スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

先頭車両

普段は電車に乗らない俺も3日前から連続して乗っている。
タバコを吸う俺は喫煙所がある先頭車両付近に乗ることが多いんだけど、何故か比較的空いていた。
そう、あの尼崎の脱線事故の影響だ。驚いた、直線のこれ程多い中央線にもこれほどの影響が出ていたなんて。
あの事故が起きた路線、俺はよく使っていた。
高校もあのすぐ近くだったし、何かと身近だった路線。
あの映像を見た時にすぐにどこなのかがわかったくらい。
あの近くに踏み切りがあるのだが、そこで一旦停止で罰金取られたからだ・・・
犠牲者100人超、原因はオーバーラン。オーバーラン?
なんでそんなことであんなに人が死ななければならない?
人はどんなに完璧を望んでもそれは幻想に過ぎないと思う。
じゃあなぜあんな大事故が起きたのか?
運転士がどうこうではないんじゃないのか?
それをさせたのは誰なのか?
荷物を運んでいるわけではない。
命を運んでいた、意志のある命を。
それらの意志が信用して乗っていたんだ、毎日毎日あの電車に!
大阪を出てから感じたことだけど、関西は確かに交通マナーやらモラルが悪い。
事故発生率も高い、でもそれは個人の話であって自己責任での話だ。
企業責任含め公共の乗り物であったならば話は全く違う。
その後の対応も含めて極めて最悪だ、関西の恥め!
救われるのはその直後の救出活動の際には地元や通りかかった人が危険に省みず、自発的に協力的に参加していたということだ。
あの阪神大震災の教訓は活かされていた。

俺が16歳の時、あの震災に見舞われた。
早朝、信じられない激震が襲った。
危ないのはわかっていたけど、交通機関が麻痺していたので俺は2時間くらいかけて、凄まじい喧騒の中を自転車こいで三宮に向かっていた。被害が大きかった場所だ。
煙と粉塵の中を掻き分けて、大好きな友達の家になんとか着いた。
潰れていた、ほぼ全壊だった。
なぜか頭に怒りが込み上げてきたが、涙がこぼれた。
泣きながら、ひたすら自転車こいで、こいで、こいで・・・
余震は続く、震度3,4、5と繰り返し延々と。
その中で恐怖は段々と勇気に変わっていくのがわかった。
自分が死ぬとかどうでもいい、あの人は無事だろうか、あの人はしっかり逃げ切れているだろうか。
そして一段と増す喧騒の中、緊急的に設置された収容所を片っ端から探すこと探すこと1日半。

友達を見つけた。
また泣いた。

再開できた喜びよりも痛恨で強烈な悲しみが襲った。
極み。
友達のお母さんが亡くなってしまっていた。。。

・・・なんなんだ、これはいったい!!!
なんでこんなことになってしまったんだ!!!
俺と似たような悲鳴や咆哮、怒号が飛び交っていた。
まだ沈火されてなかったし煙も上がり続けていた。
涙が止まらない。体中すすだらけ、埃で呼吸もままならなかった。
あの後3日間に渡って街を彷徨っていた、友達全ての安否を確認する為に。

あの時は天変地異で怒りや悲しみの矛先は無いに等しかった。
人は助け合い見事なまでに復興、それ以上に栄えている地域もある。
だけど今回のはそうじゃない、しかも同じ地区。
人的にもたらされた不幸がどれほどの悲しみを生み、後にどれほどの怒りとして共に生きていかないといけないのかはわからない。
被災者の方のほとんどはあの震災を経験し、1度は生き残った方々。
あんなに悲しいことは人の手なんぞでは断じて起こしてはならない。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://drpan.blog73.fc2.com/tb.php/47-6c5d78e2

FC2Ad

相続 会社設立

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。