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散らせた理由。

大変、ガム噛んだまま寝て起きたらジャージがオリジナルでした。
生命の危機にも繋がるので止めましょう。
ちんぱんです。




特別攻撃、特攻。
第二次世界大戦時のまだ公開されたばかりのとても貴重な映像を観ました。
当時のフィルム、それもカラーはアメリカサイドからの撮影が多いのですが、その中でも最も鮮明に映っていると言われる映像を観ました。

絶句。

もしかしたらどこかのWeb上にもアップされていると思うので調べてみてください。
あれを観てしまえば自分の思想がどうとかを語るような立派な人間でもないし、ろくな主義主張も無いかもしれません。
当時の批評や論評こそ読めど、それに対して自分はこう思うだなんて言ったところで実際には見てもいないものなんだから。
あった事をなるべくそのままあった事として受け止めるのが精一杯。
当時のバックボーンを今になって必死に知ろうとしても所詮わかるはずもなく。
それでも知ろう知ろうとしていたのでした。
特攻するに際しての事情なんかも文献なんか読めばわかるのですが…わかるだけ。
実際はその気持ちに寄れるはずもなく。
ただ、どういう気持ちで特攻していったのか。
その敷き詰められた歴史の先で俺達が恩恵を受けているのは間違いないのにわからないなんてのが歯痒くてしょうがないのです。

話を総合すると、特攻は現在も問題になっている自爆攻撃のように宗教的な動機で人間兵器を作り出そうとしたものではなく、志願者が自らの意志で乗り越えようとした事はきちんとわかっていなければなりません。
だってね、例えば特攻を前提としていない出撃でも撃たれて炎上するじゃないですか。
それでどうせならばって敵艦に突っ込むだなんて考えられないですよね。
考えそうな事であればそのまま上手く海に突っ込んで助かろうとするはずじゃないですか。
でもあの人達は敵艦に突っ込んだんです。
それが何だったのか。

今、医学なんかが発展して遺伝子操作や場合によっては臓器移植など倫理的に問題になっているものってたくさんあるじゃないですか。
もしかしたら既に世界のどこかで実用化されていないとは言い切れないようなクローン人間なんかも考えただけで恐ろしいですよね。
でももっと恐ろしいものを既に人間は生み出していたという事を、何があったのかを知らなければ今の問題も解決出来ないんじゃないかと思います。
倫理などを超越した特攻というものが公然と存在していたのだから。
実は日本だけじゃないんですよね、特攻兵器は当時から欧州にも存在していたんだから。
とはいえ脱出が前提ではあったのですが。

俺は映像を観て驚きました。
通常、当時の日本の艦上戦闘機は機銃を何丁も搭載し航続時間も最大速度で1時間程。
それが末期になると機銃を1丁とかで後は左右の翼にそれぞれ燃料と弾薬を積み、更には燃料も片道分だったのでした。
その代わりに航続時間は最大で6時間まで延びたのですが。
それが観た映像で鮮明にわかりました。
装備されているはずの機銃がついていないんですよ、最初から戦闘機そのものが爆弾。

ある映像での1コマだったのですが、米軍が戦艦から撮影していたもので艦橋をかすめ飛んで行った一機の零戦がいたんですよね。
一撃離脱で機体を左右に揺らしながら何度か戦艦を機銃で攻撃していたのですが3度目の接近で被弾、煙を吹いて向こうに飛んでいったのでした。
すると少し離れた所で急旋回。
今度は真っ直ぐに突っ込んできて至近距離で急上昇、そしてそのまま急下降。
機体を真っ直ぐに艦橋めがけてきたのでした。
被弾してから本当にすぐでした、何の迷いもない特攻。
そして防げなかった戦艦は特攻を受けその後も2機目の特攻に遭い轟沈。

その他にも…まるで人が乗っていないかのように次々と特攻する零戦。
あまりにも軽々しく…簡単に見えてしまう程の特攻の連携。
2機、3機、4機と多方向から連続で…もう理解の範疇を超えています。

信じられない映像でした。
戦局が傾くに連れて特攻隊員は国の守り神、靖国で合祀、本土決戦が近付くと民間人まで軍属とみなして一億玉砕のスローガン。
零戦ならまだしもそのうち低速しか出せない練習機や複葉機まで延べ2000機以上。
桜花なんていう降下専門の…つまり今でいうミサイルのセンサーを人間が果たすようなものまで。
潜水艦なども足りなくなってくると輸送用の潜水艦まで前線に送り出して…それにももちろん特攻兵器の回天が積まれていたのです。


何度か書いてきましたが、改めて驚いたのです。
何がそこまでそうさせたのか。
行けと言われて行けるのでしょうか。
ここではとても書けないような逸話も数多く知りました。
決して特攻したかったわけではないのに可能たらしめた要因が何なのか。
誰でもない、俺達の血を少し遡ればその時代があるのだから。

きっとね、今もどこかで隠匿されているはずの情報がたくさんあるはずなのです。
もちろん既にかなりの情報開示はされていると思うのですが…ほとんどのものが肝心の部分が欠落しているものです。
本当の本当に実際はどうだったのか。
侮辱や批判しているわけではなくただ知りたいのです。
何があったのか、どうしてそうなったのか。

なんかね、俺の世代で知らなければこの後…そんなの悲し過ぎるじゃないですか。
今も世界のどこかで戦争が起こっていて誰かが犠牲になっていて。
じゃあ具体的に日本が何かで今後戦災に見舞われたとしてあった事も知らないで対応出来るというのでしょうか。
かなり昔に知覧特攻平和会館という所に行ったのですがもう1度行ってみたいと思います。
今、もう1度。

やっぱり知らない事があまりにも多過ぎます。
じゃないと今あちこちで起こっている事も理解出来ないはずじゃないですか。
遠い外側からなんとなく見て批評するばかりで結局は本質から遠く離れた場所にしかいれないというのがどうも…。
知りたい、何があったのかを。

人間の成したこと。
それが何だったのかを。
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コメント

家の父は、生き証人でした。
海軍に志願した、少年兵。

戦争末期には、武器を作る材料もなく、ブリキで作った
魚雷に乗る予定だったそうです。人間魚雷です。

ヒロシマに原爆が落ちる一週間前に、ヒロシマから
引き上げて来ました。も少しいたら、私は、存在しなかった…。

志願兵もいましたが、殆どは、召集令状が来て、うんもスンも
無かったそうです。三島由紀夫は、病弱で、戦争に行けなかった
事を小説に書いてますね。お国の為に死にたいという
教育だったんだと思います。愛国精神ってのかな。
今では考えられないかもしれないけど、みんな、そうだったみたい。

私が観た映像は、特攻の為の「1日妻」ってのです。
あれは、衝撃的でしたね。死ぬ前に…って事だったんでしょう。
今で言う、ボランティアみたいな感じだったのかな…。
そして、父のいない子供が生まれました。これが歴史です。

いろいろと書きにくい事もあるのですが、今でも国営放送しかメディアが存在しない国は有事の際、当時の日本とそんなに変わらないと聞きます。
でも話を聞くと当時はどこか死ぬという感覚が麻痺していたと爺ちゃんは話してくれました。
補給が途絶えて弾が無くなると工兵が爆弾作るらしいんです。
それを抱えて年長者から順番に10m間隔で穴に隠れて走行してきた戦車に突っ込む作戦が当時は機能していたと聞かされるとやはり恐ろしいですね。
回天に関しても考えられないような伝記ばかりですね。
今になって一生懸命に知ろうとしていますが、なんでもっと生前聞いておかなかったのか後悔しています。
その時代を見てみたいのですが生きたくはないというなんとも不思議な念に駆られています。

回天

素晴らしいアルバムです!是非!(^O^)/
http://tommy666.blog20.fc2.com/blog-entry-284.html

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