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活動を振り返って。

今年最後ですね~、感謝の気持ちも込めて振り返ってみます。
全部とはいかないけど、比較的何かがあった時期を挙げていってみます。
PastLiveもわからなくなってきました。
やばいのでこの辺でわかる限り書いてみます。
間違いなく2、3回抜けてるんだけれども…。
今日の日記はほんとに長いので要注意です、正直ワードで書きました。
携帯じゃ厳しいかもしれない量っす。
m(_ _)m

2004年6月3週目の水曜日。
俺とcandyが組んでいた前バンドがあっさり解散。
それを機にVo&Ba.candy,、Gu.ジンプル、Gu.フライングばぶ~、Dr.ちんぱんによってリタリン結成。
何のコンセプトもなくジンプルはひたすらレッチリのフレーズを弾いていた、何のリハだったんだ。
しかもジンプルは俺の知らない間に加入していたという事実。
ユルユルだったのか。
メンバー選考なんて一切無し、皆そこにいたんですよね~。
この頃はcandyはメイドやらコスプレ系、ジンプルはインディアンスタイル。
恥の上塗りだ。
そして回転ドクロ、乙雌節、You The Sun、イナヅマぎた~、初期攫い人を引っ提げ初ライブへ。

Past Live.
2004年
?9月25日  川崎ボトムズアップス
 10月3日  川崎ボトムズアップス
 10月17日 吉祥寺プラネットK
?11月27日 新宿ライブフリーク
 12月21日 吉祥寺プラネットK

2005年
 1月19日  吉祥寺プラネットK
 2月11日  四谷フォーバレー
?3月22日  吉祥寺プラネットK
 4月19日  吉祥寺プラネットK
 5月1日   四谷アウトブレイク
 5月17日  吉祥寺プラネットK
?6月7日   四谷アウトブレイク
?7月17日  四谷アウトブレイク
?8月13日  四谷アウトブレイク
?9月16日  四谷アウトブレイク
?10月4日  高円寺20000V
 11月6日  四谷アウトブレイク
?12月22日 六本木CORE
 12月24日 四谷アウトブレイク
?12月31日 四谷アウトブレイク

2006年
 1月6日   四谷アウトブレイク
 1月29日  新宿URGA
?2月7日   四谷アウトブレイク
 2月15日  四谷アウトブレイク
?2月17日  四谷アウトブレイク
 3月3日   四谷アウトブレイク
 4月5日   渋谷ClubAsiaP
 4月16日  新宿URGA
 5月19日  四谷アウトブレイク
 6月3日   四谷アウトブレイク
?6月15日  仙台MACANA
?6月25日  初台Doors
 7月8日   池袋手刀
?7月13日  仙台MACANA
?8月4日   四谷アウトブレイク
 9月25日  四谷アウトブレイク
?10月1日  四谷アウトブレイク
 10月8日  新大久保Club Voice
 10月14日 新宿URGA
 10月18日 仙台MACANA
 10月28日 渋谷AUBE
 11月15日 仙台MACANA
 11月26日 下北沢屋根裏
?12月2日  大阪キングコブラ
?12月4日  四谷アウトブレイク
 12月10日 高円寺20000V
 12月13日 仙台MACANA
?12月31日 四谷アウトブレイク

2004年

?9月25日川崎ボトムズアップ
リタリンデビュー戦!!
あまりにも甘酸っぱい戦だった。
俺もどこか諦めていたらしく、この日初ライブのジンプルをライブ頭に1人放っぽり出して初代イナヅマぎたーがリタリンの本当の1曲目。
ちなみに当時の映像をこっそり見て楽しんでいるのは俺だけじゃないでしょうか。
秘蔵も秘蔵、いつかお披露目したいっす。

?11月27日新宿ライブフリーク
行く場所も帰る場所もなく途方に暮れていたリタリン。
当事者の俺からしても救いようがなかった、ライブハウスからもメチャクチャ言われてました。
そこにライブフリークで当時ペンタ大塚店の店長をしていて後の四谷アウトブレイクの店長秋元さんと偶然遭遇。
実はcandyと俺の前バンドから薄く面識はあってペンタ企画に請われていたんですね。
そしてこれが奇跡的に四谷への足掛かりになる、これが無ければ恐らく今は無かったことでしょう。
断言出来る、運命だ。

2005年

?3月22日吉祥寺プラネットK
この頃、まだ全くパフォーマンスが向上しなくて、ジンプルはついにはライブ中にバク中をするようになっていた。
しかしイナヅマぎたーはこの頃から定着。
実はこの頃生意気にも音源配布させてもらっていました。
回転ドクロと乙雌節と曖昧mean。

?6月7日四谷アウトブレイク
4月のいつかわからなくなってしまったけれど、そこが初めて四谷に踏み入った日。
そして乙雌節を異様に気に入った副店長佐藤学との出会い、そこから四谷街道が始まったリタリン。
この6月7日は四谷3本目のライブだったんだけれども、その3日前にGu.のフライングばぶ~が脱退、信じられないことにライブを中止にせず3ピースでの強行出演だった。
この日は今でも俺の心に深くトラウマとして刻まれており、未だに悪夢としてリアルタイムで襲ってくることがある程酷かった。
ここが本当の底だった、正直辞めてやろうと薄ら思った時期でもあった。
ちなみにこの日のライブはホール中を見渡してもお客さん1人。
その1人に向かって全力でのライブでした、誰もいないほうがまだ……

?7月17日四谷アウトブレイク
どうしようか途方に暮れていたリタリン。
その時、なんでだかうちのライブをたまに見に来ては遠路横浜からわざわざ俺とセッションする為に西荻窪まで来ていたゆ~すけの存在を思い出す。
ちょうどいい時にちょうどいい場所にいたのがBa.のゆ~すけ。
覚えている…6月5日の夕方、俺はとりあえず7月だけやってくれないかと打診、ヘルプという条件ですぐさま了承、7月の対バンは強烈だったのでここで初めて本腰入ったような気がします。
というのも俺の相方であったはずのベースボーカルのcandyの悩み事。
「手と口が一緒に動くんだけど。」
(TT)←俺
これで諦めがついていた俺はこの機会にベース探そうと決心していたんですね。
ドラマーとしてもベースが専門であれば話は違うもんです。
そして運命の7月17日、急造は否めなかったものの予想以上の手応え。
ゆ~すけもやる気になったようで期間が9月までに伸びる。

?8月13日四谷アウトブレイク
張り切ってサマソニのチケットを買っていた俺。
確かライブ1週間前にリタリンのライブと被っていることに気付いて絶叫。
あの日ほど悔やんだ日はなかった、おかげで良いライブが出来ました。
NINと同時刻に対バン、今でも忘れられない日。
ちなみにこの頃に現在の核になっている『リタリン』がセットに加わる。

?9月16日四谷アウトブレイク
この日、遂にジンプルがインディアンスタイルからちょんまげに変身。
美容室で俺は変わり行く様を見ていたんだけれども、あまりのくだらなさに失笑していました。
これはいけるっていう手応えがビンビン、半年間言い続けた甲斐がありました。
「侍ってなんであんなにかっこいいんやろ~」って。
ちなみにジンプルは最近もう辞めれないことを悟ったみたいです。
ちょんまげ職も大変だなぁ。

?10月4日高円寺20000V
この頃なぜかゆ~すけがまだいる事に気付いた俺。
曲も現メンバーありきで出来つつあり、抜けられても困る状況だったような。
この頃にゆ~すけが言った一言。
「あの~、俺の日記って作ってくれないんすか?」
あれ、加入してたんや、やっぱり。
てな流れでYu-ponと命名、晴れて正メンバーになったのでした。
完全に現体制に。
正直7月の時点から入ってたような気もしないでもないのですが…。
そして高円寺20000Vで俺がスタッフともめる。
ライブ中にドラムが止めざるという屈辱極まりない事態に陥ったのが発端。
忘れられない日です。

?12月22日六本木CORE
リタリンなぜかClubに進出、六本木COREという大バコに出演。
共演には今もって恐ろしいMad Capusule MarketsのKyonoさんなど大物多数。
そして俺は夜中の六本木の街を歩いていて朝青龍と正面衝突しそうになる。
やられるかと思いました、でかかったなぁ。
100人いても素手だったら全員殺されそうな威圧だった。

?12月31日四谷アウトブレイク
大晦日。
この日リタリンはちゃっかりトリ前で出演。
1年前から考えると強者バンドさんに並んで出演していること自体が快挙でした。
お祭りということもあり副店長の佐藤学氏がゲスト出演、カオティックなステージでした。

2006年

?2月7日四谷アウトブレイク
既に2月17日のワンマンがなぜか決まっていたリタリン、成り行きでワンマン決定させたバンドがこの世にどれだけいるんだろう。
そして更には贅沢にもプロの映像班の協力もあり撮影でこの日アウトブレイクに行っていたリタリン、疲労困憊の中…佐藤学氏が信じられない一言。
「リタリン、リハだよ~~!!」
どうやらその日出演バンドの1つがキャンセルになったらしく、なんとそのままライブに。
あんなことはもうないだろうなぁ。

?2月17日四谷アウトブレイク
2006.2.17 第一回リタリン完全ワンマンライブ
(・∀・)360゜ステージ四谷に降り注ぐ飛び交う馬糞(・∀・)
これが正式なタイトルでした。
この日の映像班が5台のカメラで収録してくれたのが、現在全国流通させてもらっている作品ですね。
異様な空間の中でのライブでした、終盤になってリタリンもお客さんもやっと状況に慣れてきたような印象。
一生忘れられない奇跡の夜、ライブ中俺は3回くらい目眩がしました。
思えばこれがトランシーな覚醒だった。

?6月15日仙台MACANA
なんとなんと、調子に乗ってリタリン東北の地、仙台に進出。
そして初の遠征、どうなることかと思ってたけど実は俺自身の経験の中でも1,2を争う程やりやすかった環境を整えてもらった仙台MACANA。
無事帰京。

?6月25日初台Doors
都内のライブハウスでも最高の設備を誇る初台Doorsへ。
ステージが広かったので調子に乗ってドラムを前に出してしまった。
この日の出会いが後の大阪遠征に繋がったんですね、信じられない。
共演には三上寛、金沢美也子、ストロベリーソングオーケストラなど大物多数でした。

?7月13日仙台MACANA
2度目の仙台遠征で事件が。
仙台に向かう道半ば、宇都宮手前でバースト。
危うくリタリン一家全滅の危機に。
映像特典に様子が収録されているやつですね、危なかったぁ。
ぶるぶる。

?8月4日四谷アウトブレイク
初のスリーマンでした。
共演には不謹慎シンドローム、Silver Cameron and the jam snail。
普通は自主企画、そしてスリーマンやツーマンを経てワンマンに辿り着くのがベストなのに全部すっ飛ばしてワンマンだったもんだから…初の1時間ステージでした。
実はバンド改名問題は少し前から噴出していました。
意味もわからずにリタリンと名乗っていて、それが結果的に人を傷付けてしまうかもしれない。
でもそれは本意ではないのでここで終わらそうとしていました。
ここでリタリンとしての公のライブは終了…さよならリタリン。
 
?10月1日四谷アウトブレイク
2006.10.1
『第2回・完全ワンマン&DVD全国発売・・・そして名前変えます!!前代未聞、720°ステージによるアビキョウカン・コウコツ失禁…救急車待機してます!』
これが正式タイトルですね。
前回の反省を踏まえてドラムを台の上に乗せて、またまたホールをステージに見立てたライブをやらせてもらいました。
この辺りになってくるともう皆さんご存知じゃないでしょうか。
2月のワンマン公演の映像をようやく編集し終わり、この日に発売開始でした。
そしてライブ前に記者会見なるまたまた生意気なものをやらせてもらい、そこでバンド名『_ _ _ _*(テイヘン)』を発表。
皆あんぐりしていたのを昨日の事のように思い出せます。
おかげで楽しい1日を過ごさせてもらいました。
しつこいようですが、正確には半角アンダーバー4つに間に半角スペース、そしてアンダーバーとわかるように※印でテイヘンです。
なんなんだ、この名前は…。

?12月2日大阪キングコブラ
初の大阪遠征ですね。
そして我が故郷なんです、大阪。
大阪に入った頃に妙に不思議になりました。
なぜこのメンバーが揃って大阪にいるのかが不思議でしょうがなかったです。
ここまで来たんだと改めて実感、実は感動していた俺です。
この日の共演者にゲンドウミサイル、ストロベリーソングオーケストラなど。

?12月4日四谷アウトブレイク
この日は四谷アウトブレイク副店長の佐藤学氏の生誕パーティーでした。
錚々たる顔ブレが集結。
共演者にナポレオン、不謹慎シンドローム、THROWING LIFE、the HANGOVERS、TSUNE(JUNKENSTEiN)。
この日は_ _ _ _*のライブで最後にやることになっていた共犯者でギターを持って参加することになっていた佐藤学氏。
しかし仰々しく登場したくせに肝心のギターが鳴らない、1人ずつ倒していくと豪語して練習もしていたはずなのに……
後の惨劇は12月4日辺りの俺の日記を読んでやってください。
楽しかったなぁ~。

?12月31日四谷アウトブレイク
そして今日の大晦日ライブ。
_ _ _ _*としてやってきましたね、出演予定時刻はいい具合の22時5分。
1年経ってこの日を無事迎えれるのが嬉しくてしょうがないです。
メンツも去年よりさらに激しくなって強烈そのもの、都内のライブハウスで最高の夜じゃないでしょうか。
何やらかそうかな…やっぱりあれだな……。
最高の感謝と歓喜を今日はあそこに持ち込もう。

長かったですね、自分でも書いていて長いって感じるんだからよほどだ。
きっと読みにくいだろうなぁ。
こうして振り返ると本当に奇跡的な出会いや尽力によって俺達は支えられてきているのが
よくわかりました。
まだまだ駆け出しもいいとこです、いろんなとこ行きたいな~。
俺達だけじゃ何にも出来なかった、何一つ拾えなかった。
その気持ちを胸に来年も新たに活動させてもらいます。
どうやら名古屋にも進出しそうな気配が…
何かしらご迷惑かけることもあるかもしれませんが許してやってください、いつかまた…いい報告が出来るようになりたいです。
来年の詳細は年明けにでもアップさせてもらいます。
今年度中はありがとうございました。
また来年度もよろしくお願いしますm(_ _)m

ちんぱん
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箱入り娘。

過去に一瞬発売されていたシュウェップスのフルーツパンチがいなくなってから早2年ちょっと。
先日、同じくシュウェップスの洋梨が発売されて興奮しているちんぱんです。
飲もう、皆で飲んで今度こそ生産中止なんて事態を避けましょう。

本題~。
信じられないような箱入り娘っているじゃないですか。
東京に来てから会った娘で凄いのが1人いました。
アンビリバボ~ってまさにあんな出来事だった。

もう4年だか5年前に出会った娘。
会話が全く通じなかったんですね~。
俺はライブに出演していた日でね、終了後ホールに出てからお話したのが最初。
なんか様子がおかしいんですよね。
どうやらこの時間に外にいることが相当珍しかったらしい。
ちょっと待て、時間はまだ21時…意味がわからなかった。
少し聞けば親御さんに逆らってこの時間に外に出てきてたとのこと。
この後どうなるかわからなくて怖くてもう帰れないっていうシチュエーションだった。
その時彼女は確か24歳。
パッと見はほんとシャレっ気付いてアカ抜けた東京の娘だなって感じで少し遠目から見れば遊んでそうって印象さえあるのに。
門限は19時、狂っている。
当然男と付き合ったことも無し。
携帯電話も信じられないことにかけていい相手指定されてたらしい。
その娘からしたら俺は異星人のようだったらしい。
でも外の世界に興味があったらしく俺からしたらわけのわからない質問ばかりを興奮いた様子でしてくる。

娘「こんな夜遅くに大変ですね!」

俺「はいっ??」

友達「あ…後で説明するから(TT)」

娘「なんでそんなに体がバラバラに動くんですか!!」

俺「いや…一応ドラムですから…大したことじゃないっす。」

娘「凄いです凄いです!なんでもっと大きなとこでやらないんですか?」

俺「やりたいのは山々なんだけど…(TT)」

強烈だった、悲しい質問しやがって。
門限19時でどうやって大の大人の生活が成立するのか。
家は結構なお金持ちらしく働く必要な~し!!
許婚なるものが存在しているらしく…さらに学生時代は365日全日専用ドライバーによる送迎だったそうな。
その時もだけど。
恐ろしい話です。
幼少時代から学生時代、成人式を終えた後もずっとずっと。
毎年海外旅行が定例行事らしく…お稽古も凄いしてるもんだから品がある…なのに…対人はとんとダメ。
山手線の切符買うの戸惑ってたもん。

その後会う機会があってね、変な相談話になったりした時に言っちゃったんですね。
その一言が酷く傷付けてしまったらしい。
「失敗するチャンスさえ与えてもらえないなんて」って。
いやぁ、その時は…今もだけど本当にそう思ったんですね。
24時間自分の行動が親に把握されているだけならまだしも、それだけ制約がかかっているのであればこの世の中で何が出来るんだろうって。
楽しいのは楽しいんだろう、何不自由無さそうだし。
でも凄く不憫に思っちゃったんですね。
やっぱり俺はテレビ見たり本読んでる時も必要だけど、見聞広める為に人と話したりしてる時が一番楽しいから。
ばっかみたいに奢ってくれてね、あぁ勿体無いって思いながら。
その娘からしたら外の世界への入り口が俺だったらしく、それが根本的に間違えてるんだって話してもわかってもらえない。
面倒臭くなってきた俺は、じゃあ独り暮らししたらいいんだよって言うようになった。
学歴もあるし英会話やPCも扱える資格持ってるんだからそれなりの仕事出来るだろうって言って。

そこから足掛け4年だか5年、もうわからないや。
そんな彼女がなんと30歳を前にして独り暮らし&仕事を持つとのこと。
おめでと~~~~!!
ちょうど来年からだそうな。

いやいや、落ち着いて考えればそんな大したものではないんだけれども…
でも今の世の中便利だからそんなに苦労しなくても生きてはいけるじゃないですか。
例え楽しくなかったとしても五体満足な限り。
な~んか小学生の頃にね、冬場に家出して死にそうになったのを思い出しました。
でも始めて見る街の夜中の景色、歩いている人も誰もいなくて全部が自分のものにでもなったかのようなあの興奮。
それを今から体感出来るんだろうな~って思ったら少し羨ましくなりました。
たくさん失敗して泣いてしんどくなったら帰るとこあるんだから帰ればいいじゃないですか。
その一連の流れが成長させて新しいもの見えてくるんだろうし。

そんな彼女の今の悩みは……
最初に働く職場に持って行く差し入れはどれがいいかとのこと。
頑張ってくださいまし~~!!
変なのに引っ掛かるなよ…

ラ~メン。

そうそう、微妙に面白いことがありました。
昨日の_ _ _ _*のリハ終わりのこと。
日〇屋っていうら~めん屋さんに行ったんですね。
うちでご飯食べる時はやばそうなメニューから潰していくっていうのがあるんですね。
そんなチェーン店でほどほどに美味いのをただ食べるのは無しだなみたいな意味のわからない暗黙の了解が。
明らかによろしくなさそうな『ヤンニョンら~めん』という期間限定メニューが。
期間限定メニューはなんでいつもあんなに面白いのか。
そして恐らくこれは俺が食べることになるんだろうな~って思いながら気合を入れて入店。
朝方5時前でしたね。

店内に着席。
オッズ。
温玉旨辛ら~めん◎
ピリ辛豚骨ら~めん〇
旨節かつおら~めん△
ヤンニョンら~めん××
そしてメニューを決めていくメンバー。
ちくしょう、ヤンニョンら~めん残しやがったな…。
そして注文。

確信があったので俺はあえて失礼極まりない質問を店員さんにしてみました。
ちなみにその店員さんは他の卓に料理を運ぶ際につまみ食いして口をモグモグさせながら提供していたファンキーなお方。

俺「このヤンニョンら~めんってどうなんですかね?」

店員「はい?…………おいしいです……。」

俺「今なんか変な間がありませんでしたかっ!?」
 「……正直なところどうなんですか??」

店員「最初食べた時はおいしいと思ったんですけど、やっぱり……」

俺「それは要するにおいしくないということですね!!」

店員「あまりおいしくないですね…。」

うんうん、聞いてみるもんだ。
素直な店員さんの顔を立てて張り切ってヤンニョンら~めんとチャーハンをオーダー。
candyはピリ辛豚骨、ジンプルはうま節かつおら~めん、Yu-ponは温玉旨辛ら~めんをオーダー。
各個撃破を目論む、何の話や。
もともと味の素やハイミーなんかを始めとした科学調味料に異様に敏感な俺です。
多量に入っているのはわかっているけれども、この価格帯でどこまで自然の旨味で勝負出来ているかが焦点だった…はずなのに。
結果は…俺の1人勝ちでした、圧勝。
ヤンニョンら~めん……あれは歴史に残る。
店員さんをして客の前で美味くないと言わしめさせた実力は本物だった。
なんかね、最初から麺と具に対してスープの量が全く及んでいないんですよ。
麺と具が多過ぎ、はみ出してるやんか。
つけ麺か~みたいな。
それで味も辛いんだか不味いんだかわからなくなってきてね、そのうちドンブリから残飯みたいな景色になってきました。
きっと店員さんも忙しそうだったから…。

そして最終手段。
自己解決しようとしての合成ですね。
今まで俺達はこの合成という手段で何度もピンチを切り抜けてきました。
過去にあった出来事。
ジンプルが頼んだあんまりなメニューがあって、店員さんにこれは本当に正解ですか?って聞いてみた。
それで明らかに不味いのに正解って言われたもんだからそれで開き直って各種混ぜて美味しい正解を導き出したのが始まりだった。

自己解決。
俺もやってやろうと思ってどうするか考えてみたものの、手持ちの駒は醤油、ラー油、お酢、胡椒、そして各種ら~めんの汁。
ちょっと少ないな。
もともとこのヤンニョンら~めんってやつは甘ったるくて辛かった。
黒にいくら白を足しても黒。
途方に暮れた俺に1つの名案が!!
水があったじゃないか、ダシを水で薄めよう!!
と思って水を投入したのが最後だった。
粉末のメロンソーダにら~めんが入っていたようなあの食感。
それで諦めがついてジンプルの旨節かつおら~めんの残り汁に自分の麺を引越しさせてなんとか完食。
その後俺のら~めんはジンプルがなんとか合成させて完成版を作ろうとしていたものの、福笑いのような顔面のら~めんに仕上がってました。
ヤンニョンら~めん、やめといたほうがいいっす。

期間限定メニュー、なんであんなに面白いのが多いんでしょうね。
いつの時代も定番強しですな…。

今年最後のリハ。

今年最後のリハが終わりました。
もしかしたらもう1回あるかもしれないんだけれど…。
今年やったリハ及び集合の回数…95回。
今年あったライブの回数…大晦日込みで28回?
およそ3日に1回か…凄いもんだ。
ライブのほうが正確にわからないけれど…そんな感じでした。
結成してから2年と少しのバンドとしては活発なほうだと思います。
今年も残すは大晦日のみ。
_ _ _ _*の来年を暗示するようなハイパーな新曲も出来上がりつつあります。
きっと今までみたいなリリース&リリースじゃないもんね。
ちょこちょこ修正していって新宿LOFTの頃には完成していることでしょう。
メンバーそれぞれあると思うんだけれども、リズムの恐ろしさと威力を世に放ちたいと思っています、俺はドラマーのはしくれだし。
小細工抜きの直球も投げれますみたいなのがいいなぁ。

今日のリハで思ったこと。
進歩しない俺、そしてメンバー一同。
実際には進歩しているのかもしれないんだけれども、やれどやれど遠くにゴール地点が行っちゃうんですよね~。
なんてこった、この人生。
回り回って帰ってくるブーメランの軌跡状の如く。
その円がより速くより大きく、そしてやっぱり戻ってくるのか…。
おかげでどんどんシビアになっていってるのかもしれない。
挙句の果てにはどこがスタート地点だったのかさえ何度も見失いそうになった2006。
たまぁに手が届きそうな気になるのはもはや中毒症状の証。
ついこの前ミレニアムだY2Kだなんだって騒いでたのにな。
溺れてます、俺。

溺れてたのか…俺??

困るなぁ、しっかり泳がないと。

いやぁ、ほんと思いますよ。
心底メンバーあほだなって。
普通に働いて楽しいことしてたらきっと別の人生あったろうに。
アハハ、確実にレールを着実に踏み外していってますね、もう朽ち果てた吊り橋の上で喜んで飛び跳ねてるようなもの。
もう落ちてるかもしれない。
でもそこに何かがあるんだからしょうがない。
モノ造りの人なんて皆そうなんでしょうね。
ついでだから今年あった衝撃的な出来事ベスト3でも考えてみよう。
もちろんバンドネタで。

☆金賞☆
第一回及び第二回ワンマン前にcandyの声が出なくなった。
冗談抜きでね、ポリープ手前までいってたらしくて、3曲ほど完全にキーが出なかったんですね。
焦ったなんてもんじゃなかった、実は何度中止にしようと思ったことか。
だって1回潰しちゃったら生楽器の喉はもう…バンドの存続さえ怪しいもんです。
結果的に薬で散らしてなんとかなんとかだった…俺にとってはこれが最もでかかったっす。
怖かったなぁ、いろいろと。

☆銀賞☆
自分ごとだけれども故障箇所が右足甲~左肘~左手甲に移行していった。
今だからだけど本当辛かったっす、3月末~6月頭くらいまで。
5月なんて本当終わってました、フォームの問題からじゃなかった。
腱鞘炎なんてなったことないし、腰も全く痛めないのにね。
ある日ドラム用の靴を失くしたとこから始まり裸足でキック踏んで痛めて。
もともと俺はサウスポーだからってんで無理に左足でキック踏んだら左肘に負荷がかかったらしく故障。
一時は3箇所かばいながらだった、開放されたと感じたのが確か6月3日くらいの深夜ライブだったような。
ほんと気をつけます。

~佳作~
ジンプルが薙刀、Yu-ponが朗読。
なんてこった。
自己啓発という名の下に試みたあのお題目。
ジンプルはその後、そばにコーラをかけて食べるとかまでやっていた。
音楽よりもお笑いや表現に走って行ってるのではないかと心配になりました。
結果的には役に立ったんだろうなぁ、どうなんだろう。

なんか話がそれてしまったけれども、やっぱり大きな年でした。
フロアをステージに見立てた無茶な設定のワンマンを2回もやらせてもらい、全国流通の音源作品を出させてもらい、更にバンド改名記者会見なんてものも。
_ _ _ _*(テイヘン)…アホですね。
信じられん、こんな名前。
後々この年がとても大きな時期だったと思い知らされる時が来ると思っています。
そんな俺達に少しでもタッチしてくれた方々に本当感謝です。
しきれんす。
1年前とはもう違う、別の生き物のような気さえさせてくれます。
たった1年のはずなのに。
来年の今頃もどうなってるんだかわからないけれども、気持ちよく回想出来るようにしたいです。

大晦日か…始まりが近いなぁ。
始まってばっかりじゃないか、サディスティックな日常。
毎日に敬礼!!

アホらしい。

最近電車に乗る事が多いんですね。
短時間であっちこっちと移動繰り返しているせいだからかな。

目が怖い。

電車がホームに滑り込んでくるあの瞬間。
何十ものまるで死人のような顔が通り過ぎていく。
あれこそアングラじゃないか。
世のアングラになりたい人達よかよほどアングラだ。
電車の中なんて退屈なんだろうし疲れてるんだろうし。
そう思いながら車内に乗り込むと……
人間が途端に怖くなったんですね、何よりも怖いもんなんだろうけど。
無表情があんなにも怖いもんだなんて…
集団心理ってやつが働いているのもあると思うんだけれども、そんなとこから人間の狂気ってやつを感じてしまったんですね。
どっちが正常なんでしょうね。
エレベーターなんかもそうなんだろうけど、モラルってやつに抑圧された狭い空間で自制している人間と好き勝手に暴れている人間。
どうも俺は暴れているほうが正常な気がしてしょうがない。
全く人間味が無いんだから。
あんな顔達を見ていると世の中に起きる異常な事件も起こるべくして起こったのかなんて妙に納得。

そもそも人間ってなんなんでしょうね。
例え生きたい生き方じゃなかったとしてもその生き方の為に働いて。
誰かが考えたやり方に沿ってね…そのくせ誰もが不満タラタラ、でもいざとなれば何の力も持たない人がほとんど。
そういう風にうまいこと出来てるのか。
そう言う俺も傍観者、わかってる人からしたらわかっていないんだろうしわかってない人からすればわかっているのかもしれないけどそんなもの何の意味も持たない。
生きるしかないじゃないか、簡単に死ねないんだから。
死ぬのもお金かかっちゃうこの世の中。
なんかお金に支配されたくないんだけれどもそうなっちゃうように出来てるんだろうな。
経済原則、こいつが乱れたらまた大変なんだから。
俺達もっと何も出来なくなっちゃう。
そんながんじがらめの中で今年もスラスラと通過、後5日じゃないか。
そんなこと考えていると今年やってきた事で人生何か変わったのかなぁって疑問に思っちゃいます。
それを言ってたら何をやっても無駄にしか聞こえなくなってしまうんだろうけれども。
酷い日記だな。
でも毎日電車に揺られてあんな顔するのはごめんだ。

もし……
限りなく制約が外されてね、好き勝手な生き方選んでいいってなったら人間社会はどうなるんでしょうね。
皆どういう生き方を選ぶんだろう。
果たして生き方を選べるんだろうか…きっと惰性でしかない世の中になるんでしょうね。
人間社会なんて立派なものすぐに崩壊するだろうし。
わからないなぁ。
どうすれば皆笑って生きていけるんだろうか。
そうなりたい人がたくさんいるはずなのにどうして叶わないのか。
矛盾に気付いてしまうこと自体が矛盾でしかないのも悲しい。
笑って死んでやるとはよく言ったもんだ。
永遠に死ぬことのない人生もきっと苦痛になってくるんだろうな。
どうしようもない生き物だ、人間ってやつは。

笑って死んでやる。

テクノ。

PCのSキーがよほど強く押さないと反応しなくなってしまいまいた。
薬指鍛えんと。


テクノ。

はっきり言って俺はこのジャンルよくわかりません。
テクノったっておおまか過ぎて、もっと細かい括りがたくさんある。
今までは敬遠していたんですね。
理由は簡単。
ドラムがいらないから。
ボタンをポチっと押すとかね、DJがやればいいんだから。
今もって、要するにドラムンベースとかでもデジタルで解決してしまうものはどうしても好きにはなれんとです。
生っぽさが信条だからですね。
俺は人力がいい。
でもここまではとりあえず好きか嫌いかの話。
テクノの良さがわかり始めたのがつい1年程前の話。
それまでもよく聴いたりはしていたんだけれどもよくわからなかった。
オーディエンスとしての話ではなく、バンドとしてどうなのかって。

それがここ1ヶ月くらいで激変。
もしこれを……
これを人力でやれたらどうなのか。
無機質な部分にそのまま人間の熱を持ち込めるか。
タイトなリズムに絡みつくベース、そして訳のわからないギターにまるで能天気なボーカル。
この絵が出てきてしょうがなかったんですね。
いろいろ試しました、俺のセットはシンプルなんだけれども…
もしそこに何かを加えるとすればよっぽどの話。
今まで何かを足そうとも思ったこともなく最少のセットで何が出来るかってとこで叩いてたんだけれども。
初めて鍋をセットに加えることを画策。
それからこそこそと1人でスタジオに入って鍋を叩き続けてました。
気に入った鍋が1つだけあったから。
なんとか無機質な粒を揃えようとやってたんだけれども、どうやら技術的な問題をクリアー出来そうにない。
音量のバランスが元音の状態で揃えられない。
これじゃあオペレーターさん頼みになっていつか悪い時が来る。
テンポが超速ってのもあったんだけれども。
泣く泣く諦めて、今度は通常のドラムセットでやってました。
そしてネタが出揃ったところで_ _ _ _*に持ち込んでリハ。
新たなる問題が発生。
ジンプルさんが元ネタのフレーズを全く弾けないことが発覚、面白いくらいにダメだった。
う~んう~ん言いながら次から次へと修正、なんとか形が見えてきました。
大晦日にやれるかなぁ…なんとかしたいっす。

テクノの解約ってどうなんでしょうね。
人によって違うんだろうなぁ。
俺は何かの本やそれに精通している人と話をしたわけでもなく…
完全に勝手な解約でバンドサウンドに持ち込もうとしてるんですね。
一律一定でノレて聴けるのがまず第一歩だろうみたいな単純な入り口。
だからといって、一定の4分とかは嫌だ、そんなの機械で出来るもん。
なんか仰々しい説明とかもあるんだけれども、体現出来ている人なんてそうそう見た事がない。
聴くだけなら簡単なのにやるとなればこんなにも難しいのかってのが今の印象ですね~。
また新しい曲が近々追加されそうです。

機械っぽさの無いテクノ。。
出来るかな?

クリスマスだったのか。

デパ地下では中華のお惣菜屋さんが香草風味のチキン、要するにチキン。
街中ではとりあえずサンタの格好しとけ的な…中には中高年のおじさんが哀愁を漂わせ……
どこもかしかも冬のスイーツ商戦に乗り出して戦っていた。
年ごとにわけがわからなくなっていくこの日。
クリスマス=サンタクロースの図式ももはや崩壊寸前なんじゃないだろうか。
街中そんな雰囲気なもんだから感化されるのもしょうがないですよね。
そういう俺も小学生の頃はサンタがいるいないで殴り合いしてました。
もちろん俺はいる派です。

そんな中、俺は大阪よりの客人と新宿のライブハウス訪問後、高円寺の街を散策。
お祭り騒ぎに全く関係のないアングラの真髄を鑑賞。
普通にえびチリとミスド食べてました。
そういえば…去年の_ _ _ _*はライブだったなぁ。

クリスマスの思い出で一番楽しかったもの。
それは友達の引越しを手伝って肋骨を2本やってしまったことですね。
無駄にマンションの高層に住んでいたんですよね。
それなのに古い建物でエレベーターがついていなかった。
予算も無いもんだから当然階段で運んでたんですね。

タンス。

こいつだ、大物だったんですね。
2人で運んでいたんだけれども俺のほうが力があるからとかっていう理由で下側に。
俺からすればね、上側のほうが力いるぞって言ってたんですね。
特に二の腕から先にかかる負荷が半端ないから。
腕力握力共に。
案の定、途中で上側の人が力尽きたのか諦めたのか手を放した。
足も滑らせてたんだっけ。
それで階段半ばから俺はタンスものとも踊り場へ滑落。
タンスの角が…
タンスの角が……脇腹に刺さってました。
しかも上からそいつが降ってきた、タンスの上に。

メキョッ!!!

変な音が脳内でリバーブがかったように聞こえたのを合図に激痛が。
あまりのアホらしさに笑っていたんだけれども、結局その後すぐあったライブも激痛に耐えながらでした。
冬の寒い日の出来事だったんですね~。
楽しくなかったけど記憶に残ってます。

あぁ、そうだ。
俺がね、人生初ライブの日がクリスマスだったんですね。
ライブ自体は初じゃなかったんだけれども、通常ブッキングでしっかりしたライブハウスのイベントに初めて出たのが高1のクリスマスだった。
確かオリジナル5曲にイエモンのカバー1曲だったかな。
ロックスターになれば羽が生えてきて~ってやってました。
凄い緊張してましたね~、もう逃げたいくらいに。
当時のクリスマスと言えば一大イベント。
友達やらも邪な心を抱いて彼氏彼女候補とバカみたいに遊びに来てくれていた。
大阪の難波ROCKETSってライブハウスですね。
ほんでここからが面白いとこなんだけれども、打ち上げ。
なんでだか知らないけど、断然未成年なはずなのに堂々と酒を頼み始めた。
店もよく気付かなかったもんだ。
結果……
確か40人弱くらいがまとめて補導。
従業員じゃなくて、他のお客さんの通報だったらしい。
俺は飲んでなかったんだけれども、なんとか幇助かなんかで注意された。

よくわからないけれどもあまり良い記憶がないクリスマス。
この日遊ぶぞみたいに力んだらダメな俺。
日常のほうが断然楽しいもんです、人が少ない日かな。
それでもあれだけ楽しそうな人達が街を埋め尽くす数少ない日なんだからやっぱりいいなと思います。
わけわからないけどメリークリスマスだ~~。

バンドマンだって。

階級社会なんだか知らないんだけれどもね、バンドマンってなんとなく低く見られがちですよね。
世の中の人々よ、そうなのか。
お金がないから?
時間がないから?
だらしがないから?
よくはわからなかったけどそんな話をしていたんですよね。
反社会的になりたいから?
確かにそういうのもあるんだろうなぁ。

でも俺個人の見解はやっぱり違う。
全部とは言わないけれども…バンドマン自身に問題があると思う。
俺だって出来てるかどうかはわからないけれども、とにかく挨拶をしてね、礼を言ってね。
そういうのが出来てないとか意図的にやらない人が多いからそうなっちゃったんじゃないかなって。
どこか諦めてる気がするんですよね、俺達サイドが。
そりゃ確かにね、40歳50歳になってもフリーターでね。
結婚さえ出来ない経済事情の中でね、それでもバンドやってくんだっていうバンドマンが全員であれば構わない。
どこを見てもそこまでの覚悟でやっているバンドマンなんていないんだから。
俺だってその歳になったら何がどうなっているかはわからない。
結局はバンドって皮を剥ぎ取ったらただの1人の人間であって、社会に溶け込まないとやってけない。
社会人だって皮を剥ぎ取ったら同じやないですか。
ただ社会生活がね、例えば規律であったりが緩い中で生活しているだけのこと。
たまに見てしまう結局自分自身を突き放すような酷いシーン。
堂々と自信持って人と話せばいいのに。
何々が出来ないとかなんてね、悲しいじゃないですか。

例えば何かでローン組む時なんかね、職業欄なんてものがあるわけです。
俺の友達のバンドマンで1人とんでもなくバカなやつがいるんです。
ズバ抜けたかしこいバカ。
論戦してもまず負ける、負けないまでも納得させられる。
腹立つな、あの野朗。
好きなんだけど。
バカの為には体張れる、何の得にもならないけど生き方として。
そいつはね、歳は俺と変わらないんだけれども仕事はただの警備員。
今頃もきっとどこかの道路で赤色棒振って案内しているはずです。
でも生き方としてはそれは仮の姿。
ポリシーとしてそいつは職業欄に必ず書くこと。

「エンターテイナー」

バカじゃないですか、ただのフリーターなのに。
それだけだったらまだいそうなもんだけど。
そいつとイギリスに行った時のこと。
あの国は税関がとても厳しい。
俺は一度フリーターって職業欄に書いてね、何も考えていなかったせいでその後の尋問で日本に追い返されたことあります。
どういう形での入国の仕方にもよると思うんだけれど、そこでもあいつは「エンターテイナー」って書いていた。
追い返される危険があるのにね、係官に囲まれて緊迫した中で言い負かしていた。
あれを見た時に芯を感じた、そこまでアホだったら立派じゃないですか。
アメリカ9.11後で厳しい時勢だったのに。

今こそバンドマン立ち上がんなきゃいけないと思うのは俺だけでしょうか。
たまにテレビ見ててもバンドスタイルの音楽ってものがどれほどの流れているのか。
カラオケばっかじゃないか。
今の時代、俺達の曲なんかでもね、ちょっと頑張ればDAMに収録されるくらいは可能。
そんな時代ですよ。
でもなんか違う。
全ての面で外に向かって堂々と戦えるバンドが出てきて欲しいもんです。
バンドマンだって…やれるはずでしょ。
何も変わらないんだから。

バンドTシャツ。

今日の晩御飯は冷麺を食べていたんですが…
どうしてもやってしまう恥ずかしい癖が。
それはまるでアツアツのら~めんを食べているかの如く、ふ~ふ~してしまうんですね。
冷麺なのに。
麺状っていうだけでなんでもふ~ふ~、癖って恐ろしい。

そうそう、今マジメにTシャツを作ろうとしているんですよ。
_ _ _ _*Tシャツ。
それのデザインを考えたりして…。
うちのメンバーって恐らく全員そういうのをデザイン出来る能力なんてないもんだから、もちろんスペシャリストに最終の詰めはやってもらう事になると思うのですが。
普通のやつは作らないだろうなぁ、恐らく何か一癖あるやつを。
そんなわけであくせくしています。
恐らく文字とロゴの入り乱れたのになりそうです。

今の_ _ _ _*の物販候補、いろいろあるんですよね。
酷いのだとcandy公式パンツとか。
別にエロとかそんなんじゃなくてね、明るいパンツ。
それとかジンプルの原寸生首。
石膏で顔面の型を作って、発注生産。
アハハ、ちょっと値は張るだろうけれども誰か買っていくかもとかって話してました。
後Yu-ponの髪形になれるっていう帽子ね。
結構原価抑えて作れるよって話をしていてね、なんて無駄な一品なんだって話でした。
どれも簡単に実現可能。
無駄、それがキーワードでしたね。
何一つ役に立たないものこそが美しい。
そんな心底無駄話は置いといて。

よそのバンドさんを見ていると様々な物販がありますね。
うちなんかは音源じゃなくて映像作品を先行させたわけですが、そんなもの、どこのバンドさんでもやっている。
うちは無駄にバッジを15種類くらい揃えていたりしてどうするんだってくらいのくだらない代物。
赤いふんどし、ジンプルモデルもそういえば一時期やっていたような気がする。
どこで使うというのだろうか。
あるバンドさんはね、バンドの物販よりもメンバー個人でやっている物販のほうが売れてしまっていたりするとこも。
等身大ポスターなんてのも見た事ある、誰が買うんだろうっていうくらいの大きさでしたね~。
うちわとか文字入りのクッキーなんかはちょくちょく見たんだけれども、一番驚いたのはそのバンドのメンバーモデルのギター。
しっかりカスタムしてね、売っていた。
欲しくないなぁ~。
後は漫画とかもありましたね。
各ライブで1話ずつ進行していくとか。
あれは面白かった、ライブの準備よりも漫画書くほうが忙しいんだって。
後はね、女性のコスプレイヤーですね。
そういったエロティックなコスプレでライブに出演。
ライブ終了後、生々しい汗がついて匂いも移っているような服をその場でオークション。
あれも立派な物販じゃないですか。
よほど体臭に自信があると見た。
皆いろいろと考えてるもんですね、うちもありえない何かをそのうち投入したいと思います。

とても無駄なものをね…
実はそういうものこそがっていうのもいいじゃないですか。
必要なものしか必要としない世の中、皆窒息してしまうんだから。

新宿LOFT。

その名の通りですね、新宿LOFT。
今まで見る側でよく行ってたもんです、インディーズに限定せず有名無名問わずバンドが勝手に集まってくるようなライブハウス。
出たいバンドさんたくさんいてもなかなか出れない数少ないライブハウス。
総本山ですね、LOFT。
もはやメッカとなっており、日本の音楽シーンと密接にリンクしている。
そんなLOFTにとうとう_ _ _ _*が出演することになりました。
まさかこのバンドで行くことになろうとは。

時は2007年1月19日。
今までお世話になった人、そして気にかけてくれている人達。
絶対に見に来てください、ある種の記念日的な日になることでしょう。
対バンもとにかくものごっついです。
インディーのトップランナーばかりがその日は集まります。
うちが間違いなく一番アンダーではあるんだけれどもそういう問題じゃない。
LOFTシーンっていうものを見れることでしょう。
ここ2,3日の間にドタバタと決まってね、急ではあるんだけれどもこの場を借りて報告させてもらいました。
なんせそれまでのライブがもう大晦日しかないんだから。
詳しくはHPのライブインフォを見てやってください。

来年は何かを起こします。
彫ったろうかな、『界』の一文字を左肩に。

痴漢。

お尻触りたいのもわかるし、胸触りたいのもわかる。
わかるんだけれども!!
やめなさい。
そういうとこ行ってやれと言うつもりもないしね、何より健康な証拠なんでしょう。
でもやめなさい。

電車ネタは嫌いなんですよね。
誰かと乗ってる時は違うんだけれども、1人の時って嫌なことや辛いことしか思い浮かばない。
バイオレンス極まりない。
俺の住んでいる地域柄だと主に中央線と山手線か。

昨日ね、痴漢捕まえました。
その後検挙されたとかどうなったのかはわからないんだけれども。
凄いカモフラージュしていておまけに手先も巧妙で触っているんだか触っていないんだかわからない。
かなりの満員電車。
俺の真横に女の人がいてね、なんか動きがおかしい。
もしかして…と思ってゆるりと辺りを見渡すと、視線を斜め上45°に泳がせている男が1人。
それとなく上から女の人の背後を覗き込んでみると…
なんて言ったらいいんだろう。
手の本当にわずかな指先で蜘蛛の足のようにお尻を触っているのかのよう。
お前は虫か、どれだけ指先の感触が鋭敏に発達してるんやって言いたくなったほど。
気持ち悪い動きだった。
でもその時点では断定出来なかったんですね、判定があまりに微妙で。
深夜の中央特快って中々停車しないもんだし信号もあるからかなりの長時間。
いろいろ考えた。
もしこれが痴漢じゃなかったら、男の人生ズタズタだなって。
でももしそうだったら女の人はどれだけ嫌な思いをしていることか。
注意深く見ていたものの、少しづつその男もポジションをずらしていたようで、電車が揺れた瞬間に女の人の後ろからね、ちょうど脇から胸にかけて手が食い込んできた。

!!??

今もろに触らなかったか!?
落ち着け、まだ電車が停車するまでには時間がある。
見るに耐えられなかったから女の人にね、自分の携帯のメール画面に文字打ち込んで確認したんですね。

「今痴漢にあってますか?もし次やられたらその瞬間に俺の腕を叩いてください。」

すぐに叩いてきたからその瞬間に男の腕思いっきし逆手にひねってやりました。
そして儚い抵抗を無視して三鷹下車。
悪いけど真横であんなもん見せられたらしょうがない。
余興にもならんわ。
女の人と一緒に駅員さんに引き渡して俺はあっさり帰ったんだけれどもその後どうなったかは知りません。
そのうち連絡くるのかな。

なんかテレビとかで痴漢の言い分としてイライラしてたからとか私生活が上手くいってなかったからとかってあるけど、そんなの嘘だ。
人それぞれなんだろうけど、そんなにムシャクシャしているのにね、コソコソ触ってストレスなんて発散されるものか。
ただの常習じゃないか。
人間のサガと言ってしまえばそれまでだけれども、そんなに触りたいのならば道行く人に土下座して、お願いします!触らせてください!!って堂々と言えるくらいの男ならばまた違った道も見えてくるだろうに。
堂々と鷲掴み出来るよう努力をしなさい。
まぁメチャクチャ書いているように見えるかもしれないけど、本当にそう思います。
せめて許可を取れ、それか妄想の中で生きろ。

俺も痴漢してしまったことあるんですよ。
あれは幕張メッセにレディオヘッド見に行った時のこと。
どうしても機材を見たくなって最前に行きたいあまりに人混みを掻き分けて前へ、前へ…
人混みを掻き分けて…あああああ!!!!!
何か掴んでるみたいな。
必死に謝ったけど、あれも場合によっては有罪だ。

何にしてもよくないですね。
対象がまだ幼い子であればなおさらだ。
罰則で去勢とかを法律にでも盛り込んでしまえばいいのに。

バンドの特徴の出方。

わかってきた、わかってきました。
凄く大きなこと。
何がわかったって、どういう練習の仕方すればどういう特徴(長所短所など)が出てきてどうすればバランスよくなっていくのか。

今までバカみたいにバンドやってきてやっと…やっとですよ。
この間のライブ、テイヘンじゃないですよ。
抽象的だけれども顔面が強くて下半身がとても弱かった。
具体的に言うとドライブがかかっていなくて音数勝負みたいなところ。
なぜだ、なぜだろうと必死こいて考えること2日間そればっか。
自分がドラムで入っていたからこそ痛恨だった。
顔面でカバーみたいなとこあるから助かったんだろうなぁ。
他のバンドさんはどういう練習してるんでしょうねぇ。
テイヘンネタはさすがに秘密…書けないことばかり。
でも他の参加してきたバンドや現在平行して活動しているバンドの練習の過程と結果を照らし合わせていくとパズルが簡単に解けた。
歴代の燦々たるバンドを聴いてみたり。

サウンドの主導を握っているのが誰なのか。
上か下かでまずえらい差が出ますね。
性格もかなり反映されそうだ。
これはどちらも良いところがあって甲乙つけ難い。
そのままバンドのカラーになることがほとんどなんだけれども。
だからメンバーの中で最もバランス感覚の良い人が天秤にかければいいだけ。
どれ取ってどれ捨ててトータルでバンドとしてライブというものをパッケージング出来て確実に実行出来る人。
パフォーマンスだけでもダメ、サウンドだけでもダメ。
これが天秤で釣り合っていなければ。
そして意図的にシーンによってどちらにでも傾けれて戻してってね。
凄く難しい作業ですよね。

そしてもっと大事な絶対に欠かしたらいけないもの。
根本的な各パートの連動性。
これだ、これが結果的にグルーヴを構築してサウンドを安定させ、結果的に上モノを際立たせる。
というよりこれがなきゃ上モノも死ぬ。
当たり前の事を今更書くなよと思われてもしょうがないけれどそうだ。
粘着質でないといけない。
ちょっとくらい外したとしてもネバっとして中々離れないくらいの粘着性。
わかっているようでも中々実行出来ないんだろうなぁ。
それは単純にベースとドラム、ギターとボーカルっていうものじゃない。
どこで誰が何をしているのかを全部把握出来ているくらいじゃないといけない。
全てにおいてクリアーでその上でアドリブか。
なんだろう、魂の揺らぎとでも言ったらいいんだろうか…
なんか双子とかって違う場所にいても同じ事考えれてたり、同時にハモれたり…なんかそんなのだ。
理性がありながら理性ではない、次こうやるぞって考えた時点で一手遅れている。
きっとそういうメンバー間全ての互換性を構築した上でじゃないでしょうか。
色付け。
きっとここまでの作業って絵で言うとただの下書きの段階。
ここから色を塗らなければ。
この順番が前後していると意志とは関係なく極端なまでに直接反映されるんだと思います。

俺なんかだとパートの特性もあるんだけれど、下書きは出来ても色塗りは出来ないんですね~。
でも下書きは出来る、だから下書きからやるんだろうなぁ。

な~んかね、きっとわかる人には簡単なことなんだろうけど俺は今更ながらにここ半年くらいの経験で気付いたような気がします。
きっと完全に現場的な勘だ、感覚とは違うもの。
勘と言えば勘だけれど、より確実性を伴った勘。
きっと地図みたいなものでね、そのうち自由に動けるようになるはず。
わかってきた、わかってきたぞ。
あくまでもドラムとしての視界なんだろうけれど。
またこれからのバンド活動が楽しくなりそうです。
拾えるものですね、どこからでも。

ジャンルなんてクソ喰らえだ。
_ _ _ _*でMUSICっていう曲でも作ってみよう、今ならやれそうだ。
音楽観と人生観の不一致、それは不幸なこと。
サウンドとパフォーマンス、どこが違うのか。
見えた。

ロックンロールサービスデビュー!!

やってきました、ロックンロールサービス初戦。
奇天烈なメンバーでよくもまぁ無事に終われたもんです。
_ _ _ _*を見てくれる人も結構来てくれてびっくりです、ありがとうございました。
ユルユルとこれからも活動していき、次は3月にライブ予定とのこと。

さて、少しライブを回想してみよう。
何があったかな…。
まず2時半集合。
リスト作成やらセットリストやら、結構その場のノリで済ましていく面々。
さすが草野球のハート。
そしてリハ。
物理的な問題をここでなんと精神論を持ち出して解決しようとする佐藤学。
俺は俺でまぁいいやと思って放置しました。
結果的には本番でこれが仇になったのですが…。

オープン。
来るわ来るわ、俺も普段のバンド生活では会わなかったろうなっていう人のオンパレード。
挨拶もそこそこに本番直前になり楽屋へ…。
初ライブのメンバーもいたから緊張しまくりの様子とかをボケっと眺めて楽しんでいました。
新鮮でしょうがなかった。
考えていたこと。
事前からわかっていたのですが…
このバンドは6人編成なのですね。
6人編成とかだと通常のセオリーと照らし合わせると、攻撃2人、守備4人くらいなんですよね。
パフォーマンス重視か演奏重視かってのがわかりやすい表現かな。
それがこのバンドだと攻撃5人、守備1人(俺)くらいのバランスになってしまう。
意志とは関係なくどうしても。
グルーブよりもインパクトっていったところか。

要するにドラムVSボーカル×2&コーラス×2&ギター×2&ベースっていう構図。
これは俺も初めての経験で新境地を開拓したかのような気分でした。
実際新しい感覚を掴んだ、意外とやれるもんでした。
攻撃隊と守備隊、それぞれ完全独立採算制。
言うなれば、ヒット打ってヒットエンドランも自ら敢行して、更にスクイズ決めて最後はホームランとはいかなかったけれど…。
サッカーならばタックルしてボール奪ってライン際駆け抜けてセンタリング上げて自ら決めにいくかのよう。
これを攻撃隊と守備隊それぞれで独立してやっていたかのよう。
それをバンドという体裁ギリギリのところで交錯しつつ、表面張力限界なのにさらに水滴を落としていっていたかのような30分。
こぼさなかったんですけどね、ビリビリと焼け付くような緊張の中でのプレイでした。
間違えてもフラットでタイトなリズムでは対応出来なかったでしょう。

新境地でした、これを_ _ _ _*にも応用出来るかもしれない。
詳しくはうちのメンバーも皆見に来てくれていたから書いてくれるんじゃないのかな。
実際ライブ全体としての絵も含めてどうなっていたのかは俺もまだわかっていません。
でもドラムの難しさ、ドラムの在り方、バンドの中でのドラムってポジションをまざまざと考えさせられリアルタイムに突き付けられたライブでした。
ドラムってきっと一番全ての音を拾えて把握出来てコントロール出来るポジションなんだと思いました。
勉強になるなぁ。

そんなこんなでバタバタっと本番終了、そして打ち上げ。
スタートが早かったせいかまるで耐久勝負みたいな様相。
0時半には既に盛り上がり尽くして、体感では2時半頃の様子。
そこから始発までどんちゃんどんちゃん。
朝方なんとか帰ってきたのでした。

とりあえず自分自身のライブラッシュもこれで年内はひとまず収束。
年明けに向けて動き出す。
お疲れ様でした~!!
ありがとうございました~!!

今日は四谷へGo!!

やってきました、今日は12月16日。
いきなりでなんだけれども今日は俺、四谷アウトブレイクに出ます。
_ _ _ _*ではなく『ロックンロールサービス』ってバンドで。
何度かこの日記でも書いてきたけれど、とうとう今日がデビュー。

http://blog.livedoor.jp/rockandroll1969/

メンバーは筆頭が四谷アウトブレイクの副店長佐藤"Boone"学。
ごく少数の方しか知らないと思いますが、12月4日の生誕祭で大惨事を引き起こしたあの人ですね、首謀者です。
今日はしっかりギタリストするんじゃないかなぁ。

そしてもう1人、ギターのちくわさん。
常にボケる事しか考えていないような微妙にしっかりしているかもしれないようなお父さんです。
でも実はしっかりと弾いているのはちくわさん、ライブでも卑怯なくらいに男前でライオンみたいな頭なので後光が差していることかと思います。

ボーカルは2人ですね。
まずはもとかさん、うちの大阪遠征にもついてきてくれた大阪出身の姉ちゃんです。
どれだけあの喋りで運転の辛さが緩和されたことか…。
俺も大阪出身なもんだから、リハ中の会話の雰囲気に和まされることが多し。
顔に似合わず毒吐きなのでご注意くださいませ~。

もう1人は四谷アウトブレイクのスタッフであるみゆきちゃん。
受付かバーカウンターやっている人ですね。
1度目の仙台遠征についてきてくれた、車酔いで死にそうになってた。
最も熱血で今日のライブもきっとやってくれることでしょう。
この2人でフロントを牽引してくれるんじゃないでしょうか。

そしてベース、このバンドにおける俺の相方とも言える人、いのじゅんさん。
あのね、凄まじいんですよ、知識と分析能力と雑学と下ネタが。
その辺の中途半端な評論家よりも。
俺も初めて自分自身の納得出来る分析結果を聞かせてくれた人です。
ベースとドラム、ここでなんとか砦を築きたいです。

そして極めて前のめりなこの布陣の中で、後ろで地味に踏ん張っているのが俺っていう構図ですね。
頑張ります!って言えるバンドだ、ここは。
とてつもなくベタなんですよ。
誰もやりたがらないんですよね、こういう音楽。
だから逆にやる、もっと言えばここじゃないと出来ないんだから。
このバンドのバンマスである佐藤"Boone"学。
ドラマーなんてバカみたいに知っているだろうになぜ俺に声をかけたのか、それを明日俺も確かめに行こうと思います。
サウンドの要なのにね。
良いドラム、自分ではなくてバンドとして良いドラム、ここに焦点を絞ってプレイします。
明らかに_ _ _ _*とは違うアプローチを仕掛けてます。
詳しくは俺もリンク先のリレー形式のブログで最初の日記のほうで決意表明みたいなマジメなの1発書いてるんで読んでやってください。
『初ライブへの意気込み』ってタイトルだったかな…。
早い時間だけれども四谷アウトブレイクに今日の夕方の17時半、お越し下さいませ。
何か残せるのではないかと思います。

それとここからは_ _ _ _*ネタですが、年明けから苛烈を極めます。
もうすぐ発表させてもらうのが楽しみです。
どこへ向かってるのか知らないけど地道に這っていくんじゃないでしょうか。
年明けるのも楽しみだ。

人生なんて反省と同義。

反省の無い日なんていらない。
あるんだろうか、そんな日が?
こいつを拾えきれなかった日々、それはさして何の意味ももたらさず。
ただ惰性で転がって無駄に時間を消費し続けて。

とてつもない屈辱を受けた日。
屈服させられた。
皮肉なことにそれがさらに生きる力を与えてくれる。
何年も何年も潜伏出来る、その時が来るまで。
しばらく怨念染みてみよう。
嫌になるけどそれが楽しくもあったり。
否定されるだけであるならば全然構わないんだけれども。
そうじゃなくて意志とは裏腹に履き違えられて理解され受け入れられてしまうということ。
または気付かれないままにあしらわれてしまっていたり。
相手に自分の容量を遥かに上回られていた時がそれにあたる。
何度もあった、ちくしょうなんて何の意味も無い。
そしてまた新しい力を与えてもらおう。

いつだったかな……
きっと_ _ _ _*みたいなバンドを始めようと思った時の感覚に似ている。
いくつもバンドを経て、もういいだろっていうくらい活動して。
また殺意さえ感じる。
プライドがあったみたいだ、俺にも。

研がなきゃな、なまくらだった。
ぬるいのはもうごめんだ。

12月13日仙台ライブ終了。

帰ってきました、ほとんど疲れず。
なぜなら……

12月13日
5:15
荻窪集合。
今回は冬場の東北遠征ということもあってメンバーのみだったんですね。
最悪いつ帰れるかわからないんだもの。
凍結が一番怖かった。
そして俺は仙台に向けて作業が残っていたので恐る恐るジンプルに運転を任せる。
人数少ないし軽いし大丈夫だろうと。
運転ジンプル、助手席Yu-ponという異例の配置でGo!!

6:00
環八北上して恐らく川口付近…?
ジンプルが青信号を赤信号と間違えるというごく初歩的なエラーを犯し、メンバーの不安を一層煽ることに成功。」
わけのわからんとこで停車していた。

6:20
コンビニで一休み。
車のウォッシャータンクにウーロン茶を入れてみる。
しかし最後まで使わなかった…腐っていくのだろうか。

7:00
東北道浦和インターから高速突入。
俺は多分群馬手前くらいで持ってきた毛布2枚をかけて横になって寝る。
車内2列目がベッド状態だった。

9:15
目覚める。
起きた瞬間ここがどこだかわからず…でもジンプルの運転は快調そのものだったらしく、宇都宮は通過、安達太良という福島半ば過ぎのSAで初めての休憩。
この睡眠が俺にとってでかかったらしい。
早く着き過ぎると逆に疲れるのでここでゆっくり休憩していくことに。

降りてすぐに見つけちゃいました。
「わっぱめし」
おぉ、なんか聞いたことあるぞ!!
名物だから食べておこうと思って店を見たらそれは2階部分でまだ開いていない、仕方なく1階の貧相なほうに入る。
しかしメニューを見てトキめいたんですね~。
どうやら伊達地鶏を押しているらしく、その響きを堪能する。
伊達地鶏、伊達地鶏…。
そしてもう一つが安達太良(アダタラ)ら~めん、なんか強そうじゃないか!!
しかしこのバンドのルールとして酷そうなものから潰していくという鉄の掟が重くのしかかる。
俺は伊達地鶏キーマカレーをオーダー、少しの希望を持っていたんだけれど…
なんか業務用のククレカレーにミンチをぶち込んだだけのような、しかも食いしん坊の俺が完食出来なかったほどの代物。
最後はYu-ponが食べてたのかな。
candyが無難と思われた安達太良ら~めんをオーダー。
こちらも食った瞬間に何の変哲もないレトルトだとわかる代物。
まずくはないけど外で食べるものじゃない。
それに輪をかけたのがYu-ponオーダーの安達太良とろろら~めん。
終わってました、なんだあれは。
最後はジンプル。
豚マヨ丼…悲しかったなぁ。

そうこうしているうちに2階部分のわっぱめしの店がオープン。
このままじゃ仙台に行けないじゃないか!
というわけでわっぱめし屋に。
こちらは美味かった、本当に美味かった。
でも俺は分担制なのでわっぱめしではなく猪苗代そばというのをウリにしていた鴨そばを注文。
美味い、美味いんだけれども東京でも食べれそうだったのが悲しかった。
でもわっぱめしは美味かった。
やけくそになった俺がジンプルが席を外した隙を狙ってペッパー風味のしいたけスープに大量の砂糖を混入。
飲んだ瞬間ブフッってなったくらいで自信あったのに、それに気付かないで飲んでいるジンプルが…実はなんでもおいしく食べれるんじゃないのか。

10:40
安達太良SAに蹂躙された_ _ _ _*一行は仙台に向けて出発。
ジンプルが運転を志願、俺はまたしても休めたんですね~。

11:30
仙台南インター到着、いつもの絶景ポイントで恒例行事を済ます。

12:10
迷いながらも仙台市内のスタジオに入る。
最近は日程がタイトだったから現地で軽く調整、リハしたんですね。
仙台のスタジオは安い、広い、寒いが印象的。
備えても備えても憂いあり。

14:00頃?
仙台市内へ、某レコードショップでサイン色紙にサイン、そして記念撮影。
なんとも奇怪な瞬間だった。
聞く話によると仙台のバンドマンであれば誰でもサインできるというのが定説。
でもうちのメンバーなんてサインの必要性を感じたこともなく、サインしたいとも思っていなかったから難航。
仙台のスーパーレコーズさんに置かせてもらいました。
ありがとうございま~~っす!!
その後、5度目の仙台遠征にして初、有名な牛タン屋「利休」に。
おいしかったんだけれども、でも2次元的で奥行きがなく表面的な味に感じてしまったんですね~。
前回入店した「一福」の勝ち。

15:40
仙台MACANA入り。
挨拶を済ませ、リハへ。
やっぱりMACANAは何回やらせてもらってもやりやすいんですね。
なんでだろう、どうしたって。
ここで1番目のバンドが何かのトラブル、恐らく病院がなんだとかでキャンセルに。
俺達が一番目となることが確定。

17:30
オープン。
驚いた、店の外に行列が。
まるで東京のライブハウスかと思えたくらいの勢いで、まだ俺は仙台の通常ブッキングでは見た事がなかったんですね~。
凄かった。

18:30
ライブスタート。
ホールには1番目にも関わらず既に満杯の人でぎっしり。
今回はメンバーも緊張していたっぽかったなぁ。
構わずオープニングシャッフルからスタート。
無事にライブを終了する。
まさか仙台であんな光景を見れるとは…、感謝しきれません。

14日
00:00
撤収。
そして現地の_ _ _ _*を見にきてくれた人達と打ち上げに。
2度目の遠征時と同じ打ち上げ会場に。
店員さんに伝票をゴミ箱にぶち込まれて面白かった。

2:30
打ち上げ終了、深夜の高速道路の凍結を恐れて朝まで仙台で過ごすことに。
メンバーは漫画喫茶に向かい、俺は楽器積んでるのが大きくて車両荒らしとか万が一でも怖いので車中泊へ。
と見せかけて車確認してから1人で国分町へ。
東京で言う所の歌舞伎町ですね、栄えてるとこですね。
1時間くらいフラついて今度こそ車へ。
ここから孤独な戦いだった。
寝れない、あまりの寒さの為に…。
毛布2枚と寝る用の厚手の靴下に厚手のジャージ、トレーナーに帽子被っても底冷えが酷くて寝れなかった。
30分くらい頑張ったけど無理だった。
しょうがないから少しエンジンをかけて車内暖まった瞬間に寝る。

6:00
メンバーが起きて車に攻めてくる。
寝てちょっとした頃だったのに…しょうがなく起きる。
そして出発。

6:40
仙台南インターからすぐの管合SAへ。
最後の休憩と決めていたんですね~、なんとジンプルが仕事だって言う驚き発言。
静まる車内をよそに爆走開始。

実は…、一度本気で車が転倒するって焦った瞬間があったんですね。
福島入ってちょっとした頃…
トラックの後を走っていたんだけれども、そのトラックっていうのが恐らくタイヤが8本くらい付いていたんだと思う。
そのうちの1本のタイヤがバースト、要するにパンクですね。
それでそのタイヤが外れて俺のほうに凄いスピードで転がってきた。
でかかった、あんなの高速走行中に喰らったらたまったもんじゃない。
丁度カーブだったこともあってこれ以上ハンドル切ったら転倒するかもって思いながらギリで避けれたからよかったものの…
本当危なかった。

嘘やろ~~~~~!!

って叫びながらよけてちょっとかっこよかったんじゃないかと思って車内の誰か目撃していたかと期待したものの、レスポンス無し。
寂しかったなぁ。
落下物には注意しましょう。

その後1人で今回の帰路は川を堪能しようと思って。
阿武隈川、鬼怒川、渡良瀬川を堪能、朝方はやっぱりきれいだった。

10:15
ノーストップであっさりと東北道から外環を経て大泉から降りる。
高速終了、よかったよかったと思いきや…環八に合流する谷原交差点で地獄を見る。
関越道の乗り口のある交差点ですね、あそこでなかなか右折出来ない。
30分くらいストップ。
結局仙台から東京3時間ちょっと、都内入ってから2時間かかりました。

13:30
西荻窪のジョナサンへ。
ここでがっつり反省会やら今後の話し合いやらでした。

16:30
解散。
元々いつ帰ってこれるかわからなかったのから考えればまだ早い解散だったような気がします。
楽しかった。

行きはジンプルが運転してくれたおかげでかなり体力をセーブすることが出来ました。
寝てれば現地に着くということに気付いてしまった。
凄く楽でくせになりそうです、仙台は行きはこれからも運転してもらおう。
次は2月22日ですね、仙台。
それにしても今全く疲れが残っていない、なんでだろう。
次もこんな感じで行ければ遠方の不利はもっと無くなるでしょう。
ありがとうございました~!!

取材。

昨日はメンバーの都合もあり、1人でデビューNOWという雑誌の1月号の取材を受けてきました。
取材、俺はわりかし得意なんですよね。
人と話すのが好きだからかもしれない。
プロフィールやら宣材を持って新宿2丁目へ。

いっつも思うんだけれど、俺って自分の所属しているはずのバンド、_ _ _ _*をまだ見た事の無い人達に的確に伝える術を持っていないのですね。
これが困った、というかいつも困っている。

何何系?
どういう音楽?

答えられない。

なんでこうなったの?
このバンドをやるきっかけは?

答えられない。

参るんです、誰か的確に説明出来る人を連れて行きたいくらい。
抽象的になってしまうんですね~、霞がかってしまっている。
結局は1時間10分くらいお話させてもらって、対談の中で何かをインタビュアーの方が掴んでくれたんだと思います。
結構長かったんじゃないでしょうか、内容濃かった。
インタビュアーの方に逆に俺が聞いてしまっていたり。
もし時間が短かったら危なかったでしょう。
優しい人でよかった、またお話しさせてもらいたいですね。

過去の経験から言葉でバンドのことを正確に伝えてそれを文字として浮かび上げてもらうのはやっぱり慎重になるもんですね。

大体なんでこんなバンドになったんだ~!!
きっとメンバーがあんなだからだ。
だからこんな面白い説明出来ないことになったのかもしれない。
いまさらだなぁ、ほんと。
1月号のデビューNOWを見てやってください、どこかの片隅にひっそりと掲載されていることだと思います。
楽しみだなぁ。

そして今日の早朝から俺達は仙台に!!
もう少しで俺は出発です。
今回は本格的に冬場の仙台ということもあり、一泊覚悟での遠征になりますね。
う~ん、最近の日記はなんかライブネタばっかだ。
しょうがない、ライブばっかやらせてもらってるんだから。
帰りに宇都宮辺りで本格的に餃子に取り組むか、それとも喜多方ら~めん…ちょっと遠いか。
車で向かうんだけれども、福島辺りで降ってこないかがとにかく心配。
雪、雹、凍結、事故、渋滞。
嫌だな~、嫌だな~、仙台行きたいけどこういうの嫌だな~。
無事に昼には仙台に着いていることを祈りながら行ってきます。
そろそろ家出ないと。
皆ちゃんと起きてるかな…。

ジンプル個人戦。

11日はね、四谷でジンプル単独出演。
いや、ジンプルじゃなくてジンだったらしい。
やっているのは_ _ _ _*にまつわるのが演目5つ中3つだったんですね。
微妙だったのかなぁ、頑張ってたのに。

四谷アウトブレイクに行く前にね、俺は軽く時間を持て余していたもんだからなんとなくパチ屋に入ってしまう。
他に時間潰せそうなのって無かったんですね~。
1000円入れてなんだ、あれは…スーパー海物語かなんかをやったんですね。
10代の頃、こいつの昔バージョンでちょこちょこ遊んでいたのを懐かしみながら。
もう行かなきゃくらいの時間にすぐになったもんだから玉も尽きてきた事だし立ち上がりかけた途端、4のさめさん当たっちゃった。
あ~こんな時に限ってって思ってたら7番のあざらしみたいなのに変わって大当たりに。
それが終わってすぐ出たんだけれど、時間が無い時に当たってしまうもんですね。
時間がある時に当たりたいもんです、もったいない。

それでこの日は6バンド出演で転換中にジンプルが何かやるとのこと。
ジンプルじゃなくてジンか。

最初の1つめはうちでもやっている攫い人って曲で、ワンマンの最後にやったやつですね。
candyがギター持って四谷警察署に訴えかけているやつです。
あれを全編口ギター&ボーカルで。
ウケてた、写真撮られまくり。

2つめくらいからおかしくなってきた。
そばかなんかを買ってきて食べていた、何か叫びながら。
最後はコーラをかけておいしいおいしいって言って食べていた。
なんだあれは。

3つめで薙刀だったかな。
これもトリックも何も無くてただひたすら人に斬り掛かっていた。
彼らしいと言えば彼らしい直線番長っぷり。
お客さんも慣れてきたせいか終盤には反応が薄くなってくる。

4つめがもうお馴染みのイナヅマぎた~の口ギターバージョン。
これは無難に水準を超えていた、さすがに普段から慣れ親しんでいるだけのことはあった。
しかし何か違和感を感じ続けてしまっていた。

5つめ、最後ですね。
うちの物販ブースに括り付けてあるような電飾を体に巻きつけて、テカテカさせ始める。
で、サンタクロースとかメリークリスマースとか叫び始める。

そんな感じでやりきっていたんだけれどきっと違和感を抱いてしまったのはまるっきりミュージシャンっぽさを微塵も見せなかったからだろうか。
完全に芸人だったんですよね、あの日のジンプルは。
自分でもよくわからないんだけれども、逆に普通の客として見れたことがかなり参考になったようです。
逆に考えるとそこまで芸人になりきったジンプルを褒めるべきなのだろうか、今もって混乱中ですね~。
でもやはり鉄のメンタルを持っていることは間違いない。
今度話してみようっと。

今の世の中、いろんな形態のパフォーマンスってものがありますよね。
その中でジンプルってやつはどこに属するのか、またはどこにポジショニングすべきなのか。
メンバーでありながら今更真剣に考えさせられました。
パフォーマンス中のほとんどを俺は遠くから見ていました。
出会った瞬間の頃から。

自分でも思っている以上に面白いメンバーに囲まれているのかもしれません。
初めての井の頭公園が目に浮かびます。

高円寺20000V終了。

ちゃんとね、駐車場に停めたんですよ。
白枠内にきっちりとね。
それで運転席のドアを開けると…

ガツッ!!?

はぁ!?
ドアを思いっきし柵にぶつけました。
出れないから助手席からすごすごと出る俺、なんか悪いことしたような気分にさえ。
しっかり停めたのに運転席のドアから出れない駐車場なんて初めてでした。
ありゃファンキーでした。

高円寺20000V、組織暴力幼稚園企画、なんとか無事終了しました。
呼んでくれて感謝です。
え~っと高円寺は去年の10月以来だから1年と2ヵ月ぶりでした。
そして今回もスタンバイ中にトラブルが発生。
俺って基本的にタムを外してフロアタムだけじゃないですか。
そのフロアタムがなんと故障。
本当にハットとスネアとキックだけで行こうかと一瞬迷いました。
もう悪い予感がしまくりました。
フロアタムっていうのは3本の棒で支えているんですが、そのうちの1本のネジ穴が俺の時に限ってなぜかバカになる、クルクル回ったんですね~。
結局今回はスタッフの人が頑張ってくれてなんとか修復、転換が少し長くなったけど事無きを得ました。
感慨深いなぁ。

昨日は高円寺の海老チリ屋にメンバー集合。
ただの中華屋なんだけど海老チリが安価で美味い!!
なんかうちのメンバーって飯食った後とかでも静かなんですよね。
昨日面白いから無音状態がどれくらい続くのか面白くて計ってたらなんと15分!!
1つのテーブルを4人で囲んで15分も無音状態。
なんかうちのライブ前の模様って面白いんですよ、なんか今からどこ行くんだってくらい暗い時がある。
昨日がそれでした。
俺はマンゴージュース飲みながら今日はどういうライブになるんだろうかって思ってました。

そんな感じで始まった昨日のライブ。
今年のうちを総括するようなセットで望みました。
ぎゅうぎゅう詰め、しゃべりいらない。
そんな暇もなくね、体感かなり短かったんじゃないのかなぁ。
なんかcandyが最近また危なくて見てられなくなってきたんですね。
昨日も柵から変な落ち方して終わってから痛い言うてた。
当たり前やろって皆言ってやってください。
結構お客さんいたのに静かだったなぁ、ガッツリ引かれていたみたいでまた笑ってしまいました。

ライブ終了後ね、なんか本当にたくさんのバンドマンが来ていたみたいでたくさん出会えました。
見た事はあるんだけれど話したことはなかった人達。
貴重な出会いもあり、昨日は新鮮でした。
その後は半年前に出演させてもらった地下室っていうイベントが同日だった為、そちらの打ち上げに合流。
0時過ぎに高円寺から初台へゾロゾロと移動する_ _ _ _*チーム。
そこで朝まで貫通。
朝方、俺も珍しくダウンしてしまってちょびっと打ち上げ会場で寝てたみたいです。
なんでそんなに疲れてたんだろ、寝たっけ。
ありがとうございました、また来年に向けて悶々始めます。

そうだそうだ、今日はなんとあのジンプルが四谷に単品で出演。
と言ってもね、ステージではなく転換中。
10分×5回くらいじゃないだろうか。
んで俺が恐る恐る明日は何やるのって聞いたんですね。
彼の口から出てきたお題目で1つだけまずそうなものがあった。

切腹。

なんだそれ、ミュージシャンの何もかもをかなぐり捨て…
というわけで俺はこの後四谷に行ってきます。
なぎなたもやるんだろうなぁ、
『ジンプル(_ _ _ _*)テイヘン』で出るんだろうけど、後半部分を外しといたほうがよさそうな気が。
ただの酔狂人が今日も見れそうです。
行ってきやっす。

今日は20000V。

今日の朝方、四谷から電車で三鷹まで帰ってきたんだけど…
意識朦朧として寝たらしく気付けば隣に変な水っぽい女の人が…
完全にカップリングですね。
あれ?
ここどこ?

八王子!!??

東中野までは一緒に帰った人がいたのに、そこからの短時間で何が起こっていたんだろう…。
謎は深まるばかり。

今日は今から高円寺20000Vです。
よく起きれたもんだ、感心感心。
去年の10月も20000Vには行ったんだけれども、その時には事件が…。
知る人ぞ知る…、そのうちここでも書いてみようか。
怨念やら復讐やら負の感情をたくさん持ち込んでいきたいと思います。
今日のハイライトは最初の10分ですね。
この10分の間にお題目を5つくらい…。
全てを凝縮したような今年の東京での総決算的なライブになることかと思います。
ぶっ飛ぶだろうなぁ、俺。
バスドラは動かないようにしっかり固定…あはは。

行ってきますだ~、海老チリ美味いぞ~。

小さな女の子。

あるライブハウスで見た小さな女の子。

歌っていた。
暴れていた。
客と殴り合いの喧嘩していた。
小さな女の子。

もういいよ、
もうわかったから、
もういいじゃないか、
自分で自分の傷をそこまでえぐるのかってくらい。

しかしそれが源。
あるバンドのボーカルさん。
その手首には無数の切り傷。
腕の線に対してね、垂直に入った切り傷が幅15cmくらいでびっしりと。

あんなステージを展開していれば近く死ぬって俺が思ってしまいました。
私生活で。
そうそうは思わないのに。
高さ2,5mのスピーカーから客の渦に向かって頭から飛び込む。
無茶だ、でもそれが極上のライブ感を生み出す。

バンドをやる動機。
それぞれの人間があると思います。
でもそのほとんどは弱いもの。
憧れであったり目標であったり。
挫折という言葉であったり、とかくそういう折れ方が出来る。
挫折、俺はこの言葉が嫌いだ。
挫折出来るバックボーンがあるんだから。
じゃあ憧れもなく目標も無い人間が常人離れしたライブをどうして出来るのか。
戦いだから。
現実を重く見つめ、そこから逸脱しようと必死だから。
きっと部屋に帰れば何もないんだろう、恐らくなぜバンドがこういうスタイルになったのかさえもわからないはず。
だけど生きていると認識出来る唯一の場所。

そのバンドさんは演奏もしっかりしている、恐らく来年辺りにメジャーから1枚リリースするのではないだろうか。
音楽性があるんですね、しっかりと。
でも戦っている、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに。
小さな体に似合わなさ過ぎる大きな火花散らして。
何をやっても続かない、ここしかなかったんだっていう自意識がその他大勢とのパフォーマンスを大きく突き放す。
あれはライブで死ぬつもりじゃないと出来ない。
今から死のうと決めれる人間がどれだけいるんだろうか。

高い所から飛び降りてくる時にね、俺は真下にいたんですね。
周りは騒いで楽しんでいたけど、あの狂気染みた目と高い音楽性、そして独特の個性を感じたら本気で殴ってやりたくなった。
死を目指すなよって。
まだまだやることあるだろって、でもきっとそんな言葉は届かないのかな。
目が合ったもんだから真っ直ぐにこっちに飛び降りてくる、頭から。
落ちてくる最中にね、狂気の奥から微かに救いを求めるような目。
やっぱり生きたいんじゃないか。
必死に受け止めた、軽い、とても軽かった。

いろんなバンドを今まで見てきたけれども、あれは異様だ。
ショーじゃない、死生観をまるまる見せ付けられるかのような…
そんな誉れあるバンドさんと恐らく来年うちも対バンすることになるでしょう。
だから余計に思うことがたくさんあった。
人なんて暴走してしまうことはあるし、本来そういう生き物。
何もない世界だと感じていてもね、そう感じているからこそやれることがあるはず。
あれを見て人は何を思うのだろうか。
そんなことを考えながらその時の為に備えたいと思います。
いや、すでに備えは出来ているか。

どうかこの世界が寛容でありますように。

例えば。

例えば俺が30歳までしか生きられなかったとして。
残り数年のこの命だとわかっていたとすれば、俺はどう過ごすのだろうか。
今と大差があるとは思えない。
そしてそれで構わないと思う。
30歳までしか生きられないとすれば誰が好んでサラリーマンをやるというのだろうか。

ただ有り余っているように思われる平凡な日常を平凡に享受していたとしてもやっぱりどこかでわかっている。
そうして否応にでも時間は過ぎていくから皆頑張るんでしょう。
構わないじゃないか。
ふと思いませんか。
横になって静かに眠りに入る瞬間にね、鼓動が聞こえてくる。
俺はこの瞬間が最も嫌い。
生きているって実感させられてしまうから。
寝れなくなるんですね。
そしてやっぱりこいつが止まったらどうなるんだろうって。
知りたいとも思う、本当に無になれるのかどうか。
奇跡的じゃないですか、そういう時にそう思っている自分を自分として感じれただけで。
最初は何も無かったのにね。
ただ延々と繰り返されてきたに過ぎない、俺と同じ思いをした人達がたくさんいたんでしょう。
この世の中なんてわからないことだらけ。
死生観からするとわかることのほうが少ない。
なんだって?
宇宙は今も拡がり続けてる?
それも先のほうに行けば行くほど速いんだって。
なんだよ、じゃあそこには元々何があったんだ。
500億年とかって言われてもわかんない。
100年くらいならなんとかわかるけどさ。
誰かがどこかでコーヒーでもこぼしてさ、そのこぼれたコーヒーの中で星が生まれて俺達は更にその中の砂糖粒にもならない地球ってものにしがみついて一所懸命生きていたとしても近く雑巾でふかれて終わりじゃないか。
そしてせいぜい100年でしょ、生きて。
コーヒーこぼした奴の瞬きにもならないやん、なんだそれ。
ち~っぽけな生き物。

でも楽しくて嬉しいんだからしょうがない。
誰かから小さい奴だと言われようが小さいんだからしょうがない。
おかしな世界です、丸いのに。
いいじゃない、いいじゃない。
皆焦ってどこに行こうとしているんだろう。

いやいや、なんかね。
世に起きてる事件とかね…お金絡みの殺傷とか見てたら虚しくなって。
美しく生きてくのって昔っから難しかったんでしょうね。
なんでそんなに難しくなってしまったのか。
あんなことやそんなことや楽しいことがあって守りたいことがあるからだ。
いい加減アホらしいわ。
エゴエゴしてるんだから。

便利になればなるほど新しい弊害が発生してね、どうしようもないんだから上手く付き合っていかなくちゃ。
分相応にやっていかないと。
バンド止めれないわ、まだまだ。

12月4日四谷アウトブレイク。

すいません、一気に日記を書いているので日時は偽証しています。
許してくださいませ。

昨日はね、四谷アウトブレイクでライブでした。
大阪から立て続けですね。
新幹線移動だったら楽だったのになぁ。
この日は日頃から世話になっている副店長の誕生日会ライブ。
良いバンドさん、ジャンル的には全く統一感は無いんだけれどもね。
各方面の極をいっているバンドさんばかり集めたような日。
何かどこか懐かしいような顔ぶれでした。
知らないバンドさんはいなかった、面識は無くても。
慌ててポチポチしながらそそくさと自宅出発。
リハ時間が2時50分からなのに俺が遅刻してしまい_ _ _ _*待ち。
なんてことだ。
すいませんでした~~m(__)m
すいませんでした~~m(__)m

リハ。
この日は実は副店長もうちのライブに参加することになっており、リハも5人でした。
どうやら影で練習をしていたらしく、なんとなくこんな感じになるのかって掴んでいました。
微笑ましいじゃないか。
リハ終わってからも各方面のバンドさんなもんだから、俺は挨拶させてもらいながら貴重な話を聞きまくる。
どうにもこうにも良いじゃないか、皆強いなぁ。
ライブが始まるまであちらこちら飛び回ってました。

俺達の出番はトリ前だった。
この日もセットリストの最後でね、共犯者だった。
そこで副店長が登場。
惨劇でしかなかった、始まった瞬間からね…なぜか音が出ない副店長。
ずっとドラム脇のアンプとエフェクターの間を行ったり来たり。
なんでだ、なんでなんだ。
12分あるとはいえ…もうあれは別物だった。
演奏は着々と進んでいく、3分も経った頃諦めたのだろうか。
音の出ないギターを放り投げる。
そして俺は真横で見ました。
ステージに上がって張り切ってMCして会場盛り上げたものの音が出ない。
要するに音で勝負する事が出来なくなってしまった。
練習していたのに。。
そしてやり直しなどきくはずがない、ライブだから。
しかもこのまま下がるわけにはいかないギリギリの決断。

脱ぐ決心をしたその横顔を見た。

哀愁だ、あれぞ哀愁だ。
次々とステージ真ん中で脱いでいく副店長、そしてそれを横目に構わず演奏する_ _ _ _*。
最後の1枚を脱いだ、生まれたままの姿に戻ったんだ。
そしてステージ上でメンバーに蹴られ体当たりされ叩かれ酔っていたせいで転げまわる副店長、その名も佐藤"Boone"学。
どこまでもロックンロールじゃないか、ロールしすぎたのか。
いや、あそこまで出来れば立派だ。

共犯者終了後にね、倒れこんでた。
そこでジンプルが突然上から吠え出す。
セットリストには書かれていなかったはずのイナヅマぎた~が発動。
もう開き直ったのかライブ模様はカオティックだった。
いろんなものが交錯し、どこを見ても異常。
踊り狂う裸の男1人にちょんまげ、モヒカン、そして叩く女。
なんだあれは、ちょっと体験したことのない感覚だった。

無事ではなく多重衝突事故だらけのライブが終了。
なんかライブというより完全にメンタルゲームでした、誰が買った負けたかは明確だった。
そして打ち上げ。
もうね、これも大変でした。
まずスタッフ自体が酔っ払っているもんだからもう収拾がつかない。
あの人の誕生日らしい誕生日だったんじゃないでしょうか。
あれだけ祝ってもらえれば幸せもんです、いろんなものに感謝だ。
帰り際に最後に確認した副店長の姿。
右半身がマジックで真っ黒、落書きなんてもんじゃない。
そして倒れていた…。
誕生日おめでとう!!

また落ち着いて話するのが楽しみです、うちもまた今週高円寺20000Vでライブ。
楽しみです、本当に。
大阪からのこの4日間、いろいろあったけど乗り越えて年末が見えてきました。
あっという間に終わるだろうなぁ。
ありがとうございました!

12月2日キングコブラ。

うわぁ、空いたなぁ。
しょうがない、物理的に家にいなかったっす。
やっと帰ってきました。
1日の夜中に東京を出発して2日に大阪、3日の夜中に帰ってき4日に今度は四谷でライブでした。
なんてことや…4日も日記空くと書くこと溜まりすぎて…。
大阪もかなり奇天烈な展開だったので時系列で書いてみます。
長いぞ~!

1日
23:30
四谷に集合。
この日のメンツはメンバー4人+四谷の万能スタッフY君、ロックンロールサービスで大阪出身のM嬢、ギタリスト兼DJのMフィー、計7人での出発であった…はずがいきなりYu-ponが来ない。。
遅刻やぁ~!!
メンバーの遅刻はいかんだろって話からY君が現地集合にしましょうって言い出す。
おもしろがって便乗しようとしたけど話し込んでるうちに時間が過ぎる。

23:55
Yu-pon来たる。
土下座っぽいのをしていたけど、寝下座をしろって話になっていた。
どうやらテレビで芸人がしていたらしい。
どんなだ。
俺的にはこのYu-ponがこの遠征ではいろんな意味で面白かった。

2日
0:15
機材を積み込み四谷出発。
車内はさすがに小旅行のような雰囲気に包まれる…はずが疲れていたメンバーもいるらしく比較的穏やかな車内であった。
メンバーの配置として運転は俺、助手席にY君、2列目にcandyとM嬢、3列目にジンプル、Yu-pon、Mフィーの配置。

0:45
甲州街道から環八、そして用賀インターから東名高速へ。
静まる3列目、騒ぐ2列目1列目、これがスタンダードでした。

1:15
いきなりY君がおしっこしたいって言い出す。
おもろいやないか、この野朗。
しょうがないから海老名SAへ。
これまたY君がお風呂に入りたいって連呼していたから神奈川と静岡の県境くらいの足柄SAに風呂があるっていうのを事前に調べていた、でもどうしようもなかった。
漏らすか。
ここでソースかつ丼頼んだけどおいしくなかったのでジンプルの鯵フライを強奪、Yu-ponのメンチカツを強奪、candyの残された豚汁うどんを吟味。
いずれもソースかつ丼よりおいしかったのが悔しかった。

1:45
海老名SA出発。
車内は満腹のせいか寝静まる3列目、いいなぁ!!!!!!
大阪話で盛り上がる。

2:20
足柄SA到着。
が…しかしここで事件が起きる。
駐車スペースに駐車しようとハンドルを切った瞬間に異様な人影に気付く。
人がどいてくれない、あれ?と思いながらなんとかどいてくれて車を停車。
降りようと思った瞬間に気付く。
名古屋ナンバーのカップルが深夜の駐車場で大喧嘩をしていた。
ウハハ、なんて面白いシチュエーションなんだとばかりに車から降りるのをやめて大変だなぁと思って耳を澄ましてしばし観戦。
聞こえてくるのは女性の声ばかり。
あなたがそう言うからとかあなたと違うからとか聞こえてて車内は最初のピークを迎える。
決定的な一言。

『あなたの嫌がることがしたいの!!』

車内:めんどくせぇぇ!!(爆笑)

このセリフがテンドンの原理でこの後も何度となく笑いを呼び込むことになる鉄板フレーズになった。
しかし次第にこのシチュエーションが深刻なものだと気付く。
夜中の肌寒い、恐らく3°くらいの中で喧嘩するカップル。
一同少し笑えなくなってくる、おもしろいのに。
結末を見るのを諦めてSA内へ。
ここではとくにおいしそうに見えるものもなくフランクフルトを食べる。
candyがぬいぐるみコーナーで楽しそうにしていた。

3:00
足柄SA出発…カップルがまだいた…。
なんてことだ、今度は外で泣き崩れていました。
風邪ひくよ、でもふとこんな恋愛もあったなぁと振り返って懐かしくなった。

5:15
浜名湖SAに到着。
この頃には車内はかなり寝静まっていた頃、当たり前か。
しかし戦前の予想を遥かに覆すM嬢の喋りが冴えていたせいで助けられる、大阪の魂だ。
俺は一番寝そうだと思っていたのに…この先もたないんじゃないかと心配するくらい。
そして事前にここでうなぎを食べようとしていた俺、見つけたのは微妙なうなたま丼1000円。
自分が犠牲になろうと思って最初に頼む。
あえなく犠牲になる。
うなぎがふた切れしか入っていない、後はごぼう。
原価計算を教えろ~~~!!!
うなぎ100円にもなっていないだろ~~!!!
そして真っ暗で何も見えない中、とりあえず気持ちで浜名湖を鑑賞。
真っ黒だった。
水辺はさらに寒かった。

7:30
多賀SAに到着。
ここで奇跡的に宿泊施設を見つける。
candyはボーカルということで寝れないままリハ、本番…声が出なくなるということを心配して寝かそうとする。
嫌がるcandy、しかし結局施設で寝る。
Y君も足柄インターでの風呂は閉まっていたがここでやっと入れる。
そして俺はここで近江牛コロッケとレアチーズソフトを食べる。
近江牛どこだ…。
そしてM嬢が頼んだ豚そばの豚をもらう。
俺がいろんなインターで散々食べてたのにあっさりと豚そばの豚が最大風速を記録する。
豚が一番美味いじゃないか。
そしてここで2時間半の休憩をしていたんだけれども車内はなぜかやばい話になる。
なぜなら大阪出身のM嬢の高校が俺の思い出の中のあの人とあの人の高校と世代も一致した。
あまりよくな~い!!
狭い世界だ。

9:45
全員集合、多賀出発。
もう大阪は間近ということもあり俄然勢いの出た_ _ _ _*号の2列目と1列目。
しかし考えたら車内で俺は一度もジンプル&Yu-ponと話していない気がする…。

10:40
気持ち悪いくらい予定調和で大阪入り、吹田インターで高速降りる。
早速見えた太陽の塔に一同興奮、そしてうっとおしいくらいの俺の大阪解説というより俺史の解説を始める。
相手にされないじゃないか(TT)
ここで不思議な感覚に捉われる。
まさかこんなクソバンドで我が故郷に凱旋するのが不思議でしょうがなくなる。
思い出されるのは結成当時の風景、奇跡じゃないか。
前は大阪の景色、車内後方にメンバーの顔。
なんだこの変な景色は…泣けるなぁ。

11:30
キングコブラ入り、順調じゃないか。
挨拶をしながら入るとすでに俺達を呼んでくれたストロベリーオーケストラの面々がリハ中。
でかいライブハウスだ。
外音を聴いて不安になる、ここから完全にスイッチON。
戦闘態勢を整える。

12:15
予定通りリハ開始。
俺は前回に引き続きモニター0を注文、かなり便利だ。
中音はあっさり作れたんだけれどもどうやら外がとてもよくないらしい。
Y君が本領を発揮する、目がマジだ。
かっこいいじゃないか。
しかしここ最近Yu-ponの音が拾いにくい俺。
原因はまだ不明だけれども外にも影響していたのだろうか。
かなりの不安を残したまま、押すわけにもいかずにリハを終了。

13:30
大阪市内の中心へ、スイッチOFF。
道頓堀やら食い倒れ人形やらかに道楽やらをとっとと終わらす。
観光客に混じって写真撮ってたのがおもしろかったす。
そして難波から軽く地下鉄に乗って大阪のコリアンタウン、鶴橋へ。
チヂミやらを食べて市場観察した後に焼肉屋へ。
安くて美味い、そして鶴橋はミソだ。
ショックだったのは過去に俺が働いていた焼肉屋さんが潰れてなくなっていたこと。
構わず肉食う。
東京ではあまりないツラミを食べれたのがよかった。

16:30
キングコブラ前にてメンバー散会、市内散策してたメンバーもいるんだろうなぁ。
いや、会場入りしたのかな。
この間何があったのか知りません、俺はというと21時頃からの本番の為に車内で一眠り。
持ってきた厚めの毛布が重宝する、運転で膝が疲れてたら踏めたもんじゃありません。
寝れる時に寝れないと遠征は失敗するから必死で就寝。

19:30
起床。
相変わらず遠距離のハンディを感じないまま会場入り。
ライブ観戦。
やっぱり東京のライブハウスと雰囲気は違って面白かった。
バンド文化も違うもんです。
そして25分ステージ、この瞬間の為に大阪にやってきたことを思い出し準備に取り掛かる。
スイッチON。

21:00
本番開始。
この日は大阪仕様に仕立てた_ _ _ _*を披露。
場所柄で多少のヤジやブーイングを覚悟していたので曲間を空けずに次々と雪崩れこんでいったのですね。
ドラムは25分中、23分30秒は流れ続けていたはずです、中々そこまでしないから意識が遠のいていく…。
そしてなんとか無事にライブ終了。
外音もバッチリ出ていたようで感触は良好。
終わってから外に降りて知らない人とハグする。
おぉ、俺達の受け入れ先はこんなところにもあったんだ!

21:50
この日ここまで唯一寝ずに36時間戦い続けたM嬢が会場内で爆音の最中轟沈。
祈りを捧げる。
そしてMフィーはどこかへ消えて街中で倒れて寝ていたらしい。
要するに行方不明。
ん!?
Yu-ponの様子がおかしい、おかしいじゃないか。
candyとジンプルは放出しきったせいか放心気味だ。
俺はそれを見てやり終えたことを実感する。
イベント終了。

23:00
歓談。
別れを惜しみながらも時間は過ぎてゆく。
この頃から遠征メンバー全員に疲労が表面的に見え始める。
出発から24時間後のこと。

3日
1:00頃
打ち上げ開始、地元のバンドさんとキングコブラの店長、スタッフを交えての外打ち。
ロコモコ丼をかっ喰らう。
そして順次メンバーが脱落していく、カプセルホテルに…の予定だった。
ここでなんとYu-ponが本格的に頭痛を訴えだす。
聞く話によれば多賀インターでのこと。
寒いのに俺はタンクトップでうろついていた。
俺は運転だから体を温めたら眠くなるからっていう理由から。
そこでなぜかYu-ponもタンクトップだったらしい、俺は気付かなかった。
どうやらそれが祟って頭痛を引き起こしたのではないのかという結論にY君が達する。
潜伏期間どれだけ短いんか、どれだけ免疫ないんか、どれだけ栄養摂ってないんかって話になる。
おもしろいじゃないか、じゃあピンピンしてる俺はなんなんだ。
そして結局笑ってる俺が酷いっておこられて完結、あれれ。
そしてYu-ponをカプセルに連行、4日もライブだったので心配だった。
さらに問題が発覚。
女性はカプセルホテル厳禁だって。
東京であれば女性専門とかあるのに。
しょうがないからcandyとM嬢の女性陣をなんとか見つけたラブホテルに。
よかったよかった、この瞬間が一番焦ったっす。
そして残りのメンバーは最後までいました。
打ち上げでの様子。
ジンプルはもう晩年を迎え、Mフィーは最初から最後までウトウト、俺とY君が生き残り。
さすがY君、普段から過酷なライブハウス勤務なだけあってタフだった。
ヨダレ垂らして車中寝てたけど。

4:00
打ち上げ終了。
よかった、本当によかった。
キングコブラの店長やスタッフとも話が出来て貴重な時間でした。
そして俺は皆と別れて呼んでくれたストロベリーソングオーケストラのメンバーと共に始発が来るまで喫茶店兼居酒屋のようなところで過ごす。
1日を振り返ってまたこういう日を迎えようと約束する。

5:00
元々車中泊するつもりだったので閉店とともに別れて1人に。
車へ。
さぁ寝よう。
なぜか寝れない…松屋でハヤシライスを食べる。
そして食べ終わった頃に1通のメールが。
大阪の友人からだった。
今どこにいるの?だって。
近場に住んでいたらしくなんと会いに来ると言う、そして車内で待つ。
来た。
ライブ告知していない俺も俺だけど、偶然キングコブラのHPを見て_ _ _ _*が大阪に来ているのを仕事帰りの朝方に知ったらしい。
4年振りの再会。
家に行く体力も残っておらず車の中で談笑。

8:00?
俺がダウンしたのを機に友人は帰ったらしい。
ミイラみたいに姿勢よく毛布に包まれて爆睡。

11:00
どうやら復活したらしいYu-ponと血色の戻ったMフィーが襲撃してくる。
起こされたというよりも、なぜか来る数秒前に丁度目が覚めた頃だった。
光に溶かされそうだった。
そして次々と集まってくるメンバー、皆復活している、よかった。
しかしcandyとM嬢がいか焼きを食べた話を聞き、いか焼きが気になってしょうがなくなる。
しかし不穏な空気が。
寝起きの悪いジンプルとY君の1,2コンビが起きてこない。
現地解散が濃厚なのか…。

11:40
全員集合、よかった、これで営業に行けるじゃないか!!
そしてタワーレコード難波店へ。
変わった市内に呆然としながら歩いていました。
あってはいけないものがあったり、あって欲しいものがなくなっていたり。
すごすごと営業を終え、ここから本格的に大阪祭り。
最後の命火を散らす。
たこ焼き、お好み焼き、551の肉まん。
もうね、感動の嵐でした。
美味しいんだから!
お笑いの吉本の会場横も通った、凄い盛況そうで入りたかった。
唯一の悔いと言えばうどんが食べれなかったことですね。
_ _ _ _*関連は完遂、食ってるだけじゃないですよ==!!
これだけ食べても帰った時には体重落ちたっす、なぜだ。

14:50
四ツ橋から阪神高速環状線へ。
首都高みたいにクルクルしてるやつです。
そしてまた俺史の解説が始まる、いい加減もういいだろうという空気を感じながら構わず肉まん頬張る。

15:30
豊中インターから名神高速に進入、大阪に別れを告げる。
多少の渋滞に巻き込まれながらもなんとか大阪脱出、目論見通り比較的スムーズに。

17:00
滋賀県の大津SAで休憩。
琵琶湖を見る。
夜中の浜名湖と違って今度は湖がしっかりと。
きれいだった。
が…Y君が琵琶湖よりもその手前に見えた女子高に目がいったらしく、休憩所が高台だったのもありもしかしたらここから着替え見えるのかなって言い出す。
君の目には琵琶湖が映らないのか…あんなに大きいのに。
そして1時間ほどして出発。

19:00頃?
岐阜から愛知に入る辺りで意味のわからない渋滞に。
車内3列目は相変わらず静まり返り、2列目から執拗に眠気と戦い続けながら渋滞を乗り越えようとする。
どうやら事故だったらしい、が「あなたの嫌がることがしたいの!」が再び盛り返し渋滞を乗り越える。

19:30
Yu-ponが突如尿意を訴えだす。
もう少し先のSAまでもたせたかったけどあえなく断念。
どこだったんだ、あれは。
済ませてすぐに出発。

20:30頃?
今度はcandyがまたもやトイレを所望。
そしてこれもどこだったか…恐らく静岡入って少しくらいだったのではないかと思われる。
ここで俺も集中が切れてしまい、寝ることに。
気付いたのは俺の場合、スタミナよりも先に眼球が参るってことを知る。
眼性疲労ってやつですね、これは鍛えれないしどうしようもない。
睡眠時間と運転時間のバランスをこれからは考えよう。
そしてメンバーに無理を言って30分寝かしてもらいました。
目玉の回復を計る。

21:00
これが最後の休憩だと決心、東京の電車の最終を確認しつつ出発。
皆次の日もあるから帰らなければ。
爆走、それまでのゆとりからまるでトラックの運ちゃんのような走りに切り替える。
あっという間に静岡、神奈川を走破。
東名高速用賀出口で渋滞に巻き込まれながら環八、甲州へ。

23:40
無事新宿着、終電には間に合わすというのを果たし次の日四谷アウトブレイクでライブだということもあり機材を置かせてもらいに行く。
そしてよく見る顔を見て無事帰ってきたことを祝う。

4日
0:50
自宅到着、なんかあっという間のような長かったような。
その後覚えてないなぁ。
寝たのか。


楽しい遠征でした。
初の大阪ということもあり不思議な感覚を持ちながらでした。
地元だからですね。
どんどん遠征慣れしていっているみたいでこれからも何回も行かせてもらいたいっす。
遠征中のメンバーの印象。

candy:ボーカルなのに俺に次いで起きていたんじゃないか。
ライブ中以外は気配を消していたような。
寝てくれよ~~!!

ジンプル:鯵フライもらったのとライブ中以外は姿を見なかったような気がします、よく寝ていた。
思えばずっと車も飯の時もずっと席が離れていたような。

Yu-pon:車中はとにかく寝ていた印象。
頭痛を訴えてカプセルに入った後は真剣に4日のライブのことを考えてしまいました。

Y君:彼がいなければ大阪でのライブの成功はなかったでしょう。
自分達の力不足を全て補ってくれた、しかし一番くだらない話をしていたのも彼だ。

M嬢:一番寝ると思っていたけれどさすが同郷の人間だった。
おいしいお好み焼き屋に連れて行ってくれたし。
来てくれてよかった、喋りが無ければ渋滞乗り越えれなかっただろう。

Mフィー:最初から最後まで一番いたはずなのに、途中からずっと意識が飛んでいたのが彼。打ち上げもいたのにずっと目が泳いでいた。
ライブ中は最前で大阪のオーディエンスと張り合っていた、負けてないぞ。

今回の模様はこんな感じでした。
ライブの模様はライブレポのほうで読んでやってください。
お疲れ様でした~~~!!

大阪凱旋。

大阪。
12月2日、キングコブラ。
なんてことでしょうか、凄い日です、そして今日深夜出発です。
フェスみたいな日です、人がたくさん来るらしい。
全9バンド出演、そしてその日は既に名を馳せているゲンドウミサイルもですね。
そのゲンドウミサイル手前の7番目というベストポジションです。
_ _ _ _*初めての大阪遠征、こんな好機2度とないぞ。
罰が当たるぞ。
なんだこの順番は…、死んできまっす。
6月の初台Doorsのストロベリーソングオーケストラとの対バンによって実現した大阪への第一歩。
出会いは素晴らしい。
少し怖いんですね、それは後で書くけれど。

大阪出身の俺。
そして自前バンドでの故郷凱旋。
何を持って帰れる?
大阪、好きだけれどなぜか帰りたくはないという微妙な印象。
そしてライブハウスの場所はアメ村というかつて入り浸っていた場所。
東京で言うと渋谷に相当するんじゃないだろうか。
それも道玄坂からハンズまでの界隈のような。
梅田が新宿って感じがする。
ミナミが渋谷。
帰りたくないというより、ただボケっと帰りたくないとでも言おうか。
今や俺にとっては地元とはいえ、逆に帰りにくくしてしまっている。
もちろん自分でね~。
_ _ _ _*としても完全に知らない土地になってしまている。
どういう反応をもらえるかなんて全く予想だに出来ない。
8年前はあんなに熟知していた大阪だけれども…もうわからない。
俺ってやつはバンドに対するアプローチっていう部分で往々にして大阪のニュアンスがあるんですね。
基本的にどんなことをしても笑い変換率が最も高い土地だと思っている。
日本で一番冗談が通じる、逆を返せば一番冗談が通じないところ。
セットリストも東京仕様ではなく、完全に大阪仕様にチューンアップ。
ガチで超速で休み無しで30分貫通してきやっす。
そして何より完全に大阪弁に戻らなきゃ…戻らなあかんねんで。
そうやで、そうやねんで、ほんまに。
あっちでな、~だよなんて間違えて言ってもうたらもう生きてけへん。
今から練習しとかなあかんわ。
おっ、覚えてるぞ。

今日の深夜に出発してね、そして2日の正午辺りに俺達はリハしていることでしょう。
なんせでかいハコだから…通常ライブハウスの2倍はあります。
後ろまで音を飛ばそうと思ったらよっぽどじゃないと無理だろうなぁ。
それが終わってから、東京で言うところの大久保かな…。
大阪のコリアンタウンみたいな感じの鶴橋に行ってお肉食べて…
本番やってから打ち上げは道頓堀辺りですね。
皆喜ぶだろうなぁ。
メンバーも行ったことないらしいし。
グリコんとこでやっぱり写真撮ってしまうのだろうか…。
田舎者丸出しで。

今回の遠征メンバーは7人。
俺達4人はもちろん、まずはアウトブレイクのスタッフで俺達の事を熟知しているY君。
普段は照明やってくれてるけどこの日はステージマンとして。
で、俺が参加しているバンド、ロックンロールサービスのVo.M嬢。
おぉ、M嬢って書くとなんかあれだな…いい感じだ。
大阪出身の人です。
そしてミュージシャン、DJ、お笑いなんでも来いのMフィー。
一番音楽博士ですね、俺知らないのたくさん知ってるもん。
常に誰かが喋っている状態のメンツですね、それに率いられて俺達だ。
いいのかそれで~!
仙台と違って大阪は休憩無しで120キロキープでも5時間。
でも100キロで休憩しながらのんびり行ってくるっす。
静岡が長いんですよね~、なんでってくらい。
それが終われば愛知岐阜なんて瞬間で通過、滋賀京都もすぐ終わる。
静岡が…。
おっ、何食べるか確認しておこう。
浜名付近でまず深夜にうなぎですね。
大阪入ってからはきつねうどん、お好み焼き、たこ焼き、串かつ辺りだろうか。
貧民層でもやるときゃやります。
帰りは琵琶湖が見えるとこで休憩したいっす。
安土城の話でもしてみよう、皆にうっとおしがられる感じで。
それどころじゃないかも…宿さえも確保していないで成り行きだからその頃にはどうなっていることだか。

そんなこんなで行ってきますのでこの報告はまだ気力があれば帰ってきてからの3日にでも報告させてもらいたいと思います。

不思議だ…故郷なのにアウェーなこの感覚。
ブンブン腕振り回してきます、んで無事にまた東京に。
さよ~なら~!!

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