゆ~すけもやる気になったようで期間が9月までに伸びる。

?8月13日四谷アウトブレイク
張り切ってサマソニのチケットを買っていた俺。
確かライブ1週間前にリタリンのライブと被っていることに気付いて絶叫。
あの日ほど悔やんだ日はなかった、おかげで良いライブが出来ました。
NINと同時刻に対バン、今でも忘れられない日。
ちなみにこの頃に現在の核になっている『リタリン』がセットに加わる。

?9月16日四谷アウトブレイク
この日、遂にジンプルがインディアンスタイルからちょんまげに変身。
美容室で俺は変わり行く様を見ていたんだけれども、あまりのくだらなさに失笑していました。
これはいけるっていう手応えがビンビン、半年間言い続けた甲斐がありました。
「侍ってなんであんなにかっこいいんやろ~」って。
ちなみにジンプルは最近もう辞めれないことを悟ったみたいです。
ちょんまげ職も大変だなぁ。

?10月4日高円寺20000V
この頃なぜかゆ~すけがまだいる事に気付いた俺。
曲も現メンバーありきで出来つつあり、抜けられても困る状況だったような。
この頃にゆ~すけが言った一言。
「あの~、俺の日記って作ってくれないんすか?」
あれ、加入してたんや、やっぱり。
てな流れでYu-ponと命名、晴れて正メンバーになったのでした。
完全に現体制に。
正直7月の時点から入ってたような気もしないでもないのですが…。
そして高円寺20000Vで俺がスタッフともめる。
ライブ中にドラムが止めざるという屈辱極まりない事態に陥ったのが発端。
忘れられない日です。

?12月22日六本木CORE
リタリンなぜかClubに進出、六本木COREという大バコに出演。
共演には今もって恐ろしいMad Capusule MarketsのKyonoさんなど大物多数。
そして俺は夜中の六本木の街を歩いていて朝青龍と正面衝突しそうになる。
やられるかと思いました、でかかったなぁ。
100人いても素手だったら全員殺されそうな威圧だった。

?12月31日四谷アウトブレイク
大晦日。
この日リタリンはちゃっかりトリ前で出演。
1年前から考えると強者バンドさんに並んで出演していること自体が快挙でした。
お祭りということもあり副店長の佐藤学氏がゲスト出演、カオティックなステージでした。

2006年

?2月7日四谷アウトブレイク
既に2月17日のワンマンがなぜか決まっていたリタリン、成り行きでワンマン決定させたバンドがこの世にどれだけいるんだろう。
そして更には贅沢にもプロの映像班の協力もあり撮影でこの日アウトブレイクに行っていたリタリン、疲労困憊の中…佐藤学氏が信じられない一言。
「リタリン、リハだよ~~!!」
どうやらその日出演バンドの1つがキャンセルになったらしく、なんとそのままライブに。
あんなことはもうないだろうなぁ。

?2月17日四谷アウトブレイク
2006.2.17 第一回リタリン完全ワンマンライブ
(・∀・)360゜ステージ四谷に降り注ぐ飛び交う馬糞(・∀・)
これが正式なタイトルでした。
この日の映像班が5台のカメラで収録してくれたのが、現在全国流通させてもらっている作品ですね。
異様な空間の中でのライブでした、終盤になってリタリンもお客さんもやっと状況に慣れてきたような印象。
一生忘れられない奇跡の夜、ライブ中俺は3回くらい目眩がしました。
思えばこれがトランシーな覚醒だった。

?6月15日仙台MACANA
なんとなんと、調子に乗ってリタリン東北の地、仙台に進出。
そして初の遠征、どうなることかと思ってたけど実は俺自身の経験の中でも1,2を争う程やりやすかった環境を整えてもらった仙台MACANA。
無事帰京。

?6月25日初台Doors
都内のライブハウスでも最高の設備を誇る初台Doorsへ。
ステージが広かったので調子に乗ってドラムを前に出してしまった。
この日の出会いが後の大阪遠征に繋がったんですね、信じられない。
共演には三上寛、金沢美也子、ストロベリーソングオーケストラなど大物多数でした。

?7月13日仙台MACANA
2度目の仙台遠征で事件が。
仙台に向かう道半ば、宇都宮手前でバースト。
危うくリタリン一家全滅の危機に。
映像特典に様子が収録されているやつですね、危なかったぁ。
ぶるぶる。

?8月4日四谷アウトブレイク
初のスリーマンでした。
共演には不謹慎シンドローム、Silver Cameron and the jam snail。
普通は自主企画、そしてスリーマンやツーマンを経てワンマンに辿り着くのがベストなのに全部すっ飛ばしてワンマンだったもんだから…初の1時間ステージでした。
実はバンド改名問題は少し前から噴出していました。
意味もわからずにリタリンと名乗っていて、それが結果的に人を傷付けてしまうかもしれない。
でもそれは本意ではないのでここで終わらそうとしていました。
ここでリタリンとしての公のライブは終了…さよならリタリン。
 
?10月1日四谷アウトブレイク
2006.10.1
『第2回・完全ワンマン&DVD全国発売・・・そして名前変えます!!前代未聞、720°ステージによるアビキョウカン・コウコツ失禁…救急車待機してます!』
これが正式タイトルですね。
前回の反省を踏まえてドラムを台の上に乗せて、またまたホールをステージに見立てたライブをやらせてもらいました。
この辺りになってくるともう皆さんご存知じゃないでしょうか。
2月のワンマン公演の映像をようやく編集し終わり、この日に発売開始でした。
そしてライブ前に記者会見なるまたまた生意気なものをやらせてもらい、そこでバンド名『_ _ _ _*(テイヘン)』を発表。
皆あんぐりしていたのを昨日の事のように思い出せます。
おかげで楽しい1日を過ごさせてもらいました。
しつこいようですが、正確には半角アンダーバー4つに間に半角スペース、そしてアンダーバーとわかるように※印でテイヘンです。
なんなんだ、この名前は…。

?12月2日大阪キングコブラ
初の大阪遠征ですね。
そして我が故郷なんです、大阪。
大阪に入った頃に妙に不思議になりました。
なぜこのメンバーが揃って大阪にいるのかが不思議でしょうがなかったです。
ここまで来たんだと改めて実感、実は感動していた俺です。
この日の共演者にゲンドウミサイル、ストロベリーソングオーケストラなど。

?12月4日四谷アウトブレイク
この日は四谷アウトブレイク副店長の佐藤学氏の生誕パーティーでした。
錚々たる顔ブレが集結。
共演者にナポレオン、不謹慎シンドローム、THROWING LIFE、the HANGOVERS、TSUNE(JUNKENSTEiN)。
この日は_ _ _ _*のライブで最後にやることになっていた共犯者でギターを持って参加することになっていた佐藤学氏。
しかし仰々しく登場したくせに肝心のギターが鳴らない、1人ずつ倒していくと豪語して練習もしていたはずなのに……
後の惨劇は12月4日辺りの俺の日記を読んでやってください。
楽しかったなぁ~。

?12月31日四谷アウトブレイク
そして今日の大晦日ライブ。
_ _ _ _*としてやってきましたね、出演予定時刻はいい具合の22時5分。
1年経ってこの日を無事迎えれるのが嬉しくてしょうがないです。
メンツも去年よりさらに激しくなって強烈そのもの、都内のライブハウスで最高の夜じゃないでしょうか。
何やらかそうかな…やっぱりあれだな……。
最高の感謝と歓喜を今日はあそこに持ち込もう。

長かったですね、自分でも書いていて長いって感じるんだからよほどだ。
きっと読みにくいだろうなぁ。
こうして振り返ると本当に奇跡的な出会いや尽力によって俺達は支えられてきているのが
よくわかりました。
まだまだ駆け出しもいいとこです、いろんなとこ行きたいな~。
俺達だけじゃ何にも出来なかった、何一つ拾えなかった。
その気持ちを胸に来年も新たに活動させてもらいます。
どうやら名古屋にも進出しそうな気配が…
何かしらご迷惑かけることもあるかもしれませんが許してやってください、いつかまた…いい報告が出来るようになりたいです。
来年の詳細は年明けにでもアップさせてもらいます。
今年度中はありがとうございました。
また来年度もよろしくお願いしますm(_ _)m

ちんぱん
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