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不可能を可能に。

忘れられない日というのがあって。
今年も何日かありましたが、正確な日、そして何が起こったか鮮明に隅々まで思い出せる日はたった2日。
その2日に限っては未だ後悔にまみれていて…どうかもう1度あの日をやり直せないだろうかと願っていたものです。
生きてきた中でそういう日をもう取り返せないというのがほとんどですよね。
でももし取り返せるのかもしれないのだとすれば…それは紛れも無い好機。
あの日我に与えられた恐怖と対面したいものですね。
ちんぱんです。

さてさて、すっかり寒くなりましたね。
タンクトップが気持ち良い季節になりました、スースーします。
遠征続きのおかげでいろいろなものが滞っていたりします。
財布も未だ出てこず。
それに関してはもはや諦めていてあっさりしているものです。
北海道いる時にカードも無いままなんとか手持ちを確保しようとしていたものが帰ってきた次の日に手配される始末、当面は財布無しで頑張ります。
何か恵んでください、今日は大判焼きカスタードと黒あん頂きました。
ありがとう(TT)
冗談です、俺強く生きます!
やっぱり何か物悲しいなぁ。


なんか北海道大丈夫だったの!?っていう問い合わせが多いので少し書いてみる事にします。
うんうん。

まずはヒッチハイクに関して。
今回の俺の動きは基本1人だったから出来た事がほとんどでヒッチハイクもまさにそれですね。
ヒッチハイクを極めているわけではないのでわかりませんが、今の所の俺が思う極意みたいなものを書いてみます。
絶対に1人が基本。
なぜなら1人のドライバーに対してヒッチハイク組が2、3人であれば少し怖いですよね。
元から見知らぬ人間を乗せるわけです、危ないったりゃありゃしない。
そしてヒッチハイカーが親指立てているとドライバーが認識してからすれ違うまでは一瞬なわけです。
問題はここ。
いかにこの一瞬で自分がどれだけ危険じゃない、害が無いというのをアピール出来るかが勝負の分かれ目ですね。
最高の笑顔を、それも自然な流れで。
自ずと少しでもその一瞬が長ければいいわけで、なるべくならば信号待ちの場所なんかがベストなんですよね。
そして今回のシチュエーションは空港から駅、駅から駅というのがほとんどで。
かなり難易度が低かったんですよね。
北海道は東京よりも物流の流れが限られているわけで、変な話車のナンバーを見ただけでも認識出来ただけで凄い情報であったりします。
ちなみに北海道だとトラックのがかなりの確率だと思いました。
皆優しかった。
笑顔とタイミングと場所、この3つが合致すればなんとかなるかもしれないのではないでしょうか。


次に食事ですか。
これは昔から一貫して言っているのですが、何事もまずは声をかけてあつかましく希望を言ってみるのもいいんじゃないかと思います。
昔四国で食うに困った旅をしていたのですが、2時間なんでも働くのでまかない食べさせてもらえないですか?って言ったらどこの街でも働かせてくれたりして。
もちろん皿洗いとかそんな類だけれども、中には本当に時給発生させてくれた上に飯はまかない扱いで引かれさえしなく正当な報酬としてもらったりした事もありました。
なんかね…、飲食店に限らず助けてくれそうな場所を嗅ぎ分ける嗅覚みたいなものも養う必要があるような気がします。
これってきっと美味しい店を見つける勘とも似ている気がします。
でも恐らく首都圏及び一般に都会とされている場所では無理でしょうね。
いや…個人経営の店であればわかりませんが恐らく無理なんじゃないかなぁ、かなりの確率で。


うん?
これは何の日記なんでしょうね、貧乏自慢しているみたいだ。
違うよ、そういうわけじゃない。
でもこういうイベントが成立すると旅の濃度は増し、段違いに楽しくなるものです。
何も自分の事を知らないはずであった人と知り合えるという事。
何よりも自分が住んでいる場所からして遠隔地で一歩踏み込んだからこその知り合いが増えていくというのは凄い事。
今どうなっているかわからないのですが面白い先輩がいてね、その人は0円で出発して3ヶ月帰ってこないなんて事も多々ありました。
身近なバンドマンにも1人いるな…ツワモノが。
たまに手紙が届くんですよ、今ここにいるんだよって。
それがちょっと尋常ではない場所、最も驚いたのは佐渡島からの手紙だった。
あんたどうやって渡ったの!?って。


後は寝る場所とかですか。
今回に限っては先に宿が確保されていたのでその不安は無かっただけ随分ましなのですが、もし宿が無い状態で財布無くして1人だったらどうなっていたのでしょう。
この時期の北海道…野宿だと軽く死ねますね。
夜なんか気温マイナスいってたんだから。
俺は恐らく真っ先に警察に駆け込んでいたでしょう。
無理無理、誰もいなくても警察署の中に避難していた事でしょう。
さすがに泊めてくれまでは言いにくい…もっと図太い神経していれば言えるのかな…。

ここで書いた話達が誇張無しなのは断言しますが、意外となんとかなるものです。
ただし…女性だとわけは違うのですが男であれば頑張れるはず。
人に受け入れてもらうというのが少しの勇気がいるだけなのだと思います。


そして落ち着いてきたので改めて今回参加させてもらったNamaraMusic07というイベントについて振り返ってみます。
素晴らしいに尽きるイベントでした。
夕張市の財政破綻。
これは俺もニュースでしか知らなかった事。
それをね、唯一の取り得だと思われる音楽を通して近く接する事が出来たのだから奇跡。
その機会を与えてくれた二階堂さんには感謝で一杯。
音楽やっていてよかったと心底思わせてくれたんだから、その貢献具合が例えどんなに些細なものであったとしても変わるはずもなく。
こんなバンドなわけですよ、別に世界平和を声高らかに歌っているわけではないしね、心に響くラブソングをやるわけでもなく。
どちらかと言えば人間世界の狭間で揉まれてすったもんだの末に思った事や突きつけられたものを自分勝手に表現しているようなバンドであったりして。
間違っても社会貢献しようとして活動していたバンドではないのに。
もちろんしようとしていてもそのようなキャパシティを持ち合わせていなく。
なのに参加させてくれた。
この事実をどう受け止めるべきなのか。
これを念頭に北海道へ向かったのでした。
そういう場所で何が出来るのか、何をするべきなのか。
ライブでしか無いわけですがその中から彼の地で観てくれた人達が何かを感じてもらえたのではないと思える日でもありました。

_ _ _ _*としても恐らく初めてと言って良いくらいイベントを通して純粋に大事なものを見つめ直せたのではないでしょうか。
何かがキラキラしていた。
そんな日でした、有意義などという言葉では片付けられない日々。
またこういう日が訪れる事を密かに願っています。
北海道、北海道、あそこに_ _ _ _*が確かに居たという事。
凄い話じゃないですか、改めてそう思います。
何の為に居たのか、何をしたのか、それをこれからゆっくりと時間をかけて振り返っていきます。

良いイベントだったんだ!!
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