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事情。

何かが起こったとして、それは時に当事者さえも知り得なかったような事情が必ずあったりして。
それを例え全て知り得たとしても、それが本当に真実なのかなんて誰にもわからない。
事実なんて、何が事実なのかなどそこにいた人間の解釈に決定付けられる事ばかり。
終いには時間が経つほどに本当は誰が当事者だったのかさえわからなくなる場合も。
そして結果的には遠く手の届かないところで議論されている始末。
人がいるところには必ず存在するもの。
どんなに面白いゲームを作れる人間でも、どんなに優れたシステムを構築出来る人間でも正しい人生のマニュアル本なんて作れるはずもなく。

う~ん。
つい先日、上に書いたような事が起こりました。
何がどうだとは書けないんだけれど、そうだったの?そうだったの!?の連続で次々と真相だと思われていたものがまるでルーレットに遊ばれるようにコロコロと茶番に変わっていく様相。
まるでメディアの報道合戦みたいだったんですね。

この世で最も恐ろしいのはサメでもゴリラでもワニでもクマでも宇宙人でも銃でも核でも戦争でも幽霊でも細菌でもお金でも地震でも津波でもなく人間。
間違いなく人間。
さすがに食物連鎖の頂点に立っただけはありますね。
賢いったりゃありゃしない。
人間が人間に疲れるほど周囲の人間が余計に疲れていく。
こんなの自然界じゃ当たり前だったとしてもしんどいじゃないですか。
なんで疑わないといけないんでしょうか、人間が人間を。
その渦に参加すればする程、自分の人格が歪んでいく。
目には目を、歯には歯をとはよく言ったものだけれど、助けようとしたところで結果的に損をしてしまっている。
そしてその損得を考えた時点で既に。
どうしてもその列に並ばなきゃいけないんでしょうか。
変な生き物ですね、人間って。


話は変わるけれど、どうやらドラえもんのコスチュームが変わるようですね。
どうでもいいっす、俺の中のドラえもんはもう死んだ。
なんかその話を聞いても不思議なほどどうでもよかったんですよね。
もしかして完全に切り離しているのかな…、今のドラえもんは別物だみたいに。
主題歌も変わってしずかちゃんがキャミソールを着ようがジャイアンがパーカーを着ようがのび太が携帯電話を使おうがもう関係ない。
ただ、あの頃感じてた夢のようなアニメを今の子供がそれで感じれるんであればいいっす。
ある程度はその時代を反映しているアニメは、時間が経てば、衣裳や街並や電化製品などに本当の時代とのギャップがでてきてしまいますよね。
俺達の世代だとドラえもんの背景なんかもギリギリ通っているから普通に見れるのかもしれないけれど、今の世代はきっと違う。
うら山なんて言われてもときめかないんじゃないだろうか。
廊下でバケツ持たされているのも理解出来ないかもしれない、そんなことないだろうけれど。
そういうのをその都度時代毎に合わせて変える必要もないんじゃないかなと思うけれど、初見でドラえもんを見た子供が面白くないって感じちゃえばそれまでだもんね。
それでドラえもんが無くなってしまうことのほうが悲しいし。
小説なんて昔のを今読んでも面白いんだけど、アニメはどうなんだろうなぁ。

ひみつのアッコちゃんの髪が紫になってコンパクトが派手になったことや、リニューアルされたあられちゃんにもそれなりのショックを受けたけれども、それ以上にドラえもんは思い入れが強過ぎるせいか変化を容易に受け入れれてしまったんでしょうか。
それぞれの人にとってのドラえもんが生きていってくれればいいなぁ。
今度新しく出来た映画観てみよう。
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