スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

過大と過小。

スジコをバラすのはO型には無理でした。
そして例え近所でもタンクトップで出歩いていると振り向かれる季節なのでしょうか?
ちんぱんです。


ここ数日よくわからない日々が続いていました。
リハ→リハ→海鮮→ミックス→リハ→海鮮みたいなよくわからない流れ。
いろいろとこれからアップしていきたいと思います。
今日はまた別の事を書いてみます。


過大評価。

自分及び周辺の状況などを正確に見積もれないままに過大評価してしまったが為にそれに応じて事を進める…何にしてもそうですが、これはとても危険な事。
危ない、潰れるぞ。
盲目、それはとても脆いもの。
最近は筋も読めるし断言出来る場合が多いのです、あまりにも多い。
よくわからないんですよね、俺は少なくとも昔から周辺に対しては臆病な奴なのでなぜそれほどまでに過大評価出来るのかがね。

巷でよく起こる不祥事なんかでもそういうものが原因なのって多いじゃないですか。
過小評価する分には全然過不足の無い世の中なのです。
それはつまりパンクするラインからは程遠い場所にいるという事なのだから。
小さ過ぎてもダメだけれど大き過ぎるのは問題。
そういうのを見ていると悲しいのです。

例えば10年間毎日毎日積み上げてきた小石。
10年も積み上げていれば積み上げる石の種類なんかも選ぶ…選べるものです。
形、質量、色、そして積み上げ方。
積み上げて形が見えたからこそ次の積み方がわかるものです。
絶対にそこだけは何段も飛ばしていけないもの。
それなのにね、少し楽をしてしまったが為に一見同じように積んでいるようでもも全く違うものなのか。


う~ん。
例えば俺達は音楽ってものに携わっていたりしてね。
それはそれはとても幸せな事なのです。
形はなんだっていい、ただ伝わらないものにやる意味はあるのかとさえ思うのです。
例え今は伝わらなくともひたすら純粋にそこに向かって進んでいるのであればいい。
ただ、それ以外のものが混入していれば…それは黒。
それであれば残念ながら手は貸せない。

ジャニーズとか凄いですよね。
もう何十年も一線にタレントを送り出し続けてね、音源発売すれば売れるしドームツアーとかやっちゃって。
俺自身、ああいった音楽が好きか嫌いかと聞かれれば好きでもない、でも嫌いでもないのです。
ショーアップされているしね、とにかく覚え易い呟き易い聴き易いものばかり。
あの人達はどんな形であっても人に感動を与えて生活に彩りを加えれる存在。
そして協調の鬼。
どのような形の音楽であってもね、その部分で素直に素晴らしいと思えるしね。
構図もとにかくわかりやすい。
需要がある所に供給しているだけなのだから。
きっと適正サイズなんでしょうね。

プロレスなんかを見ていると面白いのです。
一時期より客足は遠のいたものの、それに合わせて寸劇みたいなのを取り込んだりアニメの技を再現したりね、それこそもうプロレスが好きだという人達がとにかく現代のあり方を考えていたりしてそれを伝えようとしているのです。
あれこそ素晴らしい一例。

逆に…テレビとか観ていると悲惨ですよね。
本来、地上波テレビって大衆の大多数に迎合してきたもの。
もしくは今よりもそういった情報コンテンツがぐっと少なかった時代には大衆を動かしてきたものなのかもしれません。
とにかく巨大な存在だった発信するもの。
ところが今は受信者側もネットを始め、様々な発信する手段を手にして単に受信するだけでは無くなったのでしょう。
本来あったはずの需要がどんどんグラついてどこに何を供給すればいいのかわからなくなっているじゃないですか。
番組表見ていてもクイズ番組が多いですよね、同じようなタレントが常に出ている。
これは時代の加速と共にテレビ会社が制作を下請けに丸投げする事で制作能力を失い、今はもうまるでコントロール出来なくなってしまったのでしょう。
斬新さもなく創造性もほとんど無い。
下請けは下請けで今面白いものを作るだけなんだからそこに問題はない。
注文が来るんだから受注しているんでしょう。
売り込んで買われるから制作しているんでしょう。
もしかしたらこれからテレビ局ってのはコンテンツを放送するだけになるのかもしれません。
そうなってしまえばテレビ離れは進みより機能しなくなってしまうでしょう。
なぜそこまで関係者はテレビを過大評価出来るのか、俺にはわからない一例なのです。
あるタレントがね、北海道からひたすら南にマラソンしているだけで大好評の番組があるそうです。
あるローカル番組では適当に走っているだけの車内を撮影しているだけのものが存在するのです。
実は電波少年辺りから時代は動いていたのかもしれませんね。
その風評記事を見た途端にこれは観たいなと思ったものでした。


なんとなくね…上手くいっているものは全て過小評価の賜物ではないかとさえ感じます。
焦り、誇張、油断、全ては虚栄、願望が満たそうとするものに付随するもの。
そういうものと上手く付き合わないと生きていくのが難しくなっていっているのかもしれません。
1人当たりの世の中が広くなったものですね。
それを肝に命じなければ。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://drpan.blog73.fc2.com/tb.php/717-dac6ad2e

FC2Ad

相続 会社設立

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。