なんかたまに城マニアがいるって話を聞きます。
プラモデルとかも買って組み立てて眺めてるだけで恍惚の表情を浮かべているような人がいるって。
俺もその気があるのかもしれない…。
最近だと俺達は遠征で仙台では青葉城、愛知で名古屋城を見てきたんですよね。
思えば元々昔から城によく行っていたような気がする。
今までに行った城。
座喜味城、首里城、熊本城、小倉城、宇和島城、岡山城、広島嬢、福山城、洲本城、姫路城、赤穂城、和歌山城、大阪城、亀岡城、福知山城、伏見城、安土城、小谷城、彦根城、伊賀上野城、名古屋城、墨俣城、岐阜城、小牧山城、清洲城、高天神城、駿府城、小田原城、躑躅ヶ崎館、上田城、松本城、北の庄城、金沢城、八王子城、深大寺城、水戸城、春日山城、会津若松城、青葉城、角館城……
確実に何か抜けてます。
北があまり行ってないんですよね、でも群馬とか…あの足利幕府前後に
由来する城がたくさんわからなくなってしまってる。
なんだったっけな…。
やっぱり西が多いなぁ。
これって絶対多いですよね、意識したことなかったけど多いような気がします。
だからと言って、じゃあ城を見に行こうって張り切って行ったわけでもないんですよね。
大概がどっか行ったついでに寄るか、偶然城こっちですみたいな標識見つけたか。
八王子城なんて完全に通りすがり。
深大寺城なんて城本体はないけれど、その公園が家から10分ですよ。
角館は花見に行ったらあったんだったっけ。
行きたいってんで行ったのなんて、新潟の春日山城と神奈川の小田原城くらいじゃなかろうか。
駿府城もだったっけな…あれ、小谷城もだったっけ。
んで城の何を見て喜んでるかって…それは石垣です。
本丸よりも石垣!!
なんかいろんな石垣があるんですよ、武者返しとか扇なんたらとかって。
木造建築が主流だったのにやっぱそれだけじゃ守れなかったんでしょうね。
欧州とはまた違った造りの石垣達。
それで反則的なまでに高くて反ってたりする石垣がたまにあります。
どの城も天守閣からは一望出来るんですよね。
現在のビルがたくさん建っている街並みでも一望。
あんなの昔の建物の高さだったらちょっと少人数で来てもすぐに見つかっちゃう。
ついこの前見てきた青葉城なんて完全に反則クラス。
圧倒的な高さと傾斜、それに登る為に指が簡単に隙間にかからないようにも。
そんな中、必死で弓やら石やら上から飛んでくる中登っていって攻めるなんてバカだと思いました。
上手いこと登りきっても殺気だった人達が殺傷能力のある武器を構えて突っ込んでくるんですよ。
逃げようにも石垣高くて逃げれんやんか。
守る為とはいえ、今と比べると何も加工技術がなかった中、あんなに重い石運んできて削って上手く並べるなんて完全に病的なまでにキチガイ染みた作業だと思います。
でもそれが美しいと感じてしまう俺も城マニアが近いのかもしれません。
天守閣なんて入ったら入ったでほぉ〜ってなるけれど、庶民レベルの俺は恐らく石垣で討死していたことでしょう。
だからより石垣に親近感を感じるのかも。
なんでこんなの登らないといけないんだ、危ないやろみたいな。
中でも好きなのはお堀に頼らない石垣勝負してた城。
そんな城、簡単に落ちてるんだけど。
きっと予算がなかったんだろうなぁ。
世界の城を見渡すと面白いんですよね。
日本じゃ少なかったけれど中国なんかじゃ城攻めで主流だったのが油らしいですよ。
石垣を登ってこられたら油まいて火矢打ち込むみたいな。
攻める側も油の入った瓶を投げ込んで火矢打ち込むみたいな。
火だらけ、嫌だ嫌だ。
きっと日本の城のほうが火に弱かったんだろうなぁ、だから自爆する可能性を避けてたんだ。
昔の戦争なんて身体能力と運のみだったっぽいですよ。
刀なんてすぐに切れなくなるし中途半端に長いから使いものにならない。
死傷者の大多数は弓、そして鉄砲。
その次にやっと槍。
よくドラマなんかで殺陣みたいになるけれどあんなの嘘。
より短い脇差みたいなので鎧の隙間からプスってやり合ってたらしい。
揉み合い過ぎて何もかもわからないですよね。
騎馬軍団も嘘ですよ、ポニーだったって。
それも凄く少数。
で、馬に乗って戦うには小回りが利かないってんで降りて戦ってたんだって。
当たり前ですよね、不安でしょうがない。
そう考えるとやっぱり石垣だなぁ。
ふむふむ。
でもやっぱりわからないですね。
昔の人がいかに勇敢だったとしても石垣登って突っ込んでいってたんだろうか。
だってその人達の大多数が大将の利権なんかと関係ないとこで普通に家庭持って生きていければよかったんだろうから。
きっと今とそんなに変わらない感覚だったんじゃないのかな。
平和な時代に生まれてよかった。
