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解散。

終わりの無いものなんてあるはずがなく。
それこそが喜怒哀楽の成せる業。

解散。

最近バンドの解散によく立ち会います。
俺達が出してもらったイベントもそうだけれど、その他にもね。
どういう思いで皆解散していくのでしょうか。

俺が見た事の無い解散の風景があります。
やりきった末の円満な解散。
全員一致の晴々とした解散。
正直見た事無い。
解散する時にはすぐ次のバンドが決まっていたり。
様々な事情はそれぞれあるんだろうけど、俺が本当に望みたい解散をどこの誰がしたというんだろうか。
あんなものそのほとんどが後悔の塊でしょう。
やりきっていればもうバンドはやらないかもしれない。
ソロはまた別なんだろうけど。
比較的いいなと思うのは、あまりよくないけれどもメンバーの誰かが亡くなったりして。
そうでもなければバンドなんてものは…。

最高のメンバーでね、これ以上望めない解散。
変な意味で夢ですね。
そこに到達出来た時にはどんなに幸せだろうと思います。
強かろうが弱かろうがメジャーインディー問わずバンドったってね、その最後がどんなだったかを知ってもらえるのがどれだけいるんだって話です。
何かの節目として終われるならまだいい、企画とかワンマンないし何かの形として一定の報告が出来れば。
でもほとんどが人知れずのあまりにも寂しい自然解体。
俺なんかだと真っ先に死にたい、それも最高到達点で。
後の事なんて知らない、残されるほうが怖いし。
バンドの無い人生が今のとこどんなだかわかんないす。

なんか勝手なこと書いてはいるんだけれどもね、立て続けに見ているとやっぱり考えてしまいます。
うちのメンバーって皆どうなるんでしょうね。
candyなんかは引退してそうだな、バンドそのものを。
それであっさり東京からバイバイしてそうだ。
別バンド組んで歌っている所が全く想像つかない。
なんでだ、やればいいじゃないか。
ジンプル、彼はきっと1人で路上にでも出現してそう。
そして新たな伝説を…己に問いかける!みたいな。
それで小さな子供がお母さんに変な人がいるよ~って。
うわぁ、次代の為に哀愁撒き散らしてそうだ。
Yu-pon、きっとすっと次のバンドを始めてそうだ。
ベースは需要もあるしね、どこかへ旅立っているだろう。
やりたいことたくさんありそうだ。
ライブハウスで生きて行きそう。
俺は……
どうなってるんだろう。
恐らくあっさり次っていうのは無いと思う。
これも全く想像がつかない。
というのも今やりたい事をこれ以上ない程にやっていると思えるからか。
心から叩き込めている、難しいだろうなぁ。
ここで死ぬんじゃないのか、俺。
解散=引退。
こうなる公算が強いかもしれない、満足いかなかったとしても。
サポートとか遊びではやっていてもね…、いや、その時には遊びではやらない気さえする。

今まで解散ってものを何度かしてきたけれども、自分で引き金触ったのもあるんですよね。
絶望。
そういう時って不思議と何も湧いてこない。
まさしく廃人。
生きていても社会に対して何の効力も発揮しないし邪魔なだけ。
何かやっている人って日々そういうのと戦っているんだと思うけど。
余りにも曖昧な基準の自己批判とね。
悲しい思い出がたくさんだ。

ある人との話で面白い見解を聞けました。
バンドを就職と勘違いしている人が多いって話。
だから簡単に辞めるんだとも。
よくあるじゃないですか、何かの結果が出なければ今年解散とかって。
それは私生活とバンドってものを天秤にかけるとやっぱりそうなる。
目に見える結果と我の結果って似て非なるもの。
それは音楽を選んだ人だと思います。
いろいろある中できっと音楽が一番近かったっていう理由から。
音楽しか無かったとまでは言わないけど、選ぶ余地が無い人間にとっては遊びだけで果たして遊びになりうるか…。

たった一度の人生、その中でバンドマンにとってのバンドってものはただの最寄駅なのか終着駅なのか。
普通に考えたら終着駅であるべきなんだろうけれども…
いろんな事情があります、続けられないのも。
やりたいだけじゃ出来ないのもまた音楽。
だから素晴らしい。

知りたいのはね、もし俺がまた0歳からやり直したとして。
やっぱりまたバンド、それもドラム叩いてるのかが知りたい。
もしそうであれば……

ふ~。
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間違っている。

なんだって!?
いじめた人間を学校から締め出す!?
登校を規制するだって!?
なんだそれ!!

あんまりにも腹が立ったから書いちゃおう。
というか考えられない。
学校でしょ、義務教育なんでしょう。
俺もそう言われて登校拒否の時期もありながらそれでもなんとか行き続けたぞ。
じゃあ一体誰が大事なことを教えるってんだ!
親じゃ出来ないでしょ、社会適応能力なんて。
なんだそれ~~~!!!!!!
俺の世代だってね、学校で教えられたものなんて知れているけど、それよりももっと希薄な存在になるのか。
だったら学校なんて無くなればいい。
1から10000まで親が教えればいい、無理だ。

いじめはいけません、やっちゃいけません。
ただの音声信号なのか、これは。
エラーが出た、故障しました。
部品を取り替えます、あほか!!
人間同士、諦めたらそこで終わりじゃないか。

日本は世界を経済で制覇しようとしてね、豊かになった。
高度経済成長なんて言葉も出来て成功したんでしょう、そこまでは。
出来るじゃないか、日本。
俺はとてもじゃないけどそんな大きなことは考えられない。
何であっても抜きん出るってのは大変なことだ。
でもそのうち島国根性ではない、もっとこの国独特の気質がバブルなんてものを生み出してしまい、次いでまたもや気質が一時は世界経済を牛耳っていたとこから墜落、炎上。
そこを引きずりながらまたそのままの気質で責任逃れをする。
何にも変わってないじゃないか。
何が変わったらいいんだか何を変えるべき必要があるんだか、そんなものは自分の好きな日本の子供をどうしたいか…
それ自体がもうわからなくなっているんじゃないのか。
狂気だ。

体裁取り繕え~~。
利権守れ~~~。
そのうち子供連合なんかが出来て倒されればいいんだ。
大人が大人の論理であれば、子供は子供の論理で。
この世は大人の為のものではない。
物質的欲求だけに執着すると痛い目にあうぞ。
少子化問題なんてさ、あんた達70歳になった時何で飯食うんだ。
定年80歳にすればいいのか。
今の世代以上の能力を求めているんじゃないのでしょうか。
そして後は野となれ山となれ、立派じゃないか、大人。
ファックだ。

昔話になるなぁ。
俺もいろんな先生にあたった。
グーパンチ食わされた数なんて覚えていない。
生活指導室に行けば授業さぼれるって喜んでたくらいだ。
教室帰ったら何かのヒーローみたいになれたし。
酷いのは左目の視力が3週間回復しなかった、俺が悪いことして迷惑かけたんだからしょうがない。
納得。
小学生の頃、あれは5年6年の担任だった。
凄く短気でね、少し気に入らないことがあれば声を荒げる。
チョークや黒板消し投げるし平気で殴るしさ。
子供ながらにこういう人は良くないっていうのをわかっていた。
嫌な大人だなって。

ある日のこと。
職員室の朝礼か何かでこっぴどく叱られたらしく、生徒に対してとんでもない八つ当たりようだった。
俺は最前の机に座っていたんだけど、普段から目をつけられていた俺の机を前からガン!って蹴られた。
吹っ飛んだ俺、もう頭の中メチャクチャ、ただ向かっていったのを覚えている。
すぐ投げ飛ばされてね、悶絶してた。
それでもブチ切れてるもんだから立ち上がったところになんと…
助走つけての真空飛び膝蹴り。
顎が消えたかと思ったわ。

それから卒業して中学生半ばの頃。
ずっと覚えていた俺はその時なりにけじめをつけようとその先生が転勤した小学校に。
殴りに行こうとしていた、今ならやっつけられるだろうと思って。
車覚えてたから駐車場で出てくるのを待っていた、そして来た。
目が合った瞬間にそんな気は失せました。

こんなに小さかったのか…。

恐らく160cmと少ししかなかった、そして殺気立っている俺を察した先生はすぐさま謝ってきた。
因果応報。
別にすぐに許したわけでもなかったけど悲しくて黙って帰りました。
大人が子供に心底謝ったんだから。
こんなつまらないことで俺は何年も躓いていた、けど倍返しで得たものは大きかった。
初めての経験。
どっちも成長しなきゃいけなかった。
その先生がその後どうなったかなんて知らない、同窓会も来なかった。
でも俺は確かに本気で学校っていうフィールドで生きてたんだなって思います。
動機がどんなに不純であれ、その先生も本気だったんだろう。
俺みたいなバカな子は、マニュアルで教えられても何もわからない。
たくさんいるはず。
人間同士が織り成している世界で人間同士のぶつかり合いを避けるなんて。
子供が教えられるという立場に甘んじてしまう環境じゃなくて、自分で良いこと悪いこと勝手に学んでしまう環境。
人間そんなに万能じゃない。

辛い事、嫌な事、だったら逃げればいいじゃない。
自らが構築していったルールに締めつけられればいい。
人格を否定することでしか成立しないなんて、じゃあこの社会で何を見出していけばいいんでしょう。
もし俺が今の学校に行っていれば、恐らくバンドなんてやっていなかったことでしょう。
合理化、面倒臭いこと排除、フォーマットに従って規律社会で清く正しく生きましょう。
やるはずない。

逃げたい時はある、だから優しい。
この世界に絶望するにはまだ早い。

11月26日、下北沢屋根裏終了!!

終わりました、屋根裏。
東京では12月の20000Vと合わせてアンチノックが続きます。
印象としてはポップとロックンロールの街っていうのが凄く強い。
その下北沢に初上陸してきたわけですが、どうやら思った以上に受け入れてもらえたみたいです。
奇跡だ、奇跡。
今回はね、主催のバンドさん『アンティークポストペーパー』というバンドさんに呼んでもらって出演の運びとなったのですね。
残念ながら昨日で解散、最後の企画だったのですね。
リハを聴かせてもらったらウェブで試聴していたのよりも断然よかったので、一瞬セットリスト変えないとって思った程のバンドさんだった。
傍観者としては残念です、ほんと。
ただ糸は確実に繋がった。
池袋で1度見てもらっただけで、俺達は面識が無く今日が初顔合わせだったのです。
ジンプルさんが知り合いの知り合いだったのかな。
そんな機会が無いと俺達みたいなバンドは下北沢に絶対に縁が無いと思っていたのですが。
だって俺達はもっと地下深くに潜伏していろよみたいな気風もあるんだから。
7月に対バンしてこの日2度目の遭遇だったベリーエイプ。
相変わらずの破壊力でした。
他にもバンドさんいたけど話さなかったなぁ、でも良いイベントでした。
俺達はというと、この日いつも最後にやっている共犯者を冒頭にやるというバクチを決行。
あまりにも初めてのシチュエーションで開始13分地点でいきなりライブが終了したかの如く。
その後もいつもの調子で立て続けにドカドカと叩き込んでみました。
オーディエンスも初めてうちを見てくれた人が多かったんですね。
新鮮だった。
ほとんどの人がびっくりしていたみたいでね、この日俺の中での方程式がやっと成立しました。
アウェー=ステージとホールの境目を中心点に半径2,5mの半円状に無人のホール。
俺達からすればどちらがパフォーマーなのかわかったもんじゃありません、あの景色が恋しくて恋しくて。
アウェーならではの楽しさですね、実際はアウェーとも感じる間も無いくらいなんだけれども。
おかげで良い時間を過ごせました。
Sっ気なのかな、これって。
まるで_ _ _ _*以外の時間が全て止まっているかのような…。
これを足掛かりに下北沢に進出出来れば嬉しいことです。
オシャレ極まりない街ですもんね~、うちに不似合いなほどに。

そして打ち上げ。
3バンドに跨って店長さんも交えての打ち上げでした。
この日の正解ネタは雑誌のジャンプだった。
黄金期のジャンプのマニアックな話からサンデーに至るまで。
バンドの打ち上げとしてはちょっと珍しい展開だったなぁ。
あぁ、マジメな話もしていたのですよ。
俺は凄く勉強になったことがありました。
この日はね、うちを見に来てくれた人でSMを生業にしている人がいたんですね。
貴重な話を聴けました。
例えば30分なら30分ステージでしかりセットリストみたいなのがあってね、お題目ですか。
それに従って1日何本もやっているかと思ってしまったんだけれども全然違った。
ライブ、まさしくライブ。
何の準備もせずにせいぜい登場の仕方を考えるだけだとのこと。
メンタルゲームですね。
限られた時間を前提に瞬間でスイッチが入ってその世界観を表現する。

ちょっと待て……

バンドと一緒じゃないか!!!!!
バンドとSM、一見舞台は全く違うはずなのにね、俺の考えている事と同じ、もしくはそれよりも上位の話をたくさん聞かせてもらった。
勉強。
思想論からね、精神論からね、信頼感からね、もうバンドと通ずることばかり。
ショーマンシップっていう言葉さえも軽い。
俺もバンドをやっていなければその人達と真摯な話は出来なかった。
小義としてね、叩かれたり縛られたり…そういう部分での楽しみはもちろんなんだけどあくまで小義。
大義としてはそんなの局部的なものでね、もっと大きくて優しい最大限の愛だっていう話に納得。
機会を見て1度真剣に腹を据えて近く見に行ってきます。
きっと凄く貴重な出会いであったと後々効いてくるはず。
会わせたい人がたくさんいます。

いろいろと記念碑的な一日でした。
たくさんの交錯があった、感謝しきりです。
ありがとうございました!!

悶々。

ぬれ煎餅ってなんだあぁぁぁぁ~!!
仕入れた情報によると、基本やわらかくて時折硬いらしい…。
しかしサンクスには売ってな~~いっ!!
元々は誰かが失敗したらしく、それがぬれ煎餅となって世に出たのだとか。
気になってしょうがない…駅前だな、駅前に行ってみよう。

さぁやってきました、明日は下北沢屋根裏。
めでたく進出だ。
とにかく事故が起こらないようにせねばのう。
あのステージの狭さ、うちにとって致命傷にならないようにしないと。
ステージの足場も緩いしね、転びやすそう。
特にジンプルYu-ponの両ネックがcandyの顔面直撃、15針縫うなんてことにならないように気を付けねば。
俺はただただ祈るしかないです、始まったらどうでもよくなってるんだろうけど。
11月アタマにサポートで行った時にドラムスローンがガクガクして集中しにくかったから明日は持参ですね。
マイ椅子。
_ _ _ _*では命取りだ。
いや~、少し感慨深いです。
あの聖地にまさかこのバンドで行けるとは思わなかったから。
時代は過ぎていくもんだけれど俺にとってはいつでもあそこは特別なライブハウスですね。
いつかはSHELTERにも行ってみたい、あそこは最前の音が抜群。
なんかライブハウスの話ばかりになっているなぁ。
明日は『猫まんま』をやりたいと思います、というかやります。
ワンマンでやって以来なんですよね。。
うちの曲って12分のが1曲、6分近くが1曲あるもんだから中々いろんな曲を入れられないんですね。
この2つはよほどじゃないとやらせてもらう。
通常ステージだと残り12分しかないじゃないか。
で、MCなんぞしてしまえばもう10分。
それなのになんとか30分の中で6曲もやったりしてるんですね、詰め込んで。
1分半くらいのが2つとかなんですけど。
だからたまにリハ中なんかにスタッフの方に聞かれる。
本当にこれで30分で収まるんですか?って。
大体毎回30分ジャストから前後15秒くらいなんですよね、ギリギリだなぁ。
ドラマーとしては自分のタイム感を信じるしかない。
時間ばかみたいに押して迷惑かけたことも昔は何度かあったから。
いろいろな感覚が鍛えられます。
1曲目から明日は全開ですね、あいつをアタマに投入だ。

話は変わって_ _ _ _*はね、1月の3週目までお休みすることになりました。
ライブだけね。
その間になんとか変身して4週目から怒涛の如く動きたいと思ってます。
かっこいいなぁ、活動休止。
活動休止って言おう、活動休止。
たった3週だけど。
思えば1ヶ月に1回ペースでずっとライブやらせてもらってきたんですよね。
なんでこんなにたくさんになったんだろう。
年明けの予定もかなりダラダラとタイトに決まりつつあるのですが…、
どうなるんでしょうか、うちは。
な~んか最近やっとお外で戦えるかなってなってきました。
強~い強~い人達が世の中にはたくさんいる。
俺達とても弱~~~い。
別にそういう意味でテイヘンってなったわけじゃないんだけども。
あれ…そうなのか!?
今度皆に聞いてみよう。

さっきもリハしていたんだけれども、またもやあるコツを掴みました。
5拍子の使い方。
8分のパルスを出しつつどさくさに紛れて5拍3連をぶち込むとえらいことになりました。
誰も気付かなかったなぁ…。
誰かやってるドラマーがいないか調べてみよう。
きっとたくさんいるはず、探せば。
忘れないように所構わずスタジオ入る度にやろう。
あれはいい。
16日にお披露目ですね、バクチだな…実用段階ではない。
やめとこう。

最近ね…、ライブ中に発作のように発生するアドリブ症候群にかかってるんですね。
メンバーも戸惑うし、曲自体もちょっとでも失敗したら安定感を損なうからとてもよくない。
普通に考えれば。
ただ、こういうその瞬間の気持ちなんかってね、奇跡を起こす場合があるんですよね。
ライブ中のテンションが上手くいけばキレイに表現出来ていたりする。
こればかりはスタジオで何度繰り返しても無理なんですよね。
こういうのをもったいないって思って叩いちゃう。
それでこの前の仙台もやって上手くいったんですよ、あれは10月度。
それでライブ終わって普段はライブ音源録音してるから聴かせてくれって言ったら今日は録るの忘れてた…だって。
なんてことだ、せっかくだったのに。
おかげであの瞬間の記憶は今もって失われたままです。
明日も何か思いついたらその瞬間にぶち込むことでしょう。
間違えても俺は部屋で曲を作りこめるような器用な奴ではない。
そうやって蓄積していったものを1曲に込めていつか発表出来たらいいなぁ。

そんなことも思いつつ下北屋根裏行ってきますだ。
何かが生まれそうだ、苦しいもんです。

スタジオ。

ぬれ煎餅ってなんだ~~~!!
なんかよくはわからないけどおいしいんだってね。
知らないの?ってばかにされた、皆知ってるのか。
口コミ恐るべし、食べたくてしょうがない。
何?湿ってるの??
カリっとしてないの??
どこにあるんだ、駅前とかかな。

そうそう、今日はスタジオに行って来ました。
ってそんな珍しいことじゃないんだけれど。
その行ったスタジオがね、あまりにもよかったもんで。
最近のスタジオは一応設備が整ってはいるんだけれど、実際はリハが出来ないような状態のスタジオが多い。
どうしてだか人はたくさん入っているんだけれどもあまりにも劣悪な環境のが。
モノは揃っているんだけれども手入れがされてなかったりハード面が完全に劣化していたり。

あっ、思い出した!!
いつだったか…3ヶ月くらい前かな。
新宿のスタジオで酷い部屋があって、ライブ前日にその部屋でリハをする運びになったんだけど。
フォーム崩すわメンタルいかれるわで大変だった。
当然次の日のライブにも影響あり、嫌なイメージが。

何がダメだったのか。
俺はドラムだからまずはドラムを見るわけだけど、最悪だった。
バスドラの音がとんでもなく腐ってる、踏んでも踏んでも踏んだ気にならない。
鳴ったら鳴ったで嫌な音。
そして後ろも狭く肘がガシガシあたる。
タムなんかもどうしようもない音でヘッド交換時期をとうの昔に過ぎているのにそのまま。
ドラムの椅子もガクガクしてた。
さらにはベースアンプもしょぼくて良い音どころか聴き取れない。
最悪の音だった。

こんな環境じゃ絶対に自分の音なんて作れない。
なんというか、どうしようもなくサイズの違う靴履いてね、靴擦れが出来てかばって、更に別の場所が靴擦れみたいな悪循環。
ベースとギターなんかもある程度の部屋じゃないと音作れないんですよね。
音響的な要素もあるし、ガムシャラにでかい音出さないと聴こえないような部屋ってたまにある。
その感覚のままライブ当日のリハに望んだところで良い結果は出ないでしょう。
全体のボリュームがでかければ必然的にボーカルは常に大きな声で歌い続けないといけなくなるんだけれど、それでどんどん精度が失われて周りも自らの爆音であまりよく聴こえないもんだから把握出来ない。
よくある現象ですね。
東京の印象だけれども、なぜかそれなりに良いなって思えるスタジオは郊外が多いような気がします。
それもある程度の安さ。
高円寺なんか安くて良いスタジオが多い。
三鷹価格は新宿の相場の半分だし。
うちは西荻窪なんだけれども、ここも安さの割りには良い。
耳の確かな有名な人もちょこちょこ見かける。

最近はスタジオのスタンス自体に疑問があったり腹が立ったりすることも少なくない。
直近ので面白い話があったんですよね。
いつも利用していて気に入っている部屋があってね、そこを使った時のこと。
時間が来て部屋に入りますよね。

??

ドラムがない、なんで?
と思ってよくよく見てみたらね…
テレビで人間が関節を外して小さなツボに納まっているかの如くコンパクトに隅に押し込まれていた。
叩けるもんなら叩いてみろくらいの印象。
へ~、ここがこのスタジオの部屋の構造から考えて推奨するドラムのベストポジションなのか……
そんなはずないやろがぁ!みたいな。
リハ終了後、しっかりとそのベストポジションに戻してやりましたがあれは無い。
結局のところ、想像以上にスタジオでもライブでも一から音を作らなければいけないんですよね。
その時点で勝つか負けるかなんて既に決まっている。

最近はこれまで以上に敏感になってます。
やっとなんかそういう部分がわかってきたような。
近々俺もライブ中もモニターがいらなくなってくる時期があるかもしれません。
中音だけキレイに作れればそれでおっけぃ。
後はオペレーターさんにそのままキレイに外に出してもらって薄らと色付けてもらうみたいな。
良いリハが出来ていればライブハウスでもそのままの環境をどこでも作り出せるようになるはず。
だからスタジオ選びは慎重になりましょう。
職人気質なスタジオって探せばあるもんです。

それとそれと!!
PCの方は見てみてください。
大阪のキングコブラっていうでかいライブハウスに12月2日に行かせてもらうんだけれども…
うちのアー写がなんでだか使ってもらってます、何も素材渡していなかったのになんでだろう…。
9バンドも出演の大きなイベントなのに、感謝です。
記念すべき初の大阪遠征に弾みをつけてもらいました。

http://king-cobra.net/

何も事件が起きなければいいけど…。

人は変われるのか。

先日、大阪の友達というには緩い…幼少から付き合いのある人が東京に出てきてね。
いや、頻繁に出てきているんだけど。
社会的には全然上の立場の人間でくそ忙しいはずなのに、わざわざ話だけしに来たんだって。
ご苦労な話です。
普段は別に無理して会わないでもいいんだけれど、なんか特別な用があるって言うからなんだと思って恐る恐る向かったのでした。

その人はとても繊細で敏感で神経質なのにおっとり。
俺なんかとは真逆、粗暴だから神経質なんてどこ探しても無い。
優し過ぎるせいでどうにも仰々しい都会生活が馴染めないような人。
ついこの間まで子供がそのまま大きくなったかのような印象だったのに完全に変わっていた。
短期間でなぜ??
その変わりっぷりと言ったらなかった。
どこか影があったのにあっけらかんとのん気にケラケラケラケラしてた。
今まで見た人の中での転換度でも比べるものがないくらい、というより単純に強くなったのか。
なんだかんだ近況報告とか無駄話をしていたんだけれども突如として本題切り出した。

「バンドしたいねん!」

「なんてぇ?」

「だからバンドしたいねん!!」

結局バンドしたいっていう強い思いがその人を強く変えた要因だった。
普段はピンで歌っているんだけれども、どうやらバンドがしたいらしい。
しかも歌えばいいものをベースを始めたって。
それで皆で考えて曲作ってってやりたいらしい。
たまにうちのライブも暇作っては見には来てたらしいんだけれど、それも誤爆したんだろう。
やっぱりバンドは楽しそうに見えるみたいですね。
その後冷静に話し合ってね、どうやらなんとしてでも俺に単発でもいいから叩けっていうの。
大阪~東京間でなんてさすがに俺もやったことがないから無理だって言ったのにどうなることやら。
趣味ですめばいいんだけどなぁ。
もしやったら普段は草案からアレンジまでファイルでの受け渡しになるな…。
大変だ。

ともあれ、バンドするって事でこんなにも人柄がガラっと変われるものなのかと思うとかなり嬉しかった。
もちろん音楽って総じて表現ではあるけれど、聴いているだけじゃどんどんどんどん聴くもの変わっていってまるで気軽なもの。
いつだって音楽と一緒っていう人はほとんどいないでしょう。
広告、宣伝、戦略、そしてシーンとの融合を狙ったような音楽じゃなく、本当に心の中でずっと鳴り続けている音楽。
それを突き詰めるっていうのを初期衝動の状態から持てていれば凄いことですね。
それが出来るのがどうやらバンドってものらしい。
俺がバンド始めた頃を思い出すとそんなこと考えてなかった。
なんでバンドするのかって考え出したのなんて恥ずかしながら結構最近の話です。
結局は飯食う、寝るってのと同じことなんだけど。
どちらにしても贅沢な話です、バンドを通して教養の必要の無い音楽に触れる機会があるっていうのは。

その時に話題になったことの一つでね、本当に偽りの無い音楽っていうのがあるのかってこと。
何をやっても二番煎じになってしまう。
そりゃそうだ、小さい頃から聴いてきた音楽が一番煎じなんだから。
だから何かのジャンルに特化して頑張ってもそうなる。
カラオケが定着しているのも納得。
俺はこれがまた全く楽しめない、なんていうか病気みたいなものですね。
歌っていうより祭りだって思ったら楽しめるんだけど。
例え作った音楽が新しくて良かったとしても誰かがどこかでやっていることでしょう。
別にそんなの構わない、楽しければ。
じゃあ最初の頃に…それこそ12音階が確立されたばかりの時に生まれていった音楽ってなんなんだろうって。
『ラ』っていう音階が出来たのって本当最近なんですよね。
それまでは不協和音ってされていたのに。
な~んで出来たのか、これも後発。
形式的にスケールを形成するにもこいつがいなければ成立しなかったんだから。
今ではメジャースケール1種、マイナースケール3種ってものが確立されている。
『ラ』の恩恵でかい。
きっとその当時の民間レベルの音楽が最もナチュラルな発想だったんでしょう。
それはクラシックとか様式的に整えられて現存しているものではない。
現存していないもの、俺も個人的にそこを追いかけてます。
心底知りたい、人の本能いかなるものや。
ヨーロッパ、それも東欧なんかの音楽は今もその先発であっただろう発想が色濃く残っている。
人間臭い。
俗に言うプログレっていうのになってしまうんだけれども少し違う。
原始的なんですね、何もかもが。
8ビートを必要としないバンドがどれほどいることか。
そしてそれは現代音楽からするとなぜか先進かつ革新的。
逆の発想だから凄く難しく感じてしまうんですね、自然なはずなのに。
発達して今の音楽の形になったのにね。
日本の民謡だってほとんどが3拍子、もしくは3の倍数拍がほとんど。
能楽なんて一時聴いてたけどあんなの人間業じゃない。
正月の神社はそれが流れているから楽しいっす。
これは今の時代からすればよくそれだけでそんなにって話です。
自然発生的なイマジネーションの塊。
バリの村祭りみたいなのに偶然遭遇した時もぶちかまされたんですね~。
木を刳り貫いて皮を張っただけの打楽器とも呼びにくい打楽器のみで50人くらいの集団が見事に合唱して踊り狂っていた。
驚愕。
いろんな機会を活かしてそういうとこと今を刷り合わせればきっとね。
個人的な企みです、何もかも二番三番煎じなのが悲しいけど。

きっとギターがエレキになった瞬間からそこを逃れるのがとても難しくなったんだろうなぁ。
古いものを単純に古いっていうのは誤った見解。
変拍子って言うけれど人間なんて変拍子じゃないか。
無理なかっこいい感じなだけの変拍子は俺も嫌だけど。
心象風景を音で表現したら確実に拍子なんて存在しないんだから。
変態ドラマーなんて言われたりするけど、当分変わらないでしょう。
自分自身変態なんて微塵も思っていないんだから。
自分自身、音楽遍歴で人が変わっているのかもしれない。

でもビートルズは好きだ。

明けたかも。

落ち葉、空っ風、郷愁。
冬です。
冬がやってきました。
俺ん家の付近でも夕方にもなれば気のせいか人通りも減ってきている。この時期、なぜか昔の事ばかり思い出します。
俺、死ぬ時きっと冬なんだろうなぁ。
そう、なんでだか虚しくなるんですね、季節が変わる。
排他的、何を見ても聞いてもどこか他人事、自分の大事なものでもね。ここまで生きてきたけれど一体なんだったんだろうって。
こういう時って異様に昔のこと思い出せるんですね。
とうの昔に忘れていたような些細な出来事でも近くまで記憶を辿れれば完全に吐いた言葉なんかも思い出す不思議な時期です。
なんか脳の中で何かが逆流しているかのよう。

何もかも執着が無くなっていき、ともすれば無気力人間と勘違いされそうだけれども違う。
なんか凄い落ち着いて隅々まで整理して考えれるこの好機。
夏場なんてね、もう勢いだけで何もかも解決させてしまえそうなんだけれども。

今年は色々ありました。
バンドごとではもちろん無茶なシチュエーションでのワンマンなんて立派なもんを2回もやらせてもらったんだけれども。
そして気付けば仙台、そして大阪、来年は島を飛び出そうか。
激動だったのは間違いない。
去年の大晦日は四谷、今年もそうなりそうだ。
ひたすら後ろ振り返らず次、次って気付いたら今年終わりやん。
なんか6月くらいを最後にしっかりとした記憶が無い。
8月9月なんてもう最初から無かったかのよう、何してたんだろ。
自分の感情の起伏だけはしっかり覚えているのになぁ、情けない度が高かったからか。
身内では爺ちゃんがあっちの世界逝った。
最後に残っている婆ちゃんもどうやら来年もたないみたいだ。
今年が最後の年越しなのか、婆ちゃん。
すまない、俺は今年も東京だ。
自分のベストを見せてあげたい、これが20年抱えてる夢。
この婆ちゃん、昔は水泳の元オリンピック選手候補で怪我で逃した。
昔過ぎてなんかよくわからんけど何かの大会で日本一も一回。
なぜ俺なんかが生まれたのか不思議過ぎる。
3歳の頃、海水浴で連れてってもらった石川県の軍艦島で溺れたんですね。
浮き輪を離してしまって。
ほんの少し目を離された一瞬でね、もう足がつかないくらいのとこ。
俺はよくわからなかったけど子供ながらに一番遠くにいたはずの婆ちゃんが結構な高さの岩場から海に飛び込んで物凄いスピードで助けにくるのを見て溺れながら安心していた記憶が。
あの時の心象風景がやたらと思い出される。
話せるうちに聞きたいことを聞いておこう。
皆いなくなる、許してください。

体も辛かった今年。
4月から3ヶ月くらい足から肘、手の甲と連鎖的に故障した。
もうそんな前か、ついこの間のようだ。
今はなんともないけど体を大事にせねば。
後は何があったかな…、出会いだ。
去年よりも間違いなく今年のほうが濃い出会いが多かった。
一期一会、それに尽きます。
なんで人ってこうも優しいんでしょうか。

なんか激動って言ったらそれまでだったけど、こんな事を今日は一日かけてゆっくり整理していました。
世間的にはこんなの激動でもなんでもないんだろうけど。
いざなみ景気を越えたらしい、そんなに好景気なのか。
でもそんなの俺達貧民層には何も影響ないのです。
年収400万以下は貧民なんだって、ひょえ~。
カードゲームの大富豪なら強いのになんてこった。
たまにエビチリと牛タン食べれたらいいや、焼肉なんて贅沢なこと言いませんから~。
麻婆豆腐とチキンカレーと竹の子ご飯も食べたいかも。。。
焼き鳥は塩皮とネギだけでいいっす。

去年もこんな日があった。
きっとこういうのは皆は年越しとか元旦で改めてやるんだろうけれど、俺は今日でした。
きっと_ _ _ _*タイムなんだろうなぁ、去年のこの時期からうねり出したから。
来年は何が起こるんだろうか、何も起こらないか。
一応世間的な節目まで1ヶ月ちょっと。
おかげで自分でも恐ろしいくらい気力が充実しました、別に萎えていたわけでもないのに。
勝手な自己解決ですね。
ちょっとなんかで薄めないとダメなくらいドロドロしてる。

この1年の目標。
重力に逆らわないこと。

水になりたいわぁ~。

シーン。

やばい、やばいよガリ子ちゃん。
1日2本ペースだ、なんか寝起きの体調がガリ子ちゃんで悪くなった気がする。

先日は初台Doorsに行ってきました。
あそこは広いし照明きれいだし天井吹き抜けで本当良いライブハウスです。
出演バンドも都内でも強いバンドさんばっかり集まっていてほんと観に行ってよかったです。
_ _ _ _*も去年の6月に出させてもらったライブハウス。
その時はドラムもフロント下手に出してやらせてもらったんですね。
なんせ広いから。

もう都内の主要なライブハウスはほとんど行ったしだいぶん情報も取れるようになってきました。
いろんなシーンがありますね。
渋谷はいつだって渋谷シーン、ちょっと特殊な土地柄ですね。
一種独特なんですよね、何が主流かはすぐに変わるんだけれどもそれが渋谷。
それに追随して各地方のシーンが形成されているような気もする。
インディーとメジャーの繋がりを最も感じるなぁ。
俺みたいな泥っぽい人種にはかなり縁の薄い土地です。
おっ、泥ってちょっと面白いな。
俺泥で行こう。
先日も新しく出来た渋谷AUBEってライブハウスでやらせてもらったけど、対バンは皆洗練された感じのきれいめだった。
ライブハウス自体の設備は凄くってね、音響も。

そして池袋シーン。
ここはちょっと前までビジュアルのメッカみたいになってたけど、最近は違う。
手刀が出来てからかなぁ…、随分アングラなバンドさんが増えてきたというか集まってきた気がする。
一時期のビジュアル隆盛を今、アングラが取って代わっている印象ですね。
実数は違うけど印象はそんな感じ。
そしてそのシーンは高円寺と直通ですね。
俺達は12月に高円寺20000Vだけどそれも池袋手刀きっかけで誘ってもらえたんですね。
高円寺っていう土地そのものがサブカルの聖地でもあるんだけれど、音楽もそのまんま。
そのすぐ隣の阿佐ヶ谷なんてジャズジャズしてるのに不思議だ。

新宿はね、もうなんか知っている中で最も統一感の無い感じで何もかも雑多な印象ですね。
実際そうだと思う。
新宿だからって言ってしまえばそれまでだけれども、ライブハウスの数もピカ1だしね。
うちなんかだと意外と敬遠しがちな土地なんですよね~、実は。
ライブハウス同士が向かいだとか隣だなんてよくあるし、でもあまり縁の無い土地ですね。
ウルガもボイスも出してもらったけどあれってもう大久保近いし。
なんでだろ~なんでだろ~。

下北沢。
ここは進出したいなぁ、なんてったって下北沢。
ライブ後がとにかく楽しそうだ、どうとでも遊べる場所だ。
もう5日後とかにうちも屋根裏やらせてもらうけど_ _ _ _*初めてですね。
一昔前は本当に凄かった。
バカバカとメジャーに駆け上がって行って今もバリバリやっているバンドさんがとにかく多い。
一昔前ね。
全国的にも間違いなく渦の中心になっていて凄かった。
当時20歳くらいだった俺もちょっと怖かったもん。
今は少し落ち着いてね、垣根は低くなった感じだけど昔は出たくても出れないっていうのが下北沢だったはず。

そして四谷。
もうフォーバレーも無くなって今はアウトブレイクの独壇場。
普通、四谷でライブやりますって言ったらそんなとこで降りたことないよって感じですよね。
遊ぶとこもないしビジネス街。
でもね、今ここにびっくりするくらい凄くバンドさんが集まっている。
実績引っ提げてるのやら無名だけど恐ろしくハイクオリティーだとか。
質が恐ろしく高いイベントだらけ。
俺達もマンスリーに載っけてもらったりいろいろしてもらっているけれど、凄く奇跡的なこと。
ここの印象はとにかく多国籍。
大晦日もスイスから凄いバンドやってくるんだから。
来る者拒まず去る者追わず、四谷のくせになんてことだ。
きっともう何年かすれば名前も知られて有数のライブハウスになっていることでしょう。
出来た時から見てるからなぁ、確信持って言える。

俺達が出入りしているとこを中心に書いたけど、他にも秋葉原も凄く盛り上がっている。
ここには都内最高って言われているライブハウスがありますね。
吉祥寺なんかもたくさんあって、これでもかっていうくらいポップポップしてる。
シルバーエレファントだけちょっと違う感じだけど。
八王子もあった、盛り上がってるんですよ。
都内からはちょっと離れていてね、もう完全に特殊。
俺からすれば鎖国的なニュアンスも感じるくらい。
赤坂もあったなぁ。
仙台も半年前から行かせてもらっているけど、ここもまた別世界。
ギターはエフェクターが無いと、ドラムは基本をしっかりやるみたいなのじゃないとやってられないくらいのバンドさんが多い印象だ。
タム無しでヨダレ垂らしている俺なんて向こうじゃ怖がられているみたいで相手にされなくて悲しい思い出でビルが建ちそうな勢いです。

面白いんですよ、最初に書いた初台Doorsなんて完全にあっちの世界のバンドさんが多い。
たった一駅違っただけだとしてもね、同じ場所なんて一つもない。
ライブハウスそれぞれにスタンスがあって、それに共鳴したバンドさんがそこに集まる。
簡単な話なんだけれども、簡単ではない。
ちょっと誤れば死活問題ですもんね~。
職場の選択と一緒かもしれない。
これから大阪もちょこちょこ遠征することになりそうだけれども、どんなシーンが待っているのか楽しみです。

きっと俺達はどこにも属さない、ネームバリューとか無視でクラブでも路上でも良いと思えばどこででもやっていくでしょう。
あっ、個人的な希望があった!!
タワレコのインストアとかで思いっきりやりたいなぁ。
無理だよ…。

路上を守れ。

ガリガリくんが食べたくなってコンビニで買ってきたんですね~。
たまにスプーンで叩き割ってかき氷状にして食べたりしてる。
この日は普通に食べようと思って一口。

???

なんか違う、これはガリガリくんじゃない!!
パッケージを見る。
異変は感じられない……、!!??

『ガリ子ちゃん(やわらかクリームソーダ味)』

なんだこれはーーーーー!!
パッケージの色も傍目にはほとんど差異の無い水色。
味はよくよく食べると昔売ってたラムネの粒が入ってた大好きだったアイスに似ているからいいんだけれど、それにしても…。
マンゴー味とコーラ味置いてくれ~~。



そんなことじゃなくて、今日は本気で書きたいことがある。
大阪にいた頃。
俺は路上で飯を食っていた時期があります。
別にね、家が無かったとかお金無かったとかそんな話じゃない。
来る日も来る日も路上でドラムじゃないけどいろんなものバカスカ叩いてお金貰ってたんですね。
自分のやりたい事で一銭でも得るということの凄さ。
その時に経験して得たもの。

達観。

ここでこんなことを書くのもなんだけど、ライブハウスでやるなんてある種のレスポンスが得られて当たり前じゃないですか。
なぜならライブハウスだから。
見てくれている人も当然お金を払っているわけです、俺もライブハウス行ったら感想の1つや2つ言いたくなります。
でも路上は違う、誰も演者のことなんて知らない。
本当に良いパフォーマンスじゃないと見ないでしょう。
そしてそこでね、世の厳しい審判を受けながら良質のパフォーマンスをモノにしようと修行し投げ銭によって生計を立てる。
育てられたパフォーマーはその後社会貢献出来るんですね。
確かに普通に歩いている人達からすればただうるさいだけかもしれない。
しかしこの世の中にエンターテイメントが不必要な場所なんてあるのだろうか。
誰もがその恩恵に授かっているはず。
笑いや感動の必要ない世の中なんて滅びてしまえばいい。
そんなものになれば真っ先に刺し違えてやる。
テレビもいらないじゃないか。
当時の俺はそんなことまで考えてはいなかったんだけれどもね、JR大阪駅の真ん前の大きな歩道橋でひたすらやっていたもんです。
ミナミでもやってたりしてね。
酷い時は雨に打たれながらそのうちそっち方面の人にショバ代とかって言われて絡まれて連れてかれて惨めな思いをしたり。
でもやり続けていた。
当時の俺にはそこしかなかった。
見てもらえる場が。
だから当然自負もある。
3時間死に物狂いでパフォーマンスして14円。
笑えるじゃないですか、あそこが舞台に上がる人間としての0地点。
どれだけの試行錯誤を繰り返し、1人で場に出るっていうことがどれほど過酷で辛酸舐めさせられてきたかも。
全ては良い経験。
あれがなければ今の俺は無いとも言える。
どういう遍歴だったかはもうわからないけど、叩いてるだけじゃダメなのかってなれば歌ったりね。
それでダメだったら俺は喋りはどうしても上手くないもんだから動き方考えたりね。
手が2本じゃ足りないならどうやってもう1本増やそうとかね。
全て、全ての基礎部分を路上で。
なんとかなんとか1人でやれるようになりたかった。
だからね、路上で育った人達っていうのは本当に強く、達観出来ている人が多い。
この世の中で見栄も嘘も通用しない場所で育ったんだから。
だって頼まれてもいないのに頑張ってるってのは押し売りもいいところ。
俺は育ったとまでは言わない、やっぱり主戦場はライブハウスだったから。
でもその経験をしているおかげで今じゃそうそう困らない。

東京に来てからもね、様々な公園でやってきたしもちろん_ _ _ _*もそこである種の覚醒があった。
最近はやっていない、わずか3ヶ月くらいだったと思うんだけれども。
その場所は井の頭公園。
そこが今無くなろうとしている。
これはのっぴきならない。
来年1月から許可制になるらしい。
審査された上に登録料とのこと。
合格して払えばいいじゃないかってそんな簡単な話じゃない。
誰が審査をするというのだろうか。
誰が自由な表現を審判出来る器を持っているのだろうか。
もしこれが都内のそういった場所全てに適用されていけばどうなるのだろうか。
芽を摘むぞ。
都の言い分なんて痛い程わかるじゃないですか。
近隣住民及び通行人に対しての迷惑行為を事前に防ぐってね。
もちろんこれは演者側のモラルに寄る所が多いし、トラブルもあるんでしょう。
これらを解決させる為に都の財産である公園区画を合法的に使わせる。
傍目にはいい話じゃないですか。

現時点である制度でヘブンズアーティストっていうのがあります。
これは都からアーティスト自体が審査、許可を得て一定の場所で限られた時間、表現をすることを認められる。
有名なところで新宿東口のステージ、井の頭のステージなんかがそれにあたります。
しかし…これでは賄えない。
これは日本の産業構造そのまま、価値観も当然そこに主眼が。
サブカルチャーっていうものを否定している制度に見える。
アンダーなのはもう最初から審査通過しようがない、無理。
そして投げ銭も禁止、金銭の授受という行為そのものがご法度。
例えば絵を描いたり写真を撮ってそれを売るというのも引っ掛かる。
当然の如くそれに該当してしまう人達は場所を無くしてしまう。
誰がそういう文化を育てるというんだ。
上野の美術館なんかの宣伝もテレビで盛んにやっているけどね、誰もそのうちいなくなる。
金が無けりゃ飯食えない、修行も出来ない、終わりじゃないか。
売れるものが全てか、誰がこいつが10年後に大成するってわかるのだろうか。
大成しなけりゃいけないのか、じゃあ言論さえも規制するというのか。
そんな価値観死んでしまえ。

俺達の世代の後に続く人間はどこで修行を積めばいいのか。
バンドにしてもスタジオやライブハウスだけで確立出来るものってどこまで生きれるんだろうか。
人と近距離で接するということ、これが基本じゃないのか。
伝統芸能の断絶が話題になっていますね、加速させてどうする。
人に対して逃げの姿勢を取ってしまうパフォーマーだらけになるぞ。
自由であるということはとても難しく、誰もがその皮肉に苛まされる。
自由な判断、選択、思想、どこに行く。
たくさんある中から自由に選べばいいじゃないですか。
俺自身は規律と厳しさを路上から学んだ気がする。
人格を尊重し、誠意を持って接するということ。
これを学校から教えられた覚えはない。

人とぶつからせてやってくれ。
そして出会わせてやってくれ。
結果、自分と向き合うということ。
達観するから。

そこが0地点だったから。

モチーフ。

バンドったっていろんなモデルがあるわけでうちなんてモデルっていうモデルは無い。
ああなりたいこんなことやりたいっていうのがほとんど皆無。
本当ごく普通の生活の中での自然発生的な部分っていうの言うなれば_ _ _ _*の素なのかもしれない。
そんな中でね、ライブハウスに行く回数を重ねていけばいろんなバンドさんと出会えるものです。
もちろん俺もそれなりに考えていろいろやったりしているけどそれでもまるで自分の思考回路には無いコンセプトのバンドさんに驚かされることがあります。
その際たるものが、何かをモチーフにしてその世界観の中で忠実に表現しているようなバンドさん。
その中にはそのままではなくて独自の改訳が施されていたりしてね、ふむふむ、なるほどってなる。
そう、なるんですよ、ふむふむって。
これが俺には全く出来ない。
どんなに好きなモチーフがあったとしても、性分的にそこに限定されるのが嫌なのかはわからないけど、そこに自分を投影するっていう作業が全く出来ないんですね。
だからそういう自分に無理なことを飄々とやってのけるバンドさんに驚かされる。

今日もね、そういうバンドを見てきたんだけれども参った。
書けますか?
なんでもいいや。
例えば世界の中心で愛を叫ぶとかでもいい。
それを自分なりに消化して台本書いて、曲作ってね。
演出やら間合いなんかもしっかり考えて、キャスティング募集して1時間半のステージに仕上げるとか。
俺は出来ないもん。
よくもあそこまでその世界での生き方を見つけられると思います。
凄いじゃないか。
今度一緒にやらないかって言われたけど迷わず即刻断っちゃった。
やるほうよりも見ているほうが楽しそうだったから。
きっと向き不向きっていうのもあるんだけれど、ある種のオタク魂というかなんというか、俺には無いみたいです。
これから先もそういう劇と曲をコラボったのに参加はしたいけれど、主催するのは無理ですね。

考えるとそうかもしれない。
昔から俺って何をやっても入れ込むことはなかった。
ビックリマン流行ってた時も凄い人は漫画書いてたりしたもんなぁ。
そこまで行かなくともね、例えばプリクラを集めて手帳にバカスカ張ってたりとかそういうのもまるっきし興味なかった。
俺からすればああいうの凄い凝り症に見えるんですね。
入り口はそういう些細なものだと思うんだけれど閉ざしていた。
知識欲なんてものも未だにない、興味無いもんだから必然的に覚えが悪いし。
でもなんかあまり良くない気がする。
自分の好きなことばかりやって小さな裁量でこれいらないあれいらないって。
そう思ってたまには本を読んでたりするんだけど性分は変化無し。
ドラムの月刊誌なんかも一時期から全く読まなくなったなぁ…。
もっ凄い小さいとこに閉じこもっているのか。
そのもっ凄い小さなとこではとんでもなく凝ってたりするんだけど。

うちがお世話になっている大阪のバンドさんもそうなんですよ。
寺山作品が軸なのかな、それを独自のやり方で通算40本以上の舞台を作って来年で10周年だとか。
ステージももちろん凄いんだけれど、俺が驚くのはよくも次から次へとイマジネーションが湧いてくるなぁって。
世界観に忠実でありながらクリエイティヴであり続け、その結果新しい見解を提供してくれる。
密かに勉強させてもらっている。
例えば照明とかの注文も凄いもんだから、どんあ劣悪な環境のライブハウスであっても一定以上のステージが約束されている。
きっと長い時間をかけて確立していったんでしょう。
それって結局は俺達も一緒なんですよね。
これはこういうものだ、自分達はこうあり続けるべきなんだっていうのが明確過ぎるくらいにビジョンとしてしっかり存在しているから細かい注文が出来る。
それを表現して実現させる為の知識欲って考えれば、一見必要そうに見えないものでも吸収していかないといけないんですよね。
こんなの好き嫌いの問題じゃないもん。
もうとっくの昔にわかりきっているって思い込んでいたようなことを改めて認識させてもらった。

グリンピースは食べれるようになったんだけどな。
なんでここにグリンピースが入っているのか考えないといけないようだ。
その後に無限の可能性か。
回帰か先進か、どちらにしても今の俺に必要だ。

解答集。

マーティーが日本で一番売れた泳げたい焼き君のB面を聴いてこれはメタルだって言ってた。
わかる、わかるぞ~~!!
感動した(TT)
俺も最近バラードとハードコアの区分が曖昧になってきたところです。
一緒に聴こえてしょうがない。

今日は東京に出てきたばかりの平均年齢18歳のバンドマン達と会ってきた。
これからバンド頑張るんだって、それで変な質問ばかりされて面白かったので書いてみよう。

なんというかその…、微妙に答えにくい質問ばっかりされてきました。
答えにくいっていうのはなんというか…つまり頑張れよみたいな。

質問1.
バンドのパフォーマンスはどうしたらすぐに上がりますか。

解答
上がりません。
って言ったら泣きそうになってた、なんでだ。
俺が聞きたいくらいの内容なのに。
大体ね、どこでもそんなすぐに良くなってたら世の中のメジャーインディーの構図なんてとっくの昔に破壊されているわよ。
上がらないから皆困ってるんでしょ~~!!
でも思うのはメンバーに誰がいようがどれだけ優れていようが依存していては絶対にだめですね。
個人力が結局のところはバンドのパフォーマンスの良し悪しに結集するんだから。
無いより確実に有るほうがいい。
というか無ければ局地戦で打開出来ないからいつまで経ってもそこの部分がアキレス腱であり続ける。

俺的な観点で手っ取り早く言えば、まずドラム。
基本的に元々見えないポジションだしね、純粋に音勝負のパートだからまずは何よりも確実性。
アクションいらない、スティック回さんでいい、手を高く上げないでいい、セッティングで目立つ為に無理してシンバル高くしないでいい。
経験上、ボーカルがメロのラインを外すのよりドラムが崩れるほうが痛いのは嫌ほどわかっている。
聴けなくなるから。
常に6割くらいの力で叩ける譜面がベストなんじゃないだろうか。
俺なんかは攻めちゃうからダメなんですよね、そのうち余裕で出来るようになるだろうってなもんで。
でも水準値の差異もあるし、やっぱり確実性。
これに尽きます、そしていらないおかずはどんどんカットする。
主張は基本的にフロントに任す。
これでまずはいいんじゃないだろうか。

次はベース。
とにかくまずはドラムにしがみつくんだ。
失敗しても最もバレにくいパートではあるけれど、グルーブ構築の鍵。
そして余裕があればフロントらしくステージ3分の1の60°の視野角を受け持つ為に動くんだ。
止まったら死んでしまう、元々何弾いてるかなんて認知されにくいパートなんだから。
若いバンドは特にそうだと思います、音で勝負出来ないから。
演奏が余裕になってきた頃にはフロントの監督的な役割がやりやすいポジションでしょう。
ドラムとギターを繋いでいるんだからね。
ここがしっかりしているかどうかでボーカルの歌い易さも随分変わってくるから神経を最もすり減らすべきパートだと思います。
俺の知り合いバンドでバンマスが最も多いのがベースですね、精神的なバンマス。
そしてドラムとベース合わせて聴き手側は無意識に耳に入ってきてしまっているはずなのでそこを利用することだ~~!!

ギターですね。
俺はギタリストじゃないからわからないけど、正直な話、一番失敗してもいいとこだと思ってます。
何よりも顔面!顔面ですよ~~!!
キュイイィ~ンとかピロピロフワァァンとかやってもね、顔面が音に届いてなければ効果激減。
それなら部屋でステレオから流してたらいいじゃないですか。
最初、バンド始めたばかりで何もわからなかったとしても顔面。
高音部は聴き手側も意識的に聴くとこだから見られます、必要以上に見られます。
だから顔面、要するに顔面。
顔面顔面うるさいなぁ、俺。
今の時代、上手い人なんてたくさんいちゃうから無理なんですよね。
皆、よほどじゃない限り聴き慣れてるんだから。
諦めましょう、別のとこ探したほうが抜けやすいんじゃないかと思います。
そしてミテクレにも気を付けて華を添えましょう、ギタリストなんだから。
あっ、高音同士だからボーカルの邪魔はしないように。
魂のパートだ。

ボーカルだ~~~!!
ボーカルはお得な場所ですね、力量とは関係なく注目の的。
これが逆に仇になっているバンドさんが多いと思います。
俺も高校の頃組んでたバンドなんかじゃカラオケ気分で前で歌ってた人多かったなぁ。
意外とね、普通の歌い回しで無難だったらすぐに他のパートに食われ易いのがここ。
0点か100点を狙いましょう、それ以外はいらない。
そしてボーカルとしての耐久力。
それはライブ開始から終了時までにオーディエンスの視線に耐えれるかがまずは第一の関門。
実際は歌えているかどうかよりもライブ出来ているかどうかが最も問われる場所。
確実性もある部分ではいるけど、ある部分ではいらない。
全パート中、最も泥臭くないとだめですね。
良い部分も悪い部分も言葉というパートであってバンドの代弁者であり続ける為に。
ライブ出来るようになってから歌えるようになっていったらいいんじゃないでしょうか、ある程度はほっといても勝手に上手くなるもんです。

とまあ俺なんかに聞くからざっくばらんに答えてみました。
投槍じゃないですよ、精度とパフォーマンスどちらも必要だけどいきなり両方は無理だからどっちかに絞ってやるのがいいんじゃないかなぁ。
最初なんて難しいこと考えずにライブたくさん見てたほうがいいかも。
人が心打たれるのって生でしかないんだから。
嘘や見栄ほど無粋なものはない。
個々でそれが出来てから可能な話し合いってのがあるはずですね~。
その後しっかりバンドになっていこう。

質問2.
なぜバンドをやろうと思ったのですか?

解答
…病気みたいなものだと思います。

質問3.
ドラム叩いててよかったことってありますか?

解答
予想しているようなよかったことは何一つありません。
目立たないし、後ろで何かしていた人になりやすいし、最も汗かきます。
練習場所の確保も難しいし、電車なんかの移動中は貧乏揺すりと勘違いされるし散々です。
それでもこっそりとよかったことはたくさんありますだ。
最も原始的な楽器で本能的に向かい合える機会が多いとか…
性分的にもはっきりと優劣の差が見えるのが合ってるとか…
ライブ中もPA卓からホール、ステージ、メンバーと最後尾から全部見えるのもお得な景色じゃないでしょうか。
やっぱわかりにくいパートだ。

質問4.
理想のバンドとはどのようなものですか?

解答
ライブバンドであること。
3人なら3つ、4人なら4つ、人数と同等の数の視点があれば最高ですね。
ライブ中、どこ見ても常に楽しいってなれば時間の経過も早いんじゃないでしょうか。
楽しいだけじゃなくいろいろ共有出来るバンドがいいですね。
そういうのがステージに出るから。
どちらにしても、弾が飛んでくるような場所でも背中を安心して任せられるメンバーですね。
良いパフォーマンスを実現させるよりも良いメンバーと出会えるかのほうがはるかに難しいと思うから。

質問5.
どうしたらデビュー出来るんですか?

解答
いろいろと大人になったら出来るんだよ。

質問6.
どんなイベントに出るのがいいですか?

解答
身の丈にあったので無理したらダメよ。
名だけ取って実を取れなかったら近く自爆します。


俺大丈夫!?
って思いながらズバズバ好き勝手な事言ってきました。
多分大丈夫じゃないかなぁ。
元々その彼は少しおかしな太鼓叩くからそのうち勝手に道を切り開くだろう。
何にしても俺の真似はしちゃダメだって強く言っといたっす。
うちのライブも出禁です、見ちゃだめだ。
もう少ししてからがいいだろうなぁ、道を踏み外すじゃないか。
そんな話をしてたんだけど、考えたら俺がその年の頃ってそんなの聞くまでもなく不安なんてなかった、未だにそうかもしれない。
今の人達は慎重なんだろうかって思ってしまった。
しばらく会うまい。

彼らにはきっと広大な世界があってさ、誰の侵害も受けずに自由に行きたい方向に歩き出してさ。
雨が降ってきたり槍が降ってきたり落とし穴にはまったりしながら笑って進んで行けばいい。
そして泥にまみれろ、ぬかるんで沈めばそれまで。
もう俺はあの頃から考えると針の穴のような一点を狙ってミクロ幅の橋をよろけながら渡っている気がする。
ついてくるなよ…。

そっちのほうが楽しいはずだから。

近付いてきた。

恐れています、これからの日々を。
11月26日の下北沢屋根裏を皮切りに12月2日の大阪キングコブラ、4日の四谷、10日の高円寺20000V、13日の仙台MACANA、16日には今度は別のバンドで四谷に帰還。
大阪、仙台という局地的な遠征を含めながらのこの日程は_ _ _ _*初めて。
怖い~怖い~。
12月13日の仙台なんて俺はもう正直車で行くのが怖くなったっす。
だって一昨日の11月半ばの時点であれだけの濃霧と少し北はボコボコ雪降っていたらしいんだから。
新幹線?
夜行バス?
そして漫喫?
いや、一度くらいは宿泊施設なるものの恩恵を授かっていもいいんではないだろうか。
日帰りでやろうとするからいけないんだ。
どんなバンドもあんまりない感じのスケジュール。
ツアーなんかだと普通はある程度近場で組んでいくんだけど、うちにはツアーなんて立派なものをする気なんて全く無く、局地的に集中して出かけるから仙台も大阪も東京ライブと変わらない感覚でいくんですね。
過去の遠征の記憶は良いものがとにかく少ない。
車ネタだけで何回死にそうになったか。
末期には十字路もピーポー状態ですよ、他のバンドさんたくさん事故ってる。
全部のイベントが違うシーンだしすぐ準備ですね~。
大阪なんてもっともっと行きたい。
セットも5つくらい貯めておこう。
絶対絶対同じライブなんてするの嫌だ~~~っと!!
その全部で最大瞬間風速出してやる、各地で警報です、警報。
とにかく時間が足りない、どう動こう。

でも地元大阪に_ _ _ _*でライブしに行くっていうのは何かこう、胸の奥からもやもやと、…簡単に思う所があるって話なんですけど。
仙台はcandyが地元というか住んでたでしょ、あったんだろうなぁ。
ジンプルは鹿児島…、行かないんじゃないのか…。
ノーストップで鹿児島まで車で行っても20時間はかかるだろうなぁ。
韓国や台湾のほうがまだ行きやすいじゃないか。
Yu-ponは横浜だから郷愁なんて皆無だし。

俺は大阪の街自体はそこまで好きじゃないんですね、特に盛り場。
あまりにも辛いような思い出が多過ぎて、自然と顔が険しくなっちゃう。
ただ大阪っていう場所自体はどうしようもなく好きなんですね。
個人的には1年に1回帰れればなぁってくらい、もっと少なくてもいい。
ただバンドで行くとなれば全く話は別で、恐らく俺が最も心に余裕が無いはず。
な~んでこの面子で大阪にいれるんだろうって。
どのライブ1つにしても特別な思い入れがあるもんだけれど、この12月シリーズ、そしてあっという間の年越しのバカ騒ぎ。
脱皮出来るかな。

いつだってそうだった。
自分の将来にわずかでも希望持てるってのがどれだけ幸せなことか。
そうじゃなかった時期が今もってケツを蹴っ飛ばしてくれる。
たくさんたくさん拾い集めて年越そう。
まずは下北蹂躙だ。

11月15日仙台MACANA終了。

どのバンドにとってもちょっと相性が良いライブハウス、悪いライブハウスっていうのはあると思うんだけど。
仙台MACANA、うちにとっては間違いないライブハウスです。
もう4度行ってきたんだけど4度とも清々しいライブが出来ました。

俺ん家に4人で泊まって朝5時に全員集合、7人での出発となったのですが…。
前日モツ鍋をしたせいか深夜遅くまで起きていてしまい寝れなかった。
これが後に響いた~♪
相も変わらず朝7時半頃にはまたも宇都宮付近のパーキングで悠々休憩。
朝っ腹から餃子メニューでばか騒ぎ。
この日は餃子ドッグと餃子コロッケ、なんだったんだあれは。
俺は餃子ソバと餃子ドッグを食べたんだけど、餃子ドッグには餃子のタレが付いてきたんだけどタレの味しかしないじゃないか。
それでちょっとおいしく頂けない味だったからソバのだしにつけたらおいしかった。
最初からそう言ってくれたらいいのに。
そんなことがあってね、10時過ぎには2度目の休憩。
ここでYu-ponが確か牛タン串を買ってたけどこれはブラックペッパーの味しかしなかった。
気を付けてください、一通りの失敗は俺達がコンプリートしていってるっす。
またしても何の疲れも見せないままあっさり仙台入り。
それで牛タンですよ、今回は事前に地元の方に聞いていた店を直撃。
やられた。
誰かが書いていると思うけど、とにかく牛タン味噌があんなにうまいとは思わなかった。
塩だろって話だけど違う、テールスープもそのまま飲んだら辛いなぁって感じだったんだけどご飯をひたした瞬間に驚異の変貌を遂げた。
なんだこの日記、食い物の話ばかりじゃないか。

この日も最初から最後まで運転するつもりだったから俺はここで車内にて就寝、1時間くらい寝れたのかな。
隙を見ては寝るの連続で体力の温存。
その間メンバーは営業回りで何があったのかは知らないけど、撮影で来てくれた人が撮ってくれた写真を見る限り、またもやジンプルの受け入れ先はここには無いようです、街中のベンチで1人で座っている写真が痛々しい。
そしてリハ。
音チェックして曲で合わせた瞬間に俺、びっくりして叩くの止まっちゃった。
初めての経験でした、びっくりして止まるなんて。
何がびっくりしたってあまりにもモニターからの音が良過ぎて。
仙台の際は毎回同じオペレーターさんがやってくれるんだけれども、もうかなりうちの事を理解してくれているみたいで泣きそうだった。
そういう人同士の相乗効果のせいで毎回良いライブやらせてもらえるんだって激しく痛感。
確かに照明もきれいだしそういう不安は全くないライブハウスなのですが、結局は人の成すことなんですね。
どこに行ってもよくよく話しをしなければいけません。
メンバー個々それぞれのリハをしっかりと終わらせて俺はまたもやスタートまでのわずかな間に就寝、30分くらいかな。
仙台を舐めていた、冷え方がもう半端じゃなく寝付けなかった。
帰りの外気は表示されている電光掲示板はもう1°とかばかりだったけどあの時も5°は切っていたはず。
11月からここまでとは。

そして本番。
この日の俺達のセットリストはギュウギュウ詰め。
ライブ尺は音源聞いたら29分ジャストだった。
そのうち俺が休憩していたのって20秒くらいだった、さすがにこれは初めてだった。
チューニング中も慌しくドラム叩きながらまくしたてるMCで貫通。
おかげで頭の回転速度が落ちてきて手の速さについていかなくて混乱した一瞬も。
意志とは関係なく手が動いてるもんだから不思議現象でした、危なかった。
でも新しいライブのスタイルが構築出来ていっています、東京でも年明けくらいからやりそうだな。
ライブ中から手応えが溢れ過ぎる程にあって、ライブ終了後は昇天。
言わずもがな、ベストの姿を仙台に焼き付けて帰れたと思います。
アンケートは仙台に限って毎回やらせてもらっているのですが、共犯者と回転ドクロが好評で嬉しかった。
その中で面白かったのはアンケートは毎回candyが作っているんだけど、恥ずかしい誤字が…。
それを回答として指摘されていたのには笑ってしまいました。
ありがとうございます~(TT)

そして帰り。
ここからは皆寝てたから知らないだろうけど、修羅場だった。
前日前々日寝れていなかったのがここから効いてきた。
ジンプルなんてまたもや走行開始10分くらいで寝ている。
本人曰く目を瞑っているだけとのこと。
晩御飯は仙台の高速近くのなか卵で済ませ、お約束通り誰とは言わないけど仙台置き去りの疑似体験を済ませてからすかさず高速に侵入。
すぐに最後のパーキングのはずだったところでお土産購入。
そして走り出して皆が寝静まって少しした頃。
あれはまだ宮城を出る前かな…、強烈な濃霧が発生。
外気も1°とかで仙台より北は雪が降っていたらしく凍結も怖かったからとにかく少しでも南下しようと思っていたけど、濃霧で前が全く見えなくなってきて神経はすり減らす。
山中を縫っている東北道だから仕方がないけど100Km程で撃沈。
寝る、1時間くらい寝たのかな。
助手席で俺を頑張って起こしていたらしいけど無駄だったらしい。
何で起きたってなんと最後部に座っていたcandyが前日からかけっ放しにしていたあの忌々しいアラームだった。
叩かれても揺すられてもこちょばされても耳に息を吹きかけられてもダメだったらしいのに、アラームであっさり起床。
なんだそれ。
そして走り出そうとした瞬間。
すぐ後ろに座っていたYu-ponが寝てたのにいきなり跳ね上がって天井に頭ぶつけてた、なんて寝相だ。
それに呼応して横で寝てた人にぶつかって唸ってた。
おもろいおもろい。
すっかり回復した俺は張り切って出発。
さよなら、阿武隈パーキング。
そしてあっさり福島に着くもまたもや濃霧が。
あれは本当に消耗させられるから嫌だ。
東名の東京~大阪間なんて岐阜辺りの一瞬で発生するかどうかなのにずっとなんだもん。
そして首都高に5時台に突入出来なければ渋滞にぶち殺されるというのを知っていたからひたすらノーストップで走り続ける。
無事首都高に5時台後半に入ったものの軽く渋滞、あわやの所で首都高3時間コースを逃れる。
しかしここで事件が。
そう、俺はずっと尿意を我慢していたんだけれど限界がきた。
生まれて初めて膀胱が唸ってお腹壊した時みたいにギュルギュルするんだってのを知った。
首都高って道路の繋ぎ目が粗いとこ多いんですよね…。
繋ぎ目を通過する度に小刻みな振動が膀胱を直撃する。
アホらしかった、だってアクセルを踏んでるの自分なんだもん。
小刻みな突き上げに耐えつつ走っていたけど、一度強烈のアッパーが車内を突き抜けた。
痛い!!
助手席の人からMの人みたいって言われたけどしょうがないやんか。。
そんなこんなで高井戸でなんとか降りた瞬間に停車、森っぽいところで朝日に吠えてすっきり。
ペット2本じゃ足りないんじゃないのか…。
そして無事に6時40分解散。
前回と比べると1時間寝たのがそのまま反映された時間でした。
それにしても最後まで横で起きて話してくれてた人がいなかったら危なかった。
今頃まだ宇都宮とか福島辺りで遊んでいたかもしれない、諦めて。

今回も楽しく遠征できました、本当にありがとうございました!!
次の仙台が楽しみです~~

仙台前夜。

やっべぇ、早く寝なきゃ。
朝5時出発ですよ~。
それで朝5時に帰ってくるつもりなのに寝なきゃあかんたい。
今は自宅に4人いるのですね、メンバー2人と明日ついて来てくれる2人。
さすがに4人もいたら遅刻しないだろう。
と思ってかつては同じとこで寝ていた_ _ _ _*4人揃って1時間寝坊した時は悲しかったなぁ。
それでモツ鍋してました、ハナマサはいいなぁ。
安くて大量で良心的だ。

どうやら仙台は明日は雨のようでやばいです。
牛タン屋も2軒チェックしたから大丈夫だと思っていたのに。
しかもも東京と温度差が平均6℃もあるらしい。
ちょっと厚着しないと帰ってきてから風邪ひくなぁ…。
ていうかまじでやばい、日記書きたいけどもう寝なきゃ。
楽しかったなぁ、鍋。

寝るっす、自分寝るっす。
眠くないけど寝るっす、無事に帰ってこないと。
行ってきま~す!!

九段会館。

昨日は疲れたなぁ~、歩き倒しました。
大久保でね、凄い安いマーケットを発見!!

米5キロ680円!!
チンゲン菜6束78円!!
レタス1玉38円!!
大根1本88円!!
白菜1個(単位?)98円!!
極め付きは京ネギ5キロ580円!!

その後も随分あちらこちら移動しないといけなかったんだけど、これはさすがに買った。
報道番組なんかで安い店があるってのは知っていたんだけれども、実際目にしたのは初めてだった。
産地とかそれぞれ書いてたけどきっと中には…。
他にも安いのいっぱいあったけど、買ったのはこれだけ。
ネギ♪
これでハナマサとかで安い冷凍の鶏肉買ってきたら毎日宴だ。
焼き鳥も鶏よりネギのほうが好きだからたくさん食べれる。
普通は高いのにね。
20品目はネギだけでいける、そんな日だった。

そしてまた1日遡るけど、何の因果かわからないけど成り行きで九段会館下見してきました。
有名なんじゃないかな、靖国神社と武道館のすぐ近くにある由緒正しい歴史ある感じの建物。
普段は結婚式やらパーティーを主に取り扱っているんだけれども大ホールがあるんですね。
たまにその大ホールに音響設備がドカっと入っている日があって、そういう日に行きたかったんですね。
普段は中々入れないとこだからもういけないところに侵入しているかのような錯覚が。
人っこ1人いなかったけどホールに一歩入るとやっぱり凄かった。
容易にオペラやバレエ、クラシックの興行模様が想像出来る。
大きな吹き抜けでやりたくなってきたんですね~、大声張り上げるのを。
客席に座って叫ぶ、まるで自分の声に惚れたって勘違い出来るくらいローからハイまで倍増されてキレイに返ってくる。
ヤマビコみたいなのと違ってもっとスムーズに。
うわ~と思って次は舞台に上がる。
また叫ぶ。
やっぱりしっかりとしたホールの音響計算されているだけあって、これは間違いなくいい音が出るって思いました。
スピーカーなんかも景観損なわないように配置されていておぉってなる。
うっすらとここで_ _ _ _*出来ないかなと思ったけどちょっと壁とか壊したらいくらかかるんだろうって考えたら寒気が…。
過去に大阪ドームがライブの日に前日深夜に入ったことがあるんですね。
あれは大きいなんてもんじゃないけど、その時もどんなもんだろうと思って叫んだ。
反響的には最悪の部類だった。
でか過ぎるんだろうし元々打って投げるところだからだろうな。
最近は市民ホールみたいなとこに行くんだけど、そういう場所もまず間違いなく音響が良い。
でも九段会館はさすがに抜けてた。
きっと皇族関連のイベントも取り扱われるんだろうし。
ソファーに座っていたら温かいお茶と和菓子をお姉さんが持ってきた。
あんなの俺はお寺でしか知らないぞ。
何時間でもいたくなるじゃないか。
いたんだけど。

そのうちホール系のイベントも出たいなぁ、野外もだ。
真昼間からうちが外で燦々と太陽を浴びながらライブをやっている姿を想像するにはまだ時間が必要ですね~。
楽しみが1つ増えました。

書くの忘れてた!!

そうそう!!
今月のね、『MUSIC UP`S』っていうフリーペーパーにうちの前回のワンマンレポが写真付きで載ってるんですよ。
11月号ね。
プロのライターさんが書いてくれたんです。
よく見に来てくれたなぁ、感動だ。
とにもかくにも勝手に_ _ _ _*(テイヘン)がリタリン時代から含めて初めて公社会に認められた日だと思っとります。
うんうん、そうだそうだ。
言い過ぎか、言い過ぎじゃなーーい!!
世の中に星の数あるバンドの中であんなとこに載って記事書いてもらえるバンドって本当少ないんだから。
だって散々だったもんね、今まで。
バカにされて笑われて避けられて、それでも構わずやってきたら載っかった。
どうか目を通してやって下さい、アホが取り上げられとるわって。
どっかでコラムとか書かしてくんないかな。

それとそれと!!
今月の四谷outbreakのマンスリーなんだけれども、これまた革新的なことやらかしたんですね。
なんと11月12月合併でA4版のマンスリーなんですね。
要するに本です、ちらしではない。
ライブハウスでこんなクレイジーなことしてるの始めて見ました。
そこでもデカデカとうちのが載っかってるので見てやって下さい。
一体あんなのいくら経費かかったんだろうってなくらいのもの。
まぁなんだ、フジロック出演バンドとかサマソニ出演バンドに混じってどさくさにまぎれて名も無きうちがいます。
結構ウェブ媒体なんかでも実は今までも取り上げてもらっているんだけど、そういうのもまとめて発表したいなぁ。
前までHPが機能していなかったからそのまま忘れてました。
とりあえず忘れないうちに書いてみました。
よろしくお願いしま~っす!!

人に優しく。

何回かはいじめについてこの日記でも書いてきたけど、また書いてみよう。
バンドのブログでこんなの書いてる人少ないだろうなぁ、書きにくいったらありゃしない。
最近凄い盛んにニュースになっていますね、いじめ。
なくならないと思います、いじめ。
いつの時代でもあるもの、肯定するわけじゃないけど否定出来ない。
無論いじめられたことあるし、いじめたことあるし。
無意識なんですよね、結果的にいじめている。
本当に気を付けないといけない。
ふとした冗談も言えない場合があるもんです。
例えばいじめを撲滅出来るとすれば何があるだろう。
不可能だけど、個性を全て均一化にして同じ容姿、同じ声、同じ思考回路にすればいい。
そして生活様式や収入なんてのも均一化。
おまけに自我ってものをなくせばいじめるとこも無くなるでしょう。
人見知りもせずにコンプレックスも抱かずに生きていけるそんな世の中、あるわけありません。

俺だって気付かずにいじめてしまっていることなんてたくさんあるでしょう。
元々悪戯好きでしょうもない事を率先してやってきた性分なんだから、場合によってはそうだったはず。
謝り倒したこともある。
その時と違って今の俺も冗談言ったりからかったりもするけど、それは凄く強さを認めているから出来るようになった。
またそんなのじゃなくてもね、ちょっとした些細な一言なんかが相手には到底耐えられないものであったり。
自然界でも考えられないような半端じゃない死に追いやろうとするいじめってあるし、そこから進化して今の競争社会を築いてきた人類なんて本能的にはどうしようもない部分があるはず。
そんなに器の大きい生き物なんていないし。

う~ん、何かしら優劣のついてしまうのがきっとダメなんだろうな。
感じ方や考え方なんて千差万別。
生理的に受け付けないなんてのもあるんだろうけど…どうしたらいいのか。
個々守り方も違うし、誰だって不利になりたくないし進んで嫌な目になんて遭いたくない。
持ってるものも違うし、向上したいが為に嫉妬は起こるし。
子供の頃のいじめって本当に学校っていう世界が全てでそこに受け入れられないと感じてしまえばかなり辛いもの。
不登校してたもん。
あの時分って家庭環境でほとんど決まるんじゃないのか、強い子弱い子なんて。
先天的な要素ももちろん大きく関係するんだろうけど。
何がどうとは言わないけど、事象全てには平均値っていうものがあってそこから少し外れていたりするだけで簡単にそれを言葉にして連帯した途端に集団で攻撃を開始する。
やられるほうもやるほうも何か不安であったりするからだろう。
こんなのどこい居ても日常茶飯事。

仮に怒りや憎しみっていう負の感情を除いたところで減るのかもしれないけどなくならない。
人間の感情のバランスも崩れるし。
それでも若いうちにそれに耐えられなくていなくなることを選択し亡くなっていく人がたくさんいる。
いや、選択というよりそれしかもうなかったんだろう。
あんまりだ、でも否定出来ないし肯定も無理。
相談するとかも羞恥心からそうそう出来るものでもない、したところで結果的に最後は自分が向き合わないといけないのは誰でもわかってるだろうから。

もう何年か前になるけど大事件があって俺も怒られた。
たまに相手してくれるお坊さんに相談した時。
全ての人間に最大限の敬意を払って付き合え。
絶対にお前にないものを人は持っているんだ。
あることをそのまま受け入れられる寛容な人間になれ。
そこから俺はまずどんなシチュエーションでも執拗に敬語っていうものを意識し始めてね、なぜか愚痴も減って握手する回数も増えて自分をよくよく知ってもらえる機会が増えた。
かなり人生観が変わった出来事だったけど、少しは開放的になったのかな。
今でも常に実践しようとはしているけど、場合によってはこれがなかなか及ばない…。
今もって…小さい頃なんて出来るはずないじゃないか。
気付けないんですよね、どうしても気付けない、鈍いんだ俺。
理想論なんていくらでも出てくるけどそれは寝てるからこその夢だ。
どうしたって心底腹立つ時があるし、自暴自棄なんて毎日に近い。
こんなの思って考えて書いたところでな~んも出来やしない。
立派な大人の仲間入りしたくないのにさ。

毎日どれだけの悲しみが生まれて憎しみが育まれてそれをどう処理するというのでしょう、俺達は。
自分を守ることと他人を攻めることが同意だなんてね、皮肉じゃないか。
そんな最中でこれから続いていくこれからを、せめて俺がやっている音楽から何か出来ることはないのだろうか。
古臭いかもしれないけど出来ることと言えば何にも怯まない勇気と汗と誠意を見せ続けることくらいか。

そこから始めてみよう、それしか出来ない。
後悔はいつも拭えない。

おかしな夢。

あまりに気分悪く歪な感じの夢でドラマみたいにバサっと起きたから忘れずに書いておこう。
なんだこの気だるさは、鮮明過ぎる。

きっと仙台だ…、そう4日後に向かう仙台に行っていた。
_ _ _ _*メンバーはもちろん、なんか知らない人もいたなぁ。
でもなんだかメンバー構成もグチャグチャで昔のバンドの人もいたような。
喋っていた主なキャストは俺とジンプルのみ。
後の人は悲鳴のみ。
きっとライブ終わって仙台から帰ろうかってとこからスタート。
皆は乗り込んでいて、俺だけ誰かに挨拶を済ませて車に……乗れない。
なんと数えたら14人も車に乗っていた!!
実際の俺の車定員8名なのですよ。
そしてなぜか勝手に運転席に乗っているジンプルに事情を聞くとふてぶてしい表情で「そんなこといいから早く乗らないと置いてくよ。」と言われなぜかあっさり助手席に。
異常に弱気で引込み思案な俺は納得していないのに車は走行開始。

すぐさま車に異常が。
車は当たり前のように重くてしかもジンプルの運転が粗くて車が右に左に片輪走行を繰り返す。
それを楽しむジンプル。
ムカついていきなりグーぱんちした俺。(驚)
ジンプルはいきなりはっと思い出したように冷静に運転するようになるものの…片輪走行はなぜか避けられず。
そのうち俺は「その速度でハンドルを左右に20°以上回すな!」と怒鳴る。そしてまたグーぱんちの雨霰。
夢の中でどうやって効率良く回転数上げて殴るか考えてた。
しかし悲しいかな、車はあえなく横転。
助手席の俺と運転席のジンプルはすんなり出れて救助開始。
しかしその救助の最中に車を壊しながら出口広げたりしていたせいで、救助後落ち着いて車を見るとなんとも無残な姿に。
最後の一言が、「こんな車乗りたないわ!!」

結局なぜ14人も乗っていたのか、なぜジンプルがあんなに強気だったのかは解明されなかった。
聞いときゃよかったな…。

原因は簡単だと思う。
第2回の仙台遠征の時、高速道路でジンプル運転していたら右後輪がバースト。
DVDに模様が入ってるあれですね。
過去にバーストした俺はバーストに気付いてから遅れること4,5秒でやっとジンプルも気付いた。
そのタイムラグがきっと悪夢になって襲ってきたんだ。

過去に見た怖い夢ではっきりと覚えているのは香港の街並みで誰かに暗殺されそうになっているんですね。
そして必死に逃げまくる、あらゆるものを駆使して逃げまくる。
でも遂に追い詰められた、そこは逃げようのない袋小路。
夢って危なくなると自分で目を開けられるじゃないですか。
その暗殺者の姿が凄い化け物でもうダメだから目を開けようとしたその時。

「お前がそっち側に行ってもお前を必ず追い詰めるぞ。」

って言われて起きた。
あれは怖かったなぁ、なんだったんだ。

まだ頭がはっきり起ききってないせいかまだ最近の思い出せそうだ。
そうだ、そうだ!!
なんかバトルロワイヤルみたいな設定で500人だか1000人だかわかんないけどどこかの廃都市みたいなとこに放り込まれる。
一斉とかじゃなくて逐次、で俺は新米で入ったとこから。
そして殺し合うんだけどルールがある。
胸とか腹部とか頭部を刺して殺してもだめで、喉。
必ず喉を刺して殺さないとダメ、もしそれ以外であれば処刑される。
そんなルールだったな。
そして生き残らないとダメなわけじゃないけど、しょうがないから生き残ろうとしたんだろうなぁ。
スタート。
武器を探すんですね、でも何も見つからない。
でこそこそしているといきなりラスボス級のやつが登場。
ドラクエ3のバラモスみたいな出で立ちであんな太い喉どうやって刺すんだってなもん。
そいつの持ってた武器はレーザーの槍、伸縮自在な優れ物。
そして目の前で殺されていく誰か。
ほんでそのうち俺もやっと棒切れを拾う、なんか棒じゃ殺せないけど最初はそれしかなかった。
そして見つかってしまった奴と戦った時に刀みたいなのを奪って刺し殺した。
いろんなやつが出てくる。
5人くらいでチーム組んでるのとか異様にすばしっこいのとか中には鳥とか犬も。
そのうちバラモスみたいなのに見つかって追いかけられてまたまた逃げる。
そしてチーム組んでるやつらとかいろんないかついのがなぜかこぞって襲い掛かってくる。
確か片腕切り落とされた挙句、殺されて終わったのかな。

悪夢だ。
ファンタジーなのが多い、おかげで貴重な睡眠時間だったのにもう寝れないんじゃないのかこれ。
はぁ、頭の中は非日常だな、こりゃ。
未だに小学生から進んでいないようです。

構想。

最近ぼ~っとしているとあるバンド構想が右から左に、左から右に…。
まだガチっと掴まえられないんだけれども…例えば30分のライブをたった1曲ないし2曲で終えることが出来れば…
それもロックバンドとして。
プログレじゃないよ、ロックだよ~。
そうじゃなくてもね、こう何か言葉にしにくいんだけれども何かが毎日毎日頭をよぎる。
何かが出来上がる時っていつもそう。
一度形が見えたらその後は瞬間芸なのに。

きっと大昔からあったんだろうけど、最近いろんな形態のバンドさんと出会います。
奇を衒ったので言えば、まだ話に聞いただけだけど例えば2人組でドラムセットの中にギターを設置しているとのこと。
それで弦の張ったネックを叩いた音をクラッシュ代わりにしているバンドさんとか。
これは恐らく年明けに対バン予定かな、どんなだろう。
それとか脱ぎを売りにしてはいないんだけれど、露出って言われるものを必ずやるバンドさん、女子の方が多い。
音楽性も凄くしっかりしているし、表現方法としてそれを選んだバンドさん。
2人組のバンドってのも今の時代ではかなりいるみたいで、もう珍しくない。
実際俺もVo.と2人でやってたことあったし。
ミクスチャって言葉が今の概念に落ち着いてからはミクスチャと言ってしまえばそれまでだけど、様々な楽器、古楽器、民族楽器、ストリングス、ホーンセクション、デジタル、テルミンとか…それとロックの融合を試みたバンドもたくさん見た。
テルミンも恐らく1月末対バンだなぁ。

比較対象が増えたおかげでやっと少し自分の分析も出来るようになってきた。
なんでだか自分の事って全然わからないから困ったもんです。
ほんと少しだけど、自分の持っている武器、リーチ、特徴、そういうものも込みでどうすればバンドに還元、相乗を生めるかをまず個人として考えていた。
そんな事を考えながら最近鍵盤の前で悶々と作曲。
元々俺の頭の中にはジャンルっていうのが本当薄いから統一感なんて全くない。
あらゆる欠片を拾って混ぜて見て匂って離して見比べてまたばらして、それの繰り返しで延々やっていたらやっと1つのキーワードが浮かび上がってきた。
今までのうちの曲ってワンコード1発とかが多かったけど、それはとりあえず無しの方向で今猛烈に作ってます。
しか~し!!
ただ一つ、今の俺にはそういうものを具現化させるべく必要な決定的な歌詞が書けない。
今回は特にそうだ。
映像は絶え間なくガンガン浮かび上がってくるのにね。
懲りずにワードと睨み合いしてるのですが。

苦しい、とても苦しい。
何かを忘れているかのようなんですね~、それは絶対に思い出さないと食欲も減退させるくらいのもの。
幼少時に親近者が大正琴を弾いていた。
その時にそこからもらったイマジネーションで勝手に頭の中で組み立てていたはずなんだけど、そのルートが全くもって思い出せない。
あの発想さえあればなんだけど、くじけそうだ。
たまに夢でも見るんだけど、その度に起こされる。
でもイメージだけでやっぱり覚えていないみたいな…確かに鳴ってるはずなのにねぇ。
それさえ思い出せれば面白くとんでもないのが出来るはずなのに。
こういうのをクリアしていかないとバンドなんてやってられない。
なんとかせねば。

そうだ、さっき記事で見たんだけどはらたいらさん亡くなったって。
寂しいもんですね、あの時代のテレビに出ていた人で一番鮮明に覚えていたかもしれない。
なぜか凄く偉い人としてインプットされている。
周りもよくはらたいらさんに〇〇点!とかって言ってたもんなぁ。
あっちの世界でも人を楽しませるんだろうな。
お疲れ様でした。

著作権。

信じられないけど信じられるニュースが…。
以下抜粋。

☆ビートルズ生演奏で著作権法違反、スナック経営者逮捕☆

 警視庁石神井署は8日、東京都練馬区石神井町3、飲食店経営豊田昌生容疑者(73)を著作権法違反の疑いで逮捕した。

 調べによると、豊田容疑者は今年8、9月、経営する同区内のスナックで、日本音楽著作権協会と利用許諾契約を結ばずに、客の求めに応じて、同協会が著作権を管理するビートルズの「イエスタデー」など外国の曲計33曲をハーモニカで演奏したり、ピアニストに演奏させたりした疑い。

 豊田容疑者は1981年にスナックを開店して以降、生演奏を売りにしていた。同協会では契約を結ぶよう求めていたが、従わなかったため、今年9月、同署に刑事告訴していた。

なんとも言えないなぁ~~~!!
か~~~~っ、そうか~~、そうかそうか。
ライブハウスなんかはどうなんだろう、やっぱり払っているのかなぁ。
聞く話によると、こんなの払っていないところがほとんど。
たまに文書持って徴収しにくるらしいけど、なんだかんだ言って追い返しているのが現状じゃないのかなぁ。
例えばカバーバンドが集まるイベントじゃなくてもね、SEに有名な曲を使っているバンドさんなんてたくさんいる。
カバーナイトなんて決定的に払わないと。
俺達だってVJが使えない時はディズニーのハイホーとか使っている。
本当はこれもダメなんですよね、無許可だから。
う~~む。
著作権は守るべきだし、守られないとアーティストサイドも食ってけないのも事実。
非常に難しい、普通にライムワイヤーとかでただで音楽取り込みまくれるこのご時世。
それだけじゃない。
YouTubeなんかでも堂々と世界中に無許可で音楽使用しまくったの平気で流れまくっている。
一次的には払っていたとしても二次的三次的に利用される度に本来は著作権って発生するんじゃないのか。
結構有名なロックバーなんかも払っていないって豪語してたもんなぁ。
YouTube自体が払っているんだろうけど、それだけでは賄えない問題もあるんだから。
いや、その辺どうなっているんだろう、調べてみよう。
調べてから書けって話ですね。
いやいや、そんな粗探しばかりしているわけではないんだけれども。
あら~、なんかやばいこと書いてるのかな、俺。
よし、一応謝っておこう、本当すいませんでした!!
俺もうしません!!
怖い怖い。
ショックだったのは生演奏で逮捕だって。
確かに営利目的だし致し方ないのかなぁ。
致し方ないのだろう、そうだそうだ、そういうことだ。
でも引っ掛かる。
クラブなんてもはや全滅だな、払ってたらいいんだろうけど。
これだけ大々的に報道されるということは見せしめの意味合いもあるのかもしれない。
NHKみたいに一時的にでも回収率上げる為に。

生演奏で逮捕されない為の回避方法としては何があるんだろう。
3小節か…3小節以内をカバーして残り1小節は軽くコード変えてメロもライブならではの歌い回しで…
3小節以上行けばアウトなんですよね~、だからこれを知っている人間はしっかりと遵守していますね。
歌詞はアウトだけど。
いや、そういう問題じゃないか。

演奏者は逮捕されなかったんだ、でも主催だったとしたらやっぱりダメだろうな。
ちょっと待て。
たまによそで参加させてもらっているビッグバンドは公衆の面前で堂々と有名過ぎるのカバーしてる、やばいんじゃないの~~~~!!!
以前からこういうのはすったもんだのトラブルが絶えなかったけど、実際にはやっぱりどこもかしこも払うのがいいんでしょうね。
いや、例えば俺自身がしっかり払っていれば、強気で皆に払えよ!って言えるんですけどそんなの考えた機会一度も無いっす。

音楽っていうのは本当に権利の主張が難しくて、どこまでっていうのが携わっている人間ほとんどわかっていないんじゃないでしょうか。
でもある一定の権利は守られなければいけない、作者にとっては財産そのものなんだから。
発明なんかの知的財産の所有権の管理の仕方もわりと似たような問題なんだろうなぁ。
日本とアメリカも先発明主義やらでかなり訴訟ラッシュだったし。
いや、でも音楽を創る人間全て、携わる人間全てにとって考えていかなきゃならない問題ですね。

例えば…、何かの文学的な作者をモチーフにしたバンドなんかはどうなんだろう…。
作中のセリフの引用は?
パロディは?
世界観の模倣は?
それらが結果的に営利目的だとすれば…

恐ろしい。

レトロな音楽。

出会ってきました。
古い良き時代の音楽。
現代のバンドサウンドからすれば程遠いけど確実に礎になっている音楽。
誰にでもわかりやすいなんてものを通り越して誰もが聴く前から知っていたかのような感覚に襲われるくらいの草分けな場所にドンとポジショニングしているであろうレトロさ。
もし俺が自バンドであれば、きっと無意識にでも避けるであろう音楽。
狙ってベタとかそんなんじゃなく、何の創意工夫も無くそのまま。
あの感覚は…、きっと中学生くらいの頃に初めてオリジナルを作ったらこれに近くなってたんだろうなっていう代物。
それが昨日。
きっと日本にロックバンドっていうものが出現し始めた瞬間くらいに隆盛を誇っていたであろうもの。
確かにU.Kやアメリカの音楽もその頃からラジオではガンガン流れていたんだろうけど、それよりももっと日本独特の歌謡的なニュアンスもありありと感じられた。
そして聞かれる。

「君ならこれをどう叩く?」

………。

普通にね、そこからアレンジかますだけならいくらだって出来るだろうし、ウケがいいものを目指すんであればベクトルの向きは容易に設定出来る。
でもこれは違った。
ある種の脳内革命。

2006年現在、ロックバンドとして活動しているバンドでの話しです。

その曲はクラシックロックって今じゃ呼ばれてしまっているものからまた一段と遡ったようだった。
動けないんです、ここまでレトロであれば。
下手に派手なおかずに頼ってドラム独力で展開させようものならば一挙にただの産業ロックに様変わり。
そういう面でドラムって本当に大きな影響力を持っている。
聴いた瞬間思った、これはバックどうこうというよりもいかに通り易い歌詞と本能に訴えかけられるメロディラインだって。
そしてそれを今の時代からすれば考えられない程控え目に叩くのがベストなんじゃないかって。
おしとやかな内助の功さで一律一定の粒であわよくば少しの上品さを醸し出せるようなドラム。
チキチキ感ですね。
でもね、そのバンドの他のナンバーを思い返してみるとダメだった。
人によってやっぱり捉え方は違うけど、構成や展開、質感としては90年代頭~の日本だなって思えるのがほとんど。
そこに若干のレトロさは常に内在しているバンドなんだけれど。
そういうのと同じセットリストに組み込んでライブしたとしても、普段から巷の音楽聴いている人にとっては麻薬のようですぐに中毒引き起こしてしまうようなのに慣れているからとても良さなんてわからないだろう。

そんな事があってスタジオ中のほとんどの時間を考えに費やしていた。
これをどうアレンジするかっていうのはバンドの方向性そのものなんだろうなって。
びっくりしたのはその事実を作った本人達が意識的には全く把握していなかったってこと。
正直あそこまでのレトロ感は俺なんかじゃ絶対作れない、Vo.の成せる業じゃないか。
俺としてはこいつをドラムから切り崩していくっていうのは惜しい、切り崩せるけどきっとその時には聴いた瞬間に感じた良さってのは著しく損なわれているだろうし。
でもウケはよくなるんだろうけど…。
俺もこのバンドに参加してから昔のロックバンドやら歌謡曲やらを随分聴き漁ってそれなりにその当時の良さを勉強していたもんだけれど、まだまだ浅かった。
だってどうしたらいいかわからないどころかパニックに近い衝撃が抜けていったもん。

う~ん、もう一度聴いてみよう。
もう解散してしまったけれど伝説って言われているバンド。
自分が携わっているロックっていうものを形にして残していった人達を。
忘れたらいけません、いつどんな時も。
誰だ、クラシックロックなんて名付けた奴は。
いつの時代でも先鋭だ。

Rec。

あ~ぁ、今日はYu-ponのソロデビューだったのに行けなかった。
どうだったんだろ、また今度多方面から聞いてみよう。
どうだったんだろうなぁ…。

急にRecの話が来たんですね~。
それも急ぎので期日が迫っているとかなんだとかでわけありなの。
多大な恩ある人だったからしょうがなく泣く泣く足を四谷から一路大宮へ。
着いてすぐさま資料やらコンセプトやらを聞き入るもののわけがわからない。
でも今の録り方が凄いってのは思い知らされた。
売れるドラムの音と売れないドラムの音っていうのがあるんですね。
そんなこと、俺も随分前から勝手に考えたりしていたけど改めて書類として見るとやっぱり驚き。
俺の場合は聴きやすいか聴きにくいかのところからだったけど、切り口が全く違う。
デジタルが進化したせいか、あらゆる音質や音圧や音域なんかが数値化されていてね。
こういう音楽はこれ、こういうリズムはこういうのがいっていうのがしっかりと理論的に根拠付けされていた。
ちなみに俺が_ _ _ _*で使用していたスネアはどこにも無かった。
ちゃんと音録って計測したんだけれども。
結局用意されたラディックを使うことになりそうだ。
なんで俺が頼まれたかって、スネアだったらわかりやすいけどアタックをサンプリングしたかったんだって。
叩いた瞬間の1コンマくらいに発生する箇所。
そこからすぐに減衰するんだけれどもその一瞬が欲しかったって。
減衰率もいじれるんだから。
今の録音技術なんてとんでもないもんだから音質や音圧やらなんてちょっといじるだけでなんとでもなる。
ドラムトラックなんて1曲実奏して3分あったとして2分半分のテイクがだめだったとしても残り30秒のテイクが生きていればそれで成立することもある。
良い部分の一小節を縫い合わせるようにくっつけてね。
でもどういじったところで元音の圧とアタックだけはどうにも味の素臭くなる、そこだけはごまかせない。
アタックだけはこんだけ発達した世の中でも人力に頼るしかない。
だからデジタルに頼った音って俺も聴けばすぐにわかります。
今回の事は大きな勉強になりそうです。

_ _ _ _*でも今録音していて録り直し2回目なんだけれどもこれも恐らくNGになって録り直し。
あらかたミックス終了してもう形にはなっているんだけれども。
他のメンバーはどうだかわからないけど、俺は音を加工するのが嫌。
特にドラムは自分が叩いているだけに。
だからなるべく出音そのままで最初から良い音を出して、後は全パートのバランスをいじるくらいが好ましい。
通常の録音はクリックっていうメトロノームみたいなのを聴きながら狂わずに叩いていくんだけれどもこれがうちでは使えないことが多い。
_ _ _ _*のって曲中に著しくテンポが変わるのが多いから無理なんですよね~。
元より俺自体が今回はここまで録ってここからは別でっていうのがどうにも仕上がり方が嫌だから無理矢理クリック無しでフル尺1発録りの繰り返し。
リタリンの曲中で「ぱんだの尻尾は何色でしょうか?」っていうとことかもドラムから順にバラで録っていくからとんでもない難度の高さになる、全て自分時間、しかも狂わずに。
こういうのは俺の技術の無さが要因なんだけど、その中で一律一定の音で叩き続けるってもう本当に…。
こんなに録音に手こずるバンドは初めてです。
回転ドクロとかなんてわりとあっさりなんだけどなぁ。
他のバンドさんの皆はどうしてるんだろう、録音。
やっぱりお金かけてレコスタでしっかり録っているのかなぁ。
めげずに自信持って出せるものを人力のみで録ります、絶対に。

そんな事があった今日。
今から真剣にハットの選択に入ります、細かい細かい注文が…。
期日が迫っているのは良くないなぁ。
高速8でタイトで前掛かりなドライブなんて叩き出せるかな…。
ちなみに数値化すればデジタルで表現出来る規則正しい8からハットとスネア、そしておかずなんかだけを0,02秒前倒しで叩いてキックだけは正確に踏むとそうなるらしい。
なんだそれ。
やってみます。

大阪からの客人。

おゎ~~!!
今日はなんとメンバー全員が日記を更新しているという快挙!!
俺も俺も。

火傷しました、俺。
足繁く通う美味しい焼飯屋があるんですね、この1週間は調子が良かったらしく3回も行った。
そこでバイトしたいくらい、真面目に。
そこはあまりにも良心的で一品の量が半端じゃない時がある。
結構ランダムなんですよね~。
昨日は3人で行ったんだけど、びっくり酢豚っていうのを頼んだら拳大の石ころのような酢豚が7つ…。
凄いおいしいんだけど食いきれなくてあえなくお持ち帰り、いつもだけど。
それで今日楽しみにしながら電子レンジでチンしたけどそこでやられた。
レンジで中心を軽く温めてからフライパンで転がしてやろうと思ってたけど、レンジから取り出した瞬間に左手小指の先に違和感が…。
ちょっとくらいなら大丈夫と思ってプラスティックの容器そのままチンしてたけど、一部分だけ溶けたプラスティックが小指に水飴みたいにへばりついた。
別に熱くなかったら認知が遅れてすぐに氷で冷やすこと3時間。
被害は最小に抑えられたけど、飲食店に8年も働いていたのに俺アホだ。
一通りの怪我してきたろうに。
ドラムやってるのに、これがもし親指か中指の先だったら影響あっただろうなぁ。
気をつけます。

昨日は大阪の世話になっている、これからもっと世話になるであろう客人が遊びに来ていました。
大阪の情報集めまくり、うふふ。
片っ端からですよ、ほんとにもう。
そしてその人はなんでも知ってる知ってる、どこでそんなの聞いたのってくらい。
俺は俺で東京のなんだかんだを知る限り垂れ流し。
お互いのアウェー進出の為に。
なんでこんなことするかって、大阪と東京なんてやっぱり全然違うんだもん。
どん兵衛も味が違うんですよ、関西は薄い書いたかこれ。
豆腐なんかも東京のほうが柔らかくしないと売れない。
アパレルなんかも随分前に関西で流行ったのが2,3年後に首都圏含め全国的に流行ったり。
音楽も例外なくそうなんですね~、参った参った。
メジャーシーンなんて資本の力でわりと統一されている感じだけどインディーとなれば全く違う。
俺達は12月に大阪のキングコブラっていうでっかいハコにお世話になるのですが、なんとその日はハードコア…もう少し軽めな言い回しでもどパンクな日。
革ジャン、針、鋲、モヒカン、墨、これがスタンダードな日でしょう。
こんなイベントにうちは今まで出演させてもらったことはない。
近いイベントもない。
結果的にはそれを知ったところで大した差をつけられるような器用なバンドでもないし…あはは。
せっかく遠征に行くんだから、そして俺の地元でもある大阪。
防げる失敗、喰らうダメージは最小に抑えたいですよね~。
んでかますの。
俺の過去の記憶と今の大阪事情を一生懸命に刷り合わせてたんですけど、これがまた面白い。
刷り合わない。
もはや俺の知っていた大阪ってのはどこにも無いみたいで自然と俺達が向こうで戦えるセットもわかってきました。
いずれにせよ大きなチャレンジをさせてもらえる機会をもらえたことに感謝。
今年は本当にいろんなバンドさんとやらせてもらいました。
歌謡、ゴスロリ、ポップ、ロック、パンク、ラウド、ミクスチャ、オルタナ、グラム、サイケ、ロックンロール、エモ、怨歌、殺陣、ファンク、ここにハードコアも加わる。
もう何が何だかわかりません、うちのバンド。
あれ…、そうか、今年もメタルの世界に生きているバンドさんとは当たらなかったなぁ。
いやいや、大阪楽しみです。
大阪東京間の付き合いももっとディープになればいいなぁ。

来週仙台だ…、次は口じゃないイナヅマぎた~仙台初お披露目だ♪
行きますよ~、仙台!!

ハイリスク。

ハイリスクハイリターンなんて簡単に言うけどね、そんなに簡単じゃないもんです。
誰が有り金全部を例えば競馬で男一点買い出来るもんですか。
でも簡単にやってるじゃないかって。
ちょっとライトに表現したとして、そんな話で猛烈に激論してきました。
面白かった。

な~にがハイリスクなんでしょう。
そもそも人によってハイリスクの基準なんて違うもの。
だからその時は結局話はまとまらなかったのですが。
今日は帰りに電車に乗ってたんですが、乗り越しの為に車掌さんがやってきた。
それを見てふと思う。
ハイリスクを背負っていたとして、どこが終着駅なんだろうって。
そんなの人によっては最初が終着駅の場合もあるじゃないか。
俺なんかだと、例えば今まさに降りないといけないのに乗り越そうとしているのかとかってぼ~っと考えていたり。
乗っていること自体がハイリスクなのかな。
そういう所から見れば誰もがハイリスクなんだろうし、それを落ち着いて見れていればハイリスクでもなんでも無くなる場合のほうが多い。
それに縛られて失敗している人が多いと思ってしまうのもある。
もちろん俺もその節はある。

桑田真澄投手。
いずれにせよ凄いですね、38歳でメジャー挑戦。
ここ2年もほとんど2軍で選手生活を送っていた。
往年は大投手でスキャンダラスなこともあったけど、未だにあれほどの大投手に続けるっていうのはそんなに出現していない。
通算成績はともかく儀礼的な仕草とか印象的なこともたくさん残している。
甲子園でだって考えられない成績残している。
故障してからも今度は古武道を取り入れて有り得ない程の投球フォーム改良を重ねて再び表舞台に。
ハイリスクじゃないですか、俗に言われるように巨人で選手生活を終えればその後の生活も安泰だって。
でもこんなのはきっと本人からすればハイリスクじゃないんだと思った。
ピークを過ぎた38歳でメジャーに行ったからこそ吸収出来るもの。
向こうでの経験やきっとその後の育成サイドに立つことを考えれば先進的なものを…例え選手としてはだめでも行ったほうがいいと思える。
40歳過ぎても凄い選手なんて向こうはたくさんいるんだから。
だから報道なんかでもハイリスク、または疑問符として報道されている様があまり理解出来ない。
桑田選手の経歴とか過程を見ていると結果的に必ず大きくなると思える。
きっとローリスクハイリターン。

こんなのはあまりにもリーチの長い話であって日常の俺達に関係ないかと言えばそんなことはない。
人にはそれぞれ生活っていうものがあってそれを守らないといけない、文無しじゃ何も出来なくなるもんね。

こんな話を書いていて行き着いた結論。
金か我か。
俺なんてどこぞの道端で行き倒れて転がっていればいいってもんです。
葬式なんてされたくもない。
お墓もいらない。
とは言ってもそれでは少し寂しい気もするのは確か…どっちだ!!って突っ込みたいのもわかりますがやっぱり少しある。
痛いの嫌だけど病院もそんな時は行きたいかも。
でもどっちも拾える自信なんてない。
どっちも拾おうとするの自体が俺にはハイリスクだと思えます。
んでハイリターンなんてないでしょう、そこに価値を見出せない。
普通に見れば定職にも就かずにバンドみたいなお遊びしてって言われても仕方が無いけど、定職に就くほうがハイリスクって感じてしまう。
アホなんでしょう、俺は。
最近はね、平安時代くらいから江戸時代までの書簡やら文献を読み漁っています。
どんな生き方があったんだろうって。
海外なんかも読んでると面白い。
日本がいかにミニマムなのかを思い知らされたり、とはいってもここに住んでる俺も島国根性でどうやったってミニマム。
今じゃオランダを筆頭にヨーロッパ、特に北欧なんてそんなに働いてなくてもやってける国になってる。

思います。
自分に見合った生活を見つけてしまうことが広義としてハイリスクじゃないのかなって。
俺は見つけているんだろうか、いや、見つけてないな。
こういう半端さがいつも悩みのタネだ。

コミュニティの凄さ。

コミュニティ。
これが大事なんですよね、何をするにつけても。
良いコミュニティが出来上がったもんだ。
誰にでも開かれている開放的な空間。

今日はロックンロールサービスというバンドのアー写撮影&鍋&リハでした。
12月にライブハウスデビュー決定です、16日だったかな。
人がたくさん来るとは聞いていたけどすごすごと向かいました。
たくさんいた、それも全員知っている人ばかり。
もちろん_ _ _ _*も全員集合だけど、それを普段から見てくれたり手伝ってくれたり助けてくれる人達も。
そして俺がサポートで参加しているPUNCH-LINEも。
他にもたくさんいたのですが、凄いじゃないですか。
俺なんかは女装して、皆も仮装したりなんだりで6畳くらいの部屋にあれは何人いたんだ…!?
15人くらいかなぁ…、もっとか。
すし詰めになって仲良くアー写撮影。
まぁ凄いお祭り騒ぎでした、きっといい写真撮れただろうなぁ。
半端なステージにはなりません。
鍋とカレーもご馳走様でした!!

それが終わってからライブハウスでリハ。
アタマで軽く_ _ _ _*の共犯者を録音、これは12月にうちのライブにゲスト出演してくれるであろう人の為の録音。
そして返す刀ですぐさまロックンロールサービスのリハ開始。
もう既に12月のセットも決まりそこに向けて細部の詰めに入っています。
最高のデザインのTシャツも作るぞ~!!
そんなこんなでリハを繰り返しながらそれを見て話のタネにして盛り上がっているテーブルを囲む人達。
楽しそうだ。
それに絡んでいきながらのリハでした。
休憩中にPUNCH-LINEの曲を2曲演奏、それが終わったら各人単独での弾き語り。
うちのジンプルもふられてしまったもんでしょうがないからイナヅマぎた~やってた。
相変わらずの失笑の嵐。
なんだかんだ思い返すと俺はこの日足掛け3バンドで叩きました。
こんなのって有り得ない。
いる人全て知っていてさ、その前で3バンドで叩くなんて。
これは凄いことだと思った、コミュニティの威力。
本当に良いものが出来つつあると実感しました。
バンドやってるとか何かの結果出したとかそんなことよりももっと重要なもの。
だってどれだけの人間がこういう集まりを作れずに寂しい思いをしていることか。
俺は本当に恵まれている。

もう20年以上も昔にね、今では大きくなって有名である種の聖地とも言える新宿LOFT。
その当時は入れ替わりでたくさんのミュージシャンがステージに上がり夜通し演奏して騒いでいたそうな。
そして力をつけて大きくなっていった。
それと近い光景が今の四谷OutBreakで起こっているんじゃないかって思えます。
俺はなんでこんな場所にいれることになったんだろうか。
リタリン時代に…去年の4月に四谷初出演。
そしてそれから辛酸を舐め続けつつもきっとお互いに耐えて耐えて出させてもらっていた。
毎回ボコボコ、凹む、そしてまたボコボコにされに行くの繰り返し。
その中で築かれていった信用とも信頼とも言えないもっと重い関係。
そして一定の成果の報告として2月に全面協力の下にワンマン決行。
そこでドラマーとして俺を認知してくれた同じく四谷にぶっとい関係を築けていたPUNCH-LINEからヘルプの打診、迷わず承諾。
その直後、同じく新バンド結成にあたって俺をドラマーとして誘ってくれた某副店長。
それがね……、今はもう全てが繋がっている。
そこにいた人全てとは言わないけどいつ繋がったのか、どうして繋がったのかとかも知っている。
俺自身も繋いで繋がれて、結果的にそこにいる。
バラバラの糸だったのに凄いことだ。
俺だけじゃない、今日いた全ての人達がそれぞれとして。

俺達なんてね、四谷に行く前は誰もいなかったし相手にもしてくれなかった。
井の頭公園で路上を繰り返し、当時世話になっていたライブハウスからはただの頭数揃える為のバンドとしか扱ってもらわれずに。
ごく少数の理解者に助けられてなんとかやっていたのに、今じゃもうどれほど守ってくれて押されて助けられているのかもわからない程。
ちょっと感傷的なほど今日っていう日を捉えています。
感じているかなぁ、皆。
俺なんて基本的に普段は特定の職場で働いているわけではないから尚更なのかもしれない。
そんな今日でした。

12月、いろいろありますよ~。
楽しみだ、そこに向かって今はただ感謝しながら突っ走りたいと思います。
骨拾ってくれる人いるんだから。
感謝!!

茅ヶ崎。

そうそう、だいたい週に一度高速をかっ飛んで茅ヶ崎に行ってるんですね。
この東名高速用賀~茅ヶ崎間を突っ走るのが密かな楽しみ。
高速は気持ちいい、1人だと窓全開にしてね、いくら叫んでも誰にも文句言われない。
一気にストレスが洗われていく。
そして毎週化け物達にしばかれてるわけです。
上手くいけば1時間くらいで着けるから下手な都内のややこしい所よりよほど近い感覚。
東京と往復しているとよくわかるんだけど、ちょっと離れただけなのに空気の匂いが全く違う。
そして今日夜に帰ってきて新宿に行くと空気はドブの匂いがしました。
これがまたよくわかる。

それでね、ファミマであんまりにもお腹が減っていてお弁当コーナーに行ったらなんとうなぎ重が置いてあるじゃないですか!!
家帰って自炊っていうのを忘れてとりあえずレジに持って行った俺。
値段とかじゃなくとにかくうなぎが食べたかった。
それとマルボロのボックスを注文。
お会計は……

1780円です。

!!??

なんじゃそれ~~~~!!!!!!!
どうやらそのうなぎ重は1500円近い代物だったみたいです。
ちょっといくらなんでも高過ぎるってんで当たり前の如く止めました。
あんなのコンビニでよく発売するなぁ…。

そうそう、ガラっと話は変わるけど楽しみな日がやってきました。
うちのYu-ponがとうとう1人でステージに立つ日がやってきました。
初めてですよ、初めて。
11月7日(火)四谷OutBreak!

あのね……、Yu-pon(_ _ _ _*)で出るんです、しっかりうちのBaって名乗っている。
間違えても何かは残してくれるでしょう。
その日の共演者も俺とゆかりのある人がたくさん出てしまう。
あの人やあの人やあんな人まで。
皆バンドでもVoなんですよね、うちだけ違う、なぜだ。
デビュー戦なのでそこまでの何かは期待したらいけない。
いけないけど結果的にね、輝ける瞬間が1秒でも…その1秒に賭けてくれたらいいっす。
何をやるのかとかどういう演目かなんて俺も全くタッチしていないから知りません、ソロだからね。
だからそういうのは予想していないし予測もつかない。
でも結果的にどういう感想を持つかは競馬予想みたいに楽しく予想しています、それをどう覆してくれるか。
当たるかなぁ~、外れるかなぁ~。
一人で出るのってなんでだかわからないけど全部晒されるんですよね。
どうしてかはわからないけど何もかも出ちゃう。
バンドとしては一大事な日ですね、個人力試されるんだから。

絶対に何かを残すはず、本人の狙っていない部分できっと。
絶対に…。

そんなわけで四谷に行きましょう~。
ウププ。

背水を経験した。

ジンプルが脳年齢がなんだとかって日記を書いてましたね。
断言します。
ジンプルは間違い無く痴呆が進行しています。
すぐ忘れるんだもん。
俺はあの頃を忘れません。
右を見れば何も無いはずなのにずっと口開けてびっくりした顔してるcandy。
左を見れば公演のお爺ちゃんみたいにボケッと呆けているジンプルに囲まれていた俺。
そんな懐かしい日をふと思い出しました。
もう2年近く前の事だ。

昨日は下北沢屋根裏でライブでした。
サポートです。
_ _ _ _*でも経験した事の無い程の背水の陣でのライブだったのです。
俺個人としてもバンドとしても、失敗したらもう次は無いっていうくらいの意気込みで。
不思議な感覚だった。
そんな状況下でもなぜか楽しめていた、常に一音一音外したらそこで何かしら素に戻っちゃって…そうなれば負けっていうのをわかっていながら攻め続けるリスキー極まりないライブでした。
なんていうんだろう。
簡単な話としては、決まったものを決まった如く演奏すればいいじゃないかってだけの話なんだけどそれだけじゃないんですよね。
わかりにくいかもしれないけど俺の中での心情を例え話にするのであれば、どんなに疲れている時でも電車で座っていて常に気持ちよく席を譲れるかみたいなところ。
ああいうのでも一瞬タイミング逃したら声かけにくかったり動きにくかったり他の人の視線が気になったりで逃してしまう場合も。
逃しちゃだめ。
俺の場合です、わかりにくいなぁ。
そんな瞬間がライブって不思議と1分に何回も来る。
下手すれば1秒で複数回迫ってくる時も。
そういうのをクリアーするっていうのも違う。
どんな角度からどういうスピードで来ても叩き壊してというより、いなし続けれるかみたいな。
あっ、一時期…今もあるのかわからないけど、ゲーセンにある北斗の拳のバコバコ殴るゲームの難しくなった版みたいなのだ。
その上で個人個人がやっとバンドの力に昇華させられる事が出来るっていうのが最近になってやっとわかってきた。
たくさんの人と交わる事でやっとです。
バンドってまたまた不思議なもので、メンバー同士が寄り添って頼り合っていては絶対に爆発しないし化学反応も起こらない。
ぶっとい棒をど~んと地面に突き刺してどうしようもなく強固になったものがぶつかりあってこそ。
それをやろうとしてやってきました。
スタンスはサポートという事実がどうしようもなくあったのですが、それを一歩乗り越えてぶつかったんですね~。

いやぁ、フロントはかっこよかったです。
見た事無い顔見れた、グチャグチャの。
なんか2回くらい泣きそうになったし。
ああいう本音の瞬間ってもう音楽やってて良かったなって心底思わせてくれるから辞められないんだろうなぁ。

もちろんやればやる程個人としても反省点は出てくるわけで。
それが自分っていうものを本当に考えさせられる機会でしかなく。
別にアレンジも何も変えてなくてそのまま叩いているだけでも叩く人が変わればアレンジいじった?って聞かれたり。
俺ってやつはどうしたって出そうとしても機械的な8を出せないらしくうねっているらしい。
平面を出したくても立体になってしまう。
これはもう手癖の一言に尽きるんだろうけど、無意識のうちにそうなってしまっている。
良くない。
意のままにあれこれコントロール出来ないと話にならない。
ここ最近、自分なりに平面的な8を聴いたり調べたり研究と言えば大袈裟だけどアプローチしてきてやっと少しわかってきた程度。
なんというか、自分の歩き方を意のままに修正するかの如く難しい。
そういうのって日常の中に全ては隠されていて、どうにでも歩けるようにならないと。
女性っぽい歩き方もあるだろうし、大股小股と言っても内股ガリ股、そんなわかりやすい部分だけでなくいろいろあるじゃないですか。
思い知らされたなぁ、でも思いっ切りやれた。
しばらくは原点に戻ってひたすら8を勉強しますだ~。
そしてもう1度古の時代のロックンロールを聴き直そう。
今はそれが次に繋がると思います。
4分打ちとかもやり直します、そしていずれ_ _ _ _*にも大きく還元します。
実りある日でした、ジュースにして飲もう。

飲んでしまえ。

バンドの事情。

どのバンドにも様々な事情はあるわけで。
俺も今まで携わってきたり見ていただけでもいろんな事情を見てきました。
バンド人生の中で上手くいく時もあるけど、そのほとんどがやっぱり下手こく時でいろ~んな事情が絡み絡まれ時に解散、脱退、活動休止なんていうネガティヴな側面も。
そんな中で自分自身想像だに出来なかった程に関わってしまったバンドさんってやっぱりあります。
企画段階だけとかでタッチしたバンドなんかは比較的野放し状態で済む。
野となれ山となれじゃないけど、その後はもう関係無いことがほとんど。

東京に来てからライブに参加したバンドが覚えているだけで73。
冷静に考えれば凄い数かもしれない、俺なんて何も無いのに。
忘れたのもあるだろうなぁ。
その中には1週間限定だとかライブ1発だけとかもあった。
その中で一番酷かったのはそれなりのオオバコでのライブ1週間前に13曲覚えてくれっていうのが最も熾烈だった。
やっぱりタッチしたバンドのほとんどはサポートでドラム叩くのが主。
いろんな状況、事情、コンディションに左右されながらもどうにか今までやってきたんですね~。
サポートということは間違えても主導を取るわけではない。
そのバンドのカラーの中にいかに上手く自分を持ち込んで相乗させるか。
それにはもちろん俺自身をそのバンドさんのメンバー達がまず受け入れてもらえないと出来ない、それが無ければどうにもこうにも。
そんなしょっぱかったライブもたくさんある。
単純にリハ時間が足りない?じゃあライブなんてやらなきゃいい。
でもサポートで短期であろうが、どんな事情であれ結果が全て。
そんな事は言ってられない。
余計な事言わずにそこに自分が決めて自分として参加するんだから。
受け入れてもらえないのもそうした自分が悪いだけ。
そういったいろんなバンドの事情や思いを含めて上手くパッケージしてライブに望まなければ。
そう思ってやってきた、今まで。
でもそれじゃまだ足りなかったみたい。
やっと何が出来るのかわかってきた。
きっとまだまだ甘くて緩いんだろうけど。

明日はそんな気持ちを持ち込んでサポートバンドのライブに行ってきます。
笑える程に深く関わってしまったバンドさん。
何度も飯食ってバカみたいな話もして喧嘩もして。
好きなバンドなんですね、出会いもまた一刻を争う事態でおかしかった。
あれは今から8ヶ月くらい前、初の自主企画イベントのなんと5日前に話をもらった。
その時期俺もバタバタしていたけどのっぴきならないってんでリハ2発でなんとか6曲を覚えた。
もちろん知っていて好感持っていたからっていうのが大きかった。
実質3日、結構ハードだった。
そんなとこからツアーやら2回目の自主企画も参加、そして今じゃもう参加して9ヶ月目に入ろうかってな時期になっている。
いろいろなものを自分なりに吸収するに十分な期間。
だからこそ出来ることがある、今度は俺がしっかり返そう。
バンドっていろいろあるからメンバーさんも相当な覚悟を持って明日はその瞬間を迎えるでしょう、でも遅れるわけにはいかない。
どんな時でも必ずベストっていうものはあって、そこが最低だと考えればどこまででもやれる。
ただベスト以上をかます為の布石っていうのは日常から置いておかないといけないけれど、それも今回は十分に満ち溢れている。
明日も音に心血を注げる人達と一戦かましてきます、幸せだ。
後に大きな楔となって俺にもそのバンドさんにも心に残るであろう日。

明日だけは面倒臭い嘘偽りなんか無い音を出してきます。
今まで_ _ _ _*でしか出さなかった気持ちを初めてサポートのバンドに。
風穴を開けてきます。
前しか見えないでっかいのね。

早くやらせてくれ。

非正規雇用。

昭和40年には8%だった非正規雇用社員、派遣社員、パート、フリーターのことですね。
それが現在は30%オーバーだって。
そのうちの8割が年収200万以下。

非正規雇用。
うは~~~、なんかなんとも言えない響きだなぁ。
俺達のことだ。
世の中の3分の1の人間が非正規雇用、そんなとこまで数字が伸びていたなんて、これにはさすがにびっくりしました。
企業は正社員を減らすことで業績を維持以上にしているこの御時世。
確かにフリーターや派遣なんてどれだけ責任感を強く持って働こうが簡単に辞めてしまえる。
保障も無いんだし当然と言えば当然。
企業側もそんな人材に必要以上に大きな仕事を任せられるはずがなく、
賃金上げろと言われたところでそれじゃ正社員削っている意味が無くなる。
ファーストフード店や大手チェーン店なんて古株は邪魔なだけ。
賃金が10円上がればそれだけ膨らむわけで、元より仕事はある程度時間が経てば誰でも出来るように整備されているからこそ利益発生のしくみが成立しているわけで、そこに権利やら発言なんていらない。
派遣なんていい例ですよね。
俺も最近は派遣みたいな感じで働く事が多いからよくわかる。
両者の利害が一致している。
そして数の少なくなっている正社員の仕事量は増大する一方。
簡略化された仕事、それを転々とするフリーター。
これに賃金の値上げを要求するほうが無理なのかもしれない。
ゆたかな生活…、うむ~、非正規雇用による労働組合が増えているみたいだし、これからきっと労働闘争が増加するのかもしれない。
お金は天下の回り者、でもそれがどれだけ好景気になろうが俺達に反映されることはまず無いでしょう。
ボーナスって何?って話です。
そんなことすれば一度不景気になった時にどれだけの企業が圧迫されて破綻することか。
まず間違いなく貧富の差は拡大されるだろうし、企業側はそれを防ごうとも思わないでしょう。
俺も10代の頃は身を粉にして働いていたけど、ある時期を境にどれだけバイトに入れ込んで貢献しようが無駄だと知りました。
しょうがないから割り切って昼の3時~朝の6時まで働くのを無休で2ヵ月繰り返したこともあって、それはそれでバカみたいに稼げたけど体はおかしくなるわ精神は病んでいくわでとても続けられるもんじゃなかった。

バンドマンなんてその日暮らしなのはまず間違いがない。
じゃないとやる意味がない、趣味ならばいいんだけど。
ある人が言っていた。
バンドを就職先と思ってやっているからバンドすぐ辞めていくんだって。
それを聞いた瞬間、俺は毛頭そんなこと思っていなかったからショックだったけど、やっぱりそうなのかって思ってしまった。
正社員やりながらだったら活動の限界はすぐ来るし、少し小金持ちであればここ一番で踏ん張れないしもがこうともしない。
無意識のうちにどちらも中途半端になってしまうのが現実。
だからあえて嫌味な言い方をすれば、40歳50歳になっても結婚出来ず車も買えず保障も無く六畳一間で融通の利くバイト生活やりながらバンドやっていこ~ぜ!って言えるバンドマンがどれほどいるんだろうか。
いないと思う…。
でもそれを受け入れないときっとある芽も潰してしまうんでしょうね。
上手いこと出来た世の中ですね、本当に。
誰にとっても安全な場所はない、正社員だっていつ失墜するかわかったもんじゃないんだから。
決してバンドマンにも無関係では無いこういった話題。
なんとか上手い方法ないんでしょうか。

無い。

だからこそ良い音楽が生まれていくんだから。
楽な世界ばかりじゃきっと腑抜けた音ばかりで何も発達しないし進歩しない。
だから時間を費やす、時間を犠牲にして。
その代償がそれなら喜んで受けましょう~、いいじゃないか、お金無くったって。
お金じゃ手に入らないものに誇りを持って。

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