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夏に向けて。

ドラム用にシューズを買ってみました。
普段は裸足で踏んでいる俺なのですが、暑くなってくるにつけて足も汗をかくようになっていく。
そして放置しておけばペダルがツルツルして滑ってまともに踏めなくなっていってしまうのです。
30分ほどのライブなら大丈夫だけど、これが1時間超になってくるとタオルでも横に敷きながらやらないとまともなプレイはまず無理ですね。
シューズの条件はとても厳しい。
まず軽い、これが大前提ですね、裸足にごく近い状態。
次に地面まで近い。これはペダルの感触を足の裏で密に感じていたいからです。
次に間接の動きを邪魔しない。
ヘビー系のドラマーでバッシュなど履いている人もいますが理由は簡単、それは間接部が良い具合に固定されて横にぶれにくくなるからです。
そして対衝撃にも強くアキレス腱疲れにくいなど。
でも俺はそんなに早く踏まないし、連打もしないから必要ない。
俺の周りは裸足だらけなんですけどね・・・。
そして1週間ほど前から靴探しを開始しました。
まずアディダス。
なんかデザイン的にはいいんだけど、あまり機能的でない感じ。
サッカーをする前提なのかわからないけど、微妙に重くて素足の感覚には程遠い。
皮が分厚いのかな?守られ過ぎている感じ。
次にミズノ。
ランニング用が多く通気性良くて一番軽いんだけど、前後の動きにはあまり強い印象はなかったでし。
ドラムには耐えられまへんな。
次にPUMA。
これはもうなんとも言えませんでした。何を狙っているのかドラム的には理解できず。
フィット感も無かったし微妙に重い、しいて言うなら地面には近かったかな。
酷かったのはPRO-KEDS。
あれは完全にデザイン重視なのかな、履きかけで駄目だと気付いてしまいました。
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ロックって・・・?

この言葉、深いです。
世代や好みによってこの言葉の要約はだいぶん違ってきてしまっているようですね。
もちろん俺も。
近年日本で言われている一般的なロック、CD売り場でJ-ROCKと言われている棚を見ると吐き気に近い感覚がしてしまうのは俺だけでしょうか?
そんな売り物よりもその辺りのライブハウスに行ったほうが、よほどお目にかかれる確立が高いはずです。

ひとまずジャンルを飛び越えて、ロックしてるってどういうことか私的に書いてみますね。
例えば足ぶつけたりして、痛い時。
痛い声出すし、痛い顔するし、痛い感じで動く。
気持ち良い時。
気持ち良い声出すし、気持ち良い顔するし、気持ち良い動きする。
腹立たしい時。
腹立たしい声出すし、腹立たしい顔するし、腹立たしい動きする。

そんなこと言わんでもわかっているって言われそうですね、そう、言ってみましょう。
当たり前だ、そうだ、当たり前だ!
俺もそう思う、腹減っても怒りっぽくなるし。
早く飯食いたいのと食いに行けないのが混ざると最高にイライラ・・・
すると複合的な感情に怒るみたいな。
人間なんだから喜怒哀楽起伏は様々。
実はロックの入門というか、俺はまずそんなところからなんじゃないのかなと思いますね。
多いんです、カラオケしているかのように歌うボーカル、シビアなの歌ってるはずなのにどこか余裕があるようなボーカル。
まるで発表会で子供が弾いているような感じでプレイするギタリスト、俺は動かねぇと言わんばかりの地蔵みたいなギタリスト。
とりあえずドラム見ておけばいいだろって感じのベーシスト、自己満で弾きまくるベーシスト。
後ろにいるからってだけでなぜか満足しているドラマー、グルーヴに対する意識を全く感じさせないドラマー。

こんなのでもロックと言えるんでしょうか?

最初に当たり前だろって話になりましたが、それは当たり前ではなくなってしまっているのです。
カッコイイのがロックって言う人もいます、そう見た目的にね。
それはそれでロックなんだろうけど、俺は惹かれない。
そんなもんよりどうしようもなくブサイクで一緒にいるだけで暑苦しいような人間が汗ダラダラ流して一生懸命何かわからなくてもやろうとしている姿のほうがよほど美しい。
クールやらスタイリッシュやら謳い文句は様々だろうけど、結局顔面はどうなのか?そこに行ってしまうのかもしれません。

顔面で歌っているか、顔面で弾いているか、顔面で叩いているか。

俺はフレーズやらリフやらよりその人そのもののフォルムを見ているほうがよほどゾクゾクくる。
たいそうなギターソロでも普通に弾かれれば、それはただの騒音になってしまう場合さえ。
俺はかっこいいキャラでかっこよく見られたいから、見た目勝負でおとなしくライブやりますだなんて、それは血の通った人間の言う事じゃない。
それでロックやってますだなんて言われた日にはたまりませんね、あぅ~。。。

ここに書いたことなんてほんと軽い部分でしかありませんが皆、ロックってなんだと思いますか!?

インディーズ

「メジャー支配は終わった。」

最近よく耳にする言葉だ。
先日もそんな話をしていた。
楽器を始めて少しできるくらいの頃になったら、大抵の人間はメジャーデビューという言葉を口にしないまでも、夢見ることだろう。
それがなんなのか、どういうことなのか具体的に説明できなくとも考えたことはあるはず。
もちろん俺も。
それはとりあえずわかりやすい形であってごく表面的なもので、とんでもないバカであっても虚像は目におすることができるからかもしれない。
デビューして有名になってお金持ちになって好きなことできて一生楽しく生きていける、そんな感覚なのかな。
実際はそんなにうまい話はない。
最近、そんな夢さえも覆す現象がアメリカを発端に日本にも波及してきている。
それはまさしくインディーズ。
ついこの前、インディーズを主戦場とする株式会社が上場した、これがどういうことか?
もしかしたら、メジャーよりインディーズのほうが楽器で飯食えている人間が多いかもしれない。
版権を自分達で所持できるインディーズで1年に1回でも1万枚売れば飯は食っていける、利率が全然違うのだから。
そしてメジャーのしがらみにやられたり撤退した人達が多くインディーズで再出発して盛り返しているという事実。
宣伝にかかる金額などもここ10年のIT革命によってもたらされた恩恵のおかげで知恵を絞ればいくらでも対抗とまでいかなくても、より効率的に立ち回ることができる。
自分達の思うように成りたいように。
これはもはやベンチャー。
そう、これからはバンド1つ1つがベンチャー企業として振舞える時代がやってきた。
企画立案、戦術策定、マーケットの確保、そして流通だけは専門職の方に任せるという構図がはっきりと現れてきている。

インディーズの逆襲、自由な音楽の氾濫。

どれがスタンダードかなんてこれからはそれぞれが思うままに定めるもの。
メジャーはよりメジャーとして、インディーズはよりインディーズとして・・・
メジャーが音楽の最高到達点なんて思想はもうじき消えると思える。
80年代から本格的に開拓されてきたマーケット、そしてそれに付随してきた形で人々に与えられてきた付加価値。
価値観を売るということ、これは表現者としてなくてはならないもの。
均一化されるなどということは断じてあってはならない。
百人いれば百通りの価値観がある、よりその細かいニーズに応えれる音楽が広く世の中に出回る時がくるのが楽しみでしょうがない。

そして70年代以降、途絶えてしまったロックの潮流が俺達の時代にまた新しい形でやってくることを、俺も末席であってもその一員としてなんとかその渦の中心にいれればと願っております。
とりあえず、仲間を集めよう。

8ビート。

聴くのはたった1小節でいい、それでその人がわかってしまう場合さえある。
ドラマーにとっての8ビート。
これはたった1、2秒の話。
単に右手をハット8発刻む間にスネアを左手で2発、足を4分の頭に1発ずつ。
ドラムやったことない人でもやればすぐできるくらいのもの。
基礎の基礎もいいところ。
でもドラムやる度にこの根幹となる基礎の難しさに失禁しそうになる。
いったいこの世の中に自分のイメージする8ビートをイメージしたままに紡ぎ出せる人がどのくらいいるんだろうか。
俺みたいな緩い感性でも年に1人2人くらいしかお目にかかれない。
テクニックなんかじゃない、表面的なものじゃない、とりあえず8ビート叩いてます、それも違う。
生き様、気持ち、気概。
俺はドラム以外のことなんて、てんで話になんないくらいわからないもんなんだろうけど、全ての楽器に通じるものなんだろう。
昨日、70年代のプログレを聴かせてもらった。
あのドラマーさんは話していた、ドラムを叩いていたんじゃない、話をしていた。
それを俺は30年経ってしまった後に時間を越えて会話を盗み聴きしていたような感覚。

奇跡だ。
あれぞ音楽。

「70年代以外にロックは存在しない。」

俺もそう思ってしまった。
異性を必要としないSEX、まさにそれ。
人は動物、綺麗な部分なんて人握りで後は汚い部分。
それを前面的に綺麗な部分ばかり押し出すなんていつかギャップで潰されてしまう。
その日あったこと、その気持ちをダイレクトにそのまま出す、それがその日の自分。
いい音とされる音を出してかっこよく神格化されて偽者で売り物の表面を作り出す。
それを時代に合わせてパッケージングして1000円です、3000円です♪

上等だ、馬鹿野郎!
茶番なんかに付き合わすな!

そんな8ビート聴きたくもないし、殺される間際でも叩かん!
勘違いしてるのがたくさんいる、1発にかける意気込み。
意気込みというよりも生き様。
それを音というよりその人としてダイレクトにパッケージングされた8ビート。
感動だ、泣けてくる。
売れはしない、決して売れは。
でもそれがなんだというのだ、楽器、それはもはや物じゃない。
魂、その人が実在していたという確かな証、その主張、日常。
その思考、志向、30年後の俺に難なく届けてしまった人。

8ビートに憧れる、8ビートに。
俺の8ビートなんてまだまだ薄っぺらい「ちんかす」だ。
これからドラムセットに向かう度に思うだろう、自分の今について。
研いで研いで少しでも鋭利に生々しく、自分という巨大な偏見を伴った自我を殺さねばならない。

死ぬ頃には満足できているのかな。。。

PC停止!

あぅ、大変なことになってしまいました・・・
昨日からネットが使えなくなってしまったとです。

契約解除!?

意味がわからん、よくよく話を聞いてみると4ヶ月支払いがなかったからだと。

???

俺は払っていたつもりなのに。。。

俺は電子バンクで引き落としをしているのですが、これがよろしくなかったみたい。
引き落とし手続きも完了して安心していたのですが、実際は引き落とされていなかった。
明細も基本的にメールやらでしか来ないので、よく読まない俺には不向き。
お金は入っていたのになんてことだ・・・

そして明細送るのに1週間かかるとのこと、そしてコンビニ決済してから再契約・・・
ようするにしばらくつながりません、ネット。
ここでようやく俺が現代病ともいえる病にかかっていることが判明。
ネット無しでは生きていけない体になってしまっていたのです。
自分の貯金なんてほとんど電子バンク、振込みなども自宅のPCでやっていたし、仕事や友達なんてほとんどPCメールでのやりとり。
お金も引き出せなくなってしまったとです。。。
公文書なんかも満喫行かないと作成できない!

あぁ、たまんねぇ・・・。

というわけでPCにメールをくれた皆様方、これを読んでくれたのならばぜひ携帯に連絡下さいましーーーー!

騙された記憶。その2

車中であ~だこ~だ延々とイチャモンつけられながら20分くらい走った所にその事務所はありました。
場所は地下、辺りに人気は全くない。
見たからには普通だったのですが、一歩入ったらお決まりっぽい絵に書いたような応接室。
俺ってこの先どうなるんだろうと異様な不安に駆られ始めた時でしたね。

「お前の家は何の仕事してるんだ?」

ふむぅ、俺の実家から大量に金せびろうとしているのか。
そして半ば強引に免許証やらをコピーされて、なお意味不明な説得というか説教というか脅し文句が怒声を伴って飛ばしてくる。
俺はこの時点では諦めもあって完全に居直っていたのですが、すると・・・

「なんでお前びびんねぇんだ!」
「怖くねぇのか!」

とわけのわからないこと言い出して刃物出してくる始末。
そして気が付けば俺は500万円払わないと生きては帰れないという事態になってましたね。
ようするにそうしないと俺の親父の仕事先に行くとか俺を殺すとかそんな感じの内容。
長時間話をしているうちにこの人達はあまり頭が良くないということに気が付いたので俺は完全に安心していました、騙された手口までのクオリティーは素晴らしかったのに。

さすがに刺されはしなかったけど7発顔面以外を殴られてしまった後、当時の自宅まで送られてしまいましたね。
俺はその後すぐ警察に行きました、もちろん窃盗未遂ということも覚悟の上でアバラにヒビ入っていたことだけが物的証拠としてあったので。
刑事さんが出てきて良く話を聞いてくれました、そして予想される今後の出方も。
翌日、やくざやさんが自宅に押しかけてきました。
そしてこの日までにお金を持って○○に来いと。
じゃないと警察に言うぞと。
その内容を即座に刑事さんに報告すると、その日に私服の刑事7,8人用意するから行けと言われましたね。
それでも俺は行くのが嫌だったのですが、これで終わるんだと思って行くことにしました。
この時には両親も知っていて大騒ぎになってました・・・

当日、○○駅のルノアールを待ち合わせ場所にと刑事さんが指定、俺もその通りにやくざ屋さんに言ってなんとかそうすることができました。
公衆の面前じゃないと、またどうなるかわからないですからね。
ルノアールには刑事さんから協力の要請がすでに取り付けられており、店員として1人、客として3人、外に2人、車に2人とすでに完全に包囲されてましたね。
だから安心して行けと。
そして席につくと来ました、最初の2人のやくざ屋さんが。
そして金の話を切り出して、今持っていないと言った俺に対して強要してきた瞬間に御用になりましたね。
あの一連の出来事はなんだったんだと思いますね、なんだかんだで結果的に俺がたくさん金もらうことになったんだけど、それでも家知られていたこともあり当然引越し。

騙された、完全に騙された、東京の怖さを知った次第でありました・・・
皆さんもほんっと気をつけて下さい、2重3重に仕組まれた罠、気付いた時にはもう遅いんですから。。。

騙された記憶。

友達が騙されてお金無くなったんだって。
それを聞いて俺も自分のやられた記憶を思い出しました。
あれは5年前、まだ西荻に住んでいた時のこと。
住んでいた家には風呂が付いていなかったので、俺はよく銭湯に行ってたのです。
2階建ての大衆浴場でサウナとかマッサージとか考えられる設備は全て備わっていたそこそこいい銭湯。
そして、俺は2階の更衣室で一服しながら休憩していました、着替える前ですね。
と、そこに30代前半と思われる少しガラの悪い感じの2人組がやってきました。
そしてその2人組は着替え始めました、その時俺を含めて室内には3人しかいなかったですね。
そして俺は疲れていたのでしばしその場で呆けていました。
その2人が浴場に消えていった後、1人の若い男性が入場してきました、更衣室をウロウロして辺りをキョロキョロするなど、少し怪しい思わせぶりな素振りを見せていた彼は程なく浴場に。
俺もその後、浴場に入りました。
そして俺が一通り終わらせて風呂から上がりました。
すると後に入ってきた怪しいと思われた1人が俺に声をかけてきました。

「ここに置いてあった財布が無くなったんですけど、知らないですか?」
「知らないですよ。」
「すいませんが、茶色でこんな形なんですけど一緒に探してもらえないでしょうか?」
「わかりました、ちょっと探してみますね。」

こういうやりとりの後、俺も探してあげることにしました。
ある種の警戒はしていたけど、少し和らいでしまっていましたね。
そして更衣室を探し始めたものの、無い。
あまりに困っていたのでもっとよく探してあげることにしました。
すると1つだけ半開きのロッカーがありました、遠目から中をフと見てみると色形がそれっぽい財布があるではありませんか。
それをその男性に教えてあげると、自分のロッカーを勘違いしていたらしくそれだと断言したのです。
俺はその財布を安心して取ってあげました。

これが最大の過ち。。。
そこへ最初の2人組が態良く登場。

「お前人のロッカーから俺の財布盗もうとしたな!」
と大声張り上げて近寄ってきました。
意味がわからない俺は最初の1人のほうの男性にこのロッカーの主をもう一度確認すると、似ていたので間違えたと。
この瞬間、俺はやられたと思ったのですがまだ何も気付いてない振りをしました。
まだこの時は相手の出方がわからなかったのと、事実上俺は窃盗未遂で現行犯で捕縛された状態だったからです。
そして
「俺はこういうもんだ、えらいことしてくれたな!」
と名刺を渡されました。
見れば、それは金箔で縁取られた名刺で○○会○○頭○○と書いてました。
そう、完全にやくざ屋さんです。
俺は騙されていたとしても、やくざがこんなにしょぼい仕事するのかなとか疑問に思っていました。
そして掴まれたり迫られたり怒涛の勢いであ~だこ~だ言われて警察呼ぼうかと言われたのです。
俺はすんなり呼んでくださいと言いました。
その俺の反応に逆にびっくりしたのかもう1人が電話し始めました。

「若いの5,6人連れて来い!」

やばいと思いましたね、警察呼べよと思いつつそうもいかしてくれないこの状況。
その時には最初の1人の男性は消えていましたね、要するに証人がいなくなってしまっていたのです。
程なく子分格と思われる5人が到着、俺は事務所らしきところに強引に車で連れて行かれてしまったのでした。
続きは明日書きますね。

ゴーイングアンダーな・か・の

今日は朝から横浜方面行って、昼過ぎから中野散策してました。
ラ~メン食べて麻婆豆腐定食も食べてジェラート食べて佐世保バーガー食べて・・・
どんだけ食ってんだ、ずっと遊んでいたわけではないのですよ。。。
それである場所でカルチャーショックを受けたわけです。
それはズバリ『中野ブロードウェイ』!
ここはかなりマニアな場所です、ちなみに近くにある中野サンプラザも現在ではハロプロの聖地。
おわかりでしょう?
東京で考えたら東の秋葉原、それに対し西の中野。
とはいえ、両者のキャラクターが違いますね。
何も電気街とかでの対抗ではありません。
列挙してみます。
コスプレ、フィギュア、同人誌、キャラカード、AV全般、アニメ、PCなどですか。
秋葉原は海外からも集客が見込めて東京知らない人でも来る場所、基本は電気街でそれに追随する形でマニアな店が乱立したのです、従ってマニアな印象はあるけど明るいキャッチーな街ですね。
一方中野は・・・
どことなくさびれていて、街自体がどうなりたいのかいまいちよくわからない。
風俗店なども規制などで出店できないらしく、絶対に歓楽街にはなれない。
従って集客の絶対数は見込めない、俺はそんな中途半端に感じてしまう中野が好きにはなれなかったのです。
でもありました、中野のいいところ!
それが上記の『中野ブロードウェイ』を中心に展開されているマニアでコアな店達。
中野は秋葉原のようにキャッチーではありません、とことんイクところまでイっております。
とあるカード店でのこと。
俺は興味本位に8坪程のブースにただひたすらキャラクター系芸能人系のカードばかりをディスプレイしている店の前で立ち止まってしまいました。
正確には店というよりそれを見ている人に見とれてしまいました。
年端は明らかに俺よか上、色白でモチモチしていて普段は絶対におとなしい感じの子というより、大人の方の異様なまでのカードに突き刺す鋭い眼光!
そしてそそくさとレコードをあさるような手付きで怒涛の早業でカードを物色している。
「速い!」
「速過ぎる!!」
そして瞬時にカードを見極める熟練された鑑定眼。
あっけに取られた俺は気付きました。

「この人、カードに・・・カードに命をかけているんだ・・・!!」

そしてあっけに取られている間に店員とその取り巻き3人の会話が大声で聞こえてきました。

A:「カードスラッシュできねぇじゃねえか~!!」
B,C,D:「アハハ、傑作だよ~、ハハハハハハハ♪♪」

・・・・かーどすらっしゅて何!!!?・・・・

その疑問は未だに拭えてません。。。
俺は今どこにいるんだ?
今何が面白かったんだ?
ここは半端じゃない・・・
俺の知らない世界だ・・・

そうやって2,3発お腹殴られた感じでカマされた俺は傷心で次の場所へ。
やってきました、コスプレ専門店2軒横並び。
今は『ガンダムSEED DESTINY』が流行っているらしく、それはガンダム好きな俺も毎回チェックしている番組なので理解できました。
しかし、そのコスプレ店には番組内で戦争をしている3軍それぞれの軍服、主人公達それぞれの制服、果てはキワどいキャラのスケスケの服まで・・・
そしてそれを楽しそうに試着している人。
俺なんかの場合だと、番組見て少し考えさせられたりして感想出てくるにとどまってしまう。
それでも1時間くらいは語れる。
でもこの人達はそれだけでは燃え上がるパッションを抑え切れず、衝動のままに主人公達にまで成りきってしまうことが可能なのだと!
完全にやりきって成りきってる、気持ちだけはガンダムに乗っているんだ。。。
いや、俺にはガンダムに乗っていたように見えた!
うん、乗っていた、間違いない!そんな清々しい表情とフォルム、美しい。
俺なんか2度とガンダム好きだなんてもう言えないな・・・
完敗っす・・・この時点で俺は顔面100発殴られた感じでグダグダ、何故か異様に疲れてしまいました。

とどめを刺されたのはフィギュア店でのこと。
『エヴァンゲリオン』と言えば誰でも名前くらいは知っていますよね、俺も全編見て感動させてもらいました。
今でもたまに見るくらいですね。
しかしそのフィギュア店で目撃したフィギュアとは!?
主人公の女の子キャラクター達を男の欲望のままに局部まで緻密に再現された完成度の高いフィギュア達がかなりの場所を占拠して堂々と陳列されているではありませんか!
もうあれは巷のAVなどよりも、よほど芸術性の高いエロでしたね・・・
俺なんかだとアニメ見て、せいぜい「あのキャラクター可愛いな」くらいのもんでしょう。
でもあの人達は現実ではない仮想でもそこまで想像を膨らませて、いつでも恋人感覚で楽しめるんだと叩きのめされました、脳天串刺し、立ち直れません。。。人類は滅びていくのだろうか・・・
いつかAVは消滅するかもしれません・・・
いや、正気を取り戻せ、俺!生じゃないと嫌だ!!
駆け出しの素人の人間の些細な主張っす。。。
あの作品達の質量を見ていると、あれは市場で完全に二ーズを満たして成立している既存の商品だと見て間違いない。
秋葉原でも軽く見たことはあったけど、あの量や凝り方は中野ならではのもの。
俺がドラムやってて他人に理解されないのと同じで、人の価値観次第でモノはなんとでも変わって昇華していくもんだと思いました。
あそこまで徹底的にイケばもはや常人では理解できない、それは人生の良き伴侶かもしれない、いや、絶対そうだ!
妄想をこのリアルなこの世に必死で反映させようと努力し、見事具現化!
表現者がいる、ここ中野にはたくさん!

これからはちょくちょく『中野ブロードウェイ』に顔出してみます、勉強させてもらいます。
狂っている、あれほど堂々としたムッツリすけべ達なんて見たことないっす。
中野のいいところ、それは徹底してイクところまでイっている、いや、イケている!
他には服などPB商品も取り扱っているハイセンスな店もありましたが、印象は完全にアンダーグラウンド中野。
秋葉原よりも遠く濃密に深く小さく狭くただ一点のみを目指して!
あなどれません、中野駅北部。

第一回井の頭公演開催!

プラkでライブをする前に時間があったので井の頭公園で路上やろうと繰り出したのです。
最初にいたメンツは俺とcandyとばぶ~氏、それにお手伝いのユウコりん。
ジンプルはバンドの都合上、参加が遅くなってしまいました・・・
これがあれほど仇になってしまうとは!
というのもばぶ~氏がビビッて全然やり始めなかったのです、なぜ?
ライブの興奮を公園なんかでアンプ無しで少しでも伝えようと思ったら、大声張り上げて発狂しなければまず無理!
candyはそのへんわかっているようで、この間も吉祥寺の中心地で叫んで爆死したりしてました。
仕方なくやり始めたばぶ~氏、そう棒立ちでジャカジャカと優等生におとなしく。
アンプないので5m離れたらギターの音なんて聴こえません、でもなぜか
「チューニングが・・・」
と調整しだす。また、
「チューニングが・・・」
と何回も調整しだす。
これではとても駄目だと思い、candy投入!
いくらかましになったものの、歩く人の目を引いて足を止めてもらうにはまだ不十分。
俺はジンプルに「まだ来ないの?」と電話していました。
ちなみに俺なんかは公園が基本的に打楽器禁止なので参加しにくいのです・・・
そしてなんだかんだしてるうちにジンプル登場!
やっと来たと思って即刻ユニフォーム着用、そう、あのインディアンスタイルです。
昼間っから井の頭公園でもちろんごく普通に脱ぎ出すジンプル。
そしてスタンバイが完了したジンプル。
ギターを持って場に出ました。
そして開始した瞬間、俺は凍りつきました・・・


そう、彼は1秒で自ら神を我が身に降ろしたのです・・・!!


彼が始めたナンバーはイナヅマぎたー、ライブでは俺とジンプルだけでやっている曲です。
もちろんアンプ無しなので音なんか聴こえない、その代わりと言っちゃなんですが彼は自らの言葉で大声でギター音を再生するといった行為に出たのです。

「トタタタタタタタタタタタタタタタ・・・・」
「フィーンフィーンフィーンフィーン!」
「テーーテーテテ↑テテテテテテテテテ↓テーーテーテー・・」
そして周囲なんかまるで関係ないかのように暴れまくるといった状態で!

・・・ジンプル降臨・・・in井の頭。

あれはライブ以上のパフォーマンスでしたね、人が見る見る!
パッと見たら捨て身でしかもギター音もないから素晴らしくショボい!
でも完全に口ギターでやり切ってたから、見ていて面白いものでした。
やっている本人が1番楽しそうだった、基本ですね♪
遠くでも足止める人が続出、そして1分経った頃写真撮ってくれる人が出現しました。
これぞ表現者、いや『きちがい』!!
そして3分経った頃には人と出会えて仲良くなっておりました。
映像の世界で活躍しておられる方とパティシエやってる方。
なんて良い出会いをジンプルは引き寄せたんだ、その身1つで。
その後その方達はライブに来てくれて打ち上げにまで参加してくれました。
パティシエの方なんかリタリンの為にケーキまで作ってくれるなんて言ってくれてました。
映像やってる方も音楽の専門かと思うほど音に敏感で、これから繋がりが深くなってくれるのを願ったりしてます。

candyは最初からきちがい、ジンプルは神降ろせる、これにばぶ~氏ビビることなくが続いてくれれば。

これぞ路上の醍醐味!これで次は人だかり作れるようになれれば・・・!!
楽しい1日だった!

良い音楽。

先日、ベスト盤を出すって人と話する機会があって、討論会になりました。
CDのセールスなどで日本って国はとにかくベスト盤がよく売れる。
いいとこ取りが好きな国なのは間違いない。
ベスト盤。
ベスト盤・・・。

ベスト盤!?

何がベストなの?って思う。
売れた順番から順序よく挿入していくのがベスト盤?
んなばかな!
俺なんかだと、ずっと好きで聴いているアーティストがいるとします。
そして5年、10年経った時にベスト盤を出しますって話を聞くと気分が悪くなるとともに嫌になる。
なんでかというと、挿入されている曲順を見るとまず、全然ベストじゃないやん!って思う。
次に変なタイミングで出されると解散するのか?とか思ってしまう。
これはバンドでの話に特化しちゃってます。
まず最初にベスト盤っていう概念を考えないといけませんね。
売り上げをベストとするのか、作品をベストとするのか。
ほとんどの場合が売り上げだったりしちゃってますね、うん。
これはもはや商業至上主義的というか、とにかく売らないと駄目ってこと。
アーティストも契約があってその期間のうちにこれだけのものをこれくらい売るっていうのとかがあったりします。
だから解散間際にベスト盤出してノルマ達成とかってよくある話ですね。
海外でもレコード会社移籍に伴ってベスト盤ってよくありますよね。
理屈はわかる。
曲を作っている本人達は1つ1つ一生懸命作っているのです、売り上げなんかに関係なく良い音をいかに表現しようかと苦心しながら。
聴きやすくて大衆ウケするのが即シングルってわけでもないのですが、その傾向は否めない。
本意ではない曲を表に出されて、出したい曲を前面に出せなかったりする。
でも普通のアルバムを聴いたらわかりますよね、これが本当にやりたいことなのかなって感じれる曲達が。
10年近く一線でやってきたクラスの人達のライブになると2時間くらいはやります。
その2時間を何が支えているのか。
それはシングルではない一般的には有名ではない曲達ですね。
その中で確かにシングルカットされて、その人達を一線に押し上げた曲もあるはず。
でもそれだけじゃいいライブなんてできないもんです。
残りの曲達、キャッチーではないかもしれないけど、その人達の色が濃く出ている曲達。
本当にそのアーティストが好きな人ならば、そういう曲に目がいくんじゃないでしょうか。
ファンとしてはこれぞ最高の1枚って言えるベスト盤を出して欲しいもんです。
聴きやすさはどんなジャンルでもある意味必ずいるものだと思うけれど、どうもシングルばっかり13曲とか15曲とか並べられてもしっくり来ない。
アメリカとかと比べると、日本の音楽や習慣ってなんか別モノって感じさえする。
確かに日本が追随型なんだろうけど、売れ方や聴き方見てるとそう感じてしょうがないのです。
アーティスト本人達がこれぞベストって胸張って言えるのなら納得っす。。。
俺は下手なベスト盤を出していない人達はほんと偉いと思う。
価値観なんてその時々で変わってしまうものだし、10年やった後でこれがベストって思えるならいい。
でもシングル出した瞬間にベストに入れようとかってあまりに稚拙に感じる。
ファンからのニーズ、それは応えなければなりません。
あの曲入れて欲しい、この曲もってなるのは当然です。
ファンからすれば、リアルタイムに今ファンなのであって10年後もファンでいるかどうかはわかりません。
でもやっている本人達は10年後もやっていれば、それは紛れも無く本人達。
作品を発信する側としてそれでいいのかなって。
その時は気付かなくても10年後、あんな曲はもう2度と作れないなって気付くかもしれないし、あの曲今考えると最悪だとかもう聴きたくもないとかってなっちゃってるかもしれないのです。
それでも宝物には違いはないのですが。
プロとしてやっている以上とにかく売らなければいけない。
なんかそんな話を延々と朝方まで話してましたね。
こんなのほんの一部に過ぎない話でした、考えさせられます。。。

思いもしなかった結果。

必死で何かをやっていたとして、その結果が考えられないものだったらどうしますか?
良かれと思えばこその行動、言動、そして鼓舞。
それがあまりにも強く伝染し過ぎたのか、無理に巻き込むという形になってしまったのか。
マイペースって言葉があるけれど、何も手にしていない人間がマイペースだとそりゃ困る。
誰も待ってはくれないんだから。
だからと言って無理強いしていたのかもしれない。
人のペースなんてそれぞれだし真剣さの度合いも様々。
それをまず最低のラインまで持っていったとして、問題はその後。
何かをやるにつけて、具体的にどこにどういう感じで行くのか。
あまりにも見えている道筋が離れていたとしても、それは行動を共にするうちに同一化されていく。
そして共に高みを目指して届こうとする。
果たしてここで、空だけを見てしまって足元見えてなかったのか。
結果、表面上は良くなっているように見えても内面的にはグチャグチャ。
社会適応能力、モラル、誠意、尊敬、信頼、この中で1つとして欠けていたならそれも頷ける。
そしてこの後、更に悲劇は続く。
決定的でさえあるかもしれない。
上に登っていた結果、内面は駄目になってしまった。
もういいじゃないか、ここからまた登り直せば。
この後に及んでこれ以上惨めにならなくても。
何も問題起こしていない人もいる、その人は今何を思うのか。
一生懸命頑張ってきた結果、それはきっと最悪でも何かをやろうとしてよかったってところじゃないだろうか。
それが、
それが・・・

何の気概もない俗物を2つ作りだす結果になるなんて!

止められなかったんだろうか、どうやっても。
思いもよらなかった結果。

・・・どうする、
・・・どうする俺!

昔の記憶。

全てが真っ白なわけです。
俺なんか未だに夢で見ることがあります。
恐らくあの映像はおかんの腹の中でプカプカしてる頃のもの。
極上の安心感に包まれてフゥ~っとしてる。
真っ暗で何も見えないんだけど、とにかく居心地が良い。
それが夢の終わり、目が覚める間近になるとなぜか酷く悲しくなってくる。
終わりたくない、ずっとこのままでいたい!
そして目が覚めた時、たまに涙目になっていることもあります。
あれは間違いなく腹の中にいた時。

俺の1番古い記憶の時で1歳になるかどうかくらいの記憶があります。
それはどうやってもお腹が痛くて痙攣していた時の記憶。
そんな中でも両親の顔を見ると安心する。
結局死にかけて手術したんだけど、そんなことは覚えてない。
ただ、痛かった。不安もなくただ痛い痛いってのだけ。
だってあの頃なんて、死ぬっていうことさえ知らなかったんだから。

生まれた頃は見るもの聞くもの触るもの全てが新しい。
だからなんでもしたがるし触りたがるし、とにかく後先なんか関係なかった。
野球選手を見たら、将来野球選手になるんだと心底信じれる。
テレビで綺麗な人カッコいい人見たらそうなると心底信じれる。
あの頃の人間ってきっと1万の夢を持ってて1万の可能性を持ってたんだって。
毎日毎日おかんと一緒にいれて食べる物着る物寝る所もしっかりあって、俺は幸せだった。

幼稚園に行きだすと友達が出来る。おれはここで奔放っぷりというか、とにかくやくざな幼稚園児だった。
意味も無く暴れて2階から椅子投げたり、半日行方不明になったりして、大変な問題児だった。
ある時は女の園長先生に飛び掛ったりもしていた。
怒られて引っ叩かれたのを恨みに思っていた。
士農工商時代の「斬り捨て御免」じゃないんだろうけど、そんな世界観だったんだろう。
今でもより鮮明に覚えているのは幼稚園から帰ってきて、近くの山で遊んでいた時のこと。
卒園間近の時だった。
俺はなぜか皆から1人で離れて、山の奥、茂みの中に行きたくなった。
普段なら1人では絶対に行かなかったような場所だ。
そこで俺は1人の中年のおじさんに出会った。
あの顔は生涯忘れることはない。
一生懸命に話しかけていた、押しても叩いても何も反応してくれない。
子供ながらに必死で語りかけていた。
「おじさん、どうしたの?」
「何してるの?」
そのうちに近くで竹の子狩りに来ていた別のおじさんが声を聞きつけて俺のもとに駆け寄ってきた。
そして慌てて俺の目を覆って抱き締めてくれた。
そう、俺が語りかけていたおじさんは首を吊った後の状態だった。
それを死んでるとも知らずに、何か様子がおかしいのを感じて一生懸命話しかけていた。
たった1人で。
怖さなんか微塵もなかった、何も知らないんだから。
あの時初めて人ってこうなるんだって知った。
あれは今でも唯一の現実の夢。
それからかな、現実ってのを考え出したのは。
あの頃の感覚ってのは自分に多少知識がついただけできっと今もあるんだろう。
見る聞く触る全てが新しい時って。
違うところをしいて言えば、邪魔なプライドみたいなもんがヘバリついたくらい。
年を取るにつれて、能力の優劣やら育ちの差みたいなもの感じてどんどん汚れていく。
嫉妬やら殺気やら劣等感と理想の妄想の狭間で苦しむうちに夢は夢でなく現実になっていき、
いつしか自分ってものを自ら放棄していく。
生まれた時はあんなにあったのに。
そうして皆同じ規格に均一化されていくのか。
昔が良かったなんて思わない、だって良いって思えたのはそのほとんどが何の責任も負っていない状態だったからできただけのこと。
凄く楽しかったしかえがえのないものだったけど、もうあれから時間は進んでいる。
じゃあこれからは責任負った状態で同じ事すればいいって思う。
何も知らないし見たことも無い、そんな場所に。
年取るにつれて幼い頃にはあった牙も抜かれたのかな。
そんな純粋さも度胸も無いって?
いやいや、誰でも持ってるけど隠しているだけ、胸の中にこっそりと。
それを周り気にして優劣やら世間、モラルやら気にして出せずにいないだけのこと。
誰でも感じ方、考え方なんて違うんだから無理に合わせる必要ない。
童心を思い起こせば怖いものなんて無いはずなんだから。

そんなことをフと考えた今日でしたね~♪

なぜ~!

アメリカ。

過去に3回行ったことがある。
全てがそうとは言わないけれど、ある場所に行けば決まって必ず叫ばれることがある。

『イエローモンキー!!』

うん、次行く時も言われるだろう。
何が気に食わないんだろうね、肌の色が違うから?
瞳や顔の作りが違うから?
俺は別に日本人ということを強烈に自負するわけでも誇りに思っているわけでもない。
ようするにナショナリズムに疎いんだろう。
でも異国の地に行けば、なぜか日本人ということを強く感じる。
だって、海外に行けば日本人と強く意識されるんだもの。
国内にばかりいる間はこの感覚わからなかった。
そして

『イエローモンキー!!』

と叫ばれる。
英語圏では最高のけなし文句かもしれないけど、なんか度合いとか実感沸かない。
よくわからないけど、馬鹿にされてるのは確かだな。
それも歩いているだけで、座っているだけで。
そう考えるといつも決まっていいモチベーションが持ち上がってくる。
別にムカつくとかそんなのじゃない、とりあえずやってやろうかみたいな。
だって普通のスタートライン以下の所に設定されているわけだ。
スタートラインが。
底辺だぜ、底辺!!
要するにこれ以上無いくらい見くびられていて、普通にモノが飛んでくるような状態。着飾るだけ無駄って話ですね~♪
それを完膚無きまで徹底的に全員のアクビまで黙らすとこまでやり切ったシーンを想像するだけで・・・
口が空いて閉まらない、ビックリしてる顔、ビビッている表情、これはゾクゾクな鳥肌もんだね!
ブルブルっと武者奮いしてくる!
向こうの人は未だに日本人が音楽をやっているというだけで異様な興味を惹くようだ。
やっぱり世界的なスタンダードになっている国からすれば、極東の島国の認知度なんてそんなもんか。
何かのジャンルに特化して、これがオリジナルですと言って音出してみても、そんなものは何年も前に現地で流行り廃れた後のものであって意にも介されない。
ポップスやっても英語圏にゃ勝てない、ロックやっても本場にゃ勝てない、若輩な俺達がブルースなんかやろうもんなら3分持たずにチ~ンですな。
コアやラウドなんかも向こうでは氾濫しているわけだから、こっちの感性じゃ全く話にならない。
いっそ阿波踊りやら日本伝統の音楽やらを披露したほうが、全然ウケる。
意識的な問題が大きくて、あそこでは曲をやろうとすれば相手にされない。
でも少しでも独特のものや、良い音を出せれば途端に手のひら返したような反応がダイレクトに伝わってくる。
ニューヨークのライブハウスなんて汚いとこばっかだったけど、雰囲気は本当に好きだ。
ほんっと汚い、臭い、暗い。
でも年季の感じられるそんな場所にこそロックを感じたのも事実。
そんな場所で

『イエローモンキー!!』

と叫ばれ、けなされるなんて、最高だ。
精神的にそんな極限時に、自分が日本人なんだなと感じれること自体幸せ。
その後、人種の垣根やら偏見、うざったいただの言葉達を破れるかは自分達次第だ。
守られた場所に行こうなんて思わない。
アメリカの最下層、そこを踏破してこそ意味がある。
日本のライブハウスなんていいもんだ。
柵があって、お客さんは行儀正しくて、少しルックスが良けりゃそれだけでキャーキャー騒いでくれる。
そして演奏が始まればしっかり前見てくれるし、ヤジやモノなんか間違っても飛んでこない。
これがロックか?
守られているわけだ、日本のシーンは。
シドなんて投げ込まれてきたモノで鼻血だしながらマブタ切りながら全身血まみれになりながら、それでも倒れるまで主張し続けていた。
石やらビール缶、果てはバールやら看板やらでかいのも。
そんな中で絶対に認めてくれない客と自分との戦いに勝ったんだ。
個性なんてこっちでは見られないもん、カッコいいもんをカッコよくやってりゃいいなんて、そんなもんつまらん。じゃあ自分が出している音なんて無難に良いと言われているものを出していればいいだけ?
氾濫したメディアや誰かが創り出した流行に汚染されているだけ。
音階なんて無限、不協和音やら中低音、高音なんやらとかってよく気にされるけど、一体何を意識してるんだ?と思う。

自分の出したい音は!?
自分のやりたい音は!!?
自分の主張したい音は!!!?

それがなけりゃ最大公約数目指しただけのポップス精神満載のスペアマンだ。
そんな世界でどうか売れますようにって何かのジャンルに特化されて、全く違う人生を歩んできた赤の他人の主張とされるものと自分の主張を同等にショーケースに陳列されるわけだ。
考えられない。

サウンドこそ音楽。
トータルなサウンドにこそ何か感じる。
それは10年経っても聴けるだろうし、死ぬ間際も頭の中で流れているかもしれない。それが自分と強く信じれるならば。
上を目指すったってその上ってどこなんだろって思う。
それぞれ思うところはあるんだろうし。
それを勘違いして海外進出しますだなんて、実行までしたもんならあまりにもかわいそう。
もっと自由にやればいいのにね、皆。
これは別に誰が攻めているとか守っているとかってのでもない。
そんなこと達を教えてもらった場所。
ジャンルや志向など関係ない。
アマとプロなどという括りもない。
自分、個性、自我、研ぎ澄まされたそれのぶつかり合い。
お行儀のいい世間体やらモラルから考えればカッコ悪いことがカッコいいとされる場所。

そこに日本人としてじゃなく、人として参加できることを嬉しく思っとります。

東京一人暮らしを楽しくする秘訣♪

これはいろんな人と会ったり話したりする度に思いますね~。
それはズバリ!
飯をいかにおいしく食べれるかですね~
俺が食べるのが好きだから言っているのではありません。
一人で食べる時、二人で食べる時、たくさんで食べる時、正装で食べる時、
状況は様々でもとにかくおいしく食べる術を身に付けるべきだと切に願っちゃうのです。

友達などと飯を食べる時っていうのはリラックスしていますよね。
話も弾みます、そう、飯を食うという行為よりも話をたくさんできるわけです。
落ち着いて、座った状態で思う存分!
こういう場でどれだけ楽しくなれるか、これがかなり大きく一人暮らしを左右するのではないでしょうか。
上京してきた時俺は近くに友達はおらず、半年くらいほんっと一人ぼっちでした。
そんな状況を打開したのが飯だったような気がしますね。
楽しく食べれて純粋にまた一緒に食べに行こうよみたいなところから。

状況は少し変わって異性と付き合うか付き合わないかどうかくらいの頃の飯。
っかぁ~、微妙ですよねぇ。
お互い微妙に探り合いみたいな感じで、しかもこの後どうしようかみたいな暗黙の状態ならなおさら!
全ては飯の時間の使い方にかかってくるのではないでしょうか?
飯を食うという行為よりも、どうその時間を楽しく使えるか。
そこもきっと飯を食うという行為を通してうまくやれるはずですよね。

また少し状況は変わって、確かにおいしいはずで値段も高い飲食店。
でもあまり親しくない人であったりすればおいしくないかもしれません。
ご飯って不思議ですね、どんな状況かでおいしさも変わります。

逆に1人のほうがおいしく食べれる場合もありますね。
例えばお金が無い時。
カップラ~メン食べ終わってまだ満腹感に酔えない。
そんな時俺ならば、ダシにもよりますが白飯を残り汁にブチ込んで、おいしく食べていますね。
でもそんな姿・・・人に堂々と見せられる姿ではありません。
誰かいたらそんなことできませんよ、さすがに俺だって。

友達の多い人ってとにかく飯の食い方が上手い人が多いですね、偶然じゃないと思います。
楽しく話が広がって、付き合いの可能性がそこで大きく広げられる。
ばぶ~君なんかはこの間、凄く美味いエビチリを一緒に食べてるのにとんでもなく不味そうな顔と雰囲気で食べていました。一緒にいた俺達まで不味くなって気分悪くなって話す気も失せたことあります。

・・・最低・・・!!

皆様方、ご飯はおいしく楽しく食べましょう!きっとそこから付き合いが広がるはずです。
ちょっとくらいお金無くっても構いません、その分、倍楽しい時間が過ごせるはずです。

こんなに合理的にかつ効果的に確実に誰かと時間を共有できる行為なんてなかなかないんですから!

手招き~

最近いろんな誘いがある。
あっちではあれやらないか~?
こっちではこれやらないか~?
毎日毎日凄い数の選択を迫られている気がする。
その中で選りすぐりってわけじゃないんだけど、グッとくる誘いにのったりする。
それってやっぱり選りすぐりか・・・。
う~ん、考える。
俺が一番活きるとこはどこなんだろう?
俺が一番必要とされてるとこはどこなんだろう?
また考える。
こうこうしてこういう風になっていきたいから?
あれをやる為にお前が必要なんだ?
う~ん、しっくり来ない。
なんか表面的というか体裁的というか理屈というか。
仕事にしてもバンドにしても、なんていうか大切な時間を削るわけ。
削った分の代価は必ず手にするべき。
それが代価に満たないなら、それはどうなんだろうと思う。
例え熱意があったとしても、果たして事象が合致しているのかとか。
でも選択を誤れば大変なことになる。
時には大きな賭けに出ないといけないことがある。
その時が来れば例え1%未満でも、そこに見い出せるなら。

理由は単純な気がする。
『お前がいい』
うん、これならシンプルにしっくりくる!
『お前じゃないとやらない』
うん、もっとグッとくるような気がする!!

なんていうか、誰でも毎日毎日いろんな出来事や話があるわけです。
その中でどう選択して生きていくというか、どうしていくのか。
超利己的にいくのであれば、選択は簡単かもしれない。
ローリスクハイリターンってやつですか。
でもそれって自分の力なはずないし、絶対に満たされることはない。
だって楽してるんだから。
高校の時競馬で40万勝ったけど、あんなの金と思えなかった。
それよりも小額であっても好きなことで稼いだ金、それを好きなものにつぎ込む幸せ♪
現実的にはハイリスクローリターンかもしんないけど、
やっぱりハイリスクハイリターンでやりたいなぁ。
でもそれは簡単にはできない。
まず、ハイリスクである場に参加できる資格って言い過ぎかもしれないけど、
条件を揃える必要がある。
俺はそれをまだ備えていないのかもしれない。
年月経つごとに次元が大きくなっていく、それについていかなきゃ。
もしかしたらもう周りにいるのかもしれない、一緒にあそこで勝負できる人達が。
俺が一番理屈っぽいな・・・

5年先10年先にどうなっているか、楽しみだ♪
1年先の自分を予測して当たってしまったらそこが自分の天井だったってことだろうな。
自分を覆し続けないとな~んも進まない。
的が見えてきた感じがする、なんとなく。

もうちょい鋭利になってみよう。
感覚研ぎ澄まして、右脳ビンビンに!

馬鹿丸。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

!?

・・・・0から出直してきます・・・・。

あいつは俺に言った。

「救ってくれ」

救う!?

思ったことや願ったことが全て叶えばいいというのか?

ある時まで時間が遡ってやり直せればいいというのか?



仮に俺が何らかの手段で救えたとしよう。

そこからの未来はどうなるというのだろう。

本当はそうなることを望んでいたんだろう?

本当はこうなることなんて先刻承知だったんだろう?



非現実な現実逃避?

誰しもが現実の中で生きている。

その中でいくら現実逃避しようと雲を掴むような話。

死ぬことを選んでも、それは現実の話。



悲しい?  苦しい?



自己に対する無価値感がそうさせるのか?



じゃあ、なぜ悲しいと感じるの?

じゃあ、なぜ苦しいと感じるの?



そう感じること、そのものが矛盾じゃないのか?

無価値な人間なんかいないってわかるだろう?

その無価値感を何かに尽くすことによって価値観を見い出す。

それで感じる価値観など、何が自分と言えようか。



それを選ぶのは自分、それを選んだのも自分。

振り返ったら足跡はあるだろう。

誰かついてきているか?

前に道はできているのか?

周りは見えているか?



たった1つの悲しみだけでも捨てることができれば

たった1つの憎しみだけでも捨てることができれば



あるいは・・・

バンドにおけるドラムの役割?その2

ドラムってなんなんでしょう?
俺もはっきりとはわかりません。
ただ、叩いている本人からすれば、目立つ目立つまいに関わらず気持ちいい。
スネアをタカタカ連打する、気持ちいい。
シンバルをガァ~ンと叩く、気持ちいい。
バスドラをドンっと鳴らす、気持ちいい。
それらに合わせて皆演奏してくれる、気持ちいい。
それを見て聴いてくれている人達がいる、気持ちいい。
じゃあ、実際聴いていてくれている人達は気持ちいいのか?

?????

ここですよね、バンドとしてドラムが自然に鳴っているかどうか。
こればかしは実際にライブ中、お客さんの顔を確認することでしかわかりませんね。
もし物販などで音源を販売していたのなら、どれくらい売れたのかも1つの目安になるのかもしれません。
全ての楽器は難しいと思います、何かやっぱり面白い演奏がないと魅かれない。
それが個人プレーなのか連携プレーなのか。
ドラムの場合、個人プレーで切り抜けなければならない瞬間が必ずありますね。
だって音階楽器じゃないんですから、その比率は他パートよりも若干高いはずです。
叩き過ぎか叩き足りないか、ハードな曲をやっていたらかなりの悩みどころじゃないでしょうか?
ポップスやパンクなど、とにかくボーカルを聴きやすいようにっていう前提があるのなら、比較的簡単にアレンジ組めると思います。
おかずうんぬんよりも流れの中で流れにのった一発の説得力を目指し、より8ビートなり根幹となる部分に気をつけたら良いと思われます。
だけど、インストやプログレ、そしてラウドなどはどうでしょうか?
シーンの切り替わりがたくさんあったり、ニュアンス勝負になった時ですね。
少し小手先の技を入れたぐらいでは聴きにくくなるかもしれません、ドラム偏重気味になったり。
豪快にグルーヴを叩き出そうとする場合も同じですね。
どうしたらいいものか?
俺の場合だと、これは完全に顔面で判断しますね。
流れの中で他のプレイヤーがどんな顔面をしているのか?
それと同じシーンで俺も自然に同じ顔面になっているか?
俺の叩いているので誰かが違う顔面になっていないのか?
これですね、俺は。
叩くのに必死になり過ぎていると、周りなんか見えやしない。
その流れの中でアイコンタクト取れるぐらいの余裕でグルーヴ構築できるか?
今のところの結論ですね。
化け物クラスのドラマーが叩いている映像など見ていると、よくわかります。
あの人達は完全に四肢を通じて会話していますね。
俺の場合はそれができないから顔面、そんな感じですね。
叩き過ぎはよくない、ベースさんにもよりけりかもしれませんが。

よく歌うドラムって表現されるドラマーがいますよね。
あれは完全に叩きまくっている、なのになぜ耳障りにならないのか?
簡単ですね、曲にリンクしているからです。
ドラムは打楽器といっても音階はあります、確実に。
低いほうからバスドラ、フロアタム、セカンドタム、ファーストタム、スネア、そしてハット、ライド、クラッシュ系、エフェクト系と。
音階は一般的に1つのスケールにつき12音階ですよね、ならばドラムで対応できるはずです。
メロには必ず韻があります、あと息継ぎの瞬間とか、強調する語気とか、拍とか。
そこをうまく拾ってやれば叩き過ぎは歌っているということになるんでしょう。
かえるの歌みたいに1小節ごとに代わる代わるドラムと歌でやっていくみたいなのも巷の曲ではよくありますね。
こう考えればドラムの可能性なんて無限に感じます。
技術はもちろん大事ですけれど、思いついたりアレンジ能力に長けていないといいもの作れません。
そういう面ではドラマーも例外なく耳を鍛えなければいけませんね。
別に今鳴っている音階が何の音とか判別できる耳ではなく、曲を通しての相対的な音感とでも言ったらいいのか、とにかくグルーヴとしての音感ですか。
それらが凝縮されたのがセッションですね、気持ちが左右する場ですね。
それに参加できる日はプレイヤーとして幸せですね。
簡単だけど難しいドラムの役割、日々俺を悩ませ続けるタネなのです。

バンドにおけるドラムの役割?

さりげなく聞かれたので、俺の場合で書いてみようと思います。

初対面の時などはとくに強く思いますが、カウント!
まずここからですね、とにかくカウントを大きくしっかりとわかりやすく出す。
これをすることによって、ドラムのリズムやスピード、ノリなどは完全にドラムによって決定されるんだと印象付けします。これがとても大事で、ここからしっかりしていないと後に書くことになる安心感や信頼の第一歩から躓いてしまうことになりますね。
次にバンド内でのドラムのポジションを決定付けさせる。
ドラムというのは残念ながら基本的に音階楽器ではありません、少なくとも結構な比率でドラムを、俺も含め音階楽器と思っていますが実際のアンサンブルとしては参加できませんね。
だから何も言わないと普通に叩いてくれていたらオッケイみたいな感じになっちゃうことがあります。それに相互理解を得ないまま叩き過ぎてしまうともう最悪ですね。
積極的に話し合いに参加して、何をしたいのか、何が必要なのかを見極めて1番底からバンドを支える。
難しいことしたいのはわかるけど、そのほとんどはやらないほうがいい結果が出る場合が多いですね。よほど相性が良くない限り、歌と打楽器は曲中でなかなか絡み辛いもんです。
基本的にドラマーは曲のアレンジにおいて6~7割で叩くのが良いとされています、余裕がない中で必死に叩くとなればグルーヴを根底から乱してしまいますから。
上手い人と下手な人がいるとして上手い人が勝るとは限りません。
次元が違うなら話は別ですが、アマ同士ならそんなに大差はつかないのではないでしょうか。

稀に明らかに下手なのに、抜群のグルーヴを叩き出すドラマーがいます。ドラムに何の知識もない素人には小手先の細かなニュアンスや正確性よりもわかりやすいのがグルーヴです。
そのグルーヴが楽曲にマッチしていて、ドラムから上モノに向かって三角形にしっかり曲が構成されているなら8ビートに勝る武器はないですね。
これで歌が入ってなかったら、また違う話も出てくると思います。

さぁ、ライブになりました。
メンバーはドラムのことをどう思ってステージに上がるんでしょうか?
お客さんは間違いなく前、要するに正面にいます。
当然パフォーマンスの為には前を向かないといけませんね、メンバー全員が。
レベルが高くなってくるとグルーヴを意識しながら前を向くメンバーがいるはずです、グルーヴを意識しながら。
その時にドラマーはメンバーに対して絶対の安心感を持たせて前に向かえと示せるでしょうか?
まず信用されていなければ無理ですね、前だけ向いているということは横はあまり見えていないということです。
そしてドラムからは常に全ての景色が見えます、メンバーの仕草や様子、微妙な間合い、お客さんの反応。
トラブルの際にはドラマーが当然1番早く気付くはずです。
それらを普段のスタジオから安心感や信用として与えることができていて尚且つ、全員がドラムを自然に聴こえている状態に持っていっていれば、とりあえず最低条件としてメンバーに前を向かせることができるんだと思います。
ここがバンドのパフォーマンスの良し悪しの最初の分かれ目ですね。
これを達成する為には常日頃からのコミュニケーション能力や洞察力、耳を鍛えることが要です。
損な役割が多いんですね、ドラマーって。。。
ドラムが目立つバンドってだいたいの場合がイケてない場合が多いみたいですね、そりゃスネア連打したらわかりやすく目立ちます。それってドラム的には良しでも曲的には?って感じですね。
だからっておとなしく刻み続けているばかりでも面白くない、9割引っ込んでいて1割出るなどのなんていうか出し所を見極めるバランス感覚。30分のライブの中でどれくらいやったほうがいいのか?難しいけどこれは誰もが直面しそうな問題ですね。
だいたいがライブ音源を客観的に聴いたらわかりますよね。

俺の思うところを簡単に列挙したらこんなところでしょうか。
ここからはより個人的に書いてみます。

曲のアレンジにおけるドラムが決定付ける比率。
これはもし5割超えていたらヤバイ気がします、ギターのリフやカッティング、ベースの声に対する音階のアプローチや拍などが後付け!?これは完全にドラム主導の悪いパターンですね。
ボーカルは皆が意識的に聴こうとするパート、ドラムなんかは一部除いて完全に無意識に聴こえてくるもの。よって、ドラムという楽器は少しネタを知るだけで簡単にシーンの切り替えができてしまう楽器なのです。これを勘違いしてドラム主導でバンドを進めてしまうとろくな旋律が生み出されませんね。。。
ドラムは基本的に後付け、細かいアレンジなども基本的に最初はベースなどとよく相談、次にギター、ボーカルと後手後手にまわるほうがいい場合多いですね。
売ろうとするならば尚更です、ドラムというのはそこまで発想がなくてもシーンの切り替えが簡単に利く楽器。音階や他パートの拍も頭の中で組み立ててやれていれば文句無しですね。

これはドラムに限った話ではないのですが、叩いてない、弾いてない、歌ってないのも立派に演奏していることになる場合が凄く多いということです。

なんか書いているうちにたくさんのことが出て過ぎてわからなくなってきてしまったので、この続きはまた後日に整理して書いてみようかと思います。

何かあれば、俺にもどんどん教えて下さいな~♪

ロックとは?

自我の創造的破壊。

これをやる為にはまず遊ばなければいけない。

ロックの好きな人、ロックにハマッた人、いろいろ言い方はある。

"ロックな生き方"などという人もいる。

ロックは俺の人生に大きな影響を与えた。俺はロックにハマった人種だと思う。大阪で一人暮らしをしているときなんかは"ロックな生き方"そのものだったと思う。

アパートに住みだし、ライブハウスにバイトでウェイターとして通いだしロック三昧の日々だった。学校には魅力を感じなくなり、不登校とまではいかないまでも休んだりすることが続くようになった。
「なぁに、何とかなるさ!」がその時の信条というか合言葉だった。
何も怖いものはなかった。バンドは全く活動しなくなり、解散。

持て余したエネルギーを違う部分で最も簡単に発散することを選んだ。
酒を飲めないのに乱酒に付き合うようになったのもこの頃。バイトは夕方から明け方迄続き、終わったら飲めや歌えやの大騒ぎを繰り返し、どっぷり自宅に帰る。

夕方目が覚め、バイトに行く。といった生活が続いた。

私生活なんて最悪なまでに荒んでいた、金、女、夢、現実の繰り返し。
ある日、自宅に帰ると玄関中に落書きがしてあった。

「死ね」「人間のクズ」「社会の排泄物」
ドア中にいっぱい書かれていた。電気の配線も切られていた。
ポストなんかにも得体の知れんものがブチ込まれてあった。

怪しい人物は何人かいた。向かいに住んでるオヤジが半端なゲイだと笑いものにしたせいか、となりのオヤジがどっかの熱心な宗教家で、大声で喧嘩したこともあったし・・・。

どちらにせよ、その時の俺が周囲に与えた心象は最悪っだった。

怖いもの知らずのその頃の俺には、怨みを持っている奴は何人もいたとおもう。



この頃全てが思い通りにならないという現実と妄想のギャップで軽い鬱みたいになっていたと思う。

ここで環境の変化を求めて名古屋へ半年行く。

完治とはいわないが、ほぼ治りかけた頃大阪に戻った。

多分、半年のウップンがたまっていたのだろう。俺は働かず、たまった金で思いつく限りのものは周りを巻き込んで精一杯遊んだ。金は1ヶ月もたなかった。
働く気はなかった。人に頭を下げるのがバカバカしいと思ったからだ。
それでも俺は真面目に生きているつもりだった。自分の意思に忠実に生きていると・・・。その頃出会ったプレイヤー達と天王寺や、梅田、ミナミで俺は路上見つけてはドラムを叩いて遊びに見えただろうけど無意識に周囲に何かを伝えようとバンド単位での演奏を繰り返していた。

クラブやバー、そして公園などやくざに絡まれながらも止めようとはしなかった。

叩き、歌いまくった。ロックを。

ストリートミュージシャンといったカッコイイ物じゃなく、生活の為に、小銭を得る為にも叩いた。
生活はとてもリッチとは言えず、夢もなかった。ひどく疲れていた。
それでも満足感があった。好きなことをやっていた。好きなだけ。


その頃の俺には、そういう生き方しかできなかったのだと思う。
人生に選択肢が沢山あると言うが、このときの俺には一つだった。
今思い返せば、ひどい生活だったと思うが、ロックにハマッていた俺には、選択肢は一つだったと言える。

まかり間違っても嫌なことはどんなに金もらってもやらなかったし、気の向くまま過ごしていた。

そして追いかけた末の結果を、現実を喉元に突き付けられた時点で初めて自分のショボさに気付く。

ハッとして、見てくれのカッコよさや見栄、つまらない意地から解放された。

ここは底辺、社会の掃き溜め、吹き溜まり。

そう強く自覚したその時、疲れた笑いしか出てこなかった。

中身はすっからかんで残されたものは自我のみ。

その時初めてその辺りで馬鹿みたいに1人でギターかき鳴らして歌っている奴や道端で野垂れ死んでいる乞食の気持ちがわかった。

それぞれ何を考えているかなんてわからない、でもきっと選択肢は1つだったんだろうなと思う。単に社会不適応者であったとしても外に反応を求めて何かを伝えたり見せようとする、必死に。

何の疑問もなく少し親しければ誰にでも相談できる悩みを持っている段階じゃわからない。

口では伝えることのできない、体現することによってのみでしか伝えられない悩みを持つことでしか。

そうやって現実的に考えれば極限的な環境、その人種にとってはごく普通の日常を繰り返し過ごしていくことで培われる精神なのかもしれない。



ロックとは建設的か破滅的か?俺には破滅的思考にロックは存在していたと思う。かっこいい"ロックな生き方"とは"破滅的な生き方" の中に存在していたと俺は思う。



自我の創造的破壊。



最高だ。

今生の別れ。

今日とても悲しい事件が起きました。。。
馬鹿みたいにでかいオムライス食べて、あまりの息苦しさに吉祥寺から散歩道、
左足に異変が・・・!?

『バキッ!!』

・・・げ・・げ・・・下駄が・・・

割れた~~~!!

生年2004年初夏~没2005年春

雨の日も風の日も雪の日も名古屋行った時も大阪行った時も仙台行った時も中国行った時もライブ行った時もスタジオ行った時も食事会行った時も全部全部履いていた。この期間で記憶している限りで履かなかった日は4日間。
大事な会議やプレゼンなどの場でもスーツ着用の時以外全てだった。。。
下駄を履きたいが為、下駄を愛していたが為、下駄を履ける服を選んでいた。。。
ライブの時も叩く直前まで履いて真っ先に出迎えてくれるのはいつも下駄だった。。。
割れてしまった、割れてしまったのだ~!!
帰り道、まだ30分は歩かないと帰れない時の非業の死。
割れた姿が痛々しくて本気で脱いで裸足で帰ろうとしたけど、それで足怪我でもしたら下駄君の最後の面子と男として花道を送り出してやれない!

「大丈夫か!下駄君!?」

「僕もう駄目かもしれない・・・」

「何を言ってるんだ、下駄君!さぁ、俺の肩に捕まって!」

「駄目です、そんなことして足怪我されたら僕は死ぬに死ねません・・・!」

「下駄君、俺もうそんな姿になった君のこと、とても履けないよ・・・」

「そう言ってくれただけで僕は生まれてきた甲斐がありました・・・」

「逝かないでくれ!下駄君!!」

「・・・履きなせぇ・・・!!最後の時まで!」

こうして俺は足を踏みしめる度に亀裂を増しながらもバキッ、バキバキッ!と音を立てて崩れていく下駄君に最後まで守られながら無事に家に着きました。

「・・なんて心地よい痛みだったんだ・・、これで僕は幸せに・・安心して・・・」

「僕を履いていたことを誇りに・・どうか幸せに・・・」
そして静かに事切れたのです、敬礼!合掌!チ~ン。。

悲しい、とにかくずっとそればかり履いていたんだから。

愛していた、これが愛だったんだと教えてくれた下駄君。。


俺は明日から何を履いたらいいのかもうわからないよ、下駄く~~~ん!!

先頭車両

普段は電車に乗らない俺も3日前から連続して乗っている。
タバコを吸う俺は喫煙所がある先頭車両付近に乗ることが多いんだけど、何故か比較的空いていた。
そう、あの尼崎の脱線事故の影響だ。驚いた、直線のこれ程多い中央線にもこれほどの影響が出ていたなんて。
あの事故が起きた路線、俺はよく使っていた。
高校もあのすぐ近くだったし、何かと身近だった路線。
あの映像を見た時にすぐにどこなのかがわかったくらい。
あの近くに踏み切りがあるのだが、そこで一旦停止で罰金取られたからだ・・・
犠牲者100人超、原因はオーバーラン。オーバーラン?
なんでそんなことであんなに人が死ななければならない?
人はどんなに完璧を望んでもそれは幻想に過ぎないと思う。
じゃあなぜあんな大事故が起きたのか?
運転士がどうこうではないんじゃないのか?
それをさせたのは誰なのか?
荷物を運んでいるわけではない。
命を運んでいた、意志のある命を。
それらの意志が信用して乗っていたんだ、毎日毎日あの電車に!
大阪を出てから感じたことだけど、関西は確かに交通マナーやらモラルが悪い。
事故発生率も高い、でもそれは個人の話であって自己責任での話だ。
企業責任含め公共の乗り物であったならば話は全く違う。
その後の対応も含めて極めて最悪だ、関西の恥め!
救われるのはその直後の救出活動の際には地元や通りかかった人が危険に省みず、自発的に協力的に参加していたということだ。
あの阪神大震災の教訓は活かされていた。

俺が16歳の時、あの震災に見舞われた。
早朝、信じられない激震が襲った。
危ないのはわかっていたけど、交通機関が麻痺していたので俺は2時間くらいかけて、凄まじい喧騒の中を自転車こいで三宮に向かっていた。被害が大きかった場所だ。
煙と粉塵の中を掻き分けて、大好きな友達の家になんとか着いた。
潰れていた、ほぼ全壊だった。
なぜか頭に怒りが込み上げてきたが、涙がこぼれた。
泣きながら、ひたすら自転車こいで、こいで、こいで・・・
余震は続く、震度3,4、5と繰り返し延々と。
その中で恐怖は段々と勇気に変わっていくのがわかった。
自分が死ぬとかどうでもいい、あの人は無事だろうか、あの人はしっかり逃げ切れているだろうか。
そして一段と増す喧騒の中、緊急的に設置された収容所を片っ端から探すこと探すこと1日半。

友達を見つけた。
また泣いた。

再開できた喜びよりも痛恨で強烈な悲しみが襲った。
極み。
友達のお母さんが亡くなってしまっていた。。。

・・・なんなんだ、これはいったい!!!
なんでこんなことになってしまったんだ!!!
俺と似たような悲鳴や咆哮、怒号が飛び交っていた。
まだ沈火されてなかったし煙も上がり続けていた。
涙が止まらない。体中すすだらけ、埃で呼吸もままならなかった。
あの後3日間に渡って街を彷徨っていた、友達全ての安否を確認する為に。

あの時は天変地異で怒りや悲しみの矛先は無いに等しかった。
人は助け合い見事なまでに復興、それ以上に栄えている地域もある。
だけど今回のはそうじゃない、しかも同じ地区。
人的にもたらされた不幸がどれほどの悲しみを生み、後にどれほどの怒りとして共に生きていかないといけないのかはわからない。
被災者の方のほとんどはあの震災を経験し、1度は生き残った方々。
あんなに悲しいことは人の手なんぞでは断じて起こしてはならない。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

最後の楽園アウトブレイク!!

昨日はアウトブレイクでリタリンの5月公演やってきました。
演目は・・・
?イナヅマぎたー(ジンプル1人で弾いてるの)
?フールズ(短いの)
?横殴り雪(ばぶ~の宇宙語教室)
?ブルースカイ(青い空)
?ギャンブル(新しい速いの)
?You The Sun(ゆうじさん、重い曲)
?Eff(ゆっくりした怪しいの)
?乙雌節(リタリン一押し発狂モノ)
?回転ドクロ(回転できません)
でした。

来てくれた皆様、本当にありがとうございました。
皆様は後世スタッフとしてリタリン史に名を刻まれることでしょう!
1人ずつ土産持って御礼参りする所存でございます♪

そして滞りなくライブが終了したその後・・・・
やってきました、狂楽の時間が!
あれだけロックを楽しむライブハウスは他には絶対にありませんね!
純粋に、純粋に、音楽とは、その精神とは!
全てのジャンルの精神を感じれる場所です。
主張、友情、反骨、スタイル、アウトブレイクはロック!
あそこに行けばわかります、聖地になっていくのではないでしょうか。
ジンプルは早々寝てました・・・・

そしてセッションの時間がやってきました。
その日参加していたライブとスタッフが入り混じってのセッション。
入れ替わり延々2時間半くらい続いてましたね~!
ばぶ~君はセッションに参加していたつもりでしょうが、周囲に混乱を与えていました。
ショッキング映像も飛び出し、場は常に笑顔で満ち溢れていました。
バンド単位ではどんなに熟練していてもどんなに計画的ではあっても実現することができないであろうあの全員参加型の雰囲気、これがアウトブレイクだと俺は感心していました。
店長や副店長とかどこどこのバンドの誰々などといった煩わしいもの一切無し。
アウトブレイク、楽しますつもりで行っているはずなのに、最後は本気で楽しまされる天晴れなライブハウスです。
この日記を読んでくれている皆様もいつか1度は行ってみて最後までいて欲しいです。
いつの間にか自分が参加しているんだという実感が沸いてくるはずですから。

自分がやりたいこと、なりたいもの。
これは凄く大事なもの。
譲る譲らないとかの問題ではなく自分。


幻滅。


ドラムを叩いている。
自負もする。

ドラムを通じてやりたいことはすでに明確。
その部分は決して見世物ではない。
誰かが言った、疑問を感じていると。
そことは別の部分で俺はきっともっと別の。
食欲なく吐き気さえする。

――最悪の気分だ――

決戦前夜の密会

今日は昼間から夕方まで6時間くらいちゃんこり君とフライヤ作りしてました。
このちゃんこり君、今年4月くらいからリタリンの為にただ働きしてくれているのです。
主に宣伝系の仕事を一手に引き受けてくれているのです。
センスが素晴らしい!これでまだ初心者だというのだから今後も益々頼りにしていきます。
嫌がってても頼りにしちゃいます~♪
ありがとう、ほんと。
ライブハウスで見かけたら皆も話しかけてみてね、面白いメールが来るよ!

そして夕方。
ベーシストのゆーすけ君と渋谷で急遽密会。
ファーストコンタクトはおそらく去年の5月か6月頃かな。
リタリンの前バンドでのライブを見にきてくれていた。
俺はその時面識はなかったんだけど、個人的に面識が出来たのは今年の1月。
吉祥寺まではるばる横浜からライブ見にきてくれた時。
それ以来、ちょこちょこ連絡取ってジャムったりする仲になった。
そのゆーすけ君が参加しているバンド、「AMBER DUST」が遂に始動する。
音源をチラッと聴かせてもらった感じではラウドとメロディアスを両立させたかなりいいとこ狙えそうなバンドだ。
俺は前々から楽しみにしていて絶対にデビュー戦を見に行くつもりだった。
奇しくもその日は5月1日・・・
なんと明日のリタリンのブッキングとカブってしまったのだ。
悲しいやら切ないやら仕方ないやら。。
リタリンのブッキングのほうが後に決まったのでなおさらだった。
そしてとりあえず、その前日お互い時間空いていたこともあり会ってきた。
もちろん晩餐は焼き肉、何の疑問もない、明日の為に・・・!
俺もまだ出会ってそんなに時間が経ってないけど、このゆーすけ君のことを少し説明してみよう。
彼の持っているベースの腕とは裏腹に、ベース歴は驚くほど短い。
高校の時はボーカルをやっていたらしく、今年大学を卒業した。
歴は4年にも満たないのかもしれない。
しかも本格的に活動開始したのはここ2年くらいなんだって、チョッパーというかようするにピックなどは一切使わないベーシスト。
今活動しているバンドではまだそんなに弾いてないって言ってたのがもったいなく聴こえた。
ゆーすけ君は後少し経験積んで勘が研ぎ澄まされてきたら、絶対化ける。
良いバンドで良いドラムとのせめぎ合いが彼を絶対に昇華させてくれるだろう。
ルックスも俺なんかよか全然良いしね♪
そう思っている人のデビュー戦に行けないのが残念で仕方ない。
俺も明日ライブなので人のこと心配してる余裕あるのかって感じだけど心配はしていない。
何が気になっているかというと、ゆーすけ君と他のメンバーとの兼ね合いが1つ。
それとマックス見たかったのはどれくらい気持ち入れてかませたのかってこと。
見たかったなぁ~・・・
お互い決戦前夜ということで武者奮い、鳥肌立つような会話内容が主だった。
うん、会ってよかった。ジャンル畑は違えど、カマスという点においては絶対に共通する所。
それでも隙を見て明日見に行けたらとかも思ってる。
でも彼なら大丈夫だろう、目が座ってたから。
後は俺個人としてはバンドよりも彼個人の主張がどれくらい来た人の脳天に直撃するかが楽しみだ。
いずれ何かで組む機会があるかもしれない、そんな予感もある。
なんだかんだで家で体力蓄えているよりよっぽど良いライブ前夜だった。
焼き肉も食ったし万全。
そして明日は俺は四ッ谷アウトブレイクで、ゆーすけ君は渋谷DECEOで互いの動向を気にしながら良い状態で本番を迎えることができるだろう。
やるか?やらないか?真ん中はない、絶対的な2択。
選択するまでもない。
渋谷と四ッ谷、明日はこの2つで決まりだね!!
止め処なくブリブリッと攻め寄せる低音でDECEOをブチ壊してしまえ~!!!
俺も明日は爪が肉に食い込んで血が滴り落ちるくらい拳握り締めてお客さん1人1人順番に殴るくらいの感謝と誠意と気合いの気持ちでその時を迎えるつもりです。
やってやる!
やってやる!!
やってやるぞぉぉぁああ!!!
楽しみにしていて下さいね~!!

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