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集団行動出来ませんでした。

書くの忘れてた…。
昨日の松屋の事件。
店員さんにあまりの量の少なさに…

俺 「これ本当に大盛りですか?」

店員「自分もこれは高いと思うんですよね!!」

ちんぱんです。


実は…集団行動が苦手です、というより「だった」かな。。
何を今更?ってなもんだけれど、大体集団行動が最初から得意だった人なんているんだろうか。
いないんじゃないでしょうか。
小学校から高校まで俺は脱走の連続でした。

それは幼稚園の時から既に始まっていました。
幼稚園通うのに徒歩組だったんですよね。
それで毎日同じメンツで往復するのが嫌になったらしく。
一度乗りたくてしょうがなかったらしいスクールバスに便乗。
全く気付かないバス組の先生。
当然徒歩組のグループは大騒ぎ、いないんだもんね。
俺はというと、全く知らないとこで何食わぬ顔してバスを下車。
結局泣いているところを警察に保護されたのは夜だった。
きっと4時間とか5時間行方不明だったろうに何していたんだろうなぁ、きっと楽しかったんでしょう。

小学校の時で酷かったのは遠足。
校区内の山ですね。
度々いなくなる俺を警戒して先生は俺を列の先頭に。
問題児だなぁ。
前にも書いたかもしれないけれど、小学校5,6年生の時の担任の先生はある時俺の顔面にご丁寧な助走付きで真空飛び膝蹴りを食らわした程の猛者。
未だにいつかやっつけてやる的な感情が薄らだけどあったりします。
集団行動の煩わしさに嫌気が差していた俺は休憩中になんと脱いでいた先生の靴を追いかけてこないように目の前で川に投げ入れて猛ダッシュで逃走。
開いた口が塞がらない先生、あの顔は今でも覚えてます。
ポカ~ンってしてました、当たり前か。
俺はそのまま帰宅したんだけれども、当日中に酷い目に遭ったのは言うまでもありません。

なんか中学の頃になるとなんでだか集団行動していてもなんとも思わなくなったんだけれども、それでも傾向としてまだ残っていたらしく。
どこかで必ずさぼっていたもんです。
やばかったのは高校の頃の修学旅行で北海道に行った時の事。

摩周湖。

あまりにもキレイだったんですよね、水が。
今はわからないけれど、当時の水の透明度は日本一だったらしいです。
死んだらこの水に溶けたいって思ったくらいで。
それで行ったらダメだって厳重注意されているにも関わらず、本質的にそういう決まりをどうでもいいと思っていた俺は数人であの水を触りに行こうってなって高い柵を越えて険しい斜面を降りていきました。
展望台みたいなとこから水際までかなりの距離があったんですよね。
きっと300m以上はあったはず。
今考えると普通だったらとても降りる気にならないような柵と斜面。
理由があるものですね、それくらい厳重な場所って。

少し歩くとね、もう別世界。
うっそうと生い茂った森、なんかハリーポッターとかロードオブザリングに出てきそうな森を歩いてました。
すると拳大の糞が転がっている。

人?

にしてはデカ過ぎる。
そこで帰ればいいのにさ、何かしらの予感を期待して…また水際に向かって歩いて行くと…黒い塊が動いている。
熊。
かなり遠めで見つけて焦って引き返せたけれど、今度は降りてきた斜面を登れなかったんですよね。
集合時間から1時間半後に帰還。
殴られたしもう少しで警察に捜索願い出されるとこだったらしいです。
修学旅行で捜索願いってなんだそれ…。

なんなんでしょうね。
集団行動中にいけない事をしている時のあのドキドキ感が好きなんだろうか。
やったらいけないって言われる程にやりたくなるのはなんででしょう。
ピリっとしている先生の顔を見ているだけでウズウズしてたような気がします。

小学校の朝礼の時なんてあれだけの人数が校庭に並んでいるのに異様に静かじゃないですか。
静かにしていなきゃいけない!?
って思っちゃったら真逆の事をやりたくなってしょうがなくなるんですよね。
今いきなり変な声色で大声出したら馬鹿ウケだろうなって。
すぐにジャンケンして犠牲者を決めてね。
案の定馬鹿ウケですよ。
すぐに全校生徒の前で先生が登って話す台に叫んだ友達が上げられてすいませんでしたって言わされていました。
それに誤って豪快に一人爆笑し続けた俺もついでに台に上げられました。

後あれだ。
授業参観ってあったじゃないですか。
中学の時だ。
どうしても腹立つ先生に仕返しがしたくて、腹立つって言っても全面的に悪いのは俺達だったんだけれど。
何をしたかってね、大量の胡椒を黒板消しにまぶしたんですよね。
その当時、胡椒が流行っていたんですね。
俺も何回も胡椒を鼻に流し込まれて死ぬってくらいくしゃみしてました。
直は本当にやばいですよ。
それで授業参観中に先生が黒板消し使った瞬間に止まらないくしゃみ。
なんとか取り繕おうとするも止まらないくしゃみ。
教室中が笑っていました、皆本当はそういうのも求めていたんじゃないだろうかって思えた光景でした。
ちゃんと後で自首しましたよ、本当に悪いと思ったんだから。


今考えると本当に悪い事ばっかりしていました。
集団行動が苦手ってとこから始まったんだと思います、ほとんどが単独犯。
それが今となっては因果なもので集団行動でしか無い俺です。
バンドなんて1人じゃ何も出来ません。
皆大変ですよね、協調性っていうのは凄い能力だと思います。
きっと働き始めてから直っていったんだと思います、俺に足りなかったパーツがはめ込まれたんでしょうか。
でもなんでもそうだけれどやってわかる事も確かにあるんですよね、今じゃ絶対しないと思います。
いろんな意味で大事な場面っていうのがわかるようになったから、逆に協調性乱したほうがいい場面ってのもあったりします。


なんでこんな事を書き出したかと言うと…。
同級生だった大阪で中学校の先生している人が俺に相談してきました。
お前みたいな奴がいるんだけれど、どうすれば直る?って。
おかしいですよね。
俺に聞いてきた時点で無理だと思うよって答えました。
本人とガチで向き合わないときっと何も伝わらないだろうから。

あぁ、先生だけは何があってもやりたくないなぁ。
集団行動、全くエラーが発生しないのも寂しいものかもしれませんね。
そんなことないか…。
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コメント

小学校の修学旅行の時の話しなんですが、消灯時間とか、担任が点呼しにくるじゃないですか?
「全員隠れて、脅かしてやろうぜ!」ってなって、みんなで隠れたんです。
俺を含めて5人。
テレビの下の棚に隠れるやつ。布団に混ざって丸くなる奴。俺は、押し入れのうえから天井裏へ隠れました。

次から次へと見つかっていく戦友達。
「バシッ!こらぁ!何やってんだ!」
たたかれる音と怒鳴り声。泣きだす戦友。
俺は見つかるのが恐くなって、登った所の蓋をしめて、ほふく前進みたいな形で真っ暗な天井裏を必死こいて逃げました。
…蓋を閉めてしまったんで、出れなくなりました…。
真っ暗で狭い天井裏。死を覚悟しました。

戦友の証言で、俺は無事に救出されたのは次の日の朝でした笑

しこたま怒られたあげく、1日中正座させられました。

すいませんでしたっ!

あぁ、小学校の修学旅行は広島。
そしてなぜか所持していたロケット花火を手にして、深夜の旅館の通路で…。

酷い話はたくさんあるもんです。。

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