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思い出のワンシーン。

あの日あの時あの場所で。

人生の岐路になったなってワンシーンをふと思い出したので書いてみよう。
もう7年と少し前の話。

大阪。
既に実家に居れなくなっていた俺、なんでだ。
今となっては隠したくてしょうがなかったこの頃、何をしていたのか。
その当時のバンドを組んでいたんですよね。
それとは別にイベンター紛いの事を仕事にしていたのでした。
平気で月に4本とか組んでね…一通りやっていた時代。
ある時期にね、組んでいたバンドがあっけなく解散。
著作権のなんたらって問題まで発生するくらいのバンドだったのにね。
解散してみてビックリ。
そう、何も残らなかったわけではないけれど、驚く程の速さで離れていく人々。
そしてもうつまらなくなってしまった仕掛けたイベントのみで惰性で生活していたのでした。
もう2度とやらないぞと思いながら、今もその思いは変わらず。

完全に腐ってきていたんですよね。
ただ大阪梅田の有名な歩道橋の上で一人でチャカポコ叩いてた日々。
新しいバンド組もうにも、それまでやってきた音楽性を完全に否定していたせいで誰とスタジオで音を合わせてもしっくり来ず。
サポートばっかりしていたんですよね。
原因は自分だったのにね、もう何もかも嫌になってきていて。
そのうち親身にしていたバンドが次々と解散。
この次々と解散というのもいつか別項で書こうと思います。
今じゃあの時大阪で何が起こっていたのかがわかるから。

あらゆる意味で大阪に絶望していた時の事。
そしてテレビに映る東京の群像。
それまでも頻繁に東京に出てきていたせいもあって、俺はバカにしていたんですよね。
憧れではなかった、あっちも腐っているんだろうなって。
それでもライブハウスには出かけていたんですよね、そしてそこで東京からツアーで来ていたあるバンドを目撃。
これが最初のきっかけでした。

『ニューロティカ』

東京には…こんなにも凄い無名のバンドがいるのか…。
実際無名ではないんだけれど、当時の俺は知らなかったんですよね。
本当に今も凄いバンド、インディーズの頂点なんだから。
そして疑い始めた、今までの俺のやってきた事っていうのはもしかしてとてもつまらないものだったのではと。
ちんぱん21歳の秋の事。
それまでもその疑いはあったんだけれど、完全に確信に変わった瞬間。
邪魔なプライドってやつが邪魔していたんでしょうね、島国根性の典型ですね。
そしてあるサポートバンドが東京遠征するからという理由で俺はサポートに参加して、便乗気味に上京。
目的は新宿LOFTにライブを観に行く事。
実はこのサポートバンド、名は伏せておきますがこの時は新宿リキッドルームでのイベントだったんですよね。
今考えるとそれなりの話だったのに、この時は早く終わらせて空き日に新宿LOFTに行く事しか考えてなかったもんです。
消耗品としての産業音楽が心底嫌いになってしまっていた時期でそのサポートバンドはまさにそうだったから。
今は違いますよ、その凄さを教えてもらったんだから。

そして新宿LOFTに通う事3日。
感動のあまり、そのまま東京に住もうと考えるもやはり無理があり、一端大阪に戻ったのでした。
実際上京するとなればいろんな費用がかかるもんですよね。
まずは家賃など住関係の費用、職に関してはなんとかなりそうとの目算があった為に不安は無かったけれど即日旅立ちたかった俺は考えました。
大阪から友達2人を連れて行って一緒に住もうって。
なんとも軽いノリでね、

『東京行こうぜ!!』

『おう!!』

あっさり決定。

それから確か2日後…出発日。
友達はともかく、俺は新幹線のホームに立った時に思ったもんでした。
当分大阪に帰ってくることないだろなって。
希望的観測みたいなのじゃなくて、物凄い確信に満ちた予感みたいなものだったんですね。
俺もう大阪帰ってこないわって。
そう思うとたくさんの人に何の挨拶もせずにこのまま上京するのは…って迷ったもんでした。
その後、あっけなく携帯水没で案の定今となっては誰とも連絡取れず。

ホームに滑り込んでくる新幹線。
俺はね、なんでだか新幹線に一歩踏み込んで…まずは実家のあるほう、そして友達がいるであろう方向におじぎしていたのでした。
やっぱり大阪好きだったんでしょうね。
既に独り暮ししていた俺は両親にも黙ってたんだから。
泣きはしなかったけれど、あの時ほど心底「大阪ありがとう」って思えた瞬間はありませんでした。
もしかしたら泣いていたのかもしれないけれど、今もその気持ちは変わりません。
このワンシーンがこの朝方になぜか脳裏を反復しています。
何かの予兆なんだろうか。
その後、東京で破天荒な生活が始まっていったのでした。

だから完全に自主で活動していた_ _ _ _*で初めて大阪遠征した時はとても複雑だった。
あんな酷い出てき方したんだから。

誰にでもあるはずですよね。
決断の瞬間。
うちのメンバー面白いですよ。
Yu-ponだけは最初から横浜住まいだけれど、まずはcandy。
本当かどうかわからないけれど、福島から仙台、そして東京へと思いつきで家出同然にかばん一つで出てきたらしい。
大変だなぁ。
ジンプルに限ってはもっと酷い。
鹿児島から岐阜県まで原付きで友達の家に遊びに行って、そのまま半年庭師しながら住んでたってんだからどれだけ暇だったんだろうか。

う~ん、今思う事。
意外となんとかなる。
いや、そんな事じゃなくて…。
大阪にいた時に思っていた事。
例えば大阪が好きだって思っていたのだってね、離れた今だからこそもっと好きだって言えるし。
思考回路なんかもね、離れたからこそ大きくなったとは言えないかもしれないけれどわかった事たくさんあったりして。
思い出は美化されるって言うけれど、なんか全く美化されないで未だに悪夢として現れたりするんですよね。
誤って放ってしまった未熟な一言のせいで致命的なダメージを与えてしまった…たった何秒かのシーンがその後何年も襲いかかってくる。
許してくれと乞ったところでそれは夢。
それで過去を消そうと戦っていたりしてとても目覚めの悪い朝があったり。
会いたいなぁ、あの時の皆は今何をしているんだろうか。

でも不思議と全く大阪に帰りたいとは思わないもんです。
これが帰りたいと思う時には周囲で何が起こっているのか容易に想像出来ます、でもまだその時は遠い。

あぁ、あのワンシーン。
きっと生涯忘れないんでしょうね。
他にもあるなぁ、ちょくちょく書いていきます。
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コメント

<(T○T)>

そんな過去が・・・・。

上京物語ですね~。
まだまだ帰りたくないとです。

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