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忌野さん。

飴奴はその昔、おかんから個性を全面に押し出したら個性派モデルになれるんじゃない?と言われ、その気になっていたらしい。
なんてこったい。
ずっと全面に押し出してるでしょ~~!!
おか~~ん!!


逝ってしまわれた、忌野清志郎さん。
なんだろう、偉人って俺は大きく3つに分類されるんじゃないかと常々思っていたりして。
技術、革新、そして人間、このどれかもしくは複数絡んでいたりしてね。
俺は思う、これはずっと変わらないだろうと思うけれども音楽に関しては70年代の人間が総じて偉いと思う。
だって新しい事全部やっちゃってその葉先にいるのが俺達なんだもん。
この間…4・28の当日リハーサルで秋元さんはドラムに人力でディレイ+リバーブかけてたもんね。
本番やらなかったのはなぜだと思っていたのは俺だけかもしれない。
そうそう、ああいうのが技術、あれは俺には絶対に出来ない。
偉人って言ったってね、忌野さんほど有名じゃなくったって俺がそう思える人は周辺にたくさんいる。
尊敬出来る人はある意味では偉人じゃないか。

ご逝去された忌野さん。
実は…俺の音楽の入り口が洋楽だった。
だからね、小室サウンドが全盛の時にも流行っているのは知っていたけれどもそれ程知りはしなかった。
なぜなら。
洋楽に感化されていた俺は邦楽の何もかもを盲目的に良しとしていなかったから。
あらゆる意味で子供だった、多分…最も酷かったのは高校生くらいの頃だろうか。
そのせいで日本の音楽界の局面をどれ程見逃していたのだろうか。
逆もまた然り、人気の出る前の外タレの日本公演はたくさん観れたんだけれどね。
それは後に浜崎あゆみのΩってアルバムを入手してそこからJ-POPもいいじゃないか、知らなければと遡って知っていった頃までこの流れは続いた。
だから今は知ってるもんね、大体の音楽史の流れを。
曲名わからないものばかりだけれど音聴けばわかるもん。

邦楽の何に嫌悪していたってね、それは日本語だった。
日本の伝統を受け継いでいる演歌をバカにするわけじゃない、でもあの頃はどうしても日本語の日本語たる韻の踏み方や拳が嫌だった。
ロックとはいえ日本語、何も知らなかった俺はオリコンチャートにランクインしているものだけが日本のロックなんだと思いこんで嫌悪していたんだろう。
母音と子音がくっきりし過ぎていてね、演奏がロックであろうが日本語は日本語、なぜにこんなに日本語の歌はぶつ切りになってしまうのかと。
日本語っていうのは残念ながら歌い回しを普通にやれば小節の終わりが空くようになっている。
主語、述語、それはどの言語でもそうだけれどもとにかく語尾の表現が豊か過ぎて1行1行が必要以上の意味をもたらし完結させてしまう。
言語としては優れている、でも歌としては…ってね。
それを補うかのように統計として全般的に日本人ボーカリストのロングトーンは優れているんだって。
今となってはクリアしている日本人アーティストがたくさんいるもんだ。
母音と子音をね、しかも何歌っているかくっきりわかる状態で技術的にも追いついている。
+断定しない歌詞を紡ぐアーティストが増えてきた。

それを最初に教えてくれたのが忌野さんだった。
これがきっかけで俺は180°方向転換して邦楽に傾倒し始める。
野外フェスで初めて観て聴いたんだけれども感動した。
後頭部殴られた感覚というのはまさしくあれ。
なんかね、小説とか情感溢れるナレーションをロックというフォーマットの中で聴かされたような気分だった。
日本語ロックのキャパを簡単にオーバーしていた。
歌詞、歌い回しだけでなく曲間のMCからアドリブのコールまで全て。
そこには陳腐なメッセージ性など無く、より普遍的で器の大きな日本人による日本人の為の劇場ロックを体感させてもらった。
その時は当たり前だけれど既にソロ名義ですぐに昔のバンド時代の名義であるRCサクセションを買い漁ったもんだった。
凄い、既に20年前にこんなバンドが、こんなボーカリストがいたんだって。
どれだけ俺アホだったんだって話でしょ。
だって無いと決めつけて外に求めていたものがここにあったんだから。
_ _ _ _*周りで言ってしまえば去年イベントに出させてもらったMILLHOWSEの…MCとは言うけれど俺からすればVoのMONさんのラップなんかが完全にそれだ、素晴らしい。
そしてこの間一緒にやらせてもらったスランキーサイドのナベジさん。
歌詞を3連譜~5連譜まで絡ませての歌い回しなんかゾクっとする、切っ先が鋭い。
それを知ってからはもうとにかく邦楽ロックを遡ってね、いるいる、偉大な先達がたくさんいた。

忌野さんはね、上に書いた3つ全て備えていた。
技術、革新、人間。
これを書き出せばキリが無い、でもね、今のジャニーズくらいあの方面に特化したようなステージでも脈々と受け継がれているものがたくさんある。
日本人アーティストで最も過小評価されている1人だろう。
音源よりもライブのほうがどれだけ素晴らしいか。
音源凄くてもライブでは…じゃないんだから、もしかしたら結局は知る人ぞ知る凄さだったのかもしれない。
誰か近い人が本とか書いてくれないかな。
少し誤れば独りよがりと勘違いされかねないロックをSHOWベースと融合し、その根幹を作り上げた人。
何歌ってもメッセージになるしね、ライブでのあの共有型のパフォーマンスは人間の純粋な欲求を満たしてくれるものばかりだ。
おかげで俺は邦楽の魅力に気付かせてもらった。

いい人が皆いなくなるなぁ。
癌、憎いなぁ。
早いだろう、死んでから評価されたってさ。


ご冥福をお祈り申し上げます。
お疲れ様でした。
ありがとうございました。

いかん、どれもしっくり来ない。
覚えている最後の1人が死ぬまで忌野さんは死なないんだろう。
だからまだまだ幸せを振り撒き続けるんだろう。
100年後もきっと。

音楽は死なない。
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