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光君一周年。


手足から気付けば出血、やるなパピよ。
弾みなのかなんなのかさっきバク中して着地失敗して凹んでました。
こいつはアホなのか…。
ちんぱんです。


どうやら…_ _ _ _*のライブ会場ではもうお馴染みとなった光君がライブハウスで絵を描き始めて1年になったそうな。
これは凄い事です。
正直俺はここまで続くとは思っていなかったのかもしれません、今となってはわからない。
ただね、本当に筆で音に斬り込めるのか…過去に俺はそういった前例を知らなかったからそう思っていたのでしょう。

だってね、俺が言うのもなんだけれどライブハウスで絵描きですよ。
最近のライブハウスに来る人なんてね、イベント全部観る人なんてもうほとんどいないじゃないですか。
いないんですよ、これ本当の話ですね。
そういう全部観るような人達がたくさん行くようなバンドさんは本当に強い一握りなものです。
そんな中でとにかくライブというもの、音、場合によっては視覚的なものも加味してね、それを光フィルターを通して筆でそれこそ衣という布で描いていくのです。
そして物好きなお客さんがたま~に覗いて気に入ったら買うというシステム。
これはきついぞ。
それでも振り向かせるというのはどれだけのものなのか。


何から書こうかなぁ…どこまで書けるかなぁ、やってみよう。
それなりに見てきて思うのですが、正直な話ストリートでやるより辛いと思うんですよね。
コレは俺もやっていたからわかるのですが、ストリートなんてより自由。
人が減ってきたり体調が少し悪ければ、じゃあ今日は終わろうかってなれるものだけれど、ライブハウスだとそうはいかない。
どれだけ人がいなかろうとどれだけつまらなかろうと描き続けるのみ。
少なくとも彼は正々堂々と名乗ってイベントに参加しているのだから。
もちろん何も無くても描けてしまうのが光君なのですが、音を餌にという前提だと描くモチベーションだけではどうにもならない瞬間もあったはず、だってライブハウスで描くという行為に特化していたんだからさ。
音が光君を加速させる、させなければいけない。
それがイベントをより楽しく有意義なものになるのであればね、選択の余地などそこには無い。

元々はもう1年以上前に浅草KURAWOOD公演のリハーサル時にホールに展示されていた光君作のタンクトップが気になったのがきっかけでね、繋がったのです。
これ描いたの誰ですか?ってね。
だから俺としては紹介されたり仲介してもらったという意識がほとんど無かったりするのです。

単純な話なのですが、ライブ当日に音を出しに行った_ _ _ _*。
そこに展示されていたものだけを見て繋がったっていうようなね、少なくともこういう人がいるだとかの予備情報なんて何も無かったのです。
これが奏功してか今でも光君を全く友達とは思わないのです。
絵と音が出会っただけの話。
人というよりも絵描きと認識しているのです、それで十分。
だってそこにはある意味で一切の遠慮が無いんだからね。
出会いの純度が高かった、それが幸い。


それでやっと後日に出会ってね、お話させてもらうとどうやらライブ会場で絵を描いていきたいという話を知ったのでした。
去年の年末近くだったなぁ。
その話をしていたファーストコンタクト時にね、買うと言ったタンクトップに最後に何か付け加えさせてくれといろいろと描き出したんですよね。
展示していただけのもの、きっと手渡すには納得いかなかったのでしょう。
そのままでもよかった、でもあれこれと会話しながら描いていくうちに黙りこくって…確か2時間くらいかかってから出来上がったんですよね。

この一連の流れがターニングポイントだったのかもしれません。
あのね、光君だって仕事休んでいるのです。
LivePaintと銘打って参加しているからには売らなければやばいじゃないですか。
だって多い時だと1週間ほとんどとかもあるんだから。
それなのに俺が払うたった2000円の為にそれだけの時間を費やしてね、これは営利的に考えたのであれば完全にマイナスの行為。
そのまま売って次描けばいいのにね…でも絵描きが絵を描いただけの話。
俺達と何も変わらないじゃないか。
そして横で見ていて改めて認識した光君の感覚と即興性、それを具現する技術。
少なくともその辺りに転がっているべきものでは無いと確信したのでした。
なんとかより良い形にならないだろうか。
そこで初めて_ _ _ _*のライブ会場にも呼べないだろうかと考えたものでした。
俺自身、目の前でタンクトップに絵を描いてもらって嬉しかったんですよね。
絵がどうというより誠意、そして良心。
この感動を誰かに伝えられないだろうかってね。

結局ね、正式なアクトさんとして参加してもらえたのが3月の四谷との共催イベントだったのでした。
俺としても参加してもらうからにはウェブからフライヤなど全てに名前を載せたかったのです。
とにかく正面切って名乗って欲しかった、名乗るべきなのだから。
というのも超絶不利なのです。
薄明かりのライブ会場後方でよくわからない人が絵を描いている、それもバンドさんの物販に混じってね。
それがもったいなくて一緒になってなんとかならないだろうかと必死に考えたものでした。
紆余曲折してたもんです、まずはなるべく大勢の人に認識されないとね。
ライブ会場で絵を描いているアクトがいるんだって事をね。
光君は光君でずっと様々な場所で描き続けていてね、いろんなものを蓄積させていたのです。
なんとか良い形に…とはいえ3月の共催イベントではやはり予想通り難しいものだと再認識させられたのでした。
少なくとも俺からすれば絵のクオリティーとやっている事の難度からすればもっと観てもらえるはずという結果だったのです。
あれは悔しかったなぁ、だってほとんどの人が絵を描いているというのを知らないままに終わったかのような気がしてね。

それでも回数を重ねる毎にね、認識されていったのでした。
毎回に近いくらい光君の参加形態を変えてね、可能性を探るようにいろいろやったものです。
1月の新宿スモーキンでは顔面にペイント。
3月後半の光主催イベントでは共にステージに上がってね、大きな白い布にペイント。
4月のスリーマンでは出演者全てをTシャツに模したイベントトータルの作品を完成。
5月のワンマンでは2時間超を丸々費やして現在のバスドラのヘッドを完成させた後、疲労困憊。
6月くらいからキャップに描き出して好評だったんですよね。
そしてほぼ同時期に新しい塗料に切り替えてね、洗濯もほとんど大丈夫になった。
8月は一緒に栃木に遠征して、スリーマンでは来場者に蛍光塗料で1PaintFreeで会場までも彩ってね。
その間気付けば完全に光君コミュニティが形成されていたのでした。
これは全て彼の技と人格によるもの。
いろいろあったんですよ、これはそれぞれが独立した意志なのですが水面下で準備中の骨細工ANARCHYBONEさんと連動したりもしてね。
いずれはね、もっと良い形で…その中の1つが偶然_ _ _ _*のライブ会場であったというだけの話なのです。
あれだけのスキルとその心ならどこでもやってけるさ。

絵描きとはいえ俺もバンドさんとのお付き合いと全く変わらない認識でまだ1年経っていないのですがここまで一緒にやれた事に驚きなのです。
というのもね、オフィシャルであればスタンスなんかの違いもありそうそう一緒にやれるものではありません。
事実、_ _ _ _*もお互いのメンバー間全てが円滑で意志の疎通が完全に取れるバンドさんなんて数える程しかいないのです。
表面的な話ではなく、メンタルレベルでの本音の話ですね。
これだけライブやらせてもらってきているのにいない。
それなのにね、メンタルのステージがほぼ同じだったのでした。
言葉はいらない、描いていればいい、音を出していればいい、それで成立するんだから。


もう恐らく当面の活動場所には困らないであろう光君。
この間の大童宴にて迎えたたったの1年目でね。
こんな状況でよく1年も続けれたものだと思っています。
続けただけじゃなくいろいろと模索しながらどれだけの作品を撒き散らしたのかもうわからないくらいでしょう。
心からおめでとうと言いたいのです。
きっと彼にとってはこれからが本当のスタート。
革新の連続、そのうちとんでもない作品を生み出す事でしょう。
心の込められた1点物を手にするだけで何かが変わるかもしれませんよ。
それだけの価値がある。




笑う彼、笑わない筆。


彼はアーティストだ。
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