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結果報告。

2011.3.25.fri@四谷OUTBREAK!

「あんな地震みたいな空気読めなさ過ぎなもんにいつまでも好きにさすな!Vol.001」


金額的な設定は、
*入場者1名毎に¥500が寄付され、残り\500をアーティストと会場で折半します。
*ドリンク(入場時・追加含む)1杯につき¥100が寄付されます。
*FOOD売り上げも原価を除き全て寄付します。

どれだけのお金が集まったんでしょうか。
チケット代から31500円、ドリンク代から14500円、
それに_ _ _ _*からチケット&フードの売上合わせて16900円を上記に合算。
62900円が25日公演分の義援金として集まりました。
ついでに四谷設置の募金箱には25日終了時点で30000円超とのこと。
これまとまったお金になるまではまだまだ送金しません。

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いやぁ、本当に感謝m(_ _)m
よくもあんなにも付き合ってくれた人が…終演後も来てくれていたし。
演奏中、いろんなものがグルグルしてきてわかりにくく泣いていたよ。
放っておけばハコのランニングコストだけ持ってかれてる所がなんとか最低の売上確保しさらに62900円という金額を凌駕した気持ち。
バタバタっと5日前に始動、4日前告知にしては上出来過ぎる結果。
本当に感謝。
おかげさまで四谷の危機も1日ズレました。
ライブハウス潰れてはバンドなんてどうしようもない。
だからバンドは少しでも恩顧のライブハウスがあるのであればそれぞれの場所を状況が許される限り守ろう。
そして少しでも余裕があればそれを被災地へ。


とはいえこれを31日間やっていてはバンドもライブハウスも潰れてしまう。
今後は2ヶ月ないし3ヶ月に1度のペースで継続していきます。
予定じゃなくてやります。
もしかして…もしかして…考えたくもないけれどもしかしてが無いとも言い切れないけれどこれ以上ライブハウス経営の根源であるイベントが飛んでいかないのを願うのみ。
単発でこういった類のイベントをやるのであれば簡単だけれども継続的にやるにはとてもとても難しい、が次は5月6日(金)にVol.2やりますよ。
次回以降の慣れない試算で頭が故障した所でこの日記を書いてるのです。
数学は1でした。


いや、まじめな話復興に一体何年かかるのかわからないけれど、これが今の俺達にも出来ることの1つだとわかったんだから。
きっと会場に駆けつけてくれた皆もVol.1だなんて特に今の時期だったから何か特別な物を持って帰ってもらえたんじゃないだろうか。
このタイトルをつけたのが19日、思えば随分リスキーでもあった。
でももっとやれそうだ。


誰一人、これまで通りだなんて無理でしょ。
それがきっと夏くらいには今は何の影響もない土地にもわかりやすく拡がっていくだろう。


バタバタだったけれども一応の報告でした。

ありがとう。
これは本当に関わってくれた皆様方のおかげです。
まずは被災地のバンドマンにも報告します。
そしていずれは…。

どうかこれ以上震災の被害が大きくなりませんように。

ありがとうございました。
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緊急企画終了。

「あんな地震みたいな空気読めなさ過ぎなもんにいつまでも好きにさすな!」
Vol.001

無事終わりました。
前日の大阪は天王寺FireLoopから突貫で朝方5時前には都内帰還。
泥の様に眠り起きたが最後、フードを用意しリハから本番まで貫通。
音源制作中のクソ忙しい時に何がそこまでさせたんだろうか。

それは意地だったのかもしれない。
_ _ _ _*なんてたかが無名バンドで存在自体さらに輪をかけてたかだかしれているわけですよ。
それこそ今起こっていることに比べるべくもない。
俺達ちんちくりんだぜ、でも無事生きてるぜ、へい!てなもの。
何も出来ないわけがないし、何かが出来るわけでもないこの状況。
そして育ててもらったといえば語弊が出るかもしれない四谷にも等しく訪れたわかりやすい危機。
思い出す、四谷がオープンした頃よく聞いた話が今まさにそこに。
これでは復興どころではない、まず足元を固めねば。
ライブハウスなんてクソみたいなもん、生きてさえいれば何度でもやり直せるだろうと思いながらもやっぱりね。

もうね、これ自体5日前に立ち上がって4日前告知、おまけにこのタイトル。
構想自体は震災発生後からすぐ密に話し合ってはいたんだけれども実行に移せたのがこのタイミングでした。
大丈夫だろうと思いつつもある種のリスクも確実に内在。
いくらイベントの飛んだライブハウスの金曜日だとしても不安で仕方がなかった。
本当に人来んのかよ。
こんな遠征挟んでフード作っても余ったら泣ける。
今日は一体どんなライブをすべきなんだろう。
これ自分含めメンバーからも珍しく飛び出した弱気。

ビックリした。
冗談で佐藤学と「今日は四谷の民度がどれくらいかね~」だなんて話していたけれどまさかあんなにたくさんの人が来てくれるとは。
愛されてるやん、四谷。
急遽出演が決まった共演者の心意気も嬉しかった。
これでは結局いつもと同じ_ _ _ _*のいる四谷だった。
いつかの時のようにフードに追われだすメンバー。


本番。
ホールからの圧が物凄かった、何あの推進力。
全然前日の大阪に負けていないというか異質だった。
奇しくもこの日が初めてのステージでのライブになった新しいBa,古根麻砂樹fromダムダム団、そろそろ名前考えなきゃな…。
いきなりホールに飛んでったのを見てあの人例え血まみれになっても帰ってくるから大丈夫~と構わずホールを押し返していったかのような序盤。
あれがこれから_ _ _ _*のボトムラインを支える男。
終盤はもう何も言うことなし。
真っ白なライブでした。

Vol.001。
3ケタいく日が来るんだろうか。
万が一何かで俺達がいなくなっても復興が終わる時まで続いて欲しいとつけたタイトル。
今しばらくは俺達が立ちます、これなら状況がこれ以上悪化しない限りはやれるから。
チャリティーね、やっておきながらこれ本当微妙な響きでもある。
チャリティービジネスやチャリティー詐欺というものが日常に存在するのも事実。
だから形は変わっていったのだとしても可能な限り継続しとりあえず俺達は持ち場と決めた四谷と示していければ。
お互いのパワーバランスが噛み合った上で組まなければまず無理な企画。
それが出来るとわかった昨日のイベント。

昨日のつまりの結果。
これ書いていいかな、ブンさん、まぁこの場合はいいでしょ、ね。
昨日の四谷はつまりイベントがキャンセルになった空き日。
人件費やら日割り家賃のようなランニングコストだけが取り残された状態。
イベント慣行によってなんとかその赤を消して黒に。
そしてそこから浮いたお金を被災地に届けるべくストック。
募金箱もわからないけれど少しは増えただろう。
パーフェクトに近いんじゃないだろうか。
後はそれぞれ参加してくれた皆がどうだったかを決めてくれればとても嬉しいです。

_ _ _ _*はフードとして味付け卵100円、煮物一杯200円、餃子5ヶ200円。
終わってみたら全部売り切れてくれて1万1350円の売上。
50円が謎だ、これなんだ?
そこから原価のジャスト3000円を引いて8350円が寄付出来る。
このフード単価で突発的な企画でもう泣ける額。
多過ぎるかなと思いつつもこれくらいは出て欲しいという量だった。
これで下着何枚買えるんだと思うと嬉しくて嬉しくて。
もうきっといなくなってしまったんだろうあの人はいつか再会出来た時になんと言ってくれるだろうか。
4月は通常公演ばかりで次は5月6日の金曜日にVol.2、間違えても毎度やれるものではないのですが、可能な限り次へ次へ。
まとめて被災地へ。
現状考える限り出来る最大限を見出せたのでまたまたお付き合いくださればありがたいのです。


------------

バンドをやるというのは自分にとって圧倒的な価値観を追い求めるというのを今日皆に教えてもらった。
悔しいね、何かに影響されるというのは。

まずは被災地に特大の感謝を。
そして参加してくれた関東一円の無事な皆にはまた会えると信じてありがとう。
そして四谷おつかれ。
腐れ縁とは言うけれど腐ってなかったね。
始まったよ。


ありがとうございました。

大阪終了、そして今日は四谷。

無事に帰京したもののなんか体がガタガタになってる。
肩だけ寝違えたのが酷くなっている。


ギリギリのスケジュールで大阪に行ってきた。
まずはモルヒネコ、レコ発おめでとう。
なんかみるみる良いバンドになっていっている。
あれは近く都内でもね~。

大阪。
恐ろしいほどに普通だった。
違和感があったけれどもそれはとても素晴らしいこと。
正直言って出演キャンセルという状況も十分に有り得た今。
なんかね、たくさん大阪にもらった。
天王寺FireLoopも新しくなって初めてだったのにフロアライブというね、勝手知ったる人ばかりなのに誰もが音響面で不安だったというね。
行ってよかった、なんだろうか、あの普通やん!みたいなあれ。
放射能が騒ぎになってまたざわついていた東京にも見せたかったなぁ。
いやぁ、もっとのんびりしていきたかったけれどもいかんせん俺たちは今日ね、という事で5時前には都内に入っていたもんだった。

帰りの高速でさ、もう三重とか名古屋辺りもちょっと暗いのさ。
あれは節電。
関西方面関係ないはずなのにね、しっかりやっていたよ。
トラックも多かったけれどそのほとんどが恐らく救援物資だったんだろう。
そしてかなりフラフラ蛇行しながら気合で運転しているドライバーが多かった。
きっと皆疲れながら何往復も頑張っているんだよ。
ナンバーがね、ほとんど北関東以北だった。
思う所多々あり。
追い抜く度に運転席覗いてさ、いけいけってね。
後は救援隊がたくさん乗ったバスの集団とかさ。
昨日から東京出てやっとわかってきたかもしれない。
今何が起こっているんだろうとかさ、皆必死だったんだとかさ。


さて今日。

実は。
この日はきっかけなんて突発的に発生しつつも今後も諸々隙あらば慣行していくつもりだけれども…出演オファーしたバンドのうち、なんと2つも身内に被災者の方がいて亡くなられていた。
これやっぱり尋常じゃない。
そんな悲しみを振り撒くのはいともたやすいだろう。
逆に明るく振る舞うのも同様だろう。
なんか今は対話するのがとても大事なんじゃないだろうか。

ただネット上とかじゃなくてさ、実際に生きた人間に会って誰かと話してやっと見えてくるものもあったりさ。
東京も東はより大変な状況になっているらしい。
俺たち実はRecがまだ出来ていないんだけれどね、録ってくれるエンジニアさんの自宅、液状化現象で物資全般が入ってこなくて退避せざるを得なくなったからだ。
これ東京の話。
まる1週間はそれに奔走していた、そういうのも報道されていたのかな。
飢餓状態になっていたんだって、もう何も言えない。
それを知ったのは終わってからだった。
深刻だけれども…でも街中で恍惚さえ感じさせる表情で物資買い漁っているのを見るとハッとさせられるもんだ。
大阪と東京の格差があったようにもちろん東京と被災地もその数百倍は違うんだろう。
もはやこれが非常事態というよりもこれが普通だと認識せねば。
1ヶ月後どうなっているのかわからない、だから今どうするかっていうこれまでにない思考。


今日は今日でね、やるだけやってみよう。
四谷にも踏ん張ってもらわなければ。
それだけだ。
会場で誰に会えるのかがとても楽しみ。
コンセントを抜いて遊びに来てくだせぇ。
いつものようにライブハウスでメンバースタッフ一同待っております。
今日なんてさ、気持ちとしてお金とかなくてもいいよ、そんなもん皆無いわ。
ね。

ではでは。

震災から数日。

皆無事ですか?


地震が起こった時、甲州街道を新宿方面に走り四谷OUTBREAK!に向かっている所だった。
揺れに気付いた時は阪神の時の直下型からしてそうでもないけれど最近の中ではこれは…という認識程度で首都高の真下から歩道に乗り上げ静観。
首都高の継ぎ目が離れるのを見た。
あの時阪神高速が崩落していたの見ていたから焼きついていたんだろう。
瞬間、パニックになった飼い犬が片側4車線の甲州街道に飛び出しをそれを制止する間もなく必死の形相で続いて道路に飛び出していくご婦人。
これはあの時見たような光景だ。
慌てて後続の車を手で制するも轢かれてもおかしくない一幕。
新宿は既に人に溢れるも、建物に居なかった為かそこまでの災害ではないんじゃないかと話していたもんだった。
そして会場に着き震源地を把握、まさにその時あのような大津波が続々とやってきていたとは。


まるでアニメ、リアリティの欠片など1mmも無い映像ばかりがこれでもかこれでもかと
映されているのを見たのは明けて朝方の話だった。
この時はまだ何もわからずわからないなりにすぐに公演が中止になるも会場から動けず。
電車が全線ストップになり5時間10時間かけて歩いて帰る人波、どこもかしこも渋谷新宿のようだった。
いつ暴動や騒動、普段であれば軽犯罪に相当するものであってもこの場合は重犯罪のような出来事が起こっても驚きではない、せめてこの場にいる人達だけでも確実に帰さなければとほぼ半日待機した後に裏道という裏道をすり抜けてなんとか帰宅したんだった。
余震の続く中の帰り道、そこらかしこで炊き出しを行っている人、自腹で買ったであろうカイロを必死に配り続けている人を見た。
皆自分で精一杯になってもおかしくない、奥ゆかしさを見せる日本人の本当の姿を教えてもらった。


あの日週末だったのもあり群馬茨城以北に向かっている、もしくは滞在している知り合いのツアバンだけで7つ、さらにこれまで東北に何度も遠征に行っていた為にあまりにも多くの顔が浮かぶも誰も消息不明。
あまりに衝撃だったTVに映された郡山PEAK ACTIONの入っているビルの高層部分の崩落映像。
誰にとってどこもそうだろうけれど郡山はうちのVoの飴奴の地元、阿武隈川付近の実家には家族もいる。
そこからわずか60キロ程度しかない原発情報と合わせてとにかく注視していた。
今の所、よくわからない俺達が想像出来るような大災害にまでは至っていない。


知りたいよ。
危険をわかっていながら全く言う事を聞かなくなってしまった原子炉に立ち向かっていった原発マンの絶対に知られない物語を。

「原子力発電は君達を守る為にあるんだよ。」

人を傷つける為にあるんじゃない。
昔社会見学で行った時の原発マンの声が今になって響いている。
素人ながらに錯綜した報道はともかく現場をひたすらに信じたいんだ。
あなた達は今、賭けるものなどとうの昔に賭けきっているのにそれでも振り絞っているんでしょう。
原発は怖いし危ないしネガティブなイメージが付きまとう、それはもしかしたら東海村の時の報道のされ方でより強くなったのかもしれない。
スリーマイルやチェルノブイリとは違う、ここは日本だ。
都内でも今日から始まる計画停電、いっくらでもやればいい。
そんなもんで少しでもなら気を使わず好きなだけやってくれよ。


街がまるまる1つ無くなった映像、あれはなんだ。
あんな人外な状況をどうしろと。
でもまだ報道されていない未発見の被災地域もたくさんある。
生存72時間と言われているけれど発生から2日目の夜には現地ではたくさん雪が降っていた。
確率がグッと下がっている、でも絶対にまだ誰の手も入っていない場所で頑張っている人がいる。
これを書いている今も地震が起きた、どうにかして助けて。
今はなんも出来ないんだよ、俺達。
声をあげてどこかの瓦礫で挟まっている人、地平線しか見えない波間でひたすらに何かに掴まっている人、津波で山間の予想だに出来ない場所に流され動けなくなっている人、絶対にいるでしょう。
助けてあげてくれ。
自衛隊や災害救助の人達は水が引いていて確実に救命出来る場所から行くんでしょう。
耐えている人達をどうか1人でも多く助けてあげてください。
ここは世界で最も災害訓練されている国なのでしょう。
助けてあげて!


連絡の取れた人達の話の一部。
ある人は100m先の工場までが津波で流されてもう4日間ガス水道電気不通。
ある人はマンションの中層に大きな亀裂が入り近く退去。
ある人は報道されている場所でまるまる家一軒流されて避難。
でも生きている。


そして1人。
たった1人だけがどうしても連絡が取れない。
ご家族を残してどこに行ったの?
早く帰ってあげてよ、皆心配しているよ!
ネットなんて何の役にもたたなかった。
あらゆる手を尽くしここでは書けないような手段も使った。
その人は上京して最初にバンドってものを教えてくれたような人でもあった。
まさかあなたが今は漁師町に住んでいたなんて…絶対に有事の時に真っ先に逃げるような人じゃない。
残像思い浮かべる度、連絡が取れないのを理解出来てしまうのがどうにもやるせなく。


これはね…もう、もう、もう、
言葉にならない。
何も励ませなかった。
救助隊の人、どうか助けてあげてください、あの人は負けないからきっとまだどこかで頑張っている。
絶対に絶対に頑張っている。


個人としてはもちろん、ここまでバンド活動してきて今何が出来るんだろうか。
聞く限りではとてもじゃないけれど北には行けないし何も送れない。
とても違和感がある。
ライブハウスに生きるバンドマンだからと前置きさせてもらうけれども関東以西のバンドには是非東京どころか北にも伝わる程の最高のライブをやって欲しい。
今日も公演を決行するバンド、皆悩みに悩んだ結果の公演だろう。
生半可でやっているはずがない。
関西や中国、九州なんかの電力会社からそういった呼びかけが無い限りは叩かないであげて欲しい。
俺達だってこんな時だからこそバンドとしてはやりたかった、それは折れない。
電気なんて使わなくたっていいよ、生で出来るもん。
でもここ東京で会場の主催サイドに立てば節電の問題抜きにしても中止にしただろう。
防音扉に閉じ込められた密室、そして地下、無理だ。
それでも言ってしまえば資本的に何の後ろ盾も無いライブハウスまで自粛している。
自粛は当たり前だけれど恐らくいくつか潰れちゃうよ。
だからね、普段からライブハウスに遊びに行っていた人達は状況が落ち着いて完全に運転が再開された暁にはアホみたいにドリンクやらフードやらでライブハウスと乾杯しよう。
ライブハウスも皆の場所を守ろうと頑張っているから。


もしチャリティーとかあれば参加したい。
許されてやれるのであればそれは今すぐにでも。
7月にリリース予定だけれども可能ならばすぐにでも北に行きたい。
笑顔でまずは北の皆に会えるだけでいいんだ、それだけでいいんだ。
その時の為に今はただただ耐えて最高の準備を。

この後20分後から停電が始まるよ。
例え夏まで続こうが望む所。
絶対に日本は折れない。


通話も外出も車も控え手を尽くしきった今はただただ祈るのみ。
どうかこの電力が届くべき場所に届きますように。
そしてこれからの1日1日を大切に過ごそう。


絶対に折れないぞ。

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