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スローテンポ。

最近いろんなバンドでスローテンポの曲をやります。
_ _ _ _*なんかは最近はやっていないけれど、少し前までは2曲ばかしあったのかな。
でももうやらないっぽいなぁ。
恐らく一般にスローって言われるのって♪90以下じゃないかな。
難しいんですよね、こういうのって。
カラオケなんかでもそうじゃないでしょうか。
気持ち良く歌えているつもりでも実際のピッチは揺れ揺れなんてことも珍しくないと思います。
演奏もそうなんですよね、難しい。
皆が皆とは言わないけれど、ほとんどの人がそうだと思う。
ある程度ミディアムテンポ以上のほうが歌いやすいし演奏しやすいはず。

タイム感。

この言葉に何度悩まされてきたことか。
例えば頭の中で1,2,3,4ってカウントしながら演奏するとするじゃないですか。
曲が遅くなれば遅くなるほど1と2の間が長くなる。
それだけずれやすいしもたりやすいんですよね。
ライブなんかで出す場合はもっと難しい。
カラオケじゃないんだから気持ちよく演奏しないと。
でもずれるもたるって意識してカチコチにやってしまったら何も面白くない。
カラオケライブ状態になってしまうんですよね~。
音が生きていないっていうか。
俺はよく言うんですけれど、遅い曲をやる時にちょこっとずつ速くなっていくのを生き急いでいるって言うんですよね。
何が正解かわからない中でもがいている感じ。
でもやっているとそんな感じ。

いろんな練習方法があると思うんです。
列挙してみよう。

遅い曲のテンポをさらに遅くする。
もうね、我慢比べみたいなもんですよ。
例えば有名なので「We Are The Chanpion」。
あいつを半分の速さでやってみましょう、歌ってみましょう。
するとね、いろんな問題が噴出してくる。
車で100キロで走っているとなんとなく見えている景色も50キロまで落とすともっともっとくっきり見えるもんです。
それが粗。
1と2の間にどれだけのドラマが詰まっていて、どれだけそいつらを蔑ろにしてきたかが思い起こされます。

カウントの取り方を変える。
1,2,3,4って数えるんですよね。
それで遅くなれば遅くなるほど1と2の間が長くなる。
だから1と2の間を4分割するとか。
1、、、2、、、3、、、4、、、とか。
俺の場合は拍はこういう数え方はしていないんだけれど、大体自分の歯をカチカチ言わせて保ったりしています。
大丈夫、外見上は口ももごもご動いてるようには見えません、ほんと視認出来ないくらいわずかな動きで。
後はドラム特有のゴーストノートで好きなようにしたり。

裏拍を鍛える。
ひたすらクリックやメトロノームで裏を取り続ける。
俺は個人的にはこれを一番推奨します。
特に演奏隊に限っては。
リズムの流れの中には絶対に無というものが存在しないんですよね。
もっと言えば、譜面を支配しているのは黒玉じゃなくて白玉か休符だとさえ思っています。
あっ、♪の色とか記号の話です。
後で書くけど歩いている時の足音は一定ですよね。
でも実は足音の鳴っていない箇所、こいつを支配せねば。
当然鳴ってない時間のほうが多いわけです。
例えばわかりやすいので8分。

〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇

これだと普通に頭で取れますよね。
こいつを

〇1〇2〇3〇4〇5〇6〇7〇8

ってやってみましょう。
〇の部分は下半身で裏は頭の中で数える。
これはかなり効きます、がっちりどっしり出来ますね。
慣れてきたら、

〇,,〇,,〇,,〇,,〇,,〇,,〇,,〇,,
タトトタトトタトトタトトとか

〇 ,〇 ,〇 ,〇 ,〇 ,〇 ,〇 ,〇 ,
タットタットタットタットとかかな。

人それぞれやりやすいのあると思うんです。
これで単純に取りにくかったはずの遅い譜面もくそ忙しくなって、ずれる暇なんてなくなってきます。
それで気持ち良い状態までいけた時はグルーヴが発生しているんじゃないでしょうか。
この取り方だと♪80の曲でも体感では♪160くらいで取れたりするもんです。
やりやすいじゃないか。

歩き方。
さっき上でもちょっと書いたんだけれど、普通に歩くのはもちろん、早足の時もあれば明らかに走っていたり、死に物狂いで何かから逃げているようなだったり…はたまた疲れ果てて歩くのもやっとな状態とか。
もしくは誰かとお喋りしながらだったり全部違うもんです。
テンポってそういう体感だと思います。
そういう感覚をその場にいる全員で共有出来るかどうか。
だから曲によってはどうしてもしっくりこないテンポ帯ってのが必ずあると思います。
だって普通に歩いている人それぞれのテンポは簡単だけれども、単純にじゃあ普段の半分の速さでいつも通りに歩いてくれって言われても、いきなり出来る人なんてそうそういないわけです。
何より不自然にぎくしゃくなるのは目に見えている。
リズムの流れにどことして無はないってことですね、外人さんのバンド見たらぞっとするもんです。
完全に日本人とリズムの捉え方が違うもん、一般人からして。

もとより俺にリズムの話なんてさせるほうが間違っているかもしれませんね。
だってめちゃくちゃなんだもん。
手足共に左利き、それが今は普通に右利きセットでやっているもんだからさらにめちゃくちゃ。
どこに聞いてもお前の取り方はおかしいって言われるもんです。
だからここではまともなのばっか書きました。
ちなみに俺の取り方はこうです。

〇  〇  〇  〇  〇  〇  〇  〇  
 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

多分わからないと思います。
でも頭の中ではこいつが常にカウントされてます。
表面的な8分は8分として。
でもその8分の中の1分ずつに3分ワンセットが常に流れていて、それが8分だと頭の中は24分なんですよね。
こいつの24分のほうを2つめから1個飛ばしにカウントしちゃってる。
すると上記のおかしなのになるんですね~。
人それぞれって事ですね、わけわからない日記になってしまいました。
どちらにせよ気持ち良くどんなテンポでも演奏出来たらいいですよね。

いつどこででも協調出来るっていうのが音楽の素晴らしさの1つだと思うから。
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ライブハウスシーンについてかく語りき。

このお題がどこぞの記事になりそうなのでブハ~っと書いてみよ~。

皆さん、唐突ですがライブハウスは楽しい場所ですか?
各地にそれぞれシーンがありますね。
新宿、渋谷、池袋、高円寺、下北沢、目黒、吉祥寺、秋葉原、そしてまだ新しい赤坂。
これはとても大きな括りになるからここがそうだじゃないけれど、傾向としてはやっぱりあるはずです。
一昔前よりは分散したと思うのですが。
もっと書けば、まるで昔の時代の部族の集落みたいにポツポツと各地にバンド単位で。
密集地域なんて3分歩く度にライブハウス、まだまだ増加の一途。

今まさにライブハウスシーンは下克上、戦国絵図が描けますね。
そして良くも悪くもジャンルという括りで細分化され、しっかりカテゴライズされていますね。
ジャンル?カテゴライズ?

疑いませんか?

真の音楽=個性がそういった括りに埋没するものでしょうか。
個性の均一化=良質の音楽…疑いませんか?
ライブハウスもバンドも何かがおかしい?
よく見ます。

『女性Vo限定で出演バンド募集。』

確かにそういう主旨もわからないことはないです。

では何を求めてライブハウスに足を運んでみますか?
どういうライブハウスに行きたくなってしまいますか?

ここで書くのもなんなんだけれど嫌なほど簡単にライブハウスに出演出来る今。
末端から無秩序に膨大な情報が発信、届いて欲しい末端に届かない今。
Webの発達に伴い、10年前とはもう違いますね。
そしてシーンが絶海の孤島のようにポツンポツンと。。
インディーズという名の自由の諸刃がもたらす弊害。
俺達の世代が30年後、分岐点になっているかもしれません。
その頃にはロックがまるで絶滅危惧種のように…
笑いたい時に笑えばいい。
怒ればいいし、泣けばいいじゃないですか。
簡単ですよね、でもこれが出来なくなっているのが今。
踊ってもいいし拳を突き上げてもいい、感情の赴くままに。
そして同じ時間を共有出来るってことがどれだけの奇跡か。

う~ん、こんな感じのを書かせてもらおうかと思ってます。
字数まとめないとね~。
でも本当に危ないと思うんですよ。
何が危ないってね、それは書けないや…すいません。
でも例えば…世の中の飲食店のバランスが今よりももっと焼き肉屋さんばかりになったらどうしますか?
これは俺が焼き肉好きだからなんだけれども…。
それで他の…例えば竹の子料理とか豆腐料理とか食べたいって思ってもその時にはそういう店がない。
もっと若い世代にはそういうのがあるってのさえ知らないかもしれない。
創作料理とかなんてね、食わず嫌いで終わっちゃいますよ。
たくさん若いバンド見てるんだけれど、たまにぞっとします。
そしてライブハウスのマンスリーを見てもぞっとする時あります。
はっきりと書くけれど、俺は嫌いなんですよ。
安易にじゃあこの日はメタルバンド集めようとか、上にも書いたようなのとか。
わかりやすいの…例えばメタルってなんですか?
ドコドコ低音響いてVoが高音でシャウト、メロディアスでもいいや。
だからメタル、アホかっちゅう話です。
それでもバンドのメンタルはパンクかもしれない、ポップかもしれない。
凄い文で書くと伝え辛いニュアンスかもしれないけれどそんな話。
メジャーの組み方じゃないか、でもここはインディーじゃないか。
それってね、聴く耳や感性も鈍ってきているんだと思います。
ライブハウスはもちろん俺達もオーディエンスも。
個性と表現と協調の妥協点とでも言うべきか。

人が人を見る。

これがこれからの時代、とても難しくなっていくんじゃなかろうか。
いろいろ根拠もあるんだけれど、そんなの書いてたら論文になっちゃう。
個性がね、金太郎飴みたいにパッケージングされていくんですよね。
功罪だ、何もかもが。
簡単なんですよね。
イエスかノーか、それを生まれたばかりの感覚の基準で個々が判定出来るかどうか。
きっと音楽で儲けようとした時点から始まったんだ。
それが悪いわけではなかったはずなのにね。

ライブハウスは楽しい場所。
日常に生きる大多数が求めているものがある。
だからたまにはね…、そういう同じ思いの人と出会って話すのも悪くはないと思います。

バラバラのパズル、誰か組み立ててくんないかな。
俺はまだまだしばらくはピースをやってたいっす。

解散ラッシュ。

また今日、1つのバンドさんが解散します。
嬉しいやら悲しいやらメンバーさんもそれぞれの事情ってもんがあってね、どうにもこうにもなんとも言えない。
さらに年明けからそういう話がドドドっと入ってきてます。
な~んか1つのサイクルが終わりつつあるような気がします。
サイクルっていうのは勝手だけれどもね、俺達_ _ _ _*が活動し始めた頃に仲良くなった先輩のバンドさん達。
2年経つからなぁ…それくらいのサイクルなんだろうか。
ある特定の範囲のインディーズのバンドの平均寿命って3年前後なのかな??って思ってしまいます。
実際はそんなことはないんだけれども。
明日も1バンド活動休止だし…恐らく危うい方向なんだろうけれども、なんとか見に行けないだろうかと思ってます。
3月も4月も続くぞ、しっかり見納めなければ。

シビアな話になるかもしれない。
音楽って好きってだけじゃやってけないんですよね。
音楽に限った話ではない。
家庭が出来て子供が生まれればそれこそ自分様ではいられない。
しっかり仕事してて、地方に転勤になればさようなら。
または家庭が危うくなれば汗水垂らして必死で労働ですよ。
どうしようもない。
いろんな事情があるんだから。
音楽で飯が食えるわけではないんだから。
前も書いた事があるんだけれど、ある人は言うわけですよ。
バンドを就職先と勘違いしているから簡単に解散するんだって。
別にこれは俺の知り合いバンドさんがどうとかじゃなくて。
俺の友達も腕失って帰って行った奴もいたし。
いろいろ見てきた中で俺も最近そうなのかなぁって思ったりしています。
しかし音楽で飯を食おうとすれば様々なものを犠牲にせざるを得ません、それだけ関わる時間が多いんだもんね。
_ _ _ _*なんかは幸いなことに皆失うものがほど少ない中でバンドをやらせてもらっているわけです、今のところ。

言えますか??
50歳60歳になっても家庭も持てずにアパート住まいでフリーターしながら音楽やっていこうって。
俺は言えません、人の人生軽くない。
自由意思、絶対に自由意思で。
俺達が50歳60歳になった頃なんてきっとフリーターじゃ働くとこないですよ。
今よりももっとボーダレスになってさ、外国人の安くて若い労働力に勝てるはずがないさ。
仕事も簡略化されて誰でも出来るようになってきている、今の時点でも十分に。
世のほとんどの仕事なんて人件費ビジネスでもあるんだから、楽器しか取り得が見つからない無駄にプライド持った労働者なんて企業からは煙たがれるのがオチ。
それとバンドっていうものを天秤にかけたら出る結論なんて決まってますよね。

ただ、何にしてもある程度は長く続けないと意味が無いのも事実。
転職なんかでもね、何回も続けて本当に上手く生き続けれる人なんてごくわずかの能力者。
俺はそういう部分にはアングラってものは全く感じません。
自分で選んだんだからさ。
人生って本当に難しいもんですね、いつからこんなに難しくなったんだろうか。
毎日毎日何通りも選択肢があってさ、今の生活なんて誰しもが即刻破壊も出来る世の中です。
よし、今日からあそこで働くの辞めよう、そしてぶっち。
やり直せる。
それがどうなるのかなんてわからない、そういう終わり方をしたのは悪かったとしても結果的に好転するかもしれない。
昔はもっと簡単だったんだろうか。
コミュニティっていうものが各地方に細々とあって、完全にその中でってわけじゃないけれど今よりは絶対に限定されていたことでしょう。
自由ってものも度を越えれば人間の能力なんて簡単に凌駕するもんなんでしょうね。

話がだいぶそれたなぁ……戻ろう。
とはいえ解散ラッシュです、せめてその姿を焼き付けないと。
解散したって人生が終わるわけじゃない。
また新しい場所で会える事を祈ってます。
そっちのほうが難しいと思えるから。

いろんなもの与えてくれてありがとうって気持ちで一杯です。

千葉。

24日は行ってきました、サポートで千葉。
東京の隣とはいえ、とても縁の無い場所だったんですよね~。
あの夢の国か、幕張メッセ…もしくは九十九里浜。
本当に行ったことが少ない。
ライブハウスも稲毛とか柏くらいかなぁ。
県庁所在地行った事無かったんですよね、千葉。
13時半千葉入りっていう早めだったが為に急いで出ました。
電車でお茶の水で総武線に乗り換えて錦糸町へ。
錦糸町から千葉まで総武線快速ってやつですね。
稲毛前後が異様に長く感じたのを覚えています、それと同時に気付いたら…蘇我。。。
乗り過ごしたんですね~、居眠りで2駅。
んで俺遅刻。
すいませんでしたぁ~~!!!!

とはいえ許容範囲内でなんとか千葉駅に到着。
降りてみるとなんとなく雰囲気は地元民が多そうだなって感じた以外は思ったより普通でした。
もっと東京に対抗してきらびやかなのかな~って思ってたりしたんだけれど。
全部見てないから断言は出来ないけれど、途中の車窓からの景色とかからして住環境は良さそうでした。
空気の匂いが違ったもん。
雰囲気は大阪に似ていたりもしてさ。

そしてライブハウス、千葉ANGA。
リハーサルでキックを1発踏んだ時点で既に新宿LOFTに近い感覚を覚えてこれはやりやすいんじゃなかろうかって思いました。
ずばり的中。
なかなかあそこまでしっかりとした吸音のライブハウスはないもんです。
そしてステージの下も空洞じゃないから全く音がまわらない。
アンプと壁の距離も適正、天井の高さも程よく。
あれきっと相当計算して作ったんだろうなぁ、そうじゃないとあそこまで条件整わないはず。
キャパから言っても完全にバンドの音作り勝負のライブハウスでした、だって素直にちゃんと出るんだもん。
後はオペレーターさんとの折り合いですね。
一気に千葉が好きになりそうっす。

それでね、帰りですよ、帰り。
行きは既に乗り過ごしたって書いたんだけれども、帰りもさ!!
やっぱ普通に遠かったです、三鷹から。
次行く事があれば車で行きますぁ~~!!
前々日の仙台の疲れが抜けていなく更に次の日も用があったので帰らなければならなかった。
それで恐らくばてている俺を連れて帰ってくれる保護者役の人に来てもらっていたんですね。
ママンですよ、ママン。
まずはイベント終了したら確実に電車まで乗せて欲しかった。
じゃないとライブハウスで打ち上げだったからそのままそこでくたばってたと思うんですよね。
乗る気力がないはず、寝ても覚めても千葉。
ついでに三鷹に着くであろう頃に電話して寝ている俺を起こしてもらえないだろうかっていう完璧なプランニング。
勝利は我が物だった…のに。


携帯の充電……


そこまで計算出来てませんでした。
目が覚めたら東小金井ですよ。
さらに俺の膝に知らない女の人が倒れこんで寝ている。
携帯は胸元で静かに力尽きていました。
面白いから知らない女の人の顔面から膝を抜いてそのまま横にして寝かせたのを確認して下車ですよ。
あの人はどこまで行ったんだろう、満員電車の中、三座席分くらい占拠して寝て行ったぞ。
頭叩いても起きなかった、うん、東京は辛いよね。
疲れたら寝ればいい。
ママンが必死にコールし続けてくれていたのに申し訳ない。。
結局行きも帰りも乗り過ごしはしたんだけれど、なんとか無事に帰ることに成功。
時間にして1時前だったかな…。
なんとか独力以外の力で行って帰ってこれました。

軽く小旅行でした、_ _ _ _*でもそのうちお世話になりたいライブハウスと出会えました。
千葉へ行こう、車でさ!!

千葉へ。

今日はおいどんサポートで千葉ANGAでライブどす。
音源発売していないせいで、歌詞を教えろって要望がたくさんあって、歌詞コーナー作って一挙に公開しようと思ったんだけれど、もう時間が無くて一端断念しますだ。
行かなきゃ~~!!
ちょこちょこ修正しながら作っていきますぞよ。
よろしくお願いしますね~。

セミの唄

山を越えて谷越えて
這いつくばってでもやってくる
何処だ 出てこい
隠れても 無駄だ

雨の日も風の日も
潰されるまで泣いている
何処だ 出てこい
隠れても 無駄だ

おまえの心臓喰らっても
足りない おまえなんかじゃ
足りない 足りない

何処だ 出てこい
隠れても 無駄だ

回転ドクロ

真っ暗闇で笑う キミの横顔
真っ白に溶けてゆく 回る回る
まるでドクロ・・・

ガラクタを漁り続けて
ガラクタのように扱われ
いっそ支配してしまえ
骨になるまで

手をかざせば消える キミの歌声
真っ直ぐに見えない 回る回る
死んでゆくんだ

回転!!
生きてくためにメシ食い続け
回転!!
死んでくためにメシ食ってる
回りまわって何になる?
回転ドクロ!!

生きてるのか死んでるのかどっちでもいい
理性とか本能とかどっちでもいい
真っ直ぐに見れない 回る回る
まるでドクロ

回転!!
生きてくためにメシ食い続け
回転!!
死んでくためにメシ食ってる
回りまわって何になる?
回転ドクロ!!

東京地獄

そこにいるか 私の体    そこにいたか 私の口
そこにないか 私の楔    どこにあるか 私の…

彼が呟く 私に呟く   彼を置いて 私は立つ
ここはもう 長くいれない  だって私は やっぱり…

街の灯りが消えてく 人並みに逆らって そして無駄を繰り返す ここは東京地獄
今日も太陽落ちてく 明日が怖くて震える そして夢も潰される ここは東京地獄

逃げる奴は利口かい 底に堕ちるの怖いかい どこが底か見えてるかい ここは東京地獄
足元確認するなよ 前見て上見て進めよ 地上の楽園目指して ここは東京地獄

フールズ

例えばおまえの頭の中に
すこぶる甘いキャンディ埋める
犯した罪の数だけぶち込む
一生かけて溶かしてみろ!!

今までおまえが吐いた言葉
低脳 寝言は寝てから言えば
自分の始末も出来ないくせに
つべこべ言わずにかかって来い!!

弱ったおまえの頭の中
ほじくりだして犬にくれてやれ
腐った甘いキャンディだらけ
一生ぬるま湯浸かってろ!!

リタリン

世界制服が自分の願望か?
そんな事より血ヘド吐くくらいカツ丼食いたい
楽観主義者、被虐主義者、自分ら全員まとめてぶっとばしてやる
カワイコちゃんにはお金あげて、ブタ共はジャンケンポ~ンだ!!
どうぞご批判なすって、お気が済むまで存分に
我々はナメック星からやってきました
巷を賑わす音楽なんぞ、すでに脳みそ溶けそうです

パンダの尻尾は何色でしょうか

皆に降り注ぐ飛び交う馬糞
明るい未来が僕らを待ってるよ
なのにどうして涙が出ちゃうの?
自分ら全員くたばっちまえば!?

これ以上悩ませないで
このままじゃ盲腸開いちゃう
昨夜のえのきさんこんにちは
神経に針刺して…

赤メガネ、青メガネ、黄メガネ、どれにいたします??
スイマセン、緑ガメは売り切れました
伸びきったパンツのゴムが見るに無残な姿ですが、
お母さ~ん、僕負けないよ~~!!
先生、どこもかしこも痛くはないのに
何故か日に日に沢山のお薬処方されるんです
ミミズの蒸し焼きご馳走します
これが僕の精一杯の愛情表現です
東京タワーから一緒に飛び降りてくれませんか!?

ごっついオッサンにどつかれました
そうして僕らは生まれ変わるんだ
なのにどうして鼻毛が出ちゃうの?
自分ら全員先走り過ぎ!?

これ以上悩ませないで
このままじゃ瞳孔開いちゃう
キレイごと、うわごと、沢山聞き飽きた!!

もう何も食べられないよ
もう誰も愛せないよ
もう唄うの疲れたよ
もう人間辞めてもいいですか?

もう、もう、もう、もう、モーモーうるさい
牛か羊かなっちまえ!!

皆に降り注ぐ地雷の恵み
そうして僕らは生まれ変わるんだ
なのにどうしてアクビが出ちゃうの?
全員くたばっちまった!?

バンザイ、狂った世の中にバンザイ!!
バンザイ、生まれてきたことにバンザイ!!
バンザイ、腐った音楽にバンザイだ!!!

共犯者

生まれた時から開けた世界

言う通りに生きてきたわ
くれたもの 使ってるわ
何も文句なんか言わないわ
これで楽しくやっていけるわ

何も見えないわ
何処も見えないわ
何時から見えないわ
全然わからないわ

前も後ろも右も左も暗闇
何処から如何見ても暗闇

動けない もう終わり
何も無い 残らない
なぜなぜなぜなぜ

前も後ろも右も左も暗闇
何処から如何見ても暗闇
最初から最後まで暗闇
そしてあいつが笑っている

所詮、誰かに何かに加勢しなければ生けていけない世の中
一人で何も出来ないくせに我が物顔で歩いて行く
隣を見ては自分のほうが優れていると笑っているんだろう
自分が一番正しい 自分が一番可愛い

~僕達は生まれた時から失敗作だったんだ~

望んで生まれてきたわけじゃない
望んで死んでくわけじゃない
自分に満足していない
自分は不幸な人間
全ては自分に踊らされてる
全てを疑うのは寂しい

あの子は今日も歌う
汚れた制服着て
あの子は今日も歌う
あの子は明日を歌わない

生まれた時から開けた世界

共犯者
おまえもおまえもおまえも 世界は全て共犯者

共犯者
目をそらすな 目をそらすな 目をそらすな 全てに向けて懺悔しろ

共犯者
あの子は今日も歌う あの子は今日を歌う あの子は今日も歌う あの子は明日を歌えない

嘘をつく平気で嘘をつく
化粧をする 服を選ぶ 人格を選ぶ 私は誰
嘘をつく 誰にでも嘘をつく
そうしてそうしてそうして大人になってろ

共犯者
人がキライ 音楽がキライ
人がキライ 戦争がキライ 全てただの騒音

共犯者
ロックとかパンクとかポップとかなんだとか
蟻が1,000匹10,000匹 片っ端から踏み潰せ

共犯者
女に群がるお殿様 男に群がるお姫様
燦然と輝き繰り広げられる見るに耐えられない光景

悲しくないかい 悲しくないかい 悲しくないかい 
悲しくなんかない 悲しくなんかない 悲しくなんかない

そしてやってくる やがてやってくる きっとやってくる 
そしてやってくる やがてやってくる いつかやってくる 

返して欲しい 返して欲しい 返して欲しい 大切なモノ
返せ 返せ 返せ 奪った奴は自分だったのか

2月22日仙台MACANA終了!!

いや~、無事帰ってきました。
神業かと思えるくらいの事がありました。
ま~毎度の事ながら時系列で書いてみよう、たくさん出来事がありました。

2月22日

5時
荻窪駅集合、無事全員無遅刻。
実は直前まで夜行バスで行くか車で行くか悩んでいたんですね。
最悪の場合、Yu-ponだけ横浜から1人夜行バスで現地集合という選択肢もありました。
アツいなぁ、現地集合っていう響き。
でもめでたく全員集合。
よかったよかった。
まずは俺が運転することに。

5時15分
高井戸からあっさり首都高に突撃。
快適♪

5時45分
異常にあっさりと東北道に到達。
そしてエアーによるライブの通し稽古で確認する。
エアーとは名ばかりの、要するに各人各パートを口で言ってるだけ。
それを見て俺はアホが揃ってるなぁとしみじみする。

7時頃
宇都宮辺り、上河内SAに。
そう、毎度寄る餃子ゴリ押しSAです。
しばらく仙台行かないかもってことで記念的に。
そこで俺が1人でフラついている時におっさん連中に人差し指をつきつけられて『アホがいる』って言われました。
確かに2月の福島で半袖のサッカーのブラジルシャツ着てタイパンツっていう妙なかっこだった。
う~む、言いたいことはわかるぞよ。
常に体冷やして眠気対策っていうとこからのチョイスだったんだけれど。
そこで今回は本場の餃子に逆襲を喰らう、なんてこった。
そしてさぁ行こうかってなった瞬間に凄いものを見る。
3人家族が揃いも揃って餃子丼。
まるでパチンコのフィーバーを見たかのような光景でした。
餃子丼…前回前々回の仙台遠征日記でも書いたけれども、明らかに玉子と餃子とご飯が独立している代物。

お父さんは箸を握ったまま3分以上中空を見つめたまま帰ってこず…
お母さんは眉間にしわを寄せて現実と必死に戦いながら、やはり一口ごとに挫けて…
娘さんはもはや戦意喪失したらしく、じ~っと餃子丼とにらめっこ…

食せば間違いなく気分悪くなる、それを3人揃いも揃って。
そりゃそうだ、宇都宮だったら食べたくもなるでしょう、名物なんだからさ。
皆さんも寄ったら一度食してみてください、宇都宮付近の上河内SA!!
誇張じゃないです。
そしてその家族に元気を貰って出発!
ここからジンプル運転に。

9時過ぎ
那須高原SA到着。
皆さん!ここは超絶お薦めサービスエリアです!!
6度目の遠征にして初めて寄った、なんで今まで寄らなかったんだ…。
着いて早々駐車スペースに大量のプチトマトが散乱しているのをcandyが発見。
まじかよってなって車で戻る。
そして下車、見てみるとあからさまに食べれそうだ。
どうせだから拾って物販に置こうってなりました、そして割れてないきれいなやつを拾い集める。
んでメンバー全員食べた、パパっとはらって。
美味い!!
全員アホでした、しっかりビニール袋に保管する。
それで今度はまともに駐車していざ外にある売店ブースへ。
ガチで炭で串焼きにした鮎、山女、岩魚、凄いじゃないか!!
そしてジンプルがすかさず山女をオーダー。
『500万円です!!』
ジンプル撃沈、那須の洗礼をいきなり浴びせられる。
しかし美味い!!
そして俺が玉こんにゃくをオーダー。
『辛子の塗り過ぎは自己責任でお願いします。』
塗り過ぎないといけないの?(TT)
構えてたのに撃沈される、しかし美味い。
そして那須高原と言えば牧場!
そして牧場と言えば牛乳!!
というわけでまずはジンプルががんこおじさんのなんちゃらっていう牛乳を飲んでみたけどちょっと美味いくらいで普通。
Yu-ponもコーヒー牛乳飲んでみるも普通。。
朝っぱらの牛乳はお腹にきやすい俺がたまらず那須高原に関係ある牛乳どれですか!?って聞いたらこれですってっ出てきた。
飲んでみるとやっぱり美味かったっす、他のは別に那須高原と関係なかったなんて…。
しかしこれが後の仇となる。
でもね、そのSAのメロンパン、レアチーズはほんと美味しくてこんなに感動させられたとこは初めてでした。
東北道と言えば那須高原!!

10時半
吾妻SA。
単純に俺がお腹やられて……
なんてこったい、牛乳飲みたかったんんだもん。。

11時半
仙台南ICから市街へ。
そして恒例行事を終わらす。
俺は尚も腹痛継続中。

12時
仙台の大型家電店の駐車場で1時間昼寝。
何故か俺だけ寝れず。。

13時半
仙台のクソ美味い牛タン店「一福」へ。
有名店、「利休」とか目じゃありません。
味噌漬け牛タンを食らう、安くておいしいので覚えておいてくださいな。
お金余裕があったら牛タン刺し、牛タン叩き、牛タンユッケ、牛タンシチュー、牛タンハンバーグとかも食べたかった。。

14時半頃
メンバー散開行動に。
俺は帰りの運転の為に1時間、メンバーは営業に。
何があったか知りません。。。

15時15分
仙台MACANA入り。
顔馴染みのバンドさんやらスタッフの方とご挨拶、そして談笑。
相変わらずやりやすい環境に改めて驚く。
個人的にもMACANAのドラムセットとの相性がいいような気がするんですよね。
キックの踏み心地が最高、そしてしっくりくる。
音もよく聴こえるし…なんなんだろう、あのやりやすさは。

16時40分
俺は再び帰りの為に車内で昼寝。
隙を見つけては寝れる時に寝るという技をもっと身に付けないと遠征は辛いもんです。

18時半
スタート。
実はこの少し前から俺は牛乳飲んだ為に襲ってきた腹痛の第二波と必死に格闘中でした。
正直お家に帰りたかった…ライブがどうとか…もうそんな次元じゃなくてお家のトイレ。

19時50分
_ _ _ _*登場。
の直前、いい加減顔色が悪くなっててメンバーに心配されてしまう。
もう牛乳はやめよう…。
ライブ内容はそのうちアップされるライブレポにて。
未曾有の惨劇がありました。

22時半
イベント終了。
9ヶ月で6度目の仙台遠征が終わりました。
いろんな思いが頭をよぎりました。
そしてMACANAのスタッフさんに貴重な話し合いの場を作ってもらい、意見交換。
参考になりました、また行こう、仙台。
次は春が明けた頃にお世話になりたいなぁ。

23時30分
現地のバンドさんと別れを惜しみながら出発。
始まった、修羅場が。
ライブと共に俺の腹痛も不思議と治まったもんです、なんでだろう。
運転席は俺、助手席にはYu-ponという布陣でまずは軽く高速直前のなか卯へ。
そしてここで事件が。
パチンコやらボーリングなんかの複合遊戯施設のでっかい駐車場があって真ん前にら~めん屋となか卯が隣合わせであるんですよね。
いつも俺はここで誰かを置いてけぼりにしてダッシュして追いついてくるんですよね。
ここでも言いました、好きなほうで食べようぜ~って。
んでジンプル&Yu-ponがなか卯へ、candy&俺がら~めん屋へ。
ここでら~めんがどうとかはどうでもよくて、いかにあの2人を置いてけぼりにしようかと2人で考えてました。
注文した商品が出てくるスピードも食べるスピードもなか卯組のほうに軍配が上がる、圧倒的不利。
しかもこちらはcandyがいる。
駐車場の車まで不意を突いてダッシュしたところで同距離なので追いつかれるのがオチ。
なので諦めてゆっくり食べてました、そう、かなりゆっくりと。
しかし時間が経てど経てどあの2人はこちらの様子を見に来ない。
なめられている、または油断しているかのどちらかだと判断し、なんとか置いてけぼりにしようと画策。
結論、candyは車の反対側の駐車場の出口までダッシュ、俺は1人で車までダッシュ。
1人なら勝てそうだ。
案の定、ジンプル&Yu-ponは車に程近くよく見えるところにいたものの油断して呆けてました。
警戒していたものの、まさかこのシチュエーションでやられるとは思ってなかったらしく。
俺が車までの距離が半分に到達したところで気付いたけど時既に遅し。
必死で追いかけてくるも余裕でcandyを拾って国道へ。
Yu-ponがなんとか乗車、ジンプルは…
ゆっくり走ってる車を追い抜いて国道に大の字に寝そべっていました、通せんぼしているつもりなのか…。
三車線あるのに。

2月23日
24時15分
東北道、仙台南ICへ。
当初は凍結やら雪を心配していたけれど、終始空には雲が無く帰ることに。
実はこの時点で俺は2回か3回休憩挟まないと帰れないと思っていたもんでした。
既に眠かったんだもん。
そして後部のcandy&ジンプルは布団をかぶってベッドと同じような感じで早々と就寝。
そりゃそうだ、疲れてるはずだ。

28時10分
首都高突入。
奇跡が起きました、なんと仙台からノーストップで三鷹まで帰ることに成功。
ノーストップは2度目かな。
首都高もガラガラでした。
絶対に無理はしまいと思っていたのですが、軽く眠気が襲ってきた瞬間に窓全開。
暖冬とはいえ冬の東北道、それも夜中の風は素晴らしく冷たくいとも簡単におめめパッチリに。
半袖でね、たまに窓から顔出したりして爽快でした。
最初は風が冷たく寒いって思ったけれど、慣れたせいか寒いとも感じなくなってきて気持ちよかった。
隣のYu-ponは少し寒そうだったけれど早く帰れたのでよかったんじゃないでしょうか。

28時45分
解散。
無事に帰ってこれました。
よかったよかった。
うちはいつも夜中にリハをやっているんですけど、ちょうどその時間でした。

次は3月の関西遠征、さすがに帰りは死んでるだろうなぁ。

出発直前。

冷やし飴をググっと飲み干す。
起きました、今から仙台だ。
ついさっき、ドンキホーテにあるたこ焼き屋さんでたこ焼きを買ったところ、もう店閉めるからこれもあげるよってネギ焼きもらっちゃいました。
喜んだのも束の間、こんなとこで運使い果たして……。
おかげで雪とか降るんやろうか、はやまたスリップして_ _ _ _*一家、露と消えるんだろうか。
そ~んなこと思いながらうたた寝してました。

恐らく昼の12時前には仙台ついてると思います。
ピークはそこだろうな、フィーバーしてるっす。
今日は彼の地で何をしようか。
5バンド出演でうちだけ遠征バンドで3番目の出演だそうです。
すっかり顔馴染みの対バンさん達ですね、今日は。

いろいろ思うところがありながら仙台行ってきます。
これが終わったら次は待ちに待った関西遠征2本連続。
3月8日に名古屋、9日に大阪。
実は移動しながらのライブ連発はこれが初めてなんですよね。
なんだか_ _ _ _*って自分でも思うんだけれど、ライブ1本の体力消耗が半端じゃない気がするから少し心配です。
30分であろうと2時間であろうと疲れ方は同じでした。
いつも足腰が砕けている。
俺も過去とか全ての参加したライブを含めて考えてきても抜きん出ている。
メンバーも大丈夫かなぁ、俺は運転だけが心配だなぁ。。

仙台なんてね、大阪もそうだし名古屋もそうなんだけれど…
リタリン初動時代には遠かったもんです。
あんなに遠かった。
それが今じゃ飄々と行って帰ってこれる。
だ~れもいなかったわけじゃないけれど、どこのライブハウスでも冷たくあしらわれてさ。
当時の俺達を見てくれていた人達が未だに見に来てくれるっていうのはもう感涙ものです。
あの頃の感情をね、常に忘れずに今日も行ってきたいと思います。

行ってきま~っす!
誰も寝坊してないことを祈って。

仙台へGo!!

最後まで迷ってました。
バスで行くか車で行くか…。
というのも俺の車ってチェーンなんていう文明の利器なんて積んでいないんですよね。
だから12月も完全に勘と運と少しの気合いで車で行ってきたんですね~。
本当は天気予報だけれど。
天気予報というよりは最低気温と衛星写真の雲様子見て。
もちろん雪が怖いんだけれども、そんなのよりももっともっと怖いのは凍結。
何よりも凍結。
だって視認出来ないんだもの。
やばいやばい。
特に夜中の高速、それも宮城よりも福島中部。
あの辺りって夜中霧だらけだし道くねくねで狭いし暗いしで修羅場率が相当高いんですよね。
低速で帰ってこよう。
結局はまたもや車で行く事にしました。
川口まで下道で抜けて東北道ズガ~ンと行ってきます。

凍結。
過去にこいつのせいで何度やられたか…。
あれは免許取ったばかりの年の冬。
俺は白馬のペンションで住み込みのバイトしていたんですよね。
それで軽トラですよ。
ある日、その日の夕食に使う食材をマーケットまで調達しに行かないといけなくなった。
ペーパーとまではいかなくとも雪道を運転するには経験値が足りな過ぎたのも事実。
アクセルやクラッチの加減もよくわかっていなく、怖いなと思いながらもそこにダイナミックO型発揮しちゃってさぁ大変。
オーナーに運転席から面と向かって、

「大丈夫っすよ!!」

って言った3秒後…
スタートと同時にその場でドリフト状態になってきれいに片側前後輪が溝にはまって、はいおしまい。
あれは恥ずかしかったなぁ…。
悪いことしたなぁ、あそこ、今もちゃんと経営出来てるんだろうか。
冷凍のチーズケーキを黙って鬼のように食ってたもんです。
とはいえこの出来事で雪道は怖いっていうのがインプットされたのでした、その後の大丈夫でしたよ。

その2年後くらいかな。
これはほんとに危ないというよりも…焦った。
海面で溺れていてそこにサメさんの背びれが見えて近付いてくるのを目の当たりにしたような体験。
大阪。
その年のその日は異常に雪が降りやがった。
わかる人いるかな~!!
大阪の箕面の山にね、勝尾寺っていうとこがあってその付近に友達が住んでいたですよ。
山の中腹ですね。
あの一連の流れはよく覚えている。
急勾配な坂道を行かないといけない、でも既にチラホラと雪は降っていて…まさかあそこまで降るとは思っていなかった。。
途中でね、スーパーに寄って買い物してたんです。
それで併設されている喫茶店でもゆっくりして…これがいけなかった。
店から外に出たら大粒のボタン雪、前もあまり見えない程の量。
さすがにまずいと思ってすぐ車を発進、山へ向かいました。
典型的な片側一車線の山道、車のタイヤは新しかったせいもあり、まだまだスリップするような状況じゃなかった。
マニュアルだったからエンブレもかけて余裕だった。
でも周りは違った、オートマ全滅だったらしい。

ある地点で信じられない光景が。
坂道登りながらカーブ曲がって開けた視界に車が見えたんですね。
車間距離置こうと思って減速してもしてもどんどん近付いてくる。。

!?

前へ向かうそのままの姿勢で坂道を滑り降りてきている!!??
あれはもう最悪。
タイヤのグリップが弱過ぎたが為に、凍結した路面に対してアクセル踏んでも踏んでも滑落してきた。
ゆっくり、ゆっくりと。
それで俺も逃げようとしてバックしようとするじゃないですか。
よく見たら…
後ろが何台もつまってるやないか!!
逃げれない。
そしてあいつはワゴン。
でかい、そして俺の車は普通サイズ。
潰される!
しかも横はガードレール突破したら崖。
もう最悪の事考えてね、サイドブレーキ引いて滑落している車の運転手のとこまでダッシュ。
もうね、本人バグってて何話しても前後不覚状態。

諦めた俺は外からその光景を見てました。
ゆっくりとそのワゴンが俺の車に接触。

グシャ…

嫌な音だった。
そして俺の車も2台分の車重に耐え切れなく後ろの車にグシャ…。
ああいう状況ってわかってるもんだから悲鳴も出ないもんです。
結局その後も雪は降り続けて4,50cmくらいはいったんじゃないかな。

今回の仙台遠征も何か事件は起こるんでしょうか。
東北道って本当に設備面も届いてないから怖いなぁ。
高速・凍結・_ _ _ _*。
この3つのキーワードが何かを呼び込まなければいいのですが…。

人はなぜ踊るのか。

そればかりを最近ずっと考えています。
ずっと、ずっと。
う~ん、なんでなんでしょうね。
あれ、なんでなんでしょうねって言葉がなんか気持ち悪いな。。
なぜなんでしょうねを関西弁っぽく書いたからいけないんだ。

ライブハウスで踊り出す人達、もちろん場合によっては俺もです。
楽しいからだろうし知ってる曲だからだろうしね~。
好きだからとかかな~。
でもそれだけじゃないんですよね。
凄いバンドってやつは初見でも踊れるもの、あれは凄い力だ。
音が快楽ゾーンに突き落とす凶器になる瞬間。
だって完全なる自由意志なんですよね、ああいうのって。
膝や腰を少し動かしていようが死ぬ気でヘドバンしてようが同じ、動いたは動いた。
だって別に棒立ちで見てもいいんだから。

ここで言う踊ってるっていうのは相槌、または愛想笑いみたいなニュアンスではなく無意識で体が音に支配されている状態。
その点をね、俺はずっとライブハウス行く度に見ていました。
そして出会いました、凄いのと。

正直に書くとむさ苦しい3ピース、しかもブサイク。
そのバンドさん自体には何の色気も無いわけです。
服も部屋着かってなくらいのもの。
そのバンドさんのライブ模様は常にホールに人影もまばら、お世辞にも人気があるとも言えない。
だがしかし!!
必ずそのバンドさんが演奏するとものの30秒も経たずに踊り出す人が続出するんですよね。
必ずです。
あれには驚きました、そしてこっそり面識も無いまま見に行くようになりました。
不思議でしょうがなかった、すぐに体持ってかれるんだもん。
同じバンドやっている身分としてはなんだこれは!?では済ませられない問題。
別に上手いわけでもない、曲が飛び抜けて優れているわけでもない。

なぜだ!!

ってなってからはや半年。
ドラムとベースがグルーヴにどう影響さているか?
それともボーカルの声が異常なまでに心地良い??
はたまたドラマー単体の技量の問題??
もしくは単純に演奏がまとまっているのか???

全部ハズレでした。
情けない。

やっと話をする機会を持ててね、聞いてみました。
どうなってるんだ?って。
答えは全く違うところにありました。
ヘルツやらデシベルとでも書けばわかるでしょうか。
そう、異常に音作りが上手かったんですよね。
少し話を聞いたけれども、到底真似出来ない次元の話でした。
演奏上手くなくても曲が良くなくてもライブハウスでは音域や周波数帯のみで人を躍らせれるっていうのがわかりました。
わかりやすいので言えば、パトカーとか救急車なんかのサイレンって異常に気を引きますよね。
そして変に不安になる、警戒心が増す感じか。
もちろんサイレンも計算されて作られているんだけれども、あれは一瞬だとしても完全に意識を持ってかれる類の音域です。
信号から鳴るやつ、あれは逆に人間が安心出来る音域。
じゃあ人が踊るのは??
人の本能を喚起させる音域っていうのがあって、そういうのを軸に全ての音を作るんだって。
そのバンドの人の仕事…アンプの設計者。。
参りました。
出来ない出来ない。
あれは一般の飯食えているレコーディングエンジニアの耳を遥かに上回る耳じゃないと出来ない。
だってライブハウスによって特性が違うし、オペレーターさんも違うんだもんね。
だからその人達以上に自分達が良い耳持ってないと出来ないわけです。

驚きました。
あそこまで躍らせるバンドさんは初めてだった、あれでもう少しやる気があったらなぁ…もったいない。
勉強になりました、また1つ。
何かに活かせないかなぁ、Recとかさ。
もう1回自分の音を確認してみよ~っと。

ジャンル。

ありますよね、音楽を分類・識別する方法の1つとしてのジャンル。
必要じゃないですか、だってもはや何がどうだかわからないくらいになってますもんね。
店に行ったとしてもわからないじゃないですか、何がどこにどう置いてあるか。

バンドする時にもまずメンバー集めないといけないですよね。
いろいろ書いてあるわけです、こういうジャンル又はこういうアーティストが好きです。
そんな感じのやりませんか?って。
うんうん、そうじゃないとわからないもんね。
今の情報媒体なんてそんなもの。
紙っぺらに音情報やライブ映像なんてひっつけられないもん。

じゃあ例えば。
俺達が音源をリリースしました。
一体どのジャンルに区分されるんでしょうか。
普通にロック?
う~ん、なんかしっくりこないなぁ。
じゃあ俺達がメンバー募集しました。
なんて書けば伝わる?
そんなことをふと思っていたんだけれども。
実際困ると思う問題だとは思うんだけれどもそれはさておき。

ジャンルっていう響き。
そしてその使われ方にずっと違和感を感じていたんですよね。
どこににずっとあった、それはもうずっと前から。
俺もバンドマンである限りはバンドマン同士の付き合いってものがあるわけですよね。
それでいろいろ話すじゃないですか。
出てきます出てきます、ジャンルってキーワードがたくさん。
それこそ無差別に差別化する言葉としてね。
何の話をしたって出てくる。

例えば相談ごとでどういうライブハウスに行ったらいいですか?みたいな相談受けた時。
短絡的な例えになっちゃうけれど、あのライブハウスはこういうジャンルのバンドさんが多いとか…だから合う合わないだとかってね。
今度自分のバンドで企画をやろうと思うんだけれど、いろんなジャンルのバンドさんを呼びたいと思ってるんですよねって。
何かに違和感を覚えてしょうがなかった。

最もうちみたいなバンドっていうのは凄く敏感な部分でもあるわけです。
ライブハウス、そして他のバンドさんからどういう括りで見られているのか。
ただのイロモノとして純粋な音楽的評価とは全く別の所で見られているんじゃなかろうか。
ここで書く事ではないんですよね、本来は。
でもオープンにしてきます、もはや基準がはっきりしてそんな小さなことどうでもよくなったから。
今まではとても気にしていたんだけれど、最近ようやくそれがクリアになったんですよね。

差別と区別を履き違えるな。

差別。
バンド間でよくあることです、気に喰わないバンド同士遠ざかる。
これはどうしたってあるもんだし、しょうがないとは書きたくないけれどそういうニュアンスになってしまう。
でもね、待ってくれ。
最初からそれをそういうジャンルだからってそうなるのはただの差別だと思うんですよね。
凄く小さなキャパシティの中で音を出している事になる。

区別。
互いの特徴を見極めながら区別出来て、その上でリスペクトしあえる関係。
これですよね。
ここを基準にジャンルってものを捉えたらす~っとクリアになりました。

当の音出しているバンドマン達がね、そういう意識が無いと世の中全て差別だらけになっちゃいそうで怖いもんです。
それは違うだろ。
そうすれば楽しみがもっと増えるはずだしプライベートでもライブハウスに行く時間が増えるはず。
理想だろうけれど実現不可ではないはず。
俺達のバンドにはちょんまげがいるよ。
うふふ、イロモノじゃないですか。
だって音楽と関係ないとこでちょんまげなんだもんね、なぁジンプルよ。
時代劇にでも出してもらうか、そういう方面で話題を提供してみるか。
クソじゃないですか、そんなの。
そんなに見た目が大事な世の中でしかないなら壊せばいい。
あれは確かに意図的にやっていることだろうけれど、もはやただの趣味みたいなもの。
本質じゃない、だから当分ちょんまげやめないんじゃなかろうか。

例えがちょんまげってのも極端なんですけれどね、どうでもいい話。
いくらジャンル分けしたところで人間なんて同じような部分なんて誰1人ほとんどないんだから。
ついでに自分の中での最も強いジャンルの区別っていうのは2種類。

良いか悪いかのみ。

俺は別にレコード店勤務ってわけじゃないし、ライターでもないし、ライブハウス勤務ってわけでもない、ましてや誰かにこういう音楽はこうこうでって話したいわけでもないんですよね。
もとより聴いている基準が違うはず、比較的どうでもいい、無節操なくらいかもしれない。
良いか悪いか、それで十分事足りるわけです。
何を持ってして良い、悪い……それは単純に響くか響かないかくらいのシンプルな基準。
どれだけ上手かろうが下手かろうが変わらずですよ。
正直言うと、出遅れているわけです。
だってジャンルの呼称ってもう増え過ぎてよくわからないんだもん。
あはは。

な~んかそんなことですっきりした昨日だったんですね。
どうでもいいことがどんどん増えてくる。
これはどういう事なんでしょうね、知れば知るほど。。
不思議な世界だ。

あれから1年。

2006.2.17

第一回完全ワンマンライブ
(・∀・)360゜ステージ四谷に降り注ぐ飛び交う馬糞(・∀・)

これが正式タイトルでした。
第一回のワンマンライブ。
そう、今日からちょうど1年前の出来事。
もう1年前。

~セットリスト~

?  2006.2.17の変
?  フールズ
?  リタリン
?  焦燥は喧騒に
?  メリーちゃん
?  ブルースカイ
?  ギャンブル
?  おでかけ
?  乙雌節
?  舞
?  攫い人
?  イナヅマぎた~(口ギター)
?  せみの唄
?  EFF
?  ロマンチスト
?  You The Sun
?  共犯者
?  イナヅマぎた~
?  回転ドクロ          

早い。
思い出す。
楽屋が妙に広く感じたもんです。
そして本番。
俺はメンバー3人に遅れて1人で後で入ったんですよね。
映像とリンクしての入場だった。
入場直前まで俺は1人事務所に残って最後の水を一口。
店長の秋元さんと2人で無言の会話をしていたもんでした。
会場入りすれば最後。
今じゃDVDとして作品化されているあの冒頭のシーン。
爆音が轟く寸前にのこのこと入っていったもんです。
そして間髪入れずに重力に逆らわずに叩きつけた。

実は最初のファーストショットでスティックが折れた。
そして落ち着いて景色を再確認。
異様。
まずはメンバーを視認出来ない。
会場は赤と閃光のみ。
出音も自らのシンバルに掻き消されてほぼ確認出来ず。
ただ爆音だけが愛しかった。
でも信じれたんですよね、聴こえなくともあいつらはあっちでやってる、俺こっちだって。
実は助けられたのがオーディエンスの小刻みな動きであったり歓声であったり、時折聴こえてくるうめき声であったり。
そこからトランス状態に入っていた俺も経験した事の無かったくらいの情報量がどっと雪崩れ込んでくる。
とてもその状態の頭じゃ処理速度が追いつかないくらいのものだった。
でも薄目でね、景色をフワっと見ていただけでいいんだってことに気付いたんですよね、それで何もかもがわかれた。
完全に視野角は封殺されていたのにね。

そのちょうど一週間前にね、お爺ちゃん亡くなったんですよね。
だから俺は死ぬまでこの日のことを鮮明に覚えているでしょう。
生きてきた中で最もいろんなものが重なった日でもあったから。

当時リタリンだったけれども、もともとワンマンライブをやらせてもらえるような立派なコンセプトで集まっていたわけではなかったんですよね。
よくライブハウス側も許可したもんだ。
メンバーもそこにいたから、成り行きで、じゃあやってみるかみたいな適当もいいところの始まり。
まさしく素人中の素人。
それがいつの間にかたくさんの力が集まって、小さく濃密な塊になっていった。
もちろん今でも継続して助けられてはいるんだけれども、当時は今よりももっと何も無かったんですよね。
バックグラウンドも実績も風評も何もかも。
ただ自分達のライブをすることの繰り返し、規則正しく月1度のペースで。

奇跡。

あの日をあの過程で迎えられた事自体が奇跡。
今、ぼ~っとあの日の事を思い返してみると随分1年で変わったような気がします。
恐らくもう別の生き物になってしまっている。

う~ん…でも確実にすぐにあの頃には戻れるんですよね。
いつでも。
でももうそれは許されない。
懐かしむなんてしない奴なんだけれど、懐かしんじゃいました。
その前夜に会場の設営見に行ったりさ。
終わった時なんてあっという間でした、なんてことない。
時間は儚いもんですね。

今からまたいつかの1年後、そう振り返っている出来事がまた起こっていることでしょう。
そしてそれだけ重くなっていく足を一歩一歩踏み締めていきます。

人生は長くない。

転機か。

解放戦線。

テロだとかクーデターだとか物騒な言葉になっちゃうけれど、結局はつまりのところ、俺も同じような事を考えだしています。
もちろん音楽の世界での話、そして協調へ。
最近、またバンドが1つ解散するのを知らされました。
暗黙のうちにバトンを受け取らせてもらいました、重いなぁ。

なんかね~、近々上手いこといけばどこぞの某紙でコラムなんぞ書かせてもらうかもしれないんですよね。
いろいろあたってるんだけれども、叶えばいい機会だ。
それでね、俺はここで頻繁にあ~だこ~だ好き勝手な事を書いてるんだけれども、そっちはよりメッセージ調の強い文にしたいと思ってるんですよね。
意思の塊を飛ばしたいって思って。
こうじゃないかなっていうんじゃなくてこうなんですよってな具合で。
それって実は凄く難しい。
見てきたもの、感じてきたもの、それを実在するバンドマンの等身大の言としていかに上手く伝えるかなんてね。
神懸かってもいないし、その辺のちんちくりんの言う事を誰が聞くんだってとこからだもんね。

解放戦線。

最近ライブハウスにいることが辛い時間が増えてきました。
息苦しいバンドさんが増えてきたような気がする。
何が息苦しいってね、音楽はこうだろみたいな変に小さな小さなカテゴリーみたいなのを設定してその中で生きようとする。
バンドの世界観としてね、それでメンバー全員が気持ちよくなれるんであればまだいい。
とはいえそれだけじゃオナニーに過ぎないんだけれど。
でもきっと音楽ってそういうものじゃない気がする。
誰しもが感じれるしね。
ただその許容範囲がどこまでかって話ですよね。
別に広くたっていいじゃない、狭くってもいいじゃない。
いいじゃない、いいじゃない、なんだって。
楽しけりゃいいじゃない。
心に響けばいい、それがまず第一歩。

ただ……

広かったとして…狭かったとして…
それは本当に右と左があって右を選んだの?
それは本当に上と下があって上を選んだの?
そこを問いたい。
極論を言ってしまえばどうでもいいんだ。
誰が何に楽しみを持っていて、どこに執着して、いつ辞めてしまおうが構わないんだ。
ただ、ちょっとでもね、自分が感じる楽しさってやつを伝えたいじゃないですか。
おいしい店があれば教えてあげたいし、じゃないとエンターテイメントってものが本当に虚像で終わってしまう。
自由も不自由も選ぶのは自由、五体満足である限りは。
だから選んで欲しい、本当にそれが自分で選んだのかをね。

そして。
そんな事を思いながら音楽やっているという事自体に逆に息苦しいと感じてしまう人達もいます。
当たり前だ、本来そんなにあれこれ考えるものではないんだから。

ただ今のライブハウスシーンを見ていると、それを選ぶことさえ知らない人が多過ぎるように見えます。
かと言って、俺自身が完全に選んだのかっていえばそれは言い切れない。
常に選択肢って増えていってるんだもんね、ねずみ算みたいにね。
でもそうありたいと思ってます。
そういう思いを込めてね、ライブハウスを主戦場に転戦しようと思っています。
在るものを在るものとして、見たものを見たものとして受け止めたいじゃないですか。
そこに協調出来るのであれば何も逆らう必要はない。
ただそう思います。
理想だ、無理だ、うんうん、それでも構わない。
構わないさ。

構わない。

だからこそ楽しい。

狂騒の狼煙、そろそろ準備しようか。

2月14日四谷OUTBREAK終了!

ふはははは!
バレンタインデーもなんのその。
構わずやってきました、ドカドカっと。
出番はトリだったんですよね、それで30分押しだったもんだからもう始まった時には22時30分近く。
終わった時には23時過ぎていたんじゃなかろうか。

それにしても良い日でした。
新たなる出会いがたくさんあったんですよね~、そしてそれを媒介してまた繋がっていく仲間達。
なんとも貴重な一日でした、ありがと~ございましたっ!!

昨日は終始新鮮な一日でした。
ちょっと前まで知らない人ばかりだったんですよね、打ち上げなんてとくにそう。
そのちょっと前まで知らなかった人達が卓を囲んで談笑している様子を見ていると、とても不思議な気持ちになったもんです。
いざその卓に入ってみるとパッと自然に話せるんですよね、次々と新しい場が出来ていく。
んでそれに混ざれる自分が不思議~みたいな。
いやいや、冗談抜きで奇跡の連続みたいなもんですよね。
人の輪がどんどん大きくなっていくのって。
皆それぞれ生きてきてその瞬間に偶然何かのきっかけでその場に居合わせてしまったが為に出会えて談笑してるなんてさ。
60歳前後まで生きたとしてもね、20000分の1日の確率ですよ。
そんな屁理屈をこねてしまいましたが、その光景をぼ~っと見ていて思ったんですよね。

ライブ前からそういう様子が匂っていた。
いつものメンツだけじゃなかったんだもん。
俺達って基本的にそうなんだけれども、仲の良いバンドさんがいないんですよね。
あれ、なんか勘違いされそうだ、違う違う。
仲の良いバンドさんはいるんだけれど、何回も対バンするようなバンドさんがいないって話です。
せいぜい定期的に四谷で行われているメンタル系のイベント、というよりコミュニティー化していっている精神異異常者くらいだ。
なんとなくね、異文化交流みたいなそういう雰囲気に教えられたものがありました。
だってどのバンドさんも活動してきたバックグラウンドが全く違うんだもんね。
それにしても良い日だった、そういうのが起こり易い場所なんだ。

昨日あったことを書いていくと、まず四谷に着いた時点で俺の所持金が1円、candyの所持金が3円という大惨事ぶり。
諸事情があって俺も死んでたんですよね、それでも奇跡的に四谷までの電車賃まではなぜかちょうどあった。
それであまりに喉が渇いていたのでジンプルとYu-ponの飲み物を飲み尽くす。
なんて酷い奴だ。
そこスタートだったんですよね、まず飲料確保みたいな。
リハも通常セッティングのバンドさんが6バンド中俺達だけという奇抜な日でもあったので押し押し。
流れ作業でスムーズにリハ開始。
俺なんてセッティング終わってないのに音チェックしてたもんです。
この頃に既に自分達の本番が相当遅くなるなっていうのは予感してました。
それで腹を減らしたかわいそうな俺にジンプルが動物性油脂を摂取出来る弁当買ってきてくれた、おまけでパックのハンバーグつき。
それで程なくイベントスタートしたんですよね。
スタートラインが四谷に到達出来るかってとこだったって話ですね。
所持金1ケタでもなんとかなるもんだ。

そうだ。
昨日チョコとかお菓子いただきました。
じわりじわりと味わいながらこれを書いています。
お返しするぞ~、お~~!!!
ありがとう(TT)
何がいいかな、仙台か大阪で何か買ってこようかな。

そんなこんなで昨日も無事に終えることが出来ました。
ありがとうございました~~!!

リハ帰り。

candy以外はリハでした、夜中。
さっきまでジンプルとYu-ponが抱き合ったり何度もチュ~したりしてました。
仲が良いのはわかるけど、眼前でそこまであからさまにされてもなぁ。。
俺いないとこでゆっくりやったらいいのに。
うふふ。
爆弾ですよ、今日やります、あれ。


実は俺…、

風邪ひきました!!!

なんてこったぃ。
ひいたって言ってもね、熱が出る手前のとこでずっと食い止めている感じです。
今から12時間ほど前に自覚症状が。
喉が痛い、微妙に関節が痛い、しかしここからは進行させないぞ。
バカは風邪ひかないんやぞ、だから大丈夫。
薬飲んでね、はちみつ舐めてね、Sカップ飲んでね、ひやしあめ飲んでね、大根食べてね、レモン食べてね。
んで風呂入って思いっきり汗出してくそ暖かくして今です。
風邪ってね、とにかく喉を守って基本的に暖かくして呼吸を整え続ければ以外と症状発症の瞬間を引き伸ばせるんですよね。
とりあえず今日のライブは問題ないでしょう。

バレンタインデーか、なんともどうでもいいなぁ。
今日の出番は俺達ラストなんですよね、トリ。
なんかね~、トリが好きなバンドさんって結構いるんですよね。
でもね、うちにとってはトリっていうのは単純に待ち疲れるんですよね。
恐らく21時過ぎにスタンバイに入る頃にはメンタル的なピークが過ぎているかもしれない。
その部分の調整がもっと上手くなったらいいのになぁ。
そんな事思っていても一度スタートしてしまえば全く関係ないんだけれどね~。
パチ~ンってスイッチが入るともう何もかもわかんなくなるんだから。
なんかチョコレートネタでもやろうかなぁ、、
なんかcandyにやってもらいます、チョコ使った何か。

もう寝よう、まずいまずい。
おやすみなさい~~~!!

作文。

もう何年かぶりにしゃっくりに襲われているちんぱんです。
ハヤシライス飲み込んだ瞬間にきやがったもんだからボェって吐き出しそうになりました。
松屋のカウンターでやってしまうとこだった。

ジンプル日記が更新されないでもうすぐ1ヶ月になりそうです。
なんてこったぃ。
元々は三年寝太郎を越える勢いで時間軸をブッチギリで直っ切っていたジンプルさん。
待ち合わせ時間にガチで6時間遅れてきて、俺に初めて沖縄時間とはスケールの違うアフリカ時間というものを体感させてくれたのも彼。
もう腹立つとかじゃなかった。
腹立つなんてね、どんなにいってもせいぜい2時間くらいじゃないでしょうか。
圧倒ですよ、皆次元の違う何かに飲み込まれてた。
とてつもないのん気さに地球の豊かさを感じたもんでした。
どこで何してるんだろうか~、ジンプルよ~。
彼の日記のお題を指定しておこう。
部屋とYシャツとわたしにちなんで……

『社会とちょんまげと私』

よし、これで書いてくれるだろう、よしよし。
語感的にいまいちだなぁ、まぁいいや。


さてさて。
_ _ _ _*は今、ライブ前だと言うのに作文をしています。
ダンスしたり作文したり図画工作したり、まるでお遊戯の時間みたい。
あはは。
何についてとかはさすがに書けないけれど、とにかく作文しています。
それもPCにカタカタっと打ち込むんじゃなくて、紙とペンで。
面白いんですよね、作文。
最近じゃなんでもかんでもウェブ上で解決しちゃうもんだから普通に文章を手書きするなんてほとんどなくなっちゃった。
メールのやり取りなんかでもね、あんなの熱の無い文字なもんだから味気なくてしょうがない。
それならではの駆け引きみたいなのはあるんだろうけれど。

わかるんですよね~。
不思議と手書きの文字っていろんなものがわかる。
内蔵されている情報量が半端じゃない。
心がこもっていたりこもっていなかったりなんて一発。
人の性格もよく出る。
俺なんてね、ダイナミックO型ぶりを発揮し過ぎて嫌になる。
字は汚いし後半行くに連れて字間がばらついてきたりさ。
そんなふとしたとこでも焦って書いたのか落ち着いて書いたのかとか。
小学校の時、よく授業で作文やら感想文やら書かされてそれっぽいこと書いて提出していたけれど、今考えたら全部バレてたんだろうなぁ。
とりあえずみたいにもっともらしいことをピーチクパーチク並べてそれっぽい文章に仕立て上げて、はい!出来上がりってさ。
だめだめ。

不思議なんですよね。
書き始めはんあぁ~って感じでも少し書く輪郭が見えてきたらガンガン書ける作文。
少し愛情が込めれたら文も最初から最後まで丁寧になる。
バンドだってね、ライブハウスとの打ち合わせって言ったらなんだけれどもそういうのあるんですよね。
手書きでその日やる曲に対しての音響の注文やらステージ構成の段取りなんかもしっかり伝わるように書いて渡す。
曲のイメージの色なんかもね、ここはこう、ここはこうって書くわけです。
それをもとにPAと照明がやってくれる、ここを双方でしっかりやっていないといいライブなんて出来ないもんね。
殴り書きしているバンドなんて心象が悪いったりゃありゃしない。
だってライブするにあたってのバンドの気持ちがその程度だってことだもんね。
常に人に対して堂々としていたいもんです、お互いに。
そうすればつまらんいざこざなんて減りそうだ。

俺字が汚いんですよね、だから困る。
ペン習字でもやろうかな…。

3月の_ _ _ _*。

昨日のリハね、Yu-pon病欠ですよ。
ウププ。
もしかして深夜の路上でダンスして汗かいてそこから始まったのかもしれない。
今回はちゃんと潜伏期ありで。
っていうのも前回風邪ひいた時はね、あれは12月の大阪遠征の途中で寄った多賀インターでのこと。
俺は運転しないとだったから体を冷やして眠気飛ばす為にタンクトップ。
それで気付いたらYu-ponもなぜかタンクトップ、特に意味はなかったはず。
風を感じたかったんだろう。

その夜、ライブ終わった後にYu-ponダウン。
???
聞いてみたら頭がガンガンするって言ってる、なぜだ…。
それで思い返したら冬の朝っぱらからタンクトップっていうのが原因だって判明したんですね。
どんだけ潜伏期短いんだよ!って話です。
今頃苦しんでるんだろうなぁ、皆次会ったら必ず言ってやってください。

「風邪大丈夫!?」ってループしてください。

早く治ればいいのにね、原因が何だったのか知りたいっす。
俺とジンプルさんは中々風邪ひかないんですよね、バカはなんたらってやつですね。
candyは頻繁に体調悪い、というよりもはやあれはキャラなのかもしれない。
かえるのぬいぐるみ同士が互いの経緯を自己紹介して、そこからぬいぐるみ6匹+1匹…人?
で盛り上がっていく姿に戦慄…体の具合が悪くなりそうでした。
それはまぁいいや。

3月の_ _ _ _*を少し書いておきますだ。

まず3月3日(土)。
これは詳細が載っているので大丈夫だとは思いますが、四谷OUTBREAKの記念すべき2周年記念です。
あれ、なんか文がおかしいぞ、おかしくないか?
その日のうちの出番はなんと1番目。
思えば四谷でずっとライブやらせてきてもらった中で1番目というのは2回目ですね。
23回?くらい出てるのに。
俺達も四谷の立ち上げ時からじゃないけど、オープン2ヵ月目から今までずっと出入りさせてもらってきたわけです。
自負も少しはあるんですよね、俺達以上にあのライブハウスと付き合ってきたバンドなんているんだろうかって。
良い部分も悪い部分もね、隠すとこなんてない。
下手したら1000近いバンドが出演していたとしても。
出演した回数の問題じゃなくて人と人として誠意、敬意、尊敬、恩義、あらゆる言葉が軽くなってしまうような次元だ。
だからとてもめでたい、めでたい日なので殺す気で祝いに行くつもりなんて毛頭なくブチ壊してやろうと思ってます。
また来年、さらに大きくなってお互いに3周年迎えられるように俺達なりの真っ白なライブで。
メンタル勝負になりそうです、名も体も捨てて。
楽しみだ。


そして3月8日(木)。
この日は初めて名古屋ですね。
鶴舞デイトリップっていうライブハウスにお世話になることになりました。
そこの店長さんでね、春日井さんっていう人がいるんだけれどもこれがまたとんでもない人なんですよね。
「春日井直樹と午前0時」ってバンドやってる方なんだけれども、ちょっと言葉では形容し難い素晴らし過ぎるバンドさん。
東京にもツアーでひょいひょい出てくるようなバンドさんなんだけれども、俺達が出演させてもらうこの日、なんと出てくれるって。
初めてお世話になる名古屋でも何かが起きそうです。
間違いなく後々に繋がれると確信しています。
音楽の話が出来る人とたくさん話がしたいもんです。
説教してくれ!!
でもきっとMじゃないよ。
それに名古屋、実は半年住んでた。。。


続いて3月9日(金)。
2回目の大阪、キングコブラ。
待ちかねた日ですね、個人的に。
へ~い、我が故郷よ!
この日に関しては何も無い、無我でいかねば。
大阪の人も読んでくれてるかな?
出番は遅めですよ~、大阪行きますよ~~!!
でもこれだけ書いておこう。
ミドリってバンドとその日対バンです。
覚えておいてください、この名を。
きっといつかね、大きなことやってくれそうなバンドさんです。
やっと出会えた、いや、もうか。


3月23日(金)。
この日は初めて渋谷屋根裏っていうライブハウスに行きます。
VROOMっていう1月横浜で対バンしたバンドさんにめでたく呼ばれました、ありがとう~!
まだ決まったとこなので詳細はわからないのですが、これもとても楽しみ。
何が楽しみってね、俺達の全く知らないシーンなんですよね。
これに出会えるのって本当に貴重な機会です、誰かが誰かと繋がるというのは要するに奇跡の繰り返し。
もともと_ _ _ _*は渋谷っていうもの自体に弱かったりします。
今まで2回かな?asia-pとAUBE。
渋谷を中心に活動しているバンドさんに対しては全く面識も無ければ何がどうなっているのかもよくわからない。
サウンド重視のしっかりしたバンドさんが多いっていう印象かなぁ。
いや、こんな書き方したら語弊があるかもしれないけれど、とにかくアベレージで演奏力が高そうな印象。
きれいなのかな~。
夜はクラブに様変わりするとこも多いし興味津々。
これからまだまだ知らないシーンにどんどん乗り出していこうかと思います。
お外の世界は広そうだ。
そして渋谷屋根裏っていうライブハウス。
ここはね、詳しくは書かないけれど個人的には某系列店の中では最もきれいに音が出るとこだと思ってます。
いろいろとそれぞれ特性があるんだけれど、バランスうんぬんよりも出音が単純にクリアにね。
それは前ライブ見に行った時に思ったもんでした。
どうなるんだろ、知らないシーン、知らないライブハウス、未知なところがたまらんです。
恥を誉にしてきますだ。

まだ決まってないのもあるけれど、今のところこんな感じです。
バタバタっと書いてきてしまいましたがなんとも贅沢な日々です。
大事に大事にその日その日をね。
春が明けた頃にまたいい報告が出来たら嬉しいですね。

感謝!!

バレンタインデー。

2月度は散々いろんなライブ見てきました。
もういいだろってくらいたくさん。
_ _ _ _*以外のライブならちょこちょこ出たりしていたんだけれど…
それよりもたくさん見てた印象ですね、ぼ~っと傍観者。
1月はバカみたいにライブがあったけれど、2月はここまで音沙汰無し。
そしてぇ~っ!!
さらにリハさえも音沙汰無し。
経済原則を理解出来ない…しようとしないのか知らないふりをしようとしているメンバーの賜物ですね!!
俺もお金無いぞぉ~~~~!!
そんなとこでロックせんでいいやないか。

しか~~っし!!

2月14日、やっと_ _ _ _*ライブ出来るじゃないですかぁ!!
ウヒャヒャヒャヒャヒャー!!
っていう気分なんですよね。
そして今から約2週間ぶり?くらいのリハなんですね~、これがまた。
その間、ジンプルとYu-ponは必死で練習していたそうです。

新宿の片隅で踊りを……。

ミュージシャンの端くれなはずなのに。
おもろいな、うちのメンバー。
そんなわけでやっとライブが出来るみたいです、うち。
たった2週間にも満たない期間なのにかなりなまった気がします。
勘が。。

街はバレンタイン商戦で忙しそうですね。
よく考えたなぁ、チョコあげようなんて企画。
野朗共が勘違いして中途半端に喜んでもらってしまった義理チョコのお返しに奔走する姿が目に見えます。

高校の頃もらったチョコでショックなのがありました。
ある盛り場でね、ちょっと気になってた娘がいたんですね。
ちょっとじゃないな…あれはかなりだった。
その年のバレンタインはライブだった、その娘も来るってさ。
張り切るじゃないですか、そんなもん張り切るわ。
とりあえずチョコもらってワンステップ、そこからツー、スリーって。
その日のライブはもうそれは白熱したステージで何かに切羽詰って鬼気迫ったような表情で清々しかったんですよね。
それで終了後、俺はきっと確信に満ち溢れた傲慢なくらいの堂々さでフロアに挨拶しに行ったもんです。
そしてその娘の前をわざとらしく通り過ぎる。

あれ?

もう1回通り過ぎる。

あれあれ??

相当焦ったんですよね、何も反応無かったから。
風評でそこらかしこから絶対お前に気があるぞみたいな話されて喜んでたのに。
それで残酷なことにイベントはそのまま終了。
チ~ン。
もぬけの殻とはまさにあの時の俺。
それで泣く泣く機材持ってはけようとしていたその時!!
その娘の友達から手渡されたんですよね、チョコ!!!!!!!
チョコですよ、チョコ!!
もうね、今日という日をこのまま終えるということをなんとか受け入れようと努力していた矢先だった。
もらいました、チョコ。
狂喜乱舞してね、それで影にこそこそ隠れて中を確認。

おっ、手紙が入ってるぞ~~!!
あの時代、メールとかなかったからね。
書かれていたこと。

「私のことが噂になっているみたいだけれど、何もないので気にしないでください。ご迷惑かけてすいませんでした。」

(TT)(TT)(TT)(TT)
(TT)(TT)(TT)(TT)

出来た娘じゃないですか(TT)
俺はあの時に一回りどうでもよくなった気がします。
結局その1年後くらいに仲良くなったんだけれど、そんなことはどうでもいい。
あのしょっぱさ、忘れません。
今年も全国で男女のドラマが織り成されているんだろうなぁ。
誰にとっても大事な思い出ができたらいいのにね。
今年はおとなしくライブしとくです。

非情になる。

平坦な道。

凸凹な道。

火中の栗を拾うとはよく言ったもんですね。

非情さが必要だと言うのならば非情になろう。

そこでしかきっと生きれない人種。

よくある話かな。

少年ジャンプ!!

ブワッハハハハ!!!
ジンプル&Yu-ponよ!!
candyの誕生日を忘れていたようだな~~!!
俺の一人勝ちじゃないですか~!!
ジンプルには飯おごったし、Yu-ponには舞台衣装あげたし、メンバーの誕生日制覇したど~~!!
いや、ちょっと書きたかっただけっす、エゴ丸投げ。
大事だからね、そういう日。
いや、ほんと。。。

昼間っから近所の食堂へ行ってました。
化学調味料の欠片も感じさせない家族経営、昭和の味がするメニューばかり。
そこが好きでたまに行ってるんですね。
今回頼んだのはオムライス。
なんだろう、使い込まれた鉄板の香りまで織り込まれているような。
そこに置いてあった雑誌にふと目をかけると週間少年ジャンプが。
懐かしいと思いながらページをパラパラめくる。
何もかもわからないじゃないですか、何一つ知らない漫画ばかり。

どこに行ったんだ……、ウォーズマーーーン!!

あの頃に受けた衝撃覚えてますか!?
ミートくんの体がバラバラになった時、どれほどの悲しさに包まれたか。
ロビンマスクの仮面だけが水面から上がった時…。
魔貫光殺砲が悟空を貫いた時のあの衝撃。
そしてヤムチャとクリリンがバタバタと死んでいく。
大豪院邪鬼が壮絶な死にっぷりに感動したあの日。
ダイの目前でポップがバランにメガンテ唱えたあの切なさ。
太尊と鬼塚の一騎打ちを見て俺も東京に行こうと思ったもんでした。
電影少女、俺にとってのエロスはここからだった。

DRAGONBALL、魁!!男塾、キンニクマン末期、キャプテン翼末期、シティーハンター、ジョジョの奇妙な冒険、山下たろ~くん、燃える!お兄さん、ろくでなしBLUES、ついでにとんちんかん、まじかるタルるートくん、ダイの大冒険、ターちゃん、聖闘士星矢、幽遊白書、SLAMDUNK、マキバオー、花の慶次、ぎりぎりでるろうに剣心…ここくらいまでがストライクゾーン。
もっとたくさんあったろうに思い出せない。
それ以後は確かマガジンに移行してその後ヤンジャン、そして読まなくなった気が。。。

あの頃って本気で漫画に心酔していたんですよね。
本気で楽しかったし本気で悲しかった。
それで気になって気になってしょうがなかった。
俺はその頃大阪だったんですよね、それで確かジャンプの発売日が月曜日だったような気がする。
でも実は東京では1日前から置いてあるとかって話で盛り上がったり。
それで誰かの友達が大阪の発売日の前日に買って帰ってきて、発売日の朝礼後とかに見せびらかしていた時には狂気乱舞して喜んでいた記憶があります。
コンビニなんてあの頃なかったもんね、今じゃ朝から普通に置いてるけどさ。

それでね、あの時は楽しかったけれど今再び落ち着いて読み返してみるとやっぱり面白いんだけれどびっくりですよね。
北斗の拳とか男塾、聖闘士星矢のように読んでるときはひたすら楽しいんだけれども、落ち着いて通読すると、ストーリーなんてほぼ存在しないことに気付くんですよね。
一週一週がスリリングであることがなにより重要だったんだろうなぁ。
話の整合性を整えれてるのなんてまだまし。
まともな終わり方をしている漫画なんてほとんどなかったんじゃないだろうか。
DRAGONBALLも末期はしっちゃかめっちゃか。
聖闘士星矢なんて末期はハーデス編で冥界に行くのにえらい苦労して人もバタバタ死ぬんだけれど、そんなの黄金聖闘士のキャンサーの技で簡単に行けただろうって話とか。
男塾なんて明らかに終わるべき時に終われないでいた。

今考えると当時のジャンプって細かい事は書きたくないけれどそういう雑誌だったんでしょうね。
格闘系がとにかく多かったんだろうし、刹那的な描写や物語がとにかく全盛だった。
設定も細かいようで結構ざっくばらん。
視聴率取りに行って今大問題になっているような事件とも背景は似ていますね。
そういうのが許された時代だったんだろうなぁ。
好景気に溺れることが出来たんだろうし。
今の漫画って異様に設定が細かかったりするじゃないですか、つっこみどころの欠片もないような。
ゲームもそうだけれど、もう夢っていうのが少なくなってきている。
最近になってドラえもんが実は練馬区の話だって知ったくらいです。
本気の喧嘩なのにやりたくてしょうがなかった俺はキンニクバスターをかけて親と一緒に相手方の自宅まで謝罪しに行ったのは長い時間内緒の話でした。
俺ちゃんと謝りましたよ、もうキンニクバスターしませんって。
ちゃんとかけきれなかったのがちょっと残念、首痛めたなぁ。
でもそれくらいの熱狂度だった。
かめはめ波撃てるってやつもいたしね。

あの頃のあの感覚がちょうど音楽に傾いているんでしょうね。
根底はきっとあの頃から変わってないままここまできてるっぽいっす。
ジャンプ、俺にとってはいつまでも残るでしょうね。
それにしても今日見たジャンプの漫画達、月日が経てば何もかも変わるもんですね。
ちょっと寂しかったなぁ。

設定めちゃくちゃで明らかに無理がある漫画、出てこい!!

サビ縛り。

なんのことかわかりますか?

サビ縛り。

俺も最初この言葉を聞いた時はなんのことかわからなかった。
全くもってね。
10代の頃はよくカラオケに行っていたもんです。
ちゃ~んと最初から最後まで歌ってましたよ。
既にバンドやっていたってのもあるかもしれないけれど、ある意味そんな発想自体が思いつくはずもなかった。
信じられん。。

サビ縛り。

カラオケなんかでね、何十曲もサビだけを繋げて歌い続けるというものが巷では結構普通に行われているらしい。
そればかりかi-Podなんかにも編集してサビだけ繋げているものを延々聴いている人もいるらしい。
50年後バンドなくなる説、これは本当に信憑性がありますね。
腹立つけれど、それ以上にもう何も言えません。
それはそれで楽しみ方かもしれない、でも解せない。

なんという感性の低下、恐ろしい話です。
文化の低下は国力の低下だっていうけれど、俺もこの話で実感出来た。
これはもう商業ベースにのっかった音楽シーンを象徴しているような出来事だと思います。
力が無い俺達の世代が悪いと思うし、後の人に申し訳ない。
もしかしたら俺達の世代は後々に何かの最後みたいな世代として語られているのかもしれない。
商業ベースの音楽なんて本当に良いところだけ。
人生に於いてありえないような…理想はこうだったらいいなっていうものの集合体。
虚飾もいいところ。
否定しているわけではなく、それはそれとしていものだけれどもそれだけでどれだけ人として持って生まれたはずの考える力、感じる力、共存する力、自立する力があるのか。
その時にはマンパワーがどれほどのものなのか。
流行のように毎週出てくる最大公約数の約束された似たような違うような音楽に感化され、そして何もない薄っぺらい物量に何の疑いもなく満足してしまうことこそが恐ろしい。
個性の消失、均一化、そして終いには世論というものに巻かれることしか出来なくなっていく。
いつしかそれが是、そうでないものは否。
きっと芸術文化から顕著に発症していって、国際社会に取り残されたと気付いた時には手遅れになってそうな気がします。

サビだけしか聴かないで満足出来るっていうのは完全に麻薬。
ハイな部分だけでいいってことですよね。
Aメロ、Bメロ、間奏が長ッたるい、その感覚は…まさに商業ベースの音楽じゃないか、その思想そのもの。
単純に盛り上がるし歌いたい部分だしね。
まるで音楽が人の成すものというよりもおしゃれそのもの。
考えられない。
共感や疑問、肯定も否定もない。
完全に供給サイドと需要サイドのギャップのずれも意味する。
要するにアーティストサイドも曲を作る必要もなくなっていくわけですよね。
聴いてもらう前提だったらもう完全にち~んです。
衝動的に作りたいんだってだけの人だったらいいんだけれども、それだったら頑張ってライブする必要もないわけで。
ひたすら30秒くらいで現代人に良いとされる甘美なサビだけ発表していればいいわけです。
たった3分4分だけだったとしても、そこに込める人としての大事な気持ち、情感を読み取れない。
もっと言えば作る側にも込めれるだけの感情や技術が伴わなかったりしているわけで。
だからサビ以外は必要ない。
恐ろしい。
そこには感動も興奮もない、あるんだろうけれど何百倍も縮小された感動じゃないかと思います。
きっと音楽に限った話ではない、他方面にでしょう。
それがビッグマネーを動かす音楽だからわかりやすく現れてるんだ。

おかしなもんですね。
寂しかったり人と遊びたかったり楽しい時間を共有したいっていう思いがあるからこそ盛り場に人は集まるのに、その肝心の場がそんな薄っぺらいもので成立してしまうんだから。
でも結論としては俺達の世代に力が無い、その一言に尽きる。
受け入れられるものしか受け入れられない世の中にしてしまったのは紛れもなくこの時代なんだから。

その話を聞いてね、具体的に俺達が楽器を持って何が出来るのか、何をすべきなのかがわかったような気がします。
はっきりと嫌なくらい明確に提示されたような気分。
知っているもの、感じているもの、そして人との会話の楽しさ。
本当の本当に自分が受け入れられた時の喜び、誰かを受け入れた時の優しい気持ち。
それらがそんなにつまらないものではないっていうものをこれからは念頭に強く叩き込んでドラム叩こうと思います。
たったそれしか出来ないけどね、でもそれなら出来そうだ。
腹の底から笑い合える人達にたくさん会いたい。
音楽を通してってのは建前で人として人と接したい。
本質を偽る事なく。

諦めません、すでにいろんな場所に仲間もいるんだから力も借りて。
サビ縛り。
そんなもので成立してしまう世の中なんてサラ地にしてやるよ。

ライブハウスには魔物が棲んでいる。

見ました、魔物。
久し振りにあいつを見ました、それも圧倒的な飲み込み方だった。
途中でいろんな怒りがこみ上げてくるほどに。

好きなバンドさん。
いつも安定しているしパフォーマンスもいい。
さらには実績もありなおかつ同世代のバンドさん。
ずば抜けてるバンドさん。
それに対して都内でも有数の評判のいいライブハウス。
俺もそこのライブハウスの音はよく知っていて、どのバンドが行ってもだいたいどうなるか予想出来ても必ず良い意味で期待を裏切るようなクオリティーの高いライブハウス。
まず間違いなく安心して向かったんですよね。
思ったとおりイベントは盛況で会場もほぼ満杯状態。
とてもいい雰囲気で登場。

それが一音鳴らした瞬間に終わっていた。
戦慄とか驚愕って言葉が似合うんだろうけれど、もっと上位のもの。
呆然としてました。
どんなに酷いライブハウスに行って、オペレーターさんの腕の悪さやバンドサイドの内音の作り方の劣悪さなんかの諸条件が重なったとしても、中々お目にかかれないほどのローの回り方。
壁が震えていた。
俺もバカみたいにいろんな酷いステージ見てきてるけど、あれは本当にここ何年も見なかったようなもの。
ドラムが聴こえない、ベースが何弾いてるかわからない、ギターも間奏しか聴こえない、かろうじてボーカルだけ聴こえている状態。
最前列から2,3列目まではわりとよく聴こえたみたいです、なぜなら生音の射程距離だったから。

もうね、これほどのバンドでもこんなことになってしまうのかっていうのが信じられなくて。
怖かった。
俺達でもいつかこうなる時が来るのかなって。
それで俺達は観戦中、あまりの酷さに我慢出来なくて、バンドマン同士で片っ端から考えられる原因を相談。
だって2曲3曲って進んでも一向に改善されないどころか…。
いくらなんでもこれはちょっとPA卓に乗り込んで今どういう状況でこうなってしまっているのかを直談判してみるか、または最前列まで行ってバンドさんに伝えるべきかって。
それであるバンドマン、こちらも相当強くて信用出来る人がPA卓に突撃。
あっさり返ってきた返答はバンドサイドの責任だと。
絶対それだけじゃないだろうっていう疑問を抱きつつ、諦めました。
終盤に差し掛かっていたしもうどうにもならなかった。

とにかく信じられなかったんですよね。
もうね、タイトロープですよ。
ちょっとした悪条件が重なっただけだったと思います。
セッティングの段階でアンプのつまみがほんと2、3mmずれただけだとか、PAさんが初めてそのバンドさんを担当したとか、ちょっと体調悪かったとか。
俺はドラムだからドラムからの原因を考えてもそこから解決出来ることってのは本当にわずか。
だってドラムは人力に頼るところが多い、つまみなんてないしね。
いろんなライブハウスにこれから行くことになると思います。
そのほとんどが知らない初対面のライブハウスばかりでしょう。
うちなんてまだそんなに動き回っていないんだから。
そういう場所で本当に困った時どうするのか。
何かが起こっている最中もライブ中であっても気付けるか。
あれだけのものをまざまざと見せてもらった教訓は絶対に活かさなければいけない。
本当に凄い勉強させてもらいました。
少しでも良い時間を作っていく為に敏感にならなきゃ。

あんな魔物は二度とごめんだ。

ベーシスト。

さて、ベーシスト。
一般の人から見ればどういうポジションなんでしょう、ベースって。
もしかしたら最も地味に見えて…仕方ないかもしれない。
目立つか目立たないかと言われればギターよりは目立ちにくい。
最近異様にベーシストと話をする機会が多いから書いてみよう。

何から書けばいいだろうか。。
何を書いてもドラムからの観点になってしまうんだろうけれども。

俺自身の話で言えば、正直ドラムよりベースのほうが適正があったと思います。
指が動くのかどうこうよりも思考回路が。
ドラムのフレーズよりもベースのフレーズのほうが異様に湧き出てくる。
でもそれって落ち着いてよく考えたら正しいと思います。
なんでって、いつしか俺はライブハウスに通ううちに心地良いサウンドあるところには必ず良いベーシストがいるのを無意識で知っていたからなんですね。
だから自然とベースから聴いている節がある、心地良ければ心地良いほど。
自動的に蓄積されていくんですよね、他のパートよりもベースラインが。
アタックの瞬間から減衰率、そしてスライドも含めて滑らかな波をうねらせながら下っ腹にジワジワっとくる。
それが延々ループさせやがるもんだから腰から下が柔らかくなっていって踊らされる。
少ない、日本には絶対的に少ないんですよね、そういうベーシスト。
音楽文化もあるんだけれど、ライブハウスのほうがたくさん出会えます。
メジャーなんかはもう洗練され過ぎて、ベースっていう本来の能力よりもボーカルをいかにっていうベクトルが強いから中々お目にかかれないもんです。
何より音源じゃなくて生じゃないとわかりにくいし。
そこがしっかりしていれば、ギターやボーカルなんて遊んでいてもとりあえずは成立するもんです。
逆はダメだけど。

ベースの能力。
最近はバルザリー以前と以降で分けられていたりしますね。
あの有名過ぎるレッチリのベーシスト。
異様に速かったりベチベチ鳴ってたり、とにかくわかりやすくベースのサウンドが表に表に。
以降はダメとは言わないけれど、違う。
表面的な派手さだけを吸収している人が多過ぎる。
それは違う。
場合によってはグルーヴを構成する上でドラム以上にリズムの核になりつつ、なおかつアンサンブル重視の局面ではボーカル以上にメロディのようなアプローチを試みる。
どちらにも行けるんですよね、これがまた。
それをたった4本の弦で、しかも他の楽器よりも数少なく限られた奏法の中で。
和音という概念ではなくたった一音を連ねてね。
要するに音楽的に最も万能でなければいけないんですよね。
音楽的にと書いたけれどももっと広義として平たく言ってしまえばセンスですね。
とにかくトータルバランスに優れたジャンキーが多い。
センス、リズム、アンサンブル、タイム、全てにおいて。

俺がドラムよりもベースのほうが適正あったっていうのは少しは希望もあるはずなんだろうけれども、どうしたって意識がそっちにそっちに。
めちゃくちゃ勝手きままにドラム叩いているおかげで俺の音楽的な素養はもうちんぷんかんぷんです。
教科書すっ飛ばしてひたすら遊んでる。
嗅覚と触覚だけで音楽やっている感じ。
視覚と聴覚は恐らく鈍ってるはず、ベースを同じ時間やっていたと仮定したとして。
だからベーシストとの話はいつでも楽しいもんです、他のパートも面白いけれどやっぱりドラム叩いてるから。
なんだろう…、ハットやらキックやらに纏わりついてきて、ある一定以上の状態になってしまえばちょっとやそっとめちゃくちゃしても離れられないあの感覚。
還る場所があると安心してぶっ飛べるあの感覚。
無意識から自意識に戻った瞬間にやっぱり絡み絡まれているあの感覚。

だからね、ちょっといいなって思ったバンドさんを見つけた時は少しでいいんで意識的に感じてみてください、ベースを。
聴いてじゃなくて感じてって書いたのは下っ腹になんというか良い感じで撫でられるようなの。
また一つ新しい音楽の楽しみ方が増えるんじゃないでしょうか。
良いバンドには絶対に良いベースがいる。
わかりにくくて目立たなくてね、花形じゃないもんだから。
ボーカル、ギター、ベース、ドラム。
バンドって上手いこと出来ているもんです、参った。

発想の源。

なんでっていうくらいの独創的な作品に会いました。
どこからどういう風に見れば…
ちょっと教えてくれって言ってしまったくらいのもの。
作品と言っても音楽なんだけれども、超越していた。

聴いているとね、わかるんですよ。

熟睡中、夢の中の様子が窺える。
むにゃむにゃと目覚めと共に現実世界へ。
今起きたんだ、歯でも磨いてるのかな。
あっ、服選んでるな…
そうこうしてるうちに時間が無くなってきて慌てて飛び出して、
仕事仕事…
好調な時間帯、不調な時間帯、その中で複雑に行き交う感情。
無事仕事が終わって街に繰り出して遊び倒す。
晩御飯食べて風呂入って1人寂しくお休みみたいな。

歌詞なんてない、でもそれが伝わってくるんですね。
驚きました。
たった5分間の宇宙。
絶~っ対に売れないんだけれどね、そういうの。
あまりにも時代の先を行き過ぎているから。
いや…もしかしたら昔過ぎるからかもしれない。
でもどちらかだ。
今の時代の音楽があまりにも飽和し過ぎていて末端じゃない先進なはずのものの情報が末端まで伝わらなくなっている。
それをいいことに気軽に目の前のをパクっと。
こだわりもどんどん失われていってる気もします。
あぁ、売れて欲しいなぁ。。

皆曲作る時は何考えて作るんでしょうねぇ。
もう完全に0地点からイマジネーションで作る人ってほとんどいないような気がする。
どうすれば聴きやすいか、どうすれば受け入れてもらえるか。
それはそれでもちろん絶対に必要だとは思います、なきゃ成立しない。
でももっと単純に良いモノは良いと無条件で言わせてくれるような圧倒的なアーティストがいてもいいんじゃないかなって思ったりします。
皆が皆知っているくらいのクラスで独創的なのね。
歌詞がなくたっていいし、構成なんてグチャグチャでもいい。
クラシックを越える音楽現れないかなぁ。

一時はクラシックばかり聴いてたんですよね、気が狂いそうになってました。
あの時期終わってからあんまり聴かなくなっちゃった。
きっとこれ以上のものって作れないってどこかで思っちゃったんでしょうね。
そこからそれまでより自身と向き合うようになったのかなぁ。
それでわりとどうでもよくなったみたいな…。

料理なんかでも男の中ではわりとよく試みるほうです。
たまにとんでもなく材料が無い中で思いつくままに適当に放り込んで煮たり焼いたりするんだけれど、それとて何かのフォーマットに従ってやっているだけ。
そんなとこに独創性なんていらないかもしれない、おいしく食べられればって話じゃないですか。
でもそこなんですよね、あるものを極限まで駆使して自分を目指すみたいなもの。
例えば鍋って本当にこの使い方しかないの?みたいな。
東京出てきたばっかで家に調理器具がなかった、最安のスタンダードな柄が1つの鍋のみ。
で、運良くお肉もらって焼肉したいって思ったけど鍋で普通に炒めたら風情が出ないじゃないですか。
ど~しても焼き肉みたいに食べたかった。
当時の俺が何をしたかっていうと、鍋を裏返して火にかけた。
鍋底の反対側で直で焼いて焼き肉風にしてた。
焼ける焼ける、完全に焼き肉気分でした。
後々この行為をよく考えると面白かった。
屁理屈みたいだけれど、きっと音楽もこの繰り返しなのかもしれない。
些細で…あまりにもくだらなさ過ぎると思えるようなとこに凄いヒントが隠されていたり。
かといってそんな正攻法じゃないことばかりやっててもしょうがないんだけどね、料理であればおいしくなきゃってのもまた違うけれどそれなりのクオリティーはないとね。

決して独創的になりたいって話じゃなくて、絶対に独創的なはずなんですよね、人。
またくだらない話だけれど、トイレでティッシュで拭く時に誰がどんな拭き方をしているのか?
たまにとんでもない拭き方の話を聞いたりします。

なんかそういうほんと些細などうでもいいような日常を大事に作品化出来る世の中になれば面白いのになぁ。
世の中成分の喜や笑比率をもっと増やしたい。

沖縄戦線。

真面目に書いたけれども、ちょっとどんよりさせてしまうような日記なので嫌な方は今日は止めといたほうがいいです。

今までよく知らなかったんですよね、沖縄戦線。
アメリカに蹂躙されたとかね、火炎放射器で壕ごと焼かれまくったとか公式的に語られているものくらい。
教科書なんて嘘だった、何が本当かわからない。
タイムマシンってものがあるのであれば見てみたい、戦争ってやつを。
何があったのか、どういうことが行われていたのか。
なんで未だにアジア諸国とそこまでの軋轢になっているのかますますわからなくなっていく。

俺にとっての戦争の入り口はこの一言からだった。
幼少時、映画のランボーを見てた時に頭を触って爺ちゃんが一言。
俺の名前を呼んで、

「こんな人、真っ先に殺されるんや。」

どうにも我慢出来なかったんじゃないだろうか、ランボーを戦争として俺が認識してしまうのが。
そこから本当にあった話を事細かに聞き出せるまで随分時間がかかった。
なかなか話してくれなかったんだから。

死んじゃったけど俺の爺ちゃんは硫黄島。
戦局も末期に差し掛かった頃に初めて赴任した場所。
当時疎開なんかにも使われていたらしく、戦地になるってことがわかって住民と入れ替えで現地入りしたらしい。
旅団砲兵っていう部隊に所属していて、そこで15人ほど預っていた。
あの星条旗を立てた写真で有名な擂鉢山と司令部の地下道を今で言うスコップみたいなもので防毒マスクを着用しながら掘って、戦闘時は後方から米兵、戦闘機にも砲撃。
たくさん墜としたって呟いていた。
でもすぐに補給が来なくなって、それからは地獄だったって。
最初の頃は視認出来る米海兵隊に当たるなって思って撃ってたらしいけれど、そのうち弾が少なくなってくると心底当てようとしていたって。
1発撃つと100発撃たれるかのような物量の差。
そして敵艦隊の射程距離が1m間隔で近くなってくるのがわかるんだって。
ジリジリと敵砲の着弾位置が近くなってきて、それに対してジリジリ下がりながらぎりぎりで応戦していたとのこと。
想像出来ないじゃないですか、修羅場なんてもんじゃない。
爺ちゃんは見晴らしのいい場所に陣取って…とはいえ隠れながら移動しながらだけど、本土からも神風特攻隊がやってきて戦艦に突撃していたのが見えた、それが戦意向上に繋がったって。
戦闘期間のほとんどを地下道で過ごしていた、でも水がないから雨が降った時なんかは必死で溜めていたらしい。
でも戦線がどんどん内陸部に達してきて弾も尽きて連絡網も遮断。
残されたのは銃剣のみ。

当時の日本兵って世界的にも珍しい万歳攻撃っていうのがあった。
硫黄島では最後の最後まで禁止されていたけれど、人間魚雷「回天」、人間爆弾「桜花」、特攻艇「震洋」、それの生身。
そんなの何も出来ないじゃないですか。
武器弾薬尽きたらもう銃剣やら刀で敵の真正面から叫んで突撃していくっていうもの。
「生きて虜囚の辱めを受けず」って言葉があるけれど、これが後で書く沖縄戦線でも最悪の結果を生むことに。

それで爺ちゃんは地下道の中で銃剣一本で戦った。
地下道と言っても爺ちゃんがほぼ単独で主戦場に選んだのは寝そべって匍匐でやっと人一人が通れてさらに防毒マスクが必要なくらいの場所だった。
地上は米兵だらけだけれども警戒してあまり入って来なかった。
ベトナムとかが有名じゃないですか、トンネルだらけの話。
硫黄島も同様だった、地盤が脆くて掘りやすかったらしく縦横無尽。
でもやっぱり遭遇したらしく、その脇に自分が埋まれるくらいの穴掘って隠れる。
真横を通った最大限に警戒しているはずの米兵の喉を一刺し、そして移動の繰り返し。
相当賢かったんだろうし洞察力やら判断力、身体能力も備わっていたんでしょう。
じゃないとそんな話信じられないし、もしそうしていたとしても生き残れるわけがない。
暗闇の中、水も食料もなく極限状態の中で約二日頑張ったけれど最後は今で言うガソリンみたいなものを流し込まれてまとめて燃やされる寸前にやっと降伏したとのこと。
信じられないし信じたくもない、もっと酷い話あったんだんだろうけれどそれ以上は話してくれなかった。
もはや言えない事がたくさんあったはずだ。
降伏してからは凄く人道的な対応でびっくりしたって言ってた。
最初から降伏してればとは言わなかったけれど、知っていればまた違ったろうに。
生き残ったのは5%にも満たなかったっていうんだから。

そして沖縄戦線。
上で書いたのって局地戦もいいところで、何より民間人がいなかった。
すでに避難していたから。
だから戦闘に集中出来たんでしょう、自分達で戦うしかない。
俺も実際に聞いていた話はそこまでだった。
でも沖縄は違った。

某バンドマン達との打ち上げの席でのこと。
聞いた話によれば沖縄の人達にとって一番怖かったのは米兵ではなく日本兵だったとのこと。
ひたすら信用出来なかったって。

なぜ??

「生きて虜囚の辱めを受けず」

こいつのせいで絶対に降伏は許されなかった。
降伏すれば助かるのに、世界を見渡しても狂信的な思想。
市民が一塊になって防空壕に隠れているわけです、そこには必ず日本兵もいる。
入り口はカモフラージュしているものの、すぐ外には装備の整っている米兵がいる。
息を潜めなければいけない、その時泣き出してしまった赤ちゃんが。
すると日本兵は言ったんですね、殺せと。

殺せますか?

殺せますか?

これを殺させていたのが沖縄戦。
殺せるわけないだろう。
こういうのって国立図書館に行っても残っている文献ってのは本当にわずか。
ネットのほうがまだ情報取れる。
降伏すれば助かったはずなのにって話でした。
またある時は食い扶持を減らす為に住民に自決を迫った。
有名な話ですよね、大陸の戦争は住民を巻き込んでの戦争に慣れていたというのもあり少なかったらしいけれど、島国の日本ではこうなってしまった。
絶対に、絶対に、馬鹿にするわけじゃないけれど、これじゃ沖縄の人達はどっちに殺されたのかわからないじゃないですか。
盾にもされた、守るべき自国民を自国軍が敵国に対して盾に。
方言使ったらスパイだと見なされて殺されたり、今から考えるともうめちゃくちゃ。
日本軍にとっては本土決戦に向けての時間稼ぎにしか見られていなく、何の展望もない絶望的な戦闘。

結局原爆が投下されて本土決戦には至らなかったけれど、もしそうなっていたら…きっと日本は今ほど繁栄していなかったんじゃないだろうか。
だめだ、何を書いても語弊が発生しやすい。
原爆を肯定しているわけでもないのに。
何の専門知識も無しに仮定の話はよくないんだろうけれど、そう思います。
もし俺が戦争に行ったらどうするんだろうね。
絶対殺せないと思っていても、いざってなったらやっぱり殺すんだろうか。
周りの大事な人達が殺されて陵辱されてるのを見ながら黙って殺される事が出来るんだろうか。
きっと出来ない。
手持ちですぐ傍にある包丁なんかで守る為に人刺せるんだろうか、爺ちゃん教えてくれ、勝手に死ぬな。

こんな事を書いていても実際には当時何が起こっていたのか何も知らない俺達です。
80歳以下の人はもうわからないでしょう。
南京大虐殺だって何も無かったわけないけれど、なんであんなに未だに話が錯綜しているのか。
絶対に知らない、アジアの人達にもどんなに酷いことをしていたか。
この目で見ないと絶対にわからないものがある。
でもそれじゃすまされない時がきているのかもしれない。
何があったのか。


最後にもう1人の満州に赴任していた爺ちゃんから聞いた有名な話を1つ。

13!13!13!

井戸の傍で叫んでいた中国人が1人。
それに気付いた日本人が聞きに行った、何を叫んでいるのかって。

13!13!13!

それしか言わない。
ふと井戸を覗いてみるとその中国人に後ろから不意に井戸に突き落とされた。
そしてまた叫んだ、今度は……

14!14!14!


これが…日本で言うところの喜劇になっているそうです。
日本が当時、各地で実際に何をしたのか知りたいと思うのは俺だけじゃないはずです。

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