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ワンマン後記。

やや、あれから2日が経ってやっとあの日が何だったのかが伝わってきました。
ちんぱんです。

身体に残ったもの。
なぜか左手の人差し指と中指の間の水かき部分?みたいな所が裂けていました。
なんで?
こんな所に傷なんて初めてです。
それとどうやら…これは少し心配なのですがさっき判明した事。
どうやら膝の靭帯が少しやられているようです、少し違和感あったけれどもやっぱりそうだった。
おかげでしばらく完全に家に居る事にしました。
筋が伸びているだけだから大丈夫だけれども、それにしても次の千葉と四谷…うむむ。
筋系はこじらせるとちょっとやっかいなんですよね、これはツーバスの出番かもしれない…。
ドラムでどうやって靭帯が伸びたんだろうか…前代未聞、不思議。
いくらキックを踏むとしてもメカニズム的に…人体の構造力学からしても考えられない、うむむ。



でもあの日、何もかもが繋がったんです。
繋がった。
俺達ってずっと皆に教えてもらっていたんですよ。
それこそ何から何までいろんなことを…。
それをやっと少しだけ形に出来たのかもしれません。
もちろんあれは演奏時間が長かったからこそなのかもしれません。
でもね、これからは…うん。

ある日のライブ終了後に気付いたんですよ。
ふと振り返ると居て欲しかった、一緒に喜びたかったはずの人がいない。
あんなに一緒に頑張っていたのにいない。
これはどういう事??
ひたすらにライブを繰り返し、良いライブだの悪いライブだのって言われて前へ前へと。
無駄なライブなど1つも無い…それなのに誰かがいない。
全然わからない。
そのうちにね、失くしていたんですよ。
一番大事なもの。

そういう時、人は我に言い聞かすのでしょうか。
しょうがない、仕方がない、ああするしかなかったのだと。
いつからか俺はそんな前提で生きていくのが嫌になったんでしょう。
バンドでどうこうしたいだなんて所詮はつまらない話。
それよりも誰にとっての人生に於いて、バンドって何だろうってね。
そっちのほうが大事じゃないかって。
バンドってものを真剣に考えるのであれば、それは人生そのものにそのまま投影出来るんじゃないかって。
誰にとっても等しく存在する人生という実体のよくわからない存在。

前提として何かを失くすのをわかっているならば最初から無くていい。
有るものは塵の1つまで全部守ってしまえ。
その為には時として守る為に守らない度胸も必要だと。
これはここ最近の話なのかもしれません。
とにかく皆に教えてもらったんですよ、気付かせてもらったんです。
面を突き合わせてね、話をしてね、話を聞いての繰り返しの中での出来事です。

考えたら俺って大阪から出て来て昔の友達が今どうなっているのかほとんどわからないんですよ。
俺を形成してくれた奴等が今はいない。
もしかしたら一時的なのかもしれませんが悲しい話です。
そして東京に出てきた頃の友達もやっぱりいない。
死んでしまった奴もいる、年上だったのにね、もう追い越してしまったり。

凄い話ですよね。
この時間って概念は全く何を指し示しているのか皆目読めないんだから。
居なくなったら時間はそのまま止まるんだろうか。
居たとしても有意義に時間を共有出来るんだろうか。
でも確かに人それぞれにそれぞれの時間が流れているのは間違いがないわけです。
ただ交錯する時期がいつだったのかという話。
このとてつもなく有機的でありながら時に無機質な世界での奇跡的な確率での交錯。
糸が絡まって解けてってのをこれからもどれほど繰り返せばいいのでしょうか。
そこには喜怒哀楽という感情ってやつが介入してきているのです。

それをバンドっていうのは表現するんでしょうか…。
そんな短絡的なものなのでしょうか…。
絶対に違う。
きっと皆伝えたいんだと思う。
つまり伝えたいんだと思う。
その為にあれこれと考えているんじゃないでしょうか。
表現するだけであれば人通りの多い場所でパフォーマンスをすればいい。
表現するだけでは伝わらない事が余りにも多過ぎるんだから。
もっと、もっと何か難しい事を皆やろうとしているんでしょう。

でもそれって実生活と何が違うというのでしょうか。
残念ながらここで書けるのはここまでですが、俺は心底そう思います。
断言出来るかもしれません。

―自分はここにいるんだ―

これが…これが…ね。
意味わからないかもしれませんが、後は皆の推測にお任せしたいです。
根の部分ではそんな事を考えてすっきりと迎えれたワンマンライブだったのでした。
俺は誰とも争いたくない。
でもそれを許してくれるような世界でもない。
だって伝える為に伝えたい、その前にやられるわけにはいかないんだから。
…やっぱり矛盾しているのです。
それが抵抗という名のロックの由縁、俺という人格のルーツなのかもしれません。
もしね、それが人の傷をえぐり、遂には殺めるものであれば俺なんて死んでしまえばいい。
そう思ったまでです。

振り返れば居て欲しいはずの人がいない。
これはどういう事か。
何がいけなかったのか。
でもそれとなく天秤のバランスが取れていると思えるのがまた腹立たしいじゃないですか。
バランスに上手く乗っかってしまっているんだから。


2008年5月24日。

きっと生涯忘れない日になるでしょう。
おかげで少し生まれ変われそうな気がします。
_ _ _ _*は全部持って行きます。
もう俺達だけでは何も解決しないんだから聞かなければ。

080526_2327~01


怯まない。
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コメント

いい話じゃないですか。いや、いい話で済む話しでもないですね。振り返れば誰もいない。気付いていなくても誰もが何かを捨て何かを拾って生きているんですね。いいじゃないですか。全部捨てて全部拾えば。時間はそのためにあるんだと思います。
バンド、必然か偶然か。どこまでも走って欲しいと思います。長文失礼しました

はじめまして!!
いろんな人とお話させてもらう度に思います。
例えば今の会話大丈夫だったんだろうかとか何か失礼無かっただろうかとか…それって実はこういう事だったのかと思ったのでした。
簡単な話ではないのですが、そうしないと後に何も残らないんじゃないかとか考える最近です。
やれるだけやってダメならまたその時にでも振り返ろうと思います。
コメントありがとうございました!!

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