スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

静岡SUNASH終了。

結果的に全8バンド、from東京×1、from沖縄×3というなんとも静岡らしくないようならしいような1日だった。
楽しかった。
帰路でへたって少し寝て帰ったら着いたのがこの時間だった。
ありがとう、静岡SUNASH。
今回ばかりは_ _ _ _*というよりもとても個人的に感謝。
あんな楽しい日がまさか静岡でさ。

やっと…やっと見つけたぞ。
とんでもないもの見つけたぞ。
そうか、そういう事だったのかっていうとても大きな拾い物をして帰ってきた。
そうだったのか、近く彼の地に向かわねばね。
必ず行こう、彼の地へ。
それが何なのかはきっとゆくゆくのライブでわかるだろう。

自由…ね、これ本当に難しい。
正直な所、誰にも迷惑をかけない自由なんて存在しないだろう。
それは天上天下唯我独尊、傍若無人、せいぜいそんなものだろう。
万人と分かち合うものではない。
だからというわけじゃないかもしれないけれど自由と叫び自由という制約の中で自由を謳歌する。
それが正しいと思っていた。
思っていた。
でもね、昨日を境に何かが変わった。
違う。
あるぞ、もっと極まった自由。
そのヒントを何かこう見出せそうな惜しい所で1日が終わったかのような…。

作り物ではない、見せ物ではない、本物だとか偽者だとかさえ定義自体不可能なもの。
その輪郭がボヤっとしたものから少しクッキリとしてきた。
それはここ数年の速度からしたら昨日は神速で脳髄に釘を刺されたかのようなものだった。
あぁ、もしかしたら俺だけなのかもしれないね。
多分ね、俺の中に転がっているだけのものだったガラクタになりかけた部品達の全てがカチカチっと整合性を見せ始めたのかもしれない。

何するにも方法論があるでしょ。
例えば日本人のご飯の食べ方っていうのは海外に比べて黙々と食べる風潮が強い。
小さい頃からダラダラ食べろと言われて育ったわけでもなかろうし。
むしろ話しながらテレビ見ながら食べていたら怒られていた人も多いんじゃないだろうか。
これはこれで規則正しくご飯というものに集中してご飯を食べれるんだからいいじゃないか。
でも例えばこれがある国に行くとご飯を食べたくてしょうがないのに節操無く話しかけられるもんだから、ようやくご飯にありついた時点では酷く冷めている場合が多かった。
でもそれはそれで話が楽しいもんだから結局は美味しいご飯になってしまう。
どちらも善悪があるんだろうしその判定基準もそれぞれのものだろうからなんとも言えないさ。
要はどちらでもいいでしょっていうそんな話。
心底どうでもいいわってね。

いやぁ、でかかった。
静岡SUNASHのサイズがでかかった、楽しかった。
これでしばらくは視界良好、悩む間も無くってね。
ありがとう、静岡。
また行きます、見つけた、見つけたぞ。

ありがとう。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

相続 会社設立

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。