スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

切腹。

切腹。
自分で腹を切る事。
ひょんな出来事からかなりリアルな文献を拝借、読んだはいいものの寝れなくなっちゃったから書いてみよう。
あの…これ読んで想像から気分が悪くなる可能性があるからそういう人は遠慮しましょう。
うし、これで大丈夫。

世界的に見ても珍しい慣習で古来の日本伝統文化とでも言うべき切腹。
同じ死罪でも切腹は最上級の名誉とされていた、これが意外と知られていない。
だから大衆の前で切腹だとしてもそれは晒されているよりは見届けるという意味合いだった。
そう、切腹とは名誉な最後。
俺達からすれば犬や猫なんかが普通に食されている地域の話が信じられないのと同じで海外からすればなぜそんな苦しむようなって具合らしい。
パピは食べ物じゃないです。
間違っても切腹なんてしたくないけれどね。

それで基本的に介錯人っていうのがいる。
切腹だけだとよほど運良く急所突くなりで失血死とかしない限り、最悪だと3時間とかひたすら苦しんで死ぬのが憐れだからって首を刎ねるなり心臓突くなりでトドメを刺してくれる人。
最近はっていう書き方もあれだけれども明治頃からはピストルでこめかみをズドンってのもあったけれどもやっぱり名誉ある死だから遺体もなるべくきれいにってので少なくなった。

近代、明治時代頃の切腹の話を読んだんだけれどもその介錯人と切腹する当人のやりとりが凄まじい。
気をつけて読んでね、これくるよ。
切腹にも作法があって、昔の人であれば基本的に心得ていたんだとか。
こんにちはさようならとか挨拶並の常識だった。
ちゃんとした儀式なもんだからね、そして自らであるわけで最後までしっかり。
もうこれ書いている時点で俺の死生観からしても信じられない事ばかりだから書いていてウ”ッってなってるんだけれど…うぅ。
ある人が些細なミスをして切腹を命じられちゃった。
ドラマとか映画とかだとね、わりとサクっと見れるでしょ。
でもやっぱり現実はもっとリアルだった。

切腹にも切り方がいろいろあって十文字腹っていうのが…その名の通り縦横十字に腹を割いて…これが本当に美徳なんだからしょうがない。
切腹する人はやっぱり痛いから事前から美しく十字に割く為に入念なリハーサルをするのも珍しくなかったとか。
切腹するのは何も覚悟、気力共に十分な人ばかりではなかったのだから。
でもね、よく考えて!
十文字腹って落ち着いて考えると縦横同時に切れないわけでしょ。
まず横に切ってから縦に切る。
なんで縦かというとみぞおちがあって縦のほうが痛いとかってレベルじゃないらしい。
でもせっかく切腹するんだからどうしても十文字腹にしたい。
ほら、読んでるうちに感覚がおかしくなってくるでしょ。
そこでもし横は切れたとしても自分で縦に切れなかったら介錯人に縦をお願いしてその上で介錯してもらう事もあったとか。
読ませてもらった文献の中で最もえげつないやりとりだと思ったのは…自分で横まで切ったはよかった、そして自分の臓物や血が飛び散るのも見ながらでもあまりの痛さで腕が止まった。
そこで行われた会話。

切腹人:気が遠くなりそう、もう縦にいっていいの?
(立派に切腹して果てたいが横にしっかり切りきれているのかまで確認出来ない為。)

介錯人:大丈夫、後は縦に真っ直ぐ入れれば…頑張れ!もう少しだ!!

切腹人:もう苦しい気が遠くなりそう…早く…
(そう言いながら食い縛ってしっかり縦に切り裂いた)

介錯人:おぉ、見事だ!!

切腹人:じゃあ後は…よろしくお願いします。
(そう言いながら最後の力で手をついて前のめりに首を落としやすい位置に)

考えられないでしょー!!
しかもあまりにえぐいからだいぶ割愛して書いたけれどもこの切腹した人は女性。
これ読んでたらね、俺達が普段真剣に悩んでいる事のなんと違うことか。
生きるも死ぬもこれだけ覚悟が必要だった時代。
いや、別に俺達に覚悟が無いと言っているわけじゃなくて根本として違う。
真剣に、こんな事が一昔前に民間レベル行われていたんだから。
死に向かって完全に協力体制。
話はなんとか理解出来るけれども、その本質は全く理解不能。
理解出来るはずがない。
じゃあ後はよろしくお願いしますって…だってこれだけ協力していてもこの直後に片や死んで片や生きるんでしょ。
なんてこったい。
本当に同じ人間だったんだろうか、違う生き物のような気がしてならない。

これ読んで絶対に何があっても戦国時代とかには行きたくなくなった。
行けても行かないぞ、あんな時代。
いろいろ会いたい人がいるけれどやっぱり無理。
あの時代、もっと死生観が違うぞ。
完全に透明人間になれてしかも透明のバリアが張り巡らされていていざとなれば空も飛べてワープも出来てくらいじゃないとやばい。
その装置も寝てる時とかに取り上げられたらまずいから体内に埋め込んで常に意思だけで発動するようにしておいておくれ。
無理だ~。
今日本は死刑制度が賛否ありながらも執行されているけれどもね、例えば絞首刑なんかでもボタンが5つあって執行人5人が同時にボタン押してどのボタンのせいで刑が執行されたかとかわからない。
執行人が罪悪感に襲われないようにとの配慮から。
でもね、きっと100年も昔に行けば…あぁ恐ろしい。
今よりも簡単に死刑とかって宣告してサクっと終わってそうだ、そして次から次へと。

俺ね、たまにだけど刑務所の中にブチ込まれている夢を見る。
決まって冤罪でね、しかもなぜか死刑囚っぽい事考えている。
いや、なった事ないからわかりっこないんだけどとにかくすっげぇ怖い。
それでね、毎朝看守みたいな人がブチ込まれている独房みたいな所の前を通り過ぎていくの。
自分の独房の前で止まったら最後、刑が執行されるってね。
毎度毎度だけれどもなんとかして逃れようとする。
それは冤罪云々じゃなくてとにかく怖いから逃げようとしている。
結局はいつも惜しい所まで逃げるんだけれど最後の最後で捕まって目が覚めるみたいな終わり方で最悪の目覚め。
無理でしょ、こんな夢見てる時点で切腹なんて。

う~ん、俺の先祖を遡れば切腹した人っているんだろうか…考えたくもないな。
とにかく痛そうだ。
俺にはとてもじゃないけれどそんな度胸は無いしそれに相当する程の覚悟を負って何かをした事もないんだろう。
平和な時代、平和な国だな…今に不満を唱えていたら先祖に怒られそうだ。
これまた根本が違う話なんだけれども。
人間って随分守られるようになったんだろうか。
怖い怖い、でも確かに存在した慣習。
仲良く生きていこうよ、ね。


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://drpan.blog73.fc2.com/tb.php/914-b9ff9f64

FC2Ad

相続 会社設立

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。