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回想

後悔にも似たような記憶が脳裏に張り付いている。
やってしまった、なんであんな事言ってしまったんだろうというもの。
謝ろうにも謝れなかった。
誰かの死を語るのは本当に難しい。

実家から連絡が来た。
珍しく中学時代の同窓会の案内が来てね、それとは別に添えられていた幹事からの手紙。
内容は…あの時俺が不意に聞いてしまいそれっきりになっていた答え。

同じクラスだった女の子。
ある時に席が隣になってね、それなりに仲良くなった。
自然に好意を持つようになっていろいろ知りたくなった。
それで仲間内とかとそういう話もしているうちに聞いてしまった、前にあった飛行機墜落事故に家族が巻き込まれていたらしいよと。

俺はあまりにもアホだった。
そんな話を聞かされた所で現実感が無かったのか…まるで映画の中の出来事のような話でその日は気になってしょうがなかった。
何があったんだろうってね。
それまでは随分幼い頃に見たニュースで聞いた事があるような程度の話だった。

その話を聞いた本当の本当に次の日の休憩時間にあまりにも安易に聞いてしまった。
墜落事故の時に誰か乗ってたん?って。
忘れられない。
聞いてそれと確認した瞬間の女の子の止まった間。
沈黙が少しあってから絞るように一言。

お父さん。

確かにそう聞こえた、でも完全には聞き取れなかった。
どちらにしてもその時なりにさすがにこれはまずい事を聞いてしまったってわかった。
何も言葉を返せなくてね、別に今だって返せないんだけれどもとにかく黙ってしまった。
言葉を聞いた瞬間にね、元には引き返せなかった。
なんとか話そう切り返そうとしたけれどあんなにも言葉が出て来なかったのは後にも先にもこの時だけ。
それを境にその話題は誰とも話さないようにしてね、その時なりに考えて気を使うのもやめようとしたけれどもきっとそれさえ出来ていなかった。
そしてうやむやのままに卒業。
高校から今に至るまでずっとそのまま。
家が近いのもあって人づてにお互いの近況は知れたんだけれども。

別々の高校に進学して少しして落ち着いた頃だったかな、それまでもちょこちょこ調べていたんだけれど本格的に調べた。
日本航空123便墜落事故。
ネットが便利になった今ではね、簡単に概要から現場の様子、乗員名簿…果てはボイスレコーダーから憶測まで知れるけれど俺は図書館で新聞や雑誌で調べていた。
一体何を聞いてしまったのか、どうしたらちゃんと謝れるのか。
それとてもう我の弁明に走っているようなものなのだけれども。
ここではまた別の話になってしまって本題から離れるようだけれども、たくさん矛盾があるとされる最終的な事故調査報告書。
もしかしたら人道に背いたかもしれないと推測されている節もあるこの事故の真相は未だに100%解明はされていない。
もう20年以上経過しているのにあまりに不明瞭な部分が多過ぎる悲惨な事故。
誰もが知らないといけないはず。

でもね、どれだけ知ろうが調べようが俺は当事者ではない。
今冷静に考えてもね、軽率な言葉こそ謝れるかもしれないけれどそれは自分の手に刺さったような見えない棘を抜こうとしているようなもの。
最初に書いた幹事から添えられていた手紙、その送り主こそがその女の子だった。
恐る恐る手紙を開いて飛び込んできた最初の文に驚かされた。

嬉しかった。

!?
そのまま手紙を読んでいってその言葉の意味がやっとわかった。
当時ね、その女の子には周囲の誰もがそれを知っていたはずなのに誰もそれについては触れてこなかったとの事。
恐らくは各家庭の親から子供に断片的に話が伝わっていただけでそこから先の直接は無かったんだろう。
そんな中、ぽっくりと現れた俺が何の考えも遠慮も無しに友達からなんとなく聞いたものをあっさりと本人に問い掛けてしまった。
その女の子はその時やっと話せる人が出来たと思ったらしく…つまりはずっと心に残って後悔していたものとは真逆のものだった。
今さらながらに何やってんだ、俺…。
女の子は曖昧で終わらしてしまった俺を許す所かずっと気にかけていてくれたらしい。
あぁ、わかってはいたけれど思っていた以上に何も読み取れていなかったんだなと痛感。
嬉しかったと言われて知った所でね、やっぱり人間察さなければならないと思う。
器が足りなかった。
結局俺は自分の事しか考えていなくてね、今になって手紙を送ってきてくれた彼女の寛大さに情けなくなる。

思った。
人間が人間を思いやるっていうのは何も優しくなるだけじゃない。
あの時も俺は自分の中にある弱さ、それを彼女に投影するかのようにであれば少しは優しくなれただろう。
でもそうはしなかった…いや、それさえ出来なかったのか。
頑張れと心の中で念じるしか出来なかった、今では誰かに投げかけるには重過ぎて大嫌いになってしまった頑張れという言葉。
頑張れというのがどうにもニュアンスとして過剰に聞こえるこの頃。
時にはそういう優しさも必要だけれどもっと大事なものがある。
元がそこまで優しくない俺みたいなのが優しくなるだけでは限界がある。
果たして今、俺は俺として彼女に対面出来るんだろうか。
目を背けずに奇をてらわずに正面から話せるんだろうか。
怖いと言えば怖い。
だって俺はそこまでの不幸には遭ってはいない。
わかったふりなんてしようにも出来ないし毛頭そのつもりもない。

いつからか何かを察して早期に正しく勘付けていたとしても何も言わなくなった。
例えその先が悪い流れになっていようとも本人がいいならいいやって放置。
面白いものでね、人間同士の摩擦なんて構う構われるよりも放置のほうが難しいんだけれど結果的には上手くいく。
誰もがたくさん考えているんだから行き着く所に到達する。

でもね、やっぱりあの時と変わらずに聞いてみたい。
全く懲りていないのか、それとも…。
これきっと興味本位じゃなくて彼女という人と話したいと思っている。
後悔、それに胸のつっかえもそのまま投げてみよう。
そうしないと投げてこないだろう。
今の仕事がよりによって飛行機に乗っているんだからそれがまた…いろいろ見てきただろうしとんでもなく強そうだ。
卒業文集で将来何になりたいかとかあるでしょ。
今の俺は書いている当時の俺に話しかけられるだろうか。
ところが彼女はね、きっと何も考えずに話しかけられる。
だって書かれていたものそのものなんだから。
だいぶ久し振りになるだろうけれど、どうでもいいくだらない話も出来たらいいな。

人間って凄い。
やっぱり優しい生き物だ。
そして何よりも強くなれるんだと教えてくれた。
あんな事故はもう起こらないで欲しい。
気になった人は少しでもいいからネットとかで調べてみて知ってくれたらありがたい。
本当に酷い事故。
せめて心の片隅に、そして精一杯の気持ちを持てば心が育つんだから。
俺達に明日はある。
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